東京スコラ・カントールム第38回定期・慈善演奏会
J. S. バッハ クリスマス・オラトリオ (抜粋)
J. S. Bach ... Weihnachts-Oratorium


(2001/1/13、 指揮:花井哲郎、 聖心女子大学聖堂)


前半(I〜III部より) 1, 2, 3, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 16, 17, 18, 19, 20,
21, 22, 23, 25, 26, 27, 28, 29, 30, 31, 32, 33, 34, 24
後半(V〜VI部より) 54, 44, 45, 46, 48, 49, 50, 51, 55, 56, 57, 58, 59, 60, 61, 62, 63, 64
※曲番号は新バッハ全集によるものです。



《プログラムノート》
... 花井哲郎 (東京スコラ・カントールム指揮者)

あらすじ
クリスマス・オラトリオは一般的な形ではないにせよ、オラトリオである以上物語であり、筋があります。新約聖書にある、良く知られたイエス・キリスト降誕の物語です。

第1部:ヨセフとそのいいなずけマリアが住民登録のためにユダヤのベツレヘムという町に行ったところ、ちょうどマリアの月が満ち、子供を生みます。宿がとれなかったため、赤子は飼い葉桶に寝かされます。
第2部:その夜、近くで羊の番をしていた羊飼いに天使が現れ、救い主が生まれたことを告げます。さらに天使の大群が加わり、「いと高きところには、神に栄光」と神を讃美します。
第3部:羊飼いたちは天使の言葉に従ってベツレヘムに行き幼子を見つけると、その母マリアにその言葉を伝えます。
第4部:キリストの割礼と命名を記念日用。今回の演奏では全体を割愛します。
第5部:この誕生を星のしるしによって知った3人の博士たちが東方からやって来て、ヘロデ王にその子のことを尋ねます。
第6部:再び星を頼りに幼子を見つけた博士たちは礼拝して黄金、乳香、没薬を捧げます。夢でお告げを受けた博士たちは、見つけ次第報告するようにとのヘロデ王の言いつけに従わず、自分たちの国に帰っていきます。

「現代」 によみがえる福音書の物語
物語は、エヴァンゲリスト(福音書記者)の役割を担うテノールによって、福音書の言葉を通して語られます。これは通奏低音のみの伴奏による単純なレチタティーヴォですが、天使、東方の三博士などの「せりふ」はオーケストラ付きの楽曲として作曲されています。これに、マタイ受難曲などと同様、聖書の言葉を深める歌詞を持つ様々な楽曲が加わり、全曲が構成されます。

【合唱】
全オーケストラを伴う大規模な合唱は、各部の内容を総括し、雰囲気を作り出し、物語を導入します。第1部の冒頭合唱は、バッハの住むライプツィヒが属していたザクセン選帝候国の妃の誕生日を祝して作曲されたカンタータ「太鼓よとどろけ、ラッパよ響け」に新しい歌詞を付けて作り直したもので、神の子の誕生を喜ぶ明るさと躍動感に満ちあふれています。本日プログラムの後半最初に演奏される第6部の冒頭合唱は、ヘロデ王に象徴される私たちの敵に対して、神の助けのもと信仰に堅く立てるよう祈る、力強い響きを持っています。

【レチタティーヴォ】
物語に対するコメントとしてのレチタティーヴォは、クリスマス・オラトリオの特徴でもあり大きな魅力でもあります。独立した楽章である場合と、聖書の言葉を歌うエヴァンゲリスト等から切れ目なく歌われる場合があり、福音書の物語を劇的なオラトリオの次元へ変容させ、さらに出来事を解釈、解説します。第2部ではさらに福音書に記されていない物語をつけ加えるかのような働きもしています。つまりそこでは羊飼いたちがまだ野原にいる時点ですでにイエスのもとへ行かしめ、マリアと共に子守歌を歌っている光景を挿入しているのです。
これらのレチタティーヴォは大概フルート、オーボエ・ダモーレなどの楽器が加わるアコンパニアートとして作曲され、通奏低音のみの単純な伴奏による福音書記者の言葉とは区別されているので、容易に聞き分けることができるでしょう。第49曲では弦楽による伴奏で、救い主が生まれたことを知ったヘロデ王達の驚きを、激しい音型で表現しています。

【アリア】
レチタティーヴォが歌による説教、といった趣があるのに対して、アリアはその内容を聴く者の個人的な問題の次元へと、感性的に訴えかけてきます。第8曲バスのアリアは、全知全能の神の子が薄暗く汚い馬小屋に眠るという対比を、王の支配を表す堂々としたトランペットの栄華の響きの中で語り、鮮烈な印象を与えてくれます。天国的な優しさにあふれた第19曲のアルトの子守歌も、イエスの喜びを自分の喜びとしたいという個人的な信仰の吐露です。弦楽合奏に加わるオーボエ族の楽器4本は、傍らで共に歌う羊飼いらを象徴しているのでしょう。第31曲のアルトのアリアなどにもみられるように、アルトはオラトリオの中でしばしば母マリアの気持ちを代弁し信仰者へ橋渡しをする役割があるようです。
クリスマス・オラトリオの中では、バッハが他の機会のために作曲したアリアを再利用したものが多い中で、第51曲の三重唱はオリジナルの作曲である可能性が高い曲の一つです。救い主誕生の予言を受けて、いったいその方はいつ来てくださるのか、どうか来てください、と自分自身にイエスが来てくれることを願うソプラノとアルトの叙情的な声に、テノールがそのような嘆きを制止し、イエスはすでに来ていることを力強く宣言します。

