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同時進行リサーチ・プロジェクト
ダービーのカップ・シェイプに新たな発見はあるか?

第1回 「新しい浮彫り」の正体は?


 ダービーのカップ・シェイプについて調べる今回の企画ですが、初回から手を広げすぎるのもどうかと思いますので、まずは導入部分で触れた1776年に王妃シャーロットが購入した"new embossed"(新しい浮彫り)について調べてみることにします。王妃が購入したティーセットの記述(注1)を再掲しておきます。

    A Compt Set of Tea China New embossed blue & Gold 49 pieces £7 7 0
    (完全な磁器ティーセット、新しい浮彫り、青と金彩、49点、7ポンド7シリング)


1.画像による確認

 そもそも、この当時ダービーが製造していたと見られる「浮彫り」のあるカップには、どのようなものがあるのでしょうか。手始めに私自身のコレクションの中から、素地に何らかの浮彫りあるいは地模様(単なる縞模様などは除く)が施されているものを拾いあげてみたところ、以下の表にある5種類に整理することができました。(以下の各作品自体の製造時期は、必ずしも1776年頃というわけではありません。しかし、同じ形の作品がその頃−すなわちチェルシー・ダービー期の中盤−に製造されていたことは、ほぼ間違いありません。)

(1) 花綱  カップ胴体部分のペンダント状に吊り下げられた花飾りを中心に、口縁とカップ下部にも浮彫りを施したもの。
(2) ひまわり  浮彫りはカップ下部のみ。カップでは分かりにくいですが、ソーサーだとひまわりの花のように広がって見えます。取っ手はウィッシュボーン型で、上部・下部2か所に装飾的リベットがつけられています。(この形のカップには、必ずこの形の取っ手がつきます。)
(3) 葉と鳥  胴体中央を枝葉が横に伸び、ところどころに花が咲き、また鳥が枝にとまっている図柄の浮彫りです。

(4) アカンサス  斜め縞の間を下部から中央部まで、浮彫りのアカンサスの葉が伸びているもの。
(5) パイナップル  うろこ状の地模様が配されたもので、パイナップルの表面のようにも見えます。手持ちのカップがなかったため、受け皿の写真でご容赦ください。

 次に、文献やサイトにある写真も丹念にさらって、「浮彫り」のあるダービーのカップ・シェイプが他にないか確認します。写真が多く掲載されている専門書や、美術館サイトは欠かせません。結構時間のかかる作業です(それに写真ではよく見えないことも多くて、確認はなかなか大変です)。今回は、とりあえず「浮彫り」だけなので、主だったところをざっと見たという感じですが(いずれ、きちんと作業しなければなりませんが)、上記5種類以外にはなさそうな感じです。この中のどれかが、王妃のお気に召したものの可能性が高いようです。

 では、この5種類について順次検討してみましょう。まず(1)の「花綱」です。1770年以降のチェルシー・ダービー期を特徴づける、端正な新古典主義の典型例と言えるような模様です。胴体部分の浮彫りをそのまま活かして縁部分のみ色付けする形の装飾に向く造型です。王妃が購入したセットの記述にあるblue & Goldは、まさにそのような装飾だったのではないかと思われます。

 (2)の「ひまわり」は、浮彫りは下部だけにあります。より直線的で、新古典主義を徹底した印象があります。見方によっては、1番目の花綱の簡略版とも言えるかもしれません。胴体部分は平面ですから、何らかのエナメル絵付けをするのに向いています。上の写真の作品では、グレーの花綱が描かれています。胴体部分を(同じ題材で)浮彫りにするか、絵付けにするかというのは、時期的な違いをはかる基準になるような気もします。

 (3)の「葉と鳥」は、胴体部分のみに浮彫りを施した造型で、上部と下部には地模様はありません。枝葉の浮彫りというと、多くの窯でもっと早い時期から作られた梅文様(梅貼り)が有名ですが、本品の浮彫りは、横方向に作品全体に広がっているので印象は異なります。新古典主義的な模様とは必ずしも言えない感じがします。

