東京スコラ・カントールム第31回定期・慈善演奏会
歌え、主に新しき歌を
Singet dem Herrn ein Neues Lied!


(1996/9/27、指揮:花井哲郎、聖アンセルモ目黒カトリック教会)


《曲目》
1. なにゆえ異邦の民は (SWV23) ハインリッヒ・シュッツ(1585-1672)
Warum toben die Heiden Heinrich Schuetz
2. 幸いなるかな ハインリッヒ・シュッツ
Selig sind die Toten Heinrich Schuetz
3. 涙して蒔くもの ヨハン・ヘルマン・シャイン(1586-1630)
Die mit Traenen saen Johann Hermann Schein
4. 主なる神よ、我をあわれみたまえ (BWV721 オルガン・ソロ) ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685-1750)
Erbarm' dich mein, o Herre Gott Johann Sebastian Bach
5. 我らの苦悩 ヨハン・ルートヴィッヒ・バッハ(1677-1731)
Unsere Truebsal Johann Ludwig Bach
6. 歌え、主に新しき歌を (BWV225) ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685-1750)
Singet dem Herrn ein neues Lied Johann Sebastian Bach
7. なにゆえ異邦の民は フェリックス・メンデルスゾーン(1809-1847)
Warum toben die Heiden Felix Mendelssohn Bartholdy
8. わが神、なにゆえ我を見捨てたもうや フェリックス・メンデルスゾーン
Mein Gott, warum hast du mich verlassen? Felix Mendelssohn Bartholdy
9. フーガ変イ短調(オルガン・ソロ) ヨハネス・ブラームス(1833-1897)
Fuge as-moll Johannes Brahms
10. 我、おろかしく ヨハネス・ブラームス
Ich aber bin elend Johannes Brahms
11. 人のよわい(寿命)は短く マックス・レーガー(1873-1916)
Der Mensch lebt und besteht Max Reger
12. 帰りなんいざふるさとへ フーゴー・ディストラー(1908-1941)
Ich wollt, dass ich daheime waer Hugo Distler
13. 歌え、主に新しき歌を フーゴー・ディストラー
Singet dem Herrn ein neues Lied Hugo Distler


《プログラムノート》
『歌え、主に新しき歌を』 ... 小笹和彦 (東京スコラ・カントールム主幹)
17年という歳月は短いようで長い。1979年。「歌え、主に新しき歌を」と題して初めての演奏会にのぞんだ私たちは、まだ少壮の意気に燃えていた。
長く修道院で祈りの生活に徹しておられた黒岩英臣先生は、まだ青年のような面影を残しておられた。そして、その信仰と音楽が一つになった祈りの音楽は、たちまちのうちに皆を魅了した。それこそ私たちが求めつづけていたものであり、東京スコラ・カントールム創設の目的であった。
私たちは小人数、ことに男声の人員が心細かったものの、5月に旗揚げ公演する計画を立て、2月に初練習を開始した。皆の目はキラキラと輝き、どんなに忙しいときでも練習にはせ参じた。だが3ヶ月足らずの練習でバッハのモテット「歌え、主に新しき歌を」を完成するのは無茶だった。
そこで、演奏会直前にオルガニストの赤津智子さんの紹介で、二人のガンビスト(ビオラ・ダ・ガンバ奏者)に応援を頼んだ。オランダで古楽奏法を学んで帰国されたばかりの神戸愉樹美さんと、今は亡き宇田川佳子さん。今にして思えば豪華キャストとの出会いであった。
テープを聞いてみると、何とも荒削りな、それでいて意気盛んな歌声が聞こえてくる。
17年が過ぎた……

昨年暮、かつてスコラで共に歌った年若い友人、花井哲郎君がオランダから「歌え、主に新しき歌を」と題する演奏会をしようと提案してきた。彼は旗揚げ公演のころ、まだ高校生だった。だから、私たちは気安く花井君とか哲ちゃんなどと呼ぶ。だがヨーロッパでは、特にオランダでは、もう立派なマエストロとして通っている。その彼が日本に帰り、私たちと共に第1回の時と同じテーマで演奏会を開こうという。感無量であった。よりよく、より「新しい歌」が歌えるかもしれない。

