東京スコラ・カントールム第28回定期・慈善演奏会
久遠の響き ある聖歌史 II … アンティフォーンを中心に
Sound for Eternity … Variety of Antiphons


(1995/5/13、指揮・オルガン:花井哲郎、聖心女子大学聖堂)


《曲目》
1. アヴェ・マリア Ave Maria (めでたし聖寵満ち満てる)
グレゴリオ聖歌 Gregorian Chant
ジョスカン・デ・プレ(c.1440-1521) Josquin de Prez
ストラヴィンスキー(1882-1971) I. F. Stravinsky
ジョスカン・デ・プレ(オルガン独奏)Josquin de Prez(Organ solo)
2. アヴェ・マリス・ステラ Ave maris stella (めでたし海の星)
グレゴリオ聖歌 Gregorian Chant
パレストリーナ(1525-1594) G. P. da Palestrina
グリーグ(1843-1907) E. Grieg
3. ダ・パーチェム Da Pacem (主よ、私たちに平和を)
グレゴリオ聖歌 Gregorian Chant
スウェーリンク(1562-1621 オルガン独奏)J. P. Sweelinck(Organ solo)
ブリュメル(c.1460-1515) A. Brumel
ゴンベール(c.1490-1556) N. Gombert
トゥーボス(1916-) L. Toebosch
4. オオ、サクルム O sacrum convivium (おお聖なる宴)
グレゴリオ聖歌 Gregorian Chant
マレンツィオ(c.1553-1599) L. Marenzio
メシアン(1908-1992) O. Messiaen
5. トータ・プルクラ・エス/マニフィカート Tota pulchra es/Magnificat (真に美しい人/聖マリアの頌歌)
グレゴリオ聖歌 Gregorian Chant
ジョスカン・デ・プレ(マニフィカート - 第四旋法) Josquin de Prez(Magnificat quarti toni)
6. サルヴェ・レジーナ Salve Regina (元后、あわれみの母)
グレゴリオ聖歌 Gregorian Chant
ジョスカン・デ・プレ Josquin de Prez
ハウェルズ(1892-1983) H. Hawells


《プログラムノート》
『久遠の響き … ある聖歌史 II 』 ... 花井哲郎 (東京スコラ・カントールム指揮者)
スペインのシロスにある修道院でだいぶ以前に録音されたグレゴリオ聖歌のCDが、いったいどういうわけか、まずスペイン国内で大変なベストセラーとなり、それがヨーロッパ、アメリカに飛び火し、更には日本でもちょっとしたブームを引き起こしました。そもそもカトリック教会の典礼のための音楽であるグレゴリオ聖歌が、教会でさえあまり歌われなくなってしまってもう久しいので、その動機、きっかけは何であれ、ヨーロッパ文明が生み出したこの至高の芸術が、少しでも一般の音楽愛好家の間で関心をひくようになってきたことは、私たちのように長年このレパートリーに取り組んできたものには喜ばしいことです。特に合唱音楽に関心のある方にとっては、ルネッサンス以来の作曲家達が生み出してきたミサ曲やモテットなどの宗教音楽のルーツを知るという意味でも、グレゴリオ聖歌に少しでもなじむことは、とても意味のあることと思われます。本日のプラグラムはその点を考慮し、グレゴリオ聖歌と、それをもとにしたルネッサンスおよび、近代、現代の作曲家を、比べながら味わっていただけるように組まれています。

現代は、まさに音楽史の博物館と言っていいくらい過去のあらゆる時代の音楽が演奏され、楽しむことができますが、周知のごとく、19世紀以前には演奏されるほとんどの音楽が同時代の作品でした。それに対し、カトリック教会では中世以来現代に至るまで途切れることなくグレゴリオ聖歌が歌い継がれてきました。音楽史の本では、グレゴリオ聖歌は一番始めに述べられ、ポリフォニーの時代になると姿を消してしまったかのような印象を受けますが、実はそうではないのです。確かに、そのレパートリーの大部分は多声音楽誕生以前に成立していましたが、その後も長い間、教会の音楽といえばまずはグレゴリオ聖歌だったのであり、また現代にいたるまで同じようなスタイルで作曲されてさえきました。ルネッサンスの時代では、例えばデュファイやジョスカンなどの作曲家、音楽家達が最も多くの時間聴き、演奏してきたのはほかでもないグレゴリオ聖歌だったのです。彼らの作品である多声音楽は、特別な機会、主な祝祭日のために作曲され、演奏されましたが、それもほとんどがグレゴリオ聖歌の歌詞と旋律に基づいているものなのです。そして19世紀、20世紀になっても多くの作曲家達がグレゴリオ聖歌にインスピレーションを受け、その歌詞を利用して教会の典礼のために新しい音楽を作ってきました。