 (4)の「アカンサス」は、全体のひねり縞と下部の葉模様からなります。上の写真の作品のように、浮彫りの上に小花などを描いてもうるさくならないですね。この時期のダービーを代表する形の一つです。(アカンサスの浮彫り自体は、他窯でもっと早い時期から使われてはいましたが。)一つ留意しなければならないのは、ひねり縞の存在です。ダービーのカップ・シェイプの中で、今回は「浮彫り」をまず検討していますが、その他のシェイプとしては、縞模様"fluted"やひねり縞"shanked"といったものがあります。この「アカンサス」は、ひねり縞の分類に入る可能性もあります。

 (5)の「パイナップル」は、本当は浮彫りと呼ぶのは適当でないのかもしれませんが、縞模様系統でもないと思い、ここに入れたというのが正直なところです。(チェルシーやボウでは1760年代にこの文様の作品が作られています。)気になっているのは、ダービーにはpeacock patternと呼ばれる作品があって、patternとあるからには(形状ではなく)図柄の呼称だと思うのですが、このパイナップル型の浮彫りの上に孔雀の羽根模様を描き入れた作品を指すとも思われる点です。


2.文献調査(カタログ等の検索)

 次は、18世紀当時の文献調査です。ここからは、かなり地道な作業になります。ダービー社の記録や手紙、オークションや店舗での販売カタログなどで、どの年に何が売られていたかを確認するのです。ダービーは、1771年以降クリスティーズで新作オークションを開催するようになり、特に1778〜1785年は毎年開催しています。これらオークションのカタログは、抜粋版が(1771年4月と1783年12月のオークションは全文が)専門書に掲載されています(注2)ので、その年の新作が何だったのか確認することができます。(さらに厳密を期すなら、クリスティーズのアーカイブでカタログの原典に当たるのでしょうが、とりあえずはそこまでしなくてもいいでしょう。)クリスティーズのオークション以外に、1774年にロンドン店舗を開設した際に作られた販売カタログもあるのですが、こちらは出版されているのが装飾品部分のカタログのみ(注3)なので、今回はあまり役に立たないかもしれません。(ただし、ティーセットなどの実用品部分のカタログを入手する方法がないのか、このカタログの実物が保管されているという大英博物館にコンタクトしてみる価値はありそうです。でも、それはいずれということで。)あとは、1785年にロンドン店舗内で行われた即売会形式オークションのカタログ(注4)があり、こちらは作品の記述が詳しいのでかなり役に立ちそうです。

 さらに、ロンドン店舗の責任者だったジョセフ・リゴがダービーの経営者・ウィリアム・デュズベリーに書き送った膨大な数の手紙も重要な資料です。そして、ロンドン店舗の帳簿類も。これらの文献は、古くから多くのダービー専門書で引用されてきましたし、近年ではダービー美術館によってかなりの部分が整理・出版されています(注5)。

 こうした古い文献を読み込んでいくのは、写真を確認するよりも更に根気のいる作業になります。ただし19世紀に出版された文献には、電子版がネット上で無料公開されているものがあり、用語検索が可能です(便利ですよね)。上記のオークションや販売カタログを掲載した文献も大半がネット上に公開されているので(注6)、まずはembossという単語で検索をかけてみることにします。見つかったのは以下のとおりです。調査記録として残すために、年代順に全てを記載しておきます。かなり細かくなりますが、お付き合いください。

(1) 1771年4月のダービー及びチェルシー磁器のクリスティーズ・オークション(これはカタログ全文が掲載されています。)
<1日目>
33 A large antique jar, with a fine blue celeste and pompadour ground, most superbly finish'd with burnish'd and chased gold, and emboss'd festoons 12l. 1s. 6d.
34 Two pair Bacchus and Cupid, riding on a goat and panther, with oblong pedestals, emboss'd festoons, in biscuit 3l. 3s.
41 A pair of antique jars, with a fine blue celeste and pompadour ground, most curiously finish'd, with burnish'd and chased gold, and emboss'd festoons 3l. 11s.
59 A pair of antique jars, emboss'd festoons, of a fine blue celeste ground, and elegantly finish'd with burnish'd gold 8l. 8s.
<3日目>
72 Two pair of Bacchus and Cupids riding on goats and panthers, on oblong pedestals, emboss'd festoons, in biscuit 4l. 2s.
<4日目>
21 One pair of figures, Prudence and Discretion, finely enamell'd, each with a curious antique vase, on a pedestal, with emboss'd festoons, in chased gold 4l. 10s.
52 Four small antique vases on pedestals, with emboss'd festoons, in biscuit 1l. 9s.
79 A curious antique jar, with a fine sea-green ground, finely marbled in gold, with emboss'd festoons and gold gaderoon borders, highly finish'd with chased gold
80 A ditto of the same beauty and elegance 34l. (79と80合わせて)