彼の天職は教会音楽家である。が、その教会音楽家なるもの、並大抵の技能や、知識や、経験だけで僭称できるタイトルではない。西欧の多くの国で、この資格は国家検定をパスしたものにしか与えられない。
その合格者はレベルによって異なるものの、まずはキリスト教会二千年の歴史を知らなければならない。それが文化と芸術に及ぼした影響を熟知していなければならない。カトリックとプロテスタントの聖書と神学の異同を知ることも必須である。それらに通暁するためにはオランダ語、ラテン語、独・仏・英語を解する必要がある。オルガン、チェンバロをはじめとする各種器楽の演奏をよくし、作・編曲と即興・移調演奏、声楽唱法、古楽奏法、指揮法などの実技に長じ、調律や様式論をふくむ楽理・楽典についての該博・最新の知識を究めなければならない。
こんな人材は世界中探してもめったにいない。だが、以上の条件を満たして余りある存在が、今、満を持して日本に帰り、東京スコラ・カントールムの活動に参画してくれるという。夢のような話である。
提示されたプログラムが、また素晴らしい。明らかに初回の演奏会プログラムをしのぐ深さと広がりがある。初回、全プログラムの終曲はバッハのモテットにした。が、今回は、バッハに代わって私たちと同時代を生きたディストラーの作品がフィナーレを飾る。それは時間軸に沿った配列、というより、バッハは究極であるが、終極ではない、むしろそこから流れだすものに注目したい、というマエストロ・花井の祈りにも似た主張がこめられているように感じた。
ディストラーの作品は、おそらく、本邦初演の難曲である。これを採りあげ、アマチュア合唱団を指導して全プログラムの真打にするというのは、よほど勇気のいる決断だったに違いない。事実彼が練習の後に、ひそかにため息をもらすのをみたことがある。
だが彼は、それをあきらめようとはしなかった。私たちも同様、食いついて離れなかった。それは「新しい歌」が、心のうずきと共に、新たな情熱と歓喜をもたらしてくれたからなのである。

そもそも「新しい歌」は「古い歌」と対をなす。紀元前10世紀に、ダビデ(イスラエル第2代の王)が、初めて「新しい歌を」ということばを聖書に用いた。そのとき、ダビデの意識の根底には、モーセとイスラエルの民衆によって歌われた古い歌への訣別の情があったはずである。
その違いがどこにあったのか。それを解き明かす知恵が私にはない。けれどもダビデの詩を熟読すれば、誇り高い選民意識に安住し、伝統と慣習と戒律でがんじがらめになった社会と個人に対し、強く覚醒をうながす声が聞こえてくる。
あるいは、それは彼自身のひそやかな魂の叫びだったかもしれない。しかし、いつしかそれは池に広がる波紋のように全地、全山、全世界、生きとし生けるものすべてにこだまする響きとなった。三千年の長きにわたり、その詩は人々の心に清新な神への思いをかりたてつづけてきたのである。

シュッツも、シャインも、バッハ一族も、メンデルスゾーン、ブラームス、レーガー、ディストラーも同じ心であった。
それぞれ先達の例に倣いながらも、自分なりの、自分にしかできない「新しい歌」を捧げる。時代を異にし、環境を異にし、表現も異にする。けれども思いはひとつであった。
絶えず「新しい歌」を追い求め、歌い上げていく。それこそ私たちの全てである。
ともすれば人は過去に執着する。だが執着は慣習に堕し、慣習は怠惰をもたらす。そして怠惰は精神の死を意味する。しかし私たちは、命あるかぎり日々に新たに生きていきたい。
今回のプログラムは、私たちをそんな思いで満たしてくれる。



『古い歌、新しい歌』 ... 花井哲郎 (東京スコラ・カントールム指揮者)

