小売業者が知らないこと

ここでショッピングの科学を、科学者ではなく実践者、すなわち小売業者の視点から見るのも有益だろう。 彼らはわれわれの調査の構成要素の一つであるにちがいない。つまり、買い物体験の提供者である。 と同時に、小売業者はわれわれの学んだことをすべて吸収し、見出された法則を応用することが期待される人々でもある。 それに、われわれが研究するのは彼らの店なのだから、当然次のような疑問が出てくる。

小売業者はそんなに無知なのか、

と。
そのとおり。たぶん、人が想像する以上に。例をあげよう。

経営評価の手法
ショッピング環境にいまだ広大な未踏の地が残されている証拠だが、年商数十億ドルのチェーンの重役できわめて知的かつ有能な人物が、つぎのような簡単な質問にさえ答えられないということがあるのだ。

あなたの店で、実際にものを買うのは店を訪れる人のうち何人ぐらいですか?


自分が彼の立場ならわかるはずだと思うかもしれない。だが、まあ聞いてほしい。彼は怠け者ではない。自社のチェーンの何千という店舗の状況をかなりよく把握しているし、日々のことはもっとくわしい。総売上げ(取引の回数および金額)や、平均売上高、ある店舗の前年同日とい比較しての売上げ、地域ごとの売上げ、品目やカテゴリーや店舗、ことによると月ごとの売上げといった大事なことを。
そのようなことはすべて知っているのだが。

その1 コンバージョンレート
あなたの店で、実際に品物を買うのは来店者のうち何人ですかとたずねれば、彼はこう答えるだろう。全員、ほぼ全員だね。これは彼の答えだが、彼が率いる巨大企業(PCネットワーク化され、データをむさぼり数字をかみ砕く、計算の好きな企業)の回答でもある。そこの誰もが同意する。コンバージョン・レートまたはクロージャー・レートと言われるもの(来店者が実際にモノを買う確率)は、ほぼ100%である、と。この会社の理屈はこおうだ。うちの店は客に目的があってくるところだ。だから客がくるのはとくに買いたいものがあるからだ。したがって、客が買わないのは、お目当ての品物が在庫切れの場合にかぎられる、と。
実は、コンバージョン・レートという概念そのものが、来店者(ショッパー)を購入者(バイヤー)に変える、つまり「転換(コンバージョン)する」という意味を含むのだが、この企業にとってはまるで馴染みがなかった(今でも多くの大企業や重役たちにとってはそうなのだ)。

私がこの質問をしたのは、このチェーン店についての大がかりな調査をした直後だった。私はコンバージョン・レートを知っていた。何百時間も費やして、来店者と購入者を数えた結果だ。コンバージョン・レートは、この業態にしてはかなり高かった。だが、重役の思い込みの半分くらいだった。正確に言うと、来店者のうち何かを買ったのは48%だったのだ。
その男性は情報の価値を信じていたので、面食らいはしたものの、くわしい話を聞きたがった。だが、彼の会社の何人かはうさんくさそうな、憤慨したような、侮辱されたような顔つきで、とんでもない計算違いだと確信していた。そこで、彼らは、独自に調査をした。いくつかの店の入り口に立ち、入ってくる人数と袋をかかえてでていく人の数を数えたのだ。

その結果は、われわれの調査とまったく同じだった。そのことは、つまるところ彼らにとっては非常にポジティブな結末をもたらした。それはつまり、よい会社は何かを変えていくことでもっとよい会社になるからだ。そこの重役に聞いてみればいい。われわれの調査が「弊社の長年にわたる思い込みに根本的な変化」をもたらしたと言うだろう。いずれにせよ、彼らは店のレイアウト、ディスプレイ、マーチャンダイジング、店員の配置などを変えはじめた。コンバージョン・レートが改善され、利益の拡大をもたらすことは間違いない。

(『なぜこの店で買ってしまうのか』パコ・アンダーヒル)

こさぼのページ