嗚呼、すばらしきかなニューヨーク<到着編>


 
 8月14日夜21時。ニューヨーク無事到着。
 夜ということで、空港内の人影もまばら。どこをどう行けばよいのか
 正直、わからない。広いJFK空港を右往左往しながら、なんとか出口へ。
 しかし、タクシー乗り場がどこだかよくわからない。なんとなくおっかない。
 カウンターの案内係とおぼしき人にタクシー乗り場を聞く。
 いろいろ説明してくれるが、今一歩我々のヒアリング力では理解
 仕切れない。30分だとか35ドルだとか言っているようだ。一律料金らしい。
 タクシーにマンハッタン、Milford Plazaへ行くよう依頼する。
 通じたようだ。

 見知らぬ異国を夜、タクシーで移動するのは、やはり恐い。
 二言三言、運転手と話をする。出身は、パキスタンらしい。日本へは行ったことは
 ないそうだ。20年近くニューヨークにいるらしい。土地感もあるようだが、英語は
 うまくないらしい。どことなく、怪しげで、なんとなく不安だが、
 道路標識を見る限り、車は無事、マンハッタンへ向かっているようだ。
 夜の21時過ぎだというのに車の量はかなり多い。スピードもかなり
 でている。どの車も車線変更は荒い。片側5、6車線はざらで道は広い。
 また、初めての右側通行ということでやはり違和感がある。
 タクシーは、フォード車が多いようだ。座りごこちはあまりよくない。
 サスペンションが柔らかいので、よく揺れる。
 道路沿いには、レストランがあったり、大きな家があったりするが、
 あまりネオンはついていない。風景としては、日本の郊外とさほど
 変わりはないような気がする。
 真夏だというのに、窓から入ってくる風は、気持ちいい。
 天気が良くないのか、星は見えない。ま、見えたとしても日本と同じだろうが。

 マンハッタン島へは、EAST RIVERの地下を通るトンネルを
 使っていよいよ到着。がらっと雰囲気が変わる。
 ニューヨーク、マンハッタン。高層ビルとまばゆいばかりのネオン。
 経済・文化等多くの分野での世界の中心地。
 17世紀初頭、アメリカ大陸にオランダが進出。17世紀半ばにイギリスと
 オランダの戦争により、マンハッタンは、イギリスの手に。当時の
 イギリス国王の弟のヨーク公の名を取り、NEW YORKと名づけられたそうだ。

 俺達の宿泊場所、Milford Plaza は、マンハッタンのど真ん中にある。
 人通りが多い中、到着。タクシーのメーターを見ると60ドル。あれー?
 確か35ドルでは・・・。
 そこで中西が下手な英語で35ドルではないか、と抗議。
 いろいろ言い合うが、運転手の言い分は、どうも一人当たりで35ドルだが、
 2人いるから、多少安くして60ドルにしている、とのことらしい。
 しかし、何かおかしい。
 とはいうものの小心者の俺は、何も言えない。
 中西は、まだ納得いかないようだったが、しぶしぶ支払う。
 到着してのいきなりトラブルで、先行きに不安が走る。
 そして、ホテルのカウンターでチェックイン。
 ちゃんと予約がしてあるのか多少不安があったが、大丈夫のようだった
 そして部屋へ。しかし、またもトラブル。なぜか、ドアが開かない。
 偶然通りかかったホテルの従業員に開け方を教わる。情けない。
 すかさず、中西、チップを渡す。時々妙に気が回る奴だ。
 室内は、お世辞にもきれいとは言えないが、必要最低限のものは揃って
 おり、まずまず。

 さて、このニューヨークに中西の職場の先輩が旅行で来ていると
 いうことで、早速連絡を取る。
 夜23時に近いというのに来てくれた。いい人だ。
 自由の女神には朝早くに行った方がいいとか、いろいろ貴重な情報を
 教えてくれた。そして、JFK空港からマンハッタン島までは、一律、
 1台当たりで、35ドルということも・・・。
 くっそー。やられた。騙されたぜ。今度あの運転手にあったら、日本語で
 悪口を言ってやる。

 その先輩は、翌日日本へ発つということで、お別れ。
 近くの雑貨屋でミネラルウォーターとお菓子を買い、TVのニュースを
 見ながら、これからの予定を相談する。
 取りあえず明日は、午前中は国連ビルに行き、
 午後は、五番街、ロックフェラーセンター、マジソンスクエアガーデン、
 夜はエンパイアステイトビルに登る、ということに決定。
 簡単にシャワーを浴びた後、ベッドへ。
 中西はもう寝ているようだ。俺もさすがに疲れた。
 今日一日でいろいろな体験をした。なんか、夢のようだ。
 時差が14時間だから、日本は、今は、昼。
 うーん。なんか不思議、などと考えながら、初めてのニューヨークの夜が、
 更けていく。

続く・・・。 96年8月 小松 一郎
 
 


嗚呼、すばらしきかなニューヨークへ