半島を出よ

村上龍・幻冬舎文庫

約1年ぶりに2周目を読破。感想も多少変わった。
自分で考える、と言う事の放棄に対する警鐘。
「考えて走れ」はオシム、「考えて生きろ」が村上龍。

日露戦争の勝利までは、欧米列強に抗ったアジアの星として好意的に受け止められていたと言う説は、
遊就館へ行くまで知らなかった。日本は留学のメッカであったらしい。

これ、映画で見られたら壮観だろうなぁ。
結局はシーホークでの戦闘シーンを描きたかったのだろう。或いはビジュアルが浮かんだのか。
そのために必要な人材をイシハラの下に集わせる必要があった。
皆イシハラの下に集うまでの必然性と、どうやって辿り着けたのかの説明は無い。
タケイなんてご都合主義の最たるもの。だが、悪くない。

一つの出来事を様々な視点から紡ぎ、立体的に物語が構築されていく。
とは言え、登場人物がたくさん出てくる事だけがスケールの大きさとは言い難い。
かえって一人一人のキャラクターに字数がかけられないから、どうしても奥行き間に欠ける部分も否めない。
まぁ、小説は事実とは違って、どの事象をクローズアップして描くかって作業だから必然の結果かもしれないが。
大久保の二人目の人格(カミモト)のエピソードなんかは、もっと大事に使ってあげても良かったかと思う。
余談だが、恩田陸の「木曜組曲」なんて一人の故人と五人の遺された者だけで、
まるでブラックホールの様な密度の高い世界を描いた。私はそんなクローズドな世界の性格描写が好きなんだな。

以下はツッコミポイント。
空想科学小説を例えに使った場面。北朝鮮視線での場面なので違和感が。
北朝鮮で空想科学小説を読んだ事がある人間なんて稀有だろう。ハン隊長ですら。
イシハラが小林よしのりの「おぼっちゃまくん」口癖なのは何か意味があるのだろうか。

▼あとがきを読んで _

(08/09/06)


茶色い本棚(国内作家)へ戻る

私の本棚へ戻る

タイトルへ戻る