東京スコラ・カントールム第45回定期・慈善演奏会
ヴェネツィアの復活祭 … 17世紀多重合唱のモテットとモンテヴェルディのミサ曲

(2005/4/3、指揮:花井哲郎、カトリック碑文谷教会)


《曲目》
1. 今日キリストは死者のうちから
Hodie Christus a mortuis a 13
ジョヴァンニ・ガブリエリ(c.1588-1613)
Giovanni Gabrieli
2. "4声のミサ" より キリエ
Messa a 4 voci da Cappella "Kyrie"
クラウディオ・モンテヴェルディ(1567-1643)
Claudio Monteverdi
3. "4声のミサ" より グロリア
Messa a 4 voci da Cappella "Gloria"
モンテヴェルディ
C. Monteverdi
4. カンツォーナ 11番
Canzona XI
ガブリエリ
G. Gabrieli
5. 神を喜びたたえよ
Jubilate Deo
ガブリエリ
G. Gablieli
6. 誰を探しているのか、マグダレーナよ
Quem quaeris, Magdalena a 12
ヨハン・ヘルマン・シャイン(1586-1630)
Johann Hermann Schein
7. "4声のミサ" より サンクトゥス
Messa a 4 voci da Cappella "Sanctus"
モンテヴェルディ
C. Monteverdi
8. 聖体奉挙のトッカータ(オルガン独奏)
Toccata per l'Elevatione
ジロラモ・フレスコバルディ(1583-1643)
Girolamo Frescobaldi
9. アニュス・デイ
Agnus Dei
モンテヴェルディ
C. Monteverdi
10. カンツォーナ 12番
Canzona XII
ガブリエリ
G. Gabrieli
11. アレルヤ、主をその聖所でたたえよ
Alleluja! Lobet den Herren in seinem Heiligtum
ハインリッヒ・シュッツ(1585-1672)
Heinrich Schütz



《プログラム・ノート》 ...大森 七恵 (東京スコラ・カントールム)

皆さんは春の訪れを、どのような時に感じるでしょうか。木の芽が萌え、頬にかかる風が暖かくなったのを感じた時、桜の花が青空に映える通りを歩く時…。最近では、鼻の粘膜が春を知らせてくれる、という人も多くなったようです。
ヨーロッパでは、街角のカフェが通りにテーブル席を出すようになると、春が近づいた気分になる、と言った人がいました。暗く長い冬、屋内に籠っていた人々が、テラスに腰掛けて青空の下、アイスクリームをつつき始めたら、春はもうすぐそこです。
キリストの復活を祝うイースター(復活祭)のころになると、街にも野山にも緑があふれ、花がいっせいに咲き出し、本格的な春がやってきます。復活祭までの40日間を、キリストの受難を覚えて節制のうちに過ごす教会にも、イースターと足並みを揃えるように訪れる新しい季節は、明るさと華やかさ、そして復活の喜びを運んできます。
そんな復活祭を祝う音楽の中から、本日は17世紀初頭のヴェネツィアを彩った多重合唱作品を中心にしたプログラムをお届けします。

17世紀初頭の音楽を音楽史的に分類すれば、「初期バロック」ということになります。ルネサンスの時代から、来るべきバロック時代を象徴する新しい様式が取り入れられ、演奏形式にも大きな変化が見られたのがこの時期です。それぞれの声部が奏でる旋律が互いに絡み合うことで立体的なハーモニーをつくり出していたのがルネサンスの様式だったとすれば、バロックの様式は、通奏低音と呼ばれる伴奏の上に、幾つもの音が和声となって重なり合うことでつくり出されます。器楽演奏の分野での発展が見られたことも、こうした様式が普及する要因となったようです。世俗音楽の世界ではオペラが、また宗教音楽にもオラトリオという新しいジャンルが生まれ、発展したのもこの時代です。
本日演奏する合唱作品も、10を超える声部から成り立っています。それぞれの声部が、交互に呼びかけあいながら、あるいは同じリズムを刻みながら、表情豊かに展開していきます。ここに楽器の音色が加わることで、重厚で壮麗な響きが生まれます。

こうした様式の代表的作曲家のひとりが、イタリア・ヴェネツィアで活躍したジョヴァンニ・ガブリエリ(Giovanni Gabrieri, c.1558-1613)です。「今日キリストは死者のうちから」は、まさにイースターを祝う歌詞を持つ作品です。キリストの死と復活によって、闇の中を歩んでいた人々に光が差し、天の国への道が開かれたことを、豊かな表現で歌い上げます。「神にむかって喜びの歌を歌え」は、詩編に由来した作品です。特に曲の中で何度も繰り返されるフレーズ "Jubilate Deo, omnis terra"(全地よ、神にむかって喜びの歌を歌え)は、浮き立つようなリズムが喜びを、そして "omnis terra"に向かって高音域と低音域へと広がる重厚なハーモニーが、その喜びが全世界へ広がっていくようすを実に見事に表現しています。"servite Domino in laetitia"(喜びのうちに主に仕えよ)に特徴的な、異なるリズムどうしの掛け合いも、作品にさらなる華やかさを与えています。