 1771年時点では、浮彫りは壺類、あるいはフィギュアの台座で用いられているだけという結果です。念のためteaという単語でも検索をかけてみました。結果はティーセットがたくさん出てきましたが、その中には浮彫りのありそうなものはありませんでした。


(2) 1774年のロンドン店舗の販売カタログ
24 A crimson coloured vase adorned with embossed coloured flowers and foliages in white and gold, a white and gold basket cover topped with a bunch of flowers, two oval cartouches with coloured flowers and birds on one side and a woman drinking on the other 12 inches
26 A pair of blue celeste vases hung round with festoons of embossed white flowers supported by three cariatides with open tops fixed on pedestals 10 inches
35 A pair of crimson coloured elegant vases with white gold edged spiral anses, supporting a white embossed garland of flowers running through two gold rings, the neck white and gold leaved flowing with twisted stripes down to a gold triple reed bound in blue, the pediment answering the neck 9 inches
47 A mazarine blue center vase, and white and gold pedestal, on a black marble slab, white and gold edged twisted pediment ; the body of the vase edged at top and bottom with golden reeds, and adorned with a rich garland of embossed white and gold flowers running in festoons thro' two spiral white and gold anses, and thro' two golden rings. The neck of the vase, answering to the Pediment, is hung with gold edged foliages ; the same adorn also the cover with a gold button and gold lined edges. The vase 9 in. and with the stand 13 inches
62 A pair of white beakers, white and gold foliage handles, adorned with embossed and enamelled sprigs of flowers, two gold bordered cartouches one representing Bacchus the other Ariadne, matched with flower pieces 11 1/2 inches
81 A pair of cup-formed vases with a gold ground, painted with roses, lilies, tulips, anemonies, and a variety of other flowers, the top a white and gold artichoke and leaves, the neck white with transverse longitudinal apertures trimmed in gold streight anses, white bottom with embossed leaves, white and gold foot answering the neck, and a fasciated pediment on a blue slab 8 inches
82 A pair of egg-bodied cup vases, with a gold artichoke top and leaves, a white neck with gold edged leaves and golden twisted lines, white and gold rims and spiral anses, through which and two gold rings runs a golden embossed garland of flowers in festoons, pediments answering the neck fixed on a square gold lined slab 9 inches
84 A pair of sea-green vases, with two white fawn's heads crowned with vines in gold, the white and gold festoons ornamented with pendant cameos, black and white embossed, the heads of M. Jun. Brutus and Antonius, the top, rim and foot white and gold and festooned neck in gold 8 inches
90 A maroon or copper coloured rich urn vase, center piece, two sea green anses fixed on two lions heads, tipped in gold, terminating in masks of Cupids ; to the upper, gold and white leaved border; a neck with white deep crenures, twisted and edged with gold; the body enriched with flying moths and butterflies, and a sea green embossed festoon hung on two gold nob'd pateras ; the bottom, between two circles of gold, of a white foliage edged in gold and sea green ; foot with a gold globular ring, and pediment with white and gold hanging leaves 10 inches
117 a small pair of sea green wide mouthed open jars, white necks with gold rims, white cornice with emboss'd ox skulls, white satyr mask handles, supporting two white festoons, white leaved bottoms, white foot with eight gol- den twisted flutings, and a white leaved basis 4 inches
123 A very rich pair of beakers, or open-mouthed, egg-shaped large vases, of the size and form described under No. 42, in a gold veined mazarine blue, or lapis lazuli ground ; the anses all white, edged with gold ; the embossed goats heads, lions and mask entirely gold, as well as the festoons, and the bases of the pediments fixed on a square slab of corresponding lapis lazuli. The body of the vase too rich to receive any additional ornament from medallions, &c. no pedestals 16 1/2 inches

