● 青森ねぶたとは


“青森ねぶた”は、日本の三大火祭り・東北三大祭りの一つに 数えられる、夏祭りです。

−お祭り期間

 ねぶた祭りは、毎年、8月2日〜7日まで、青森市内で行われます。

2001年からは運行形態が大幅に変更されました。参加される方は注意が必要です!

祭りの期間・時間

8月2日,3日

18:50
 〜20:05

子供ねぶた・大型ねぶた合同運行

4日〜6日

18:50
 〜20:05

大型ねぶた合同運行

7日

13:00
 〜14:15

大型ねぶた合同運行

17:00〜

花火大会・海上運行

2日,3日の『子供ねぶた』との合同運行は、大型ねぶたの前に、小型のねぶたが、数台 運行されます。小型ねぶたとは、町内会・子供会の運営による子供達のねぶたです。 このため、大型ねぶたの運行台数は、十数台と4日目以降に比べちょっと少なめです。

なお、8月1日は、青森観光物産館(通称、アスパム)裏、青い海公園内ねぶた作成場所 (らっせらんど)にて、前夜祭(18:00〜)も行われます。

−起源

ねぶた祭りの起源について、“これだぁ!!”という説は、ありませんが、夏の『眠け』は 悪魔の仕業で、それを『流す』という、『眠り流し』が起源であるというのが、旧暦の七夕の 時期と重なっていることと併せて、最も有力な説です。

ま、『ねむたい』→『ねぷたい』→『ねぶた』といったところでしょうか。(^^ゞ
7日(最終日)の海上運行は、七夕の時期に、各地でおこなわれる、灯籠流しに 通ずるものがあるようです。

他の説としては、

  • 昔、津軽の殿様が、都へ登った際に、他の殿様達との自慢話に花が咲き、 津軽には、“こぉぉ〜んな、大きな灯籠が…”と自慢し、 実際に作らせたという自慢話説
  • その昔、東北北部に住む、先住民(!?)『蝦夷(“えぞ”)』を征伐に来た 『坂上田村麿(さかのうえのたむらまろ)』が、なかなか姿を現わさない 『蝦夷』をおびき出すために、大灯籠を作り、まんまとおびき出し、 一網打尽にしたという蝦夷征伐説
などが、有名です。

ただし、『蝦夷征伐説』は、数年前までは、結構人気の説でしたが、昨今の 縄文遺跡の発掘などから、先住民族の偉大さを見直す 動きがあり、“やっつけられた側が、田村麿をまつりあげるのは…?”というコトで、 その人気を落としました。(^^ゞ

−運行形態

1団体の運行形態は、“跳ね人(はねと)”+“お囃子”+“山車(狭義でいうトコのねぶた)” が、1セットです。“跳ね人”の前に、“化け人(ばけと)”と称される仮装した人がいる 団体もあります。2,3日は、大型ねぶたは、少なめですが、4〜7日には、 20台以上(年によって台数は異なる)のねぶたが運行されます。

また、これら運行の最先頭には、“魁太鼓(さきがけだいこ)”という巨大な太鼓と、 ミスねぶた・ミス跳ね人がおります。

−お囃子

ねぶたのお囃子は、太鼓,笛のほかに、手振り鐘と呼ばれる鐘で、奏でられます。

その音色は、 こぉ〜んな感じ(NEBUTA-Sound!-NEBUTA01.AU:187,428Byte) です。

−跳ね人

ねぶたでは、他の祭りでいうところの“踊り手”のコトを“跳ね人”と呼びます。 これは、踊り自体が、優雅というよりダイナミックに跳ね続けるところから そう呼ばれるようです。

踊り自体は、片足2回づつ跳ねる、肘を左右に突き出し上下するといった、非常に単純な ものです。他のお祭りと異なり、事前練習が不要です。(アキレス腱などに対する 準備運動は必要かも ^^;)

跳ね人の掛け声は、
  “らっせらー、らっせらー”
  “らっせ、らっせ、らっせらー”(NEBUTA02.AU:87,378Byte)
と、2種類あります。

誰が、どっちの掛け声を掛けるかは、決まっておりません。 取り敢えず、最初の掛け声が、“らっせらー、らっせらー”から始まり、 あとは、一緒に跳ねる人達で、自然と2手に分かれます。


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