こうした様式を受け継いだ作曲家が、ドイツにも登場します。三十年戦争の影響で国内が混乱し、周辺諸国に比べて音楽家が生まれにくい環境にあったドイツでは、多くのイタリア人音楽家が活躍しており、ドイツ人音楽家はおのずとその影響を受けることになりました。ドレスデンの宮廷を中心に活動したハインリヒ・シュッツ(Heinrich Schutz, 1585-1672)は17世紀初頭、数度にわたってヴェネツィアを訪問しています。バッハ以前の「三大S」と呼ばれるシュッツ、シャイン(ヨハン・ヘルマン・シャイン:Johann Hermann Schein, 1586-1630)、そしてシャイトの多声音楽作品には、当時のヴェネツィア楽派の影響が見られるとともに、どこかバッハに通じるドイツ・バロックらしさも感じられます。
シャインによる「誰を探しているのですか、マグダレーナよ」は、キリストの墓を訪ねたマグダレーナ(マグダラのマリア)と天使とのやりとりで構成されています。十字架の処刑から三日めの朝、墓に出かけたマグダレーナの前に天使が現れ、キリストが復活し、もはや墓の中にはいないことを告げます。数日前、十字架の傍らでイエスの死に悲嘆し、埋葬されたイエスの墓にまでも細やかな心遣いを見せたマグダレーナには、復活の喜びが最初に伝えられました。天使の言葉やそれに対するマグダレーナの驚きが、楽器と合唱によって劇的に描かれています。
詩編150編「アレルヤ、主をその聖所でたたえよ」は、今回のレパートリーのうち、唯一のドイツ語作品です。あらゆる楽器を使って、あらゆる存在が主を賛美するように呼びかけたこの作品では、それぞれのパートソロに続いて全声部が呼応するというユニークな形式で演奏されます。個々の楽器を表現するフレーズの、特徴的なリズムや旋律にも耳を傾けてみてください。

ヴェネツィア・聖マルコ大聖堂の楽長の職にあったクラウディオ・モンテヴェルディ(Claudio Monteverdi, 1567-1643)も忘れてはならない存在です。本日は彼の『4声のミサ』を、演奏会の軸にしてお送りします。楽器、合唱ともに声部の多い編成を持つモテットとは対照的に、ミサ曲は通奏低音と4声部のみで演奏されます。本日演奏するモテット群に見られるような重厚さや壮麗さよりも、ルネサンスのポリフォニー様式ならではの、互いの声部によって奏でられる旋律の重なり合いが特徴的なミサ曲です。それぞれの声部が、繊細かつ大胆に呼応し合うようすを、存分にお楽しみいただけることと思います。

合唱の醍醐味は、違う個性、違うバックグラウンドを持つ仲間たちが、同じ作品に向き合い、同じ音楽を味わい、ひとつのハーモニーを奏でるところにあります。その過程は、決して楽しいばかりではありません。周りの声に耳を傾け、自分の声を省みながらハーモニーを紡ぎ出す難しさ、息を合わせるために要する忍耐。そして、譜面の向こうに潜む、作曲家の思いやメッセージを歌に乗せること。こうした苦労や、その先にある楽しさを、今回の練習ほど強く感じたことはないかもしれません。10以上の声部からなる作品に取り組むことは、めったにないからです。
多くの声部が複雑に絡み合い、やがてそれらがハーモニーとして形づくられていく。少しずつ、本当に少しずつ、仲間たちと歌う喜びを味わえるくらいに音楽が醸成され、それぞれの作品が愛着のあるものになっていく。長く暗い冬が終わり、やがて明るい春の光が射すように、こうして今日、私たちの前には合唱の楽しさがはっきりと見えるようになりました。
そう考えて、改めて今回のプログラムを眺めてみると、すべての作品から、復活の喜びだけでなく、声を合わせて歌う喜びが満ち溢れているように感じられます。

今年の復活祭(イースター)は先週、3月27日に祝われました。イースターから一週間後の日曜日、キリストは、エマオという街へ向かう弟子のもとに現れ、旅路をともにします。やがて日が暮れかかった時、彼が復活したキリストだと気付かない弟子たちは、「もう夕闇が迫っているのに、旅路はまだ残っています。どうか今日の宿に、私たちとともにとどまってください」と呼びかけます。食卓で語り合い、やがて弟子たちがキリストの復活を信じたころ、彼の姿は弟子たちの目の前から消えてしまいます。しかし旅を続ける弟子たちの心は喜びと、平安に満ちている…。古今の画家が『エマオのキリスト』として描いた、新約聖書の中の有名な物語です。
今日は、ちょうどイースターから一週間後の日曜日にあたります。私たちの演奏をとおして、イースターの喜び、新しい春の喜びが、今日こうしてお越しくださった皆様の中にも、とどまることを祈ってやみません。

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