 前述のとおり、このカタログは装飾品部分しか市販文献に掲載されていませんので、壺類ばかりになるのは仕方ないのですが(それでも、ビーカーが含まれているのは気になるところですが)、いずれにしても、浮彫り模様のティーセットは含まれていません。


(3) 1782年5月のダービー及びチェルシー磁器のクリスティーズ・オークション
A breakfast set enamel'd with a light blue border, new emboss'd, 33 pieces 1l. 17S., Lord Monson

 ありました、"new embossed"。ブレックファスト・セットで、絵付けはライト・ブルーの縁装飾です。このシェイプは、1782年にはまだ製造されており、その時点でも"new embossed"と呼ばれていたということですね。


(4) 1783年5月のダービー及びチェルシー磁器のクリスティーズ・オークション
A set of 5 jars and beakers green ground, white emboss'd flowers and gilt 2l. 11s., Lady Duncannon
One pair of caudle cups, covers and stands new embossed white and gold 10s.

 1783年当時も"new embossed"はまだ製造されており、コードル・カップにもこの浮彫りが用いられていたということになります。ちなみに、コードルとは、病人などが飲む薄粥の一種とのことです。コードル・カップは、取っ手が二つあり蓋もついた、少し大き目のカップであるのが一般的です。チョコレートカップと似ています。


(5) 1785年3月の即売会カタログ
57 A compleat set of tea china, new embossed, enameled with a fine blue and gold border (the Queen's pattern) 41 pieces 6 6 0
116 A compleat set of tea china, new embossed, enameled with a fine blue and gold border, 41 pieces 6 6 0

 これは決定的です。どちらのティーセットもnew embossedに加え、青と金彩の縁装飾とあり(青は単なるblueではなく、fine blueと表記されていますが(注7))、さらに57番ロットにはQueen's patternとの表記まであります。王妃が購入したのと同じ浮彫りで同じ図柄ということですね。しかし、1776年にnewと呼ばれていたものが、1785年でもまだnewと呼ばれているということは、new embossedというのは、(導入された当初は別として)、新しいか否かということではなく、そういう固有名称だったということが分かります。


[とりあえずの整理]

 以上、オークション等のカタログの検索から分かったことを整理すると、以下のとおりです。new embossedと呼ばれる形状のティーセットは、1771年時点では存在しなかった(全文カタログの検索で出てこなかったのですから、これは確かでしょう)。抜粋カタログではありますが、73年のカタログ(抜粋)にも登場しません。74年のロンドン店舗のカタログにも登場しませんが、このカタログは実用品を含んでいないのであまり頼ることはできません。そして76年には王妃がロンドン店舗でティーセットを購入(今のところ、これがnew embossedに関する最初の記録です)。しかし、78年〜81年に毎年行われたオークションのカタログ(抜粋)には一切登場しません。82年〜85年にかけては販売記録があり、特に85年の即売会カタログでは王妃が購入したのと同じ図柄のものがQueen's patternと銘打って販売されています。


3.その他文献の読込み

 次の作業に進みます。ロンドン店舗の記録や手紙の読込みです。こちらは紙ベースですから、半端でなく大変です。注5にあるダービー美術館編纂の2冊を中心に、メモを取りながら、ひたすら読み込みます。結果として、new embossedが登場したのは、以下の4か所でした。

(1) 1786年11月13日のミカリ社(注8)への販売記録(注9)
2 Small Size Tea Cups & Saucers New Embossed Enamd fine blue & Gold pearl Border pattern No 65 £ - 11 5
2 Small Size Coffee Cups & Saucers New Embossed Enamd fine blue & Gold pearl Border pattern No 65 £ - 11 8

