F2 Chris & Daisuke around the world

<East/North Euro TOP>
Odessa, Crimea and Kiev/オデッサ、クリミア、キエフ

(2003.08.16-2003.08.24)

 オデッサ ポチョムキンの階段

ロストフをあとにしてウクライナ国境へ向かうと、左手にアゾフ海が見えてくる。海を見るのは日本海以来久しぶりのことである。国境に到着すると相変わらず車が並んでいたが、ここはバイクを優先して通してくれた。ところが入国の時に問題になったビザの問題がここでも浮上。お前のビザは無効になっているから出国させられない、と言う。これはお前らの国のミスだから通せ、とごねると、ここではそのミスが確認できないから問題の国境キャフタへ戻れ、ときた。ここからモンゴル国境のキャフタまでは8,000kmはある。困ったなと思いつつポケットに手を入れると、さきほどガソリンを入れたときの釣り札の100ルーヴル(400円くらい)があった。試しに、これでどお?と渡してみると、「O!K!」と即行で出国させてくれた。ロシア恐るべしである。賄賂の国は賄賂をもって制するといったところか。それにしてもあまりの態度の変わりように笑ってしまった。ウクライナの入国はそれほど大変ではなかった。強制加入の保険があると聞いていたが、それもなかった。

国境の両替所はレートが悪いと地元の人に教えてもらったので、最初に通過した町で銀行に寄ったがキャッシュカードが使えなかった。仕方がないのでクレジットカードで引き出そうとしたら、うっかり暗証番号を忘れていてカードを食われてしまう。失敗した。結局、ドル札で両替をしてもらった。日が暮れてきたので幹線をそれてアゾフ海の海岸に出てみる。野宿するには人目につきすぎるので、ちょっと考えていると断崖の下に地元の海水浴客がキャンプをしている。これで安心して、この海沿いでテントを張ることにした。海風を浴びてかなりいい感じのキャンプになった。こんなに気持ちがいいキャンプはモンゴル以来である。

明朝、海を眺めて簡単な朝食を済ます。起きた時には少し曇っていた空が、走り出すとあっという間に晴れ渡りえらく暑い。ウクライナはロシアに比べると道路の整備状態がよく走りやすいし、給油にも困らない。楽勝ムードで黒い土地と呼ばれる肥沃な穀倉地帯を淡々とオデッサへ向かった。さすがにオデッサ近くまでくると交通量が増加し、大型トレーラーにはさまれて排気ガスが喉に苦い。
日が暮れる頃になってオデッサの町に到着する。黒海沿岸の港湾都市だけあって、けっこうな近代都市だ。なんとか自力で街中の目印になりそうなところまでたどり着き、オデッサのライダークラブのメンバーであるブラッドに連絡をとって迎えにきてもらうことにした。ウクライナのビザを取得するためには現地の滞在先を申請時に明記する必要があるのだが、我々の場合はこのブラッドが現地受け入れ先となってくれていた。30分ほどすると、愛妻のルーダを後ろに乗せたブラッドがウラル(ロシア製のバイク)の爆音とともに現れた。すでに暗くなっていたので挨拶は抜きにして、早速彼らの自宅に向かうことにする。

「なんだぁ〜お前、旅人の臭いがするな」とブラッドがその精悍な髭面で笑う。自意識はなかったが、やっぱりそれなりに臭いらしい。
早速シャワーを借りて身の回りをこぎれいにして、やっと歓談の途についた。クリスの事故の説明から始まって、ロシア・中央アジアでの旅の話、バイクの話、近隣の走りどころの話と飲みながら盛り上がる。こういうときの共通語は英語だが、横江のこわれた英語ではいささかしんどい。でもまあなんとかなる。こんなときクリスがいてくれると助かるのだが。日本では「クリスは実は英語ができないらしい」との噂?もあるが、さすがに正真正銘のアメリカ人なのでやはり英語は堪能である(笑)。

翌日はルーダがオデッサの町を案内してくれた。有名なポチョムキンの階段や港周辺、ちょっと足を伸ばして地元で人気のビーチまで連れて行ってもらう。オデッサの町は港町らしく活気があり、美しい。黒海屈指の港という点でなるほどと思ったが、ブラッドによるとオデッサ港における交易の利はほとんど諸外国に占められ、地元ウクライナとしてはかなり苦しいところらしい。