教会の典礼は大きくミサと聖務日課に分けられます。ミサはもちろん最も重要な行事で信者の生活の中心です。聖務日課は現在では修道院で歌われるか、神父様方が祈祷書を片手に祈られるかで、一般にはあまり知られませんが、昔は、カテドラルや一般の教会などでも盛大に歌われていました。「常に祈りなさい」と言われたキリストの教えに従い、聖務日課は毎日深夜あるいは日の出前の一番長い朝課に始まり、賛課、1時課、3時課、6時課、9時課、晩課、と続き、就寝前の終課で一日を閉じます。1週間のうちに150ある詩篇をすべて祈る(歌う)ということから、聖務日課の大部分は詩篇の朗唱からなっています。詩篇は一節ごとに教会内陣の右側と左側に座る人たちで交互に朗唱(一定の音の高さで唱えるように歌われる)されますが、それぞれの詩篇の前後に、アンティフォーンと呼ばれる短い歌が歌われます。それは、その詩篇の最も中心的な節であったり、教会暦に合わせた内容、つまり例えばその日に祝われる事柄を端的に表現した聖句であったりします。詩篇以外の聖書もわずかですが朗唱されます。その後には、今読まれた聖句に対する返答、という意味で、レスポンソリウム(答唱)が歌われます。特に聖書朗読の多い朝課で歌われるレスポンソリウムは音楽的にも複雑で芸術性の高いもので、ミサで歌われるプロプリウム(固有唱)に比べられるものです。もう一つ聖務日課の中で重要な楽曲は、ミラノの司教聖アンブロジウス(339?-397)が発展させたといわれるイムヌス(賛歌)です。他の曲の歌詞が、詩篇も含めて主に聖書からとられた散文であるのに対して、賛歌は、おそらく4世紀以降に作られた韻文を歌詞に持つ、いわゆる有節歌曲です。

聖務日課の一例として次に、モンテヴェルティやモーツァルトの音楽でも有名な晩課の構造を示しておきます。晩課 Vesperae はルネッサンス以降には多声楽曲、管弦楽付きの曲も演奏され、聖務日課の中でも最も盛大に行われてきました。

1. Deus in adiutorium 先ず「主よ、急いでわたしを助けに来て下さい」という短い句が朗唱されます。
2. 次に4つあるいは5つの詩篇がそれぞれアンティフォーンにはさまれて朗唱されます。
3. 聖句朗唱
4. 短い答唱
5. イムヌス(賛歌)
6. Magnificat 晩課のクライマックスとして、新約聖書からとられた聖母マリアの頌歌マニフィカート「私の魂は主をあがめ」が、特に祝祭日には長めのアンティフォーンにはさまれて、荘厳に朗唱されます。
7. 主の祈りとその日固有の祈祷
8. Benedicamus Domino 「我ら主をたたえます」という句が歌われ晩課を閉じます。

アンティフォーンとはそもそも「交唱」とも訳されるように、二つのグループによる掛け合いのような歌い方を意味していたようです。あるいは複雑なソリストの歌に対する会衆の単純なリフレインの意味もありました。それがローマ教会の典礼の中では、逆に、前に述べたように、単純な詩篇の朗唱をサンドイッチ式にはさむように、詩篇の前後に、音楽的にも美しく歌われるものとなりました。詩篇と同様に、しかしより厳かに朗唱される頌歌(賛課ではザカリアの頌歌 Benedictus、晩課ではマリアの頌歌 Magnificat、終課ではシメオンの頌歌 Nunc Dimittis)のアンティフォーンにはより長く、美しいものが多くあります。今晩歌われる O sacrum convivium「おお聖なる宴」と Tota pulchra es「真に美しい人」はその例です。その他にも、朗唱詩篇や頌歌とは関係なく、それだけで単独で歌われるアンティフォーンもあります。特に12〜13世にさかんに信仰されるようになった聖母マリアに対してアンティフォーンを歌う習慣がおこり、現代にいたるまで、終課の最後に季節に応じて4つのマリア・アンティフォーンの一つが歌われます。Salve Resina「元后、あわれみの母」はその一つです。

そのアンティフォーンをテーマとした本日のプログラムの組み方は全体が「アンティフォーン式」の構成になっています。つまり、前半の中心である賛歌 Ave maris stella「めでたし海の星」が二つのアンティフォーンで挟まれており、後半は聖母マリアの頌歌マニフィカート前後にマニフィカート・アンティフォーンをつけて演奏し、さらにその前後にまた別のアンティフォーンが歌われます。プログラムのはじめとおわりはそれぞれ聖母マリアのためのアンティフォーンとなっています。これらの曲はすべて聖務日課のためのものです。そして、それぞれグレゴリオ聖歌と、それをもとにして、同じ歌詞で作られたルネッサンス・ポリフォニーの曲と、近現代の作曲家の作品が続けて演奏されます。ルネッサンスの大家達の作品は歌詞だけでなく、旋律も作品の素材として使われており、彼らの卓越した対位法の技法が十分味わっていただけるものと思います。


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