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ダービー 壺 (1770-71年頃)
A Derby Vase Ca.1770-71



 

 四角形で胴体下部がふくらんだ壺。表面全体を覆うように白に薄青で縁取りした無数の小花が貼り付けられ、その上に小さな赤い実をつけた緑の葉と茎が巻きつけるように配されている。小花の中央と台座部分には金彩が用いられている。もともとはドーム状の蓋があったと思われるが紛失している。緑の茎はその一部が取っ手を形作っていたと思われるが、本品ではその部分は損壊している。

 本品のような全面に小花を貼り付ける造型は、マイセンで1730年代末頃に導入(*1)されたものにならったとされており、ドイツ語ではSchneeball、英語ではSnowballと、球状に集まって白い花が咲く植物の名前(日本の植物ではオオデマリあたりだろうか)にちなんで呼ばれている。(なお、英語ではMayflowerあるいはMayblossomとも呼ばれている)。

 ダービー美術館には、本品と類似の作品を含む3点のSnowballの壺のセットが収蔵されている(*2)。本品と類似の作品は、センターピースではなく、両脇に置かれる壺となっている。製造年代については、1770-75年とされている。(新古典派の作品が主流となっていた1770年代には若干そぐわない作品ではある。)

 18世紀の英国磁器におけるSnowball (Mayflower)作品について、きちんと論じた文献は少ない。ダービーの18世紀のオークション・カタログには、SnowballやMayflowerといった名称の作品は登場しないようである。チェルシーでは1770年2月のスプリモントによる最後のオークション(*3)に、以下のような作品がある。

Second Day
 Lot 72 Three Jonquil and May-flower jars 4l. 19s.

 Jonquilは水仙(黄水仙)のことであるが、J.V.G. Malletによると(*4)、壺の首部分に水仙模様の切り込みが入った作品をJonquil Jarと呼び、Mayflowerは壺の(本体にではなく)蓋のつまみに取りつけられていたとのことである。一方で、同じ1770年のカタログには、Honeycomb(ハチの巣)と表現される作品が、以下のとおり3件掲載されている。

First Day
 Lot 2 Three honey-comb jars, pea-green and gold 1l. 1s
Second Day
 Lot 2
Two small honey-comb jars, pea-green and gold 10s.
Fourth Day
 Lot 51 Two blue and gold heart-shap'd perfume-pots, ornamented with pea-green honey-comb 10l. 2s. 6d.

 Malletは、特に4日目51番ロットのornamented with pea-green honey-comb(そら豆色のハチの巣で飾られた)という記述に注目し、ここで言うHoneycomeは、Snowball (Mayflower)装飾のことなのではないかと主張している。

 ちなみに、Malletがこの51番ロットに該当するとしている作品は、細い穴開きの首から肩部分が丸くふくらみ、下部がすぼまって四本脚がついている壺で、地色は青で胴体部分に中央をハート型に残してSnowballの花が貼り付けられ、そのハート型の枠内に金彩で人物画が描かれている。1日目、2日目のロットの作品の方は詳細不明だが、ダービーの作品に近いとしたら、こちらの方であろう。

 なお、Malletは、ここでのHoneycombがハチの巣状の切り込みを指さない(チェルシーの壺には切り込みを入れたものが多い)ことの根拠として、1756年のチェルシーのオークション・カタログ(*5)に、すでに同じHoneycombの表現を使ったperfume potsとbasonsが掲載されており、basonでは切り込みが入っていることはありえない(穴が空いていては役立たない)点をあげている。(なお、1761年4-5月のチェルシーのオークションでも、同様にHoneycombのjarとbeaker2点によるセット及びbasonが登場している(*6)。さらに、1767年の磁器商Thomas Turnerによるオークション中のチェルシー作品の中にもHoneycombのtureens及びjarとbeakersのセットが掲載されている。(*7))

 それでは、1770年以降のダービーではどうだったかであるが、1771年4月のデュズベリーによる最初のオークション(*8)には、Honeycomb表記のあるpotsやjarsが多数登場する。例えば、以下のようなものがある。

First Day
 Lot 4 A pair of fine honey-comb pots for a toilet 1l. 16s.
 Lot 12 One set of three pieces of elegant honey-comb jars with a rich burnish'd gold border 3l.
 Lot 58 A pair of honey-comb jars, very elegant 1l. 1s.
Third Day
 Lot 57 A set of honey-comb jars, three pieces, finely enamel'd, and rich burnished gold border 3l.

 上述のダービー美術館の3点セットは、1日目の12番ロットや3日目の57番ロットに該当するものなのかもしれない。なお、これ以降の1773年〜1785年のオークション及びロンドン店舗のカタログには、基本的にはHoneycombの記載はなく、1779年5月のオークション・カタログ(*9)にのみhoneycomb jarsが掲載されているようである。(この1779年のオークションは、表題に"remainder of the valuable stock of the Chelsea porcelain manufactory"と銘打たれており、それ以前の在庫品が含まれているであろう点には留意が必要。)

 本品のようなSnowball (Mayflower)作品が、本当にHoneycombと呼称されていたのかは、必ずしも断定はできないが(金彩等でハチの巣状の模様をつけたものであるとか、パイナップル状の地模様なども、Honeycombと呼べるように思うが、チェルシーやダービーでそのような壺類は見当たらないようではある。)、とりあえずはこの説に基づき、本品の製造年代も1770年代初頭としておく。



高さ(H):18cm

マーク: パッチマーク
Marks: Patch Marks

脚注/Footnotes:
*1 マイセン作品に関する参照文献(References on Meissen examples):
 - Robert E. Rontgen "Book of Meissen (Second Edition)" p.182 and Figs. 261-262
 - 「開窯300年 マイセン 西洋磁器の誕生」(展覧会カタログ)作品119〜121、解説p.149
 - Metropolitan Museum of Art Website http://www.metmuseum.org/Collections/search-the-collections/194907?rpp=60&pg=16&ao=on&ft=meissen&pos=930
*2 Gilbert Bradley "Derby Porcelain 1750-1798" Item 48 (p.101)
*3 J.E. Nightingale "Contributions towards the History of Early English Porcelain" pp.1-14 (Chelsea 1770 Catalogue by Sprimont)
*4 J.V.G. Mallet "Chelese Gold Anchor Vases - Part1" ECC Transactions Vol.19 Pt.1 pp.126-163 (pp.149-152 and figs.41-49 for discussion on honeycombs)
*5 George Savage "Eighteenth Century English Porcelain" Appendix VIII (pp.352-415) (Chelsea 1756 Catalogue)
*6 F. Severne Mackenna "Chelsea Porcelain The Golden Anchor Wares" Appendix I (pp.77-95) (Chelsea 1761 Catalogue)
*7 Nightingale op.cit., pp.xxxvii-xxxix
*8 ibid., pp.15-36 (Chelsea and Derby 1771 Catalogue by Duesbury)
*9 ibid., pp.54-56 (1779 Catalogue)


(2014年5月掲載)