次の日から数日はクリミア半島へ向かった。半島といっても非常に大きな半島なので、黒海北岸に到達するのに丸一日かかる。半島内陸部はほとんど平坦な直線道路でやや退屈だったが、黒海沿岸の半島南部はちょっとした山岳地帯になっていて、素晴らしい景観である。日が暮れかかっていたので海沿いで野宿ができるところを探すと、夏休みを利用した地元の海水浴客が集まっているところに出た。
多少傾斜がきつかったが、家族連れの隣の空きスペースにテントを張る。ぱたぱたと準備をしていると、一人の少女がかなり興味深げにこちらの様子を伺っている。まだ16、17歳くらいだが、驚くほど美しい少女だった。相当もの珍しかったのか、習いたてと思われる英語で一生懸命話しかけてくる。おそらく彼女の人生で初めて目にする日本人だったのだろう。狂喜して家族に報告をしに行ってしまった。しばらくすると、とんでもない巨乳の母親が登場して、その日はその家族の夕食によばれることになった。彼女らは隣国ベラルーシのブレストから海水浴に遊びに来ており、その日はベラルーシの家庭料理だという海鮮スープをご馳走になった。ちょうど日本の味噌汁のような味わいでかなりうまい。この日は食材を途中で調達できなかったので、非常に運が良かった。

翌朝、朝っぱらから黒海で泳いでみる。ちょっと冷たいが海水の透明度が高く、いい感じである。海からあがって黒海沿いの山岳ワインディングロードを軽快に走る。バイクの足回りがへたってきているので、走りこむという感じではないが、久しぶりに単調さのないロードに気分は盛り上がる。地平線に向かって単調な一本道を走るのも悪くはないが、やはりバイクで走るには海と山のあるワインディングロードが楽しい。この地域ではそれなりのツーリングポイントになっているようで、激走するバイクを何台も見た。ヤルタの町に近づくと道路がひどく整備され快適だったが、ヤルタの市街地はリゾート客でひどく混みあい、ここで宿をとることはできなかった。この沿岸のロードはちょうど伊豆半島を走っている感じで、ヤルタなどは熱海や伊東に雰囲気が似ている。西へ西へと太陽を追いかけるように走り、結局旧ソビエトの大軍港セヴァストーポリまでやってきてしまった。

 ブラッドとルーダ ベラルーシから海水浴にきていた少女たち

クリミア半島をあとにしてオデッサに向かう途中、キンという金属音がして立ち止まってみた。やばい、リヤのスプロケットの歯が欠けてしまっている。持ってきたチェーンルブがすでになくなってしまっていたため、ドライブチェーンは徐々に錆付き、スプロケットの磨耗も進んでいたのは認識していたが、とうとうここにきて歯が欠けるほどまできてしまった。これは修理というより、もう交換するしかない。そのためにはBMWのディーラのある首都キエフ、もしくはポーランドまで行く必要がある。チェーンがはずれないように少しきつめに調整をしてから、自力でそこまで辿り着けるようゆっくりと先に進む。

再びオデッサのブラッド宅で世話になり、首都キエフに向かった。交通量の多い一本道だが、変なところで制限速度や追い越し禁止区間が設定してあり、さらにあちこちに取り締まりの警官がいてやたら捕まった。ユーラシア大陸全行程を通じて、交通違反で捕まったのはこのルートだけだ。過剰なほどの取り締まり国家である。
キエフはドニエプル河畔の高台に広がる大都市で、たいした賑わいである。まだ夏真っ盛りのオデッサからわずか500km北上しただけだが、すっかり秋の気配となっていた。BMWのディーラに行ってみたが、二輪の担当者が休暇中でクリミア半島に遊びに行ってしまっているというので、ここでチェーンとスプロケットの交換はできなかった。仕方がないので、欧州道路地図の購入など本格的なヨーロッパ入りの準備をする傍ら、ロシア正教の教会やら修道院などを見て街をぶらつく。意外と観光客が多い。結婚式も相変わらず多かった。

キエフからポーランド国境の町リヴィヴに移動する。中世からの面影を残すしっとりとした美しい街並であるが、小さい町のくせに道路が入り組んでいてすぐに方向感覚が失われて迷う。さらに旧市街のほとんどが石畳なので、走りにくい。この先、欧州の旧市街はみんなこんな感じかと思うと、ちょっと気が滅入った。ついでにこの日はウクライナの独立記念日で、通行止めと酔っ払いが多くてこれにも閉口。宿をとれたのはすっかり暗くなってからになってしまった。お祭りなので、屋台で買った肉をかじりながら独立記念に高揚するウクライナ人をかきわけ夜の町を徘徊する。

翌早朝、町に出てみると昨晩のどんちゃん騒ぎが嘘のように静かで、しかもちゃんと掃除されていた。
ウクライナ人、意外としっかり者かも知れない。ちょっと感心した。

 クリミア半島 黒海沿岸 ウクライナの首都キエフ 中世の面影残るリヴィヴの町並み

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