【コラール】
物語への感情移入をさらに越えて、教会としての会衆の信仰告白として随所に挿入されているコラールにより、クリスマスの出来事を現代の私たちに深く関わる関心事としてくれるオラトリオの働きは完結します。バッハによる巧みな和声付けによって歌詞がオラトリオの中で持つ意味が浮き彫りにされ、これらの会衆の単純な讃美歌は、ちりばめられた宝石のように輝いています。
前半の中心に位置し、主の降誕の奥義を告げる第17曲のコラールは、身を低くした神の子を現すかのように低い音域で歌われ、オクターブを越えて上昇する低音の動きが、馬小屋に寝ているのは全地を支配する神の子であることを告げています。
独立したオーケストラの楽曲を伴うコラールでは、合奏部分が歌詞の内容の理解を助けてくれます。第9曲は自分の心のゆりかごにイエスを寝かせることを願いますが、トランペット・アンサンブルがその幼子が神の子であることを高らかに告げています。第23曲では天使の「天のいと高きところには神に栄光」の声、管楽器が示す歴史上の登場人物である羊飼い達、そしてそこに唱和しようという私たち自身の讃美が時空を越えて重なり合っているかのようです。

クリスマス・オラトリオの特殊性
通常「オラトリオ」という形式の楽曲は、舞台上の演出を伴わない音楽によるひとつの劇であり、通して演奏されるものです。バッハと同時代のヘンデルが旧約聖書の物語を題材に作った数多くのオラトリオがそのいい例でしょう。ヘンデルなどの場合、全体は大きく2つか3つの部分に分かれて、独唱、合唱、管弦楽による大規模な編成を持ちます。
バッハのクリスマス・オラトリオは実際には12月25日に始まるクリスマス・シーズンのそれぞれ異なった礼拝の中で、6日間にわたって教会カンタータとして演奏されたものであり、一晩で上演される通常のオラトリオとは性格が違っています。6つの部分はそれぞれクリスマス第1、2、3祝日(12月25、26、27日)、新年(割礼の祝日)、新年後の日曜日、公現の祭日(1月6日)に演奏されました。
にも関わらずバッハは自ら6曲をまとめてオラトリオというタイトルを付けており、全体を一つの完結した作品と見なしていたに違いありません。それにふさわしい物語、楽曲構成上の一貫性、統一性があるのです。現代のようなデパートでの買い物ではなく、聖書の言葉と連日参列する礼拝がクリスマスの中心であった当時のライプツィヒの人々にとって、多少の時間、日にちをおいても、連続して耳にするこれらのカンタータは、関連性を持った一つのオラトリオとして認識されたことでしょう。
現代においてこのような当時の典礼の状況を再現することは、まず無理です(いつか実現して本来の姿を追体験してみたいとは思いますが)。とはいうもののカンタータを6曲続けて演奏するのは作品の持つ意図から、少々ずれていると言わざるを得ません。そこで、いっそのこと一晩で連続して聴けるものに編集してしまおう、と思い立ち、本日は抜粋版の演奏をすることになりました。順序を入れ替えた曲もあります。

バッハによって完璧なまでに良く練られた全体の中からある曲を削るというのは困難極まりない、無謀な企てではありますが、おおよそ次のような要領で抜粋しました。
各部冒頭の導入曲(合唱)については、間奏的な性格の強いオケのみによる第2部のパストラーレ以外、前半、後半の冒頭、及びリピートとして、前半の最後のみにし、休憩以外の大きな区切りが途中に来ないよう配慮しました。したがって、休憩を挟んで前半も、後半も、トランペット・アンサンブルの含まれるニ長調の合唱で始めと終わりをくくり、バッハの意図したシンメトリーの構造が生かされるようになっています。第4部は全体を割愛しますが、それは、この曲だけホルンが必要でオーケストラの編成上異色で、内容もオラトリオとしての流れの中では比較的物語性に乏しいと感じたからです。そのほか一晩の演奏会の時間に収まるよう、時間短縮のために数曲のアリア、コラール等を割愛しました。
原曲の全体が崩れてしまっていることに変わりはありませんが、一つの可能性としてご理解ください。そして現代の私たちにとっても大きな意義を持つクリスマスのメッセージを、バッハの音楽を通して分かち合うことができれば幸いです。

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