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アリアナ美術館(スイス:ジュネーブ)
Musee Ariana (Switzerland:Geneve)

 国際都市ジュネーブには、WTO(世界貿易機関。旧GATT)、ILO(国際労働機関)、WHO(世界保健機関)など、たくさんの国際機関の本部があります。国連本部は戦後ニューヨークに移りましたが、今でも「欧州本部」という名称の副本拠地がジュネーブに置かれています。

 アリアナ美術館は、その国連欧州本部の敷地の一角、レマン湖を見下ろす丘の上にあります。この美術館は、陶磁器とガラス器に特化した、知る人ぞ知る美術館で、アンティーク陶磁器のファンであれば、わざわざでも一度は訪れる価値のある場所だと思います。美術館としては中規模の大きさですので、1時間から1時間半かければ、2階建ての建物(ただし一部3階部分と地階あり)の端から端まで丁寧に見て回ることができるでしょう。見どころは各所にありますが、何と言っても1階にある18世紀欧州磁器のセクションが圧巻です。

 特に、大陸を中心とした磁器人形コレクションは素晴らしいものです。マイセン、ニンフェンブルグ、その他のドイツ窯の作品が多く見ごたえがあります。英国作品は、私が見た限りでは二体だけで、チェルシーの「行商人」とボウの「若い踊り手」です。食器類も充実していて、マイセン、ウィーン、サンクルー、シャンティイー、ヴァンサンヌ/セーヴル、ドッチア、カポディモンテ、コッツィ、サンクトペテルブルグ、その他たくさんあります。特にセーヴルについては、いくつかはセットで展示されています。英国作品に関しては、ここでもチェルシーとボウぐらいしか見当たらないのは少し残念ですが、それでも展示されているのは素晴らしい作品です。さらに、いわゆる"toy"と呼ばれる小さな作品(香水入れ、針入れなど)も多く展示してあり、ここには英国作品ではガール・イン・ア・スイングなどもあります。

 白磁に梅などの浮彫りを施した作品は、中国・徳化窯が発祥とされていますが、それを写したドッチア、マイセン、ボウ、チェルシー、サンクルーなどの作品が徳化作品と並べて展示してあるのは圧巻です。中国や日本の作品は他にも多く展示してあり、特に伊万里は大皿などが多く充実しています。欧州作品による中国・日本風図柄の作品も多く、オリジナルと比較できるように展示してあるものも少なくありません。

 1階は平台の上でゆったりと展示してあるところが多いのですが、2階にあがると、今度は一つでも多くの作品を展示しようと背の高いガラスケースがところ狭しと並んでいます。さらに、室内階段で3階まで上がれるようになっている部分もあり、そこにも同様のガラスケースが並んでいます。これらのセクションにも18世紀磁器が多く、一応国別の展示になっています(それほど整然とはしていませんが)。英国作品ではウースターの食器類などもあります。宋代青磁などの中国作品も少しあります。そして忘れてはいけないスイス作品(チューリヒ、ニヨンなど)も豊富にあります。背の高いガラスケースは、たくさん作品を並べられるだけでなく、ガラスの置き台を下から覗くとマークを見ることができる点も利点です。美術館で作品の裏面マークを確認できる機会は、意外と少ないのです。

 陶器セクションも見ごたえがあります。ファイアンスやデルフト、ウエッジウッド作品(クリームウェア、ジャスパーウェア等)などを堪能することができます。また、ガラス器も必見で、2階吹き抜け部分を中心に、16〜17世紀のベネチアン・ガラス、ボヘミアン・ガラスから、エミール・ガレまで、美しい作品を存分に楽しむことができます。

 2階左手には図書館があります。ここは基本的に研究目的で設置されている図書館で、一般入館者には公開されていませんが、開館中であれば頼めば入れてもらえるはずです。ここの蔵書は驚くほど充実していて、陶磁器に関する文献であれば、ないものはないのではと思えるほどです。(本サイトの参照文献のページでご紹介しているレベルの本など、もちろん全て揃っています。)この分野では、恐らく世界で最も充実した図書館の一つでしょう。私は、一時この美術館に何度も通った時期があり、その度にこの図書館にもぐりこんで、買いたくても手がでない本を片っ端から手にとって眺めては、「こんな図書館が自分の町にあったらな」と嘆息したものです。

 1階の入口左手には売店があります。小さな売店ですが、あるものは全て陶磁器とガラス関係ですので、書籍を中心にそれなりの充実ぶりです。覗いてみて損はないでしょう。

 帰りがけに、美術館を出てすぐ左手の小道に入ってみてください。少し行くと、何と日本の鐘を釣り下げた「鐘つき堂」があります。東京の品川寺(ほんせんじ)にあった鐘が、明治初期の廃仏毀釈運動の中で欧州に渡り行方不明になっていたのですが、20世紀に入ってそれがアリアナ美術館にあることが発見され(1919年に国連設立の総会にやってきた日本代表団が発見したそうです)、1930年に正式に返還されました。現在アリアナ美術館にある鐘は、そのお礼に贈呈された複製です。自由につくことができ、なかなか良い音がします。(ちなみに、日本にある本物の鐘は、「鐘(金)が返ってくる」との語呂合わせで大人気だとか。)


(追記)
 久々に再訪問した感想を記します。全体的な印象は全く変わっていません。展示替えは当然あるでしょうから、あまり小さな変更を書き上げても意味がないとは思いますが、上述の展示内容のうち、梅の浮彫りを施した白磁作品の比較展示は今回はありませんでした。"toy"の展示はかなり縮小されて場所も2階に移されていました。一方で英国作品ではチェルシーの展示数が若干増えていたように思います。図書館は閉まっていたので確認できませんでした。あとは売店がなくなっていたこと(少数の出版物の展示販売はありましたが)と、「鐘つき堂」のつき棒が取り外されていて、鐘を鳴らしてみることができなかったのが少し残念でした。


(2006年4月執筆。2011年11月更新)