 イタリアのミカリ社への輸出記録です。ダービーは自らの店舗で販売するだけでなく、国内外のビジネス向けの卸売りも盛んに行っていました。ティーカップやコーヒーカップがペアで売られていたのは注目点ですね。あと、このシェイプのカップには(ティーカップもコーヒーカップも)大小のサイズがあったということも分かります。でも最も重要なポイントは、65番図柄がこのnew embossedのカップに描かれていたという点でしょう。65番図柄の説明として"fine blue & Gold pearl Border"とありますが、王妃が購入したQueen's patternと類似した記述ですね(ただし、ここでは青がfine blueであることに加えて、pearlという単語も追加されています)。65番図柄は、ダービーのパターンブックから明らかですが、たまたま私のコレクションにもありますので、実物を写真でお見せします。

 上述の画像による分類では、(1)花綱と同じものだと思われます。口縁部分の浮彫り模様は、上絵で青エナメルを塗ってあるために見えません。浮彫りは全体的に凹凸が少なく不鮮明です。

 図柄は65番です。口縁の青地に金彩、販売記録の中でpearlと記載されているのは、青地の上に白エナメルで小さな点が打たれているものを差しているのだと思います。カップ内縁の金彩も特徴的です。高台周囲にも青線と金彩が施されています。ちなみに、本品の製造年代は1785年頃です。


(2) 1787年4月24日のミカリ社への販売記録(注9)
1 Caudle Cup Cover & Stand New Embossed fine blue & Gold No 65 £ - 12 0

 こちらはコードルカップですが、やはり65番図柄です(単にfine blue & Goldとなっており、pearlの表記は省略されています)。


(3) 1787年7月16日のピアソン氏への販売記録(注10)
4 Caudle Cups Covers & Stands White & Gold Tea Pattern No 78 New Embossed £1 12 -

 ピアソン(Pearson)は、ロンドンの商社。同じくコードルカップですが、今度は78番図柄です。"White & Gold"と説明されています。残念ながら78番図柄の作品は手持ちがありませんが、口縁と高台外周に細い金彩の線を引いただけの、極めてシンプルな図柄です。


(4) 1787年10月27日のリゴからデュズベリーあての手紙(注11)
... I wish you would forward some more of the fawn coloured tea Sets No 84 upon any of the different formed Ware that you have by you (except the new embossed and the small plain shaped ware) ...

 このころ、ロンドン店舗を預かるリゴは、デュズベリーに対して盛んに「もっとティーセットを送ってほしい」と書き送っています。特にfawn colourの84番図柄は人気があったようで、この手紙では「手元にある異なったシェイプどれにでも(ただし、new embossedとsmall plain shape以外で)」この84番図柄を描いて送ってほしいとしています。これは興味深い手紙ですね。この時点で、いくつものティー・シェイプが並行して製造・販売されていたことが分かりますし、84番図柄はnew embossedには似合わない図柄だとリゴは判断していたように読めます(決めつけはできないですが。もしかしたら、new embossedの84番図柄のセットはすでにロンドン店舗のストックにあったので、それ以外のシェイプを送ってほしいと頼んだ可能性もあります)。

 この皿に描かれているのは、皿向けの65番図柄です。この図柄の縁の肌色のような地色がダービーでfawn colour(淡黄褐色)と呼ばれる色です。

 この皿の縁取り部分の地色と金彩の組合せは、上記リゴの手紙で言及されているカップ向けの84番図柄ととても似ています。84番図柄では、さらにカップ内側にも金彩模様が施されていますが、カップの胴体部分は白地のまま残されています。new embossedには似合わない図柄だとしたら、逆にnew embossedがどのような浮彫りだったかを推測することはできるでしょうか。


[とりあえずの整理(その2)]

 追加で分かったことを整理すると以下のとおりです。new embossedというシェイプのカップには大小のサイズがあり、また、コードルカップにも用いられていました。図柄に関しては、1780年代後半に65番図柄と78番図柄が描かれた例がありました。(また、リゴは、84番図柄はnew embossedには似合わないと考えていた可能性があります。)製造年代については、少なくとも1787年まではこのシェイプが製造されていたことが判明しました。


