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本当の名前は?

 

このページで紹介する楽器は箏(そう)と呼ばれる撥弦楽器です。箏は弦楽器の中ではツィター属に分類され、その起源は紀元前4世紀の中国にさかのぼります。日本に伝来したのは奈良時代の7世紀といわれています。日本では多くの人がこの楽器を「こと」と呼び、図1のように「琴」と書きますが、本来「琴」はハープ属に分類されるブリッジを持たない楽器を指し、「こと」という呼び名は弦楽器の総称 として用いられています。そこで箏奏者や邦楽関係者の間では図2のように書いて「こと」と読むようにし、誤用を避ける努力をしてきました。箏をこよなく愛する人々にとって、その名前を正しく覚えてもらうことは重要なことだからです。しかし、新たな 混乱を招いたり、誤解を生む可能性が常にありました。

 

図1

 

図2

 

1946年以降、GHQ(連合国軍総司令部)占領下で国語を学んだ日本人は画数が多く複雑な漢字を学ぶ必要がなくなりました。当時の内閣は、日常使用する漢字を制限するために1,850字からなる当用漢字表を制定し、「箏」を含むその他多くの漢字が教科書や公文書から姿を消したのです。その結果、「琴」が「箏」の代替文字となりました。戦後の日本における教育改革のマスタープランは 、GHQが日本に派遣した教育使節団によって書かれた所謂、第一次アメリカ

教育使節団報告書であり、そこには、漢字・平仮名・カタカナの全廃及び将来的に国字としてローマ字を導入するなどの改革案が盛り込まれていました。内閣はこの報告書に基づき、漢字制限及び、複雑な漢字の簡略化を余儀なくされたのです。箏の字も、やがて図3のように簡略化されました。

 

 

図3

漢字廃止論は、既に19世紀の江戸時代後期からありました。一部の有識者は平仮名もしくはローマ字を国字とすべきであると主張し、膨大な数の複雑な漢字を学校で学んだり、教師が教えるために費やす時間を、漢字廃止によって大幅に削減できると考えていました。実際、活版印刷において障害となっている漢字そのものを無くすことは有益であったかも知れません。戦後になってからは、いっそフランス語を国語にすれば良いと著名な作家が主張しています。半世紀後には当用漢字を含むほぼ全ての漢字が電子化され、ソフトウェアを使ってパソコン上で自由に変換できるようになったわけですが、当時これを予測できた人は少なかったでしょう。因みに、最近の日本語変換ソフトは「so」ではなく「koto」を入力して「箏」に変換されるようになっています。

 

最終的に、日本は漢字全廃をうまく回避しました。しかし漢字制限による後遺症は60年後の今も残っています。1981年に文部省は当用漢字表の見直しを行い、これを廃止して新たに常用漢字表を制定しました。常用漢字は1,945字から成り、今日小学校では1,006字、中学校で残りの939字を学習することになっています。「琴」の字は中学校の教育漢字に含まれていますが、「箏」の字は学校や家庭で学ぶ機会はほとんど無いと思われます。小中学生の父母、或いは祖父母の世代でもこの字に馴染みが薄いのはやむを得ないのかも知れません。邦楽関係者の間ですらしばしば3つの漢字が混用されている状況にあって何をか言わむや。結局、3つの漢字はいずれも同じ楽器を指していることに変わりはなく、時代によっては正しかったのです。

 

 

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