Cuenca, Quito /クエンカ、キト (2004.04.24-2004.04.30) テュンベスを出てエクアドル国境を目指す。ペルーの出国では久々に賄賂を要求される。余った現地通貨のコインを渡してやるが、不服そうだ。バイクの通関でもいろいろと意味不明の手続きが必要だとかで鬱陶しい。ここの国境は橋を介して両国の商店街がひしめく所で、胡散臭い一般人が多いので気を抜けない。エクアドルの入国はカルネを使用し、簡素でスムーズだった。ますますペルー側の感じ悪さが際立つ。エクアドルに入国すると、亜熱帯の様相が色濃くなる。バナナの果樹園を抜けて、アンデスの山道へ入っていった。まだ雨季の終わりでどんよりとした曇り空で、泥混じりの激流がアンデスの山々から流れていた。標高をあげていくと徐々に美しい高原地帯に出て、まるでアルプスの高原のように放牧されている牛がのどかである。 エクアドルの道路は状態が悪く、舗装とダートの繰り返しだ。舗装もガレている箇所が多く気持ちよく快走とはいかない。またアンデスの山道に入ると、ところどころで子供たちが道路わきでロープを張って通行妨害をしている。車輌が来るとたいていはロープを下ろすので問題はなかったが、中には相当悪質なケースもあると聞いていたので要注意だ。途中会ったライダーからは、悪質そうな様子があれば子供を轢き殺すつもりで迫ったほうがいいと教えてくれた。 天候がすぐれないまま、クエンカの町に到着する。どういうわけかクエンカ周辺の道路が封鎖されていて、迂回路が大渋滞でまいった。南米で渋滞にはまると排気ガスがひどく、ガス中毒死してしまうのではないかと思う。エクアドルの道路事情はどうもいまいちだ。クエンカは南米の都市にしては静まり返った町で、曇天のもとなんだか寂れた感じがする。それでも町並みは非常に美しく、深い歴史を感じる。翌日、天候は回復し青空が広がる。クエンカを出る際にも迂回が必要で疲労させられるが、天気がいいので山岳地帯の景観が素晴らしくすぐに気を取り直す。峠を越えると、眼前に雲海が広がり面白い。 クエンカから首都キトに向かう道中には、バーニョス(スペイン語で温泉)という町がある。最後まで立ち寄るか迷ったが、日があるうちにキトまで行けそうだったので思い切って通過してしまった。キトまでの道は広く快適だったが、やはりキト手前から渋滞になった。渋滞でのろのろ進んでいるうちに夜になってしまった。新市街で宿をとり、次の日から中米パナマへの輸送手配に入る。南米と中米の境界、パナマ−コロンビア国境は道がなくゲリラ潜伏地帯なので陸路で抜けることはまず不可能だ。コロンビアの首都ボゴタまで行って空輸する方法もあるが、時間と治安の問題を考えてエクアドルのキトからパナマへ空輸することを選択した。コロンビア自体は旅行者からの評判はいいし、いい珈琲豆の産地なので余裕があれば行ってみたかったのだが。 空港近くの代理店に行き、輸送を依頼する。支払いにドル現金が必要だったが、キト市内のATMが持っているカードではほとんど使えない。仕方なくトラベラーズチェックを換金するが、手数料が高く話にならない。バイクの引渡しまで数日あったので、キト市内や近郊をぶらついて過ごした。キトの旧市街はゆるやかな坂が多く、変化に富んだ景観で面白い。町並みも世界遺産に登録されているだけあって見応えのある建築物が多いが、やはりアンデス山中の高山都市なのですぐに息が切れてへこたれる。歩き疲れたので、バイクで郊外にある赤道記念碑に行ってみた。黄色の赤道を示すラインが引いてあり、その中央に記念碑が立っている。敷地内はミニテーマパークといった感じだ。標高が高く涼しいので、赤道に立ったという実感はあまり湧かない。 バイクの引渡しの日が来て、空港へバイクを持っていく。倉庫で鉄製のパレットに荷物はそのままに乗せて完了。バッテリ外しとタイヤの空気抜きはその場でする。ガソリンは少量なら問題ないようだ。あとは税関で通関書類カルネに輸出印をもらうだけなのだが、これが難航した。代理店の担当者が税関窓口に聞いてまわってくれるが、どこも他へ行けとたらい回し状態。最後には強制的にブローカーらしき人物を使わざるを得ない状態になり、この人物が通関処理をする。税関職員らしき者が車体番号等を確認した後、麻薬犬を連れた警察官がやってきて車輌と荷物を徹底的に調べ上げる。給油口のキャップまで開けて中を調べるほどしつこい検査だった。検査が終わると荷物を散らかしたまま、行ってしまった。実に不愉快極まりない。 帰国まであと1ヶ月を残して、南米を去った。 |
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