4.ロイヤル・コレクションへの問合せ

 ところで、王妃が購入したティーセットを確認する一番確実な方法は、王室の記録やコレクションを調べることです。歴代の王や王妃の購入物はロイヤル・コレクションとして、きちんと管理されています。ウェブサイトもあって、コレクション検索も可能です。(本件について、もちろん検索してみました。残念ながらチェルシー・ダービー期のティーセットはヒットしませんでしたが。)あとは、メールでの問い合わせです。丁寧に事情を書いて、こんなティーセットがコレクションの中にないでしょうか、と質問するわけです。うまくいけば、一挙に問題解決となるかもしれません。

 実際にメールを送ってみたところ、数日のうちに返信がありました。とても丁寧な対応で、ロイヤル・コレクションがきちんと管理されていることが分かります。データベースやファイルを検索してもらったようですが、残念ながら、new embossedに該当しそうなティーセットは、ロイヤル・コレクション内に存在しないとのことです。同コレクションにある英国磁器のティーセットは、基本的にヴィクトリア女王(1819-1901)が購入したものだそうです。シャーロット王妃が購入したものは、その死後、1819年にクリスティーズで3回に分けてオークションにかけられたとのことです。オークションの具体的日程は、1819年5月7日〜10日、5月17日〜19日、5月24日〜26日だそうです。クリスティーズ・アーカイブでこれらオークションのカタログを閲覧できるはず、とありました。

 溜息が出ますね。やはりクリスティーズ・アーカイブに連絡してみる必要があります。クリスティーズのウェブサイトには、同アーカイブに関する詳細なページはないようです。歴史的なカタログの内容をメールでの問い合わせで教えてくれるでしょうか?でも、もしその中に探しているnew embossedのティーセットが見つかれば、その記述内容から新しい情報が得られるかもしれません。少し淡い期待ですが、トライはすべきでしょう。メールを出してみました。現在返信を待っているところです。


 以上、new embossed(新しい浮彫り)の正体を求めるリサーチの実況でした。結論は出ていませんが、色々なヒントは見つかりました。あとは、他のシェイプについて調べていくうちに、new embossedについて分かってくる事柄もあるかもしれません。それにしても、たった一つのシェイプでこれですから、もっと手を広げたらどんなことになるか、考えると気が遠くなりそうですが、気長に頑張ってみます。第2回以降を乞うご期待。



(注1)厳密に言うと、1776年に王妃が購入したティーセットについての記述は、1776年時点の記録そのものではなく、1789年にダービー店舗責任者のジョセフ・リゴが1776年の販売記録だとしてウィリアム・デュズベリーに書き送ったものの中にあります。
(注2)J.E. Nightingale "Contributions towards the History of Early English Porcelain"
    F. Severne Mackenna "Chelsea Porcelain The Gold Anchor Wares" (1783年12月のカタログのみ)
(注3)William Bemrose "Bow, Chelsea, and Derby Porcelain" Chapter V
(注4)Llewellynn Jewitt"The Ceramic Art of Great Britain" Volume 2 pp.78-83
(注5)A.P. Ledger "European Competition, Trade and Influence" and "The Bedford Street Warehouse and the London China Trade" (この2著作は、Derby Museum and Art Galleryによる、Derby Porcelain Archive Research の各々Volume1とVolume2です。)
(注6)上述のNightingale、Bemrose、Jewittによる各著書は、どれもネット上で無料で読めます。
(注7)fine blueというのは、釉薬上のエナメルでの青のことを差すと考えられます。釉薬下の染付けの青と区別するための表記でしょう。(ただし、ダービーでは染付け作品は多くありませんが。)
(注8)ミカリ(Micali)社は、イタリアのレグホン(Leghorn)の商社です。ダービーは同社に対して1786年以降何度か磁器を輸出しており、1792年までビジネスが続いていた記録があります。
(注9)A.P. Ledger "European Competition, Trade and Influence" Appendix B (pp.107-111)
(注10)A.P. Ledger "The Bedford Street Warehouse and the London China Trade" Figure 4 (p.164)

(注11)A.P. Ledger "The Bedford Street Warehouse and the London China Trade" p.158


(2013年7月掲載)