中学でもこんな調子なので、高校入試に失敗。中学浪人(尚志学園)。珍しいでしょ!?
ビックリして勉強したら、県内模試では常に地元の福島民報や福島民友といった地元新聞社が主催する県内模擬試験で常に新聞に掲載され、アルバムとか足温器をいただきました。そして、福島高校入学。

しかし、大学入試にも失敗。ネックは社会科。数学、物理、英語は得意、特に、現代国語では全国模試でもトップクラスにランクされるも東北大学工学部建築工学科の門は狭かった。 なぜ建築かといえば、映画タワーリングインフェルノのポール・ニューマン(建築家役)にあこがれて。

仙台の文理予備校に半年、その後、福島での自宅浪人を経て、国立一期校でも社会科のない千葉大学 工学部工業意匠学科(口紅から機関車まで、工業製品のデザインを学ぶ学科・人間工学で有名)を戦略的に選択。 アンパンマンを生んだやなせたかし氏は私が敬愛する先輩です。

学生時代は、「矢切の渡し」で有名な江戸川でボートをこいでいました。ボートを漕ぐといっても、公園のボートとはわけが違います。疲れて体が動かなくとも後ろから先輩のオールが背中を突き上げ ます。 イターッ!。体に鞭打ちます。必死です。ダンダン体が鍛えられます。チームワークが楽しい。写真

学生時代に、アルバイトとして採用いただいた学習塾が、千葉市の中村学園。
素晴らしい学習塾で、色んな思い出があります。
中村学園では、中学生の国語を担当。
一クラス20名前後でした。

1981.3.千葉大学 工学部 工業意匠学科 卒業。

さて、やっと大学も出たので、田舎でのんびり好きな音楽でもやりながら、適当な仕事にでも就こうと考えました。親の面倒も見れるし。しかし、母親は、「折角、大学を出たのだから大企業に入れ 」と。しょうがないな…と思いつつ、遅ればせながら学校に相談するとグンゼを薦められました。(すなわち、拙者は就職を考えていなかったのです。)

グンゼ株式会社に入社。 東北の福島から京都府綾部市まで長旅です。列車の窓からは東山魁夷の絵を髣髴とさせる森林風景。そこから宮津で3ヶ月工場研修、名古屋で1ヵ月半販売研修、そして、大阪船場 (本町)で着任。スポーツウエアの商品企画を6年経験しました。この期間、バンドを結成。写真1写真2写真3
演奏曲目は爆風スランプのコピー、「美人天国」など。

楽しく過ごしながらも、組織における人間行動の不思議に興味をもち、会社を変革するコンサルティング業界へと転向。

転向してその後、この組織における人間行動の不思議は「グンゼ」に限らないことを知ることとなります。

◆CI (Corporate Identity)を専門とするコンサルティング会社「ジャクソンアンドミキ」、で勤務一年
◆マーケティングを支援するコンサルティング会社「TCD研究所(現コア・コンセプト 研究所)」、で勤務三年
◆シンクタンク「三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)」、で勤務五年
で次のテーマに取り組 ませていただきました。

コーポレートアイデンティティ確立(経営理念、社名、社章、行動パターンの調和)
企業文化変革(時代遅れになった企業の習慣、伝統、常識を変革する)
マーケティング戦略構築
企業コンセプト創造
意識変革・行動変革

この間、企業文化変革に造詣の深いモーティー・レフコー氏にも学ばせていただ きました。遭遇のきっかけは、氏が80年代中頃フォーチュン誌に掲載された記事。M&A(企業合併買収)の後、なぜうまくいかないのか。それは、企業文化が衝突しているからだという記事 でした。
1992年5月10日、NHK教育テレビに【中小企業のCIマニュアル】というタイトルで出演させていただきました。

1993年3月27日、拙著「強い会社をつくる企業風土革新戦略」が経林書房より出版される。

1995年 (平成7年)10月1日、 独立。

1996, 情報技術と人間、組織、ビジネスとの相互作用を探求するなかでトム・キュロポラス 氏に遭遇。ナレッジマネジメントというセグメントが生まれていることを知る。 クライアントとともに何度も渡米。メジャーなITベンダーカンファレンスでの講演やクライアント主催での講演やセミナーを頻繁に、そして誰でも知っている大手一流企業のコンサルティングも受託。

2001年、9月11日。米国において同時多発テロ発生。なんと、この日、日本は台風で、ほとんどの航空会社が運行を見合わせていましたが、保育園児の娘と家内はこの日、中国の航空便で旅立って行き、それを現地で映像を通じて目撃することとなります。その日に娘が描いて、4ヵ月後に日本に戻り、私にプレゼントしてくれました。 「ちゅうごくでかいだっぺ」と書いてあるので、何で中国がデカイと幼児が分かったのかと後から訊くと、「中国で書いたっぺ」が本意でした。 そして、画家本人には確認していませんが、このきんくまっちょとは私のことのように思えるのです。童画

2007年 (平成19年)10月29日、 ナレッジマネジメントはこれからの企業経営の重要な柱であり基盤であるが、まず、自分自身が取り組むべき仕事は「幹部研修」であることを悟らされる。

2008年4月、下の娘(中学一年)のPTA活動には、美化推進におけるクラス委員を買って出、勢いで、中学一年から三年までの全校美化推進部委員の長も買って出ています。今まで 20年近く、私は育児には無頓着でしたので、とても新鮮な体験をさせていただいております。 委員14人中、父親は私ひとり。主婦パワーをもろに受けています。ビジネスのフィールドとは違った環境にただ今、悪戦苦闘ながらも、ウインドサーフィンのような爽快感を味わっています^^;

早朝の完璧な静寂が大好物。
この時空間における思索研究の時間が最高です。
そして、歌っている時も最高!
ヴォイストレーニングは、スガナミ楽器、南大沢センター。

現在は、イノベーションの教育啓蒙に情熱を燃やしています。
email : mikamihiroshi@gmail.com
http://www.facebook.com/HiroshiMikami11

三上紘司
東京都 南大沢 在住。
          三上紘司 みかみ ひろし          
写真撮影は、鬼才・伊藤真さん
1956年(昭和31年)、福島県生まれ。
 幼児期は平市(今のいわき市) おしろやま(幼児期なので漢字の記憶はありません)、小学2年から福島市。
学校から帰ると、ランドセルを放り投げ、阿武隈川の岸辺に自然生成された沼へと釣りに。
学校では 授業中に、
「宇宙の果てに何があるのか」、
「宇宙が無くなったら何が残るのか」という白昼夢(今でいう妄想かな^^;)に耽っていたら、
小学3年の時、脳天に、教師のかなづちが。イテーッ。
中学のとき、この世のものとは思えない甘美な音に心を奪われました。うーむ。これは一体なんなのか。曲名もわからぬまま、ただただ、その曲がつくりだす不思議な世界に魅せられていました。その後知ったその曲名は、「白い恋人たち」。1968年にフランス・グルノーブルで開催された第10回冬季オリンピック大会を記録した映画の主題歌 、「フランスにおける13日間」です。