「主に向かい、新しい歌を歌え」と題するこの慈善演奏会のテーマは、実は死と苦悩である。この、相反するように思われる題と内容とを結ぶものは何か。まず「新しい歌」とは何であるか考えてみよう。旧約聖書詩編にくり返し現れるこの喜びの声は、エジプトから導き出されたイスラエルの民の感謝を表すのであろうか。ユダヤ教の詩編を自分のものとしてもう二千年もの間その言葉によって祈り続けてきたキリスト者にとっては、洗礼によって新しい人として生まれ変わったことを確認する歌かもしれない。

新生児の産声は、本人の気持ちはいざ知らず、お産の様子を周りで見守ってきた者達にとっては、輝かしい「新しい歌」である。この場合のように、もう過ぎ去った「古い」に対する新しさではなく、普通とは違うものとしての新鮮さという意味も「新しい」にはある。その反対に、ドイツ語で「いつも古い歌を歌っている」というと、同じことの繰り返し、同じ愚痴をこぼしているといった意味になる。日々の生活の不満、悩み、苦しみとしての「古い歌」がつまり問題なのである。

詩編の作者も苦しみを歌っている。「我おろかしく罪に悩む」(ブラームス)、「我が神、なにゆえ我を見捨てたもうや……なんじ我をば死の塵に捨て置きたまえば、万犬我に群がり、悪意満てる群衆我を囲みぬ」(メンデルスゾーン)。そのほか悩める者の詩編における表現には実に魂をえぐられるようなものがある。「死の塵」という表現に見られるように、死への恐怖は苦悩の原因の一つであろう。「人のよわいは短く、その栄華はうたかたのごとし」(レーガー)という真実の前に、我々は身震いをおぼえる。あるいは逆に、「この世のあまりに狭ければ、彼岸こそなんじの帰り行くべき所なり」(ディストラー)と現実逃避ともとれる死のとらえかたもあろう。

ところでいかなる苦しみも相対的なものである。恋人に会う日に大きなにきびの出来てしまった少女の悩みは、倒産に脅える社長に比べれば何でもないかもしれない。それも解脱を目指して克己する修道者にとってはとるに足りないことと思えるだろう。そしてそれらはみなやがては消えていくものである。「われらの苦悩、そは瞬時にして軽し」(J.L.バッハ)。死はどうであろうか。悩み極まった者にとって、死者は「その労苦をとかれて休」むことの出来る「幸いなる」者と思えるだろうか(シュッツ)。あるいは死は絶対的なすべての終わり、その後には何も無い人生の絶望的終極点であろうか。

一般に、死後の世界については人は確実性をもって何をも知ることもできず、従ってそれは信仰の領域に属することになっている。だから、人は死後無に帰するというのも、悪人が閻魔様の所に行くというのも、同様に信仰である。聖書は何と言っているか。「涙して種まくもの、歓喜して刈り入れにいたる」(シャイン)「われらにもたらさるるもの、そは永遠、想像を絶する貴重な栄光」(J.L.バッハ)。近代、現代の高度に工業化された地域の国民の一部を除けば、人類は恐らくどこでもどの時代でもいろいろな形で、魂の永遠性を信じてきたのだと思う。キリスト者はいずれ父なる神の栄光のうちに入ることが出来るという信仰のうちに、それを可能にしてくれたイエスに倣って(イミタチオ・クリスティ)、愛の実践を通して私達のうちに既に始まっている天国をこの地上に少しでもあらわそうと努力しているわけである。

J.L.バッハの歌詞が取られているコリント人への第二の手紙には、その箇所の直前に「たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく」とある。「新しい歌」を歌う私達の心のうちはそれぞれの思いでいっぱいである。プログラム前半と後半の冒頭で、詩編第二編は、ときには天につばする愚かなる私たちを日常性の眠りから揺さぶり起こしてくれる。魂をこの世に結び付けるあらゆる俗事をしばしでもふるい落とそう。そしていつも新たな気持ちで心を高く挙げ、地には平和をもたらすことで皆一致していきたいものである。


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