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ウースター(ドクター・ウォール期) 貝殻型塩入れ (1765-70年頃)
A Worcester (Dr. Wall Period) Shell Salt Ca.1765-70



 

 

 帆立貝の貝殻の形をした塩入れで、皿と台座の間には小さな貝殻、珊瑚、海藻などの海関係の造型が配されている。このような貝殻をモチーフにした塩入れは他の窯でも造られており、特にボウの作例は多い。

 皿の内側にはカラフルな鳥絵が描かれ、その左右からは緑の葉がハンモックのように渡されている。一般的にはエキゾチック・バードあるいはファンシー・バードに分類されるものであるが、本品に描かれているような勢いのある筆致で描かれた鳥は、その中でも特に"dishevelled bird"(羽の乱れた鳥)、あるいは"agitated bird"(興奮した鳥)と名づけられている。同様の図柄はウースター以外にも、ボウ、ダービー、プリマス/ブリストル等の窯でも描かれている。

 かつて(20世紀初期)の研究者は、これらが全て、多くの窯を渡り歩いた同一絵付け師による作品だと考えた。しかし、20世紀中盤になると、そうではなく、各窯から白磁を購入したロンドンの絵付け工房(具体的にはジェイムズ・ジャイルズの工房)で描かれたものだとの説が有力になった。中国からの輸入磁器に同様の絵付けが行われた例があることもその根拠となった。しかし、その後さらに、少なくともウースター作品(本品も含む)に関しては、ジャイルズの典型的絵付けとは特徴が異なるとして、ウースターで描かれたものだとする説が有力となっている。

 18世紀にロンドンを中心に数多く存在した絵付け工房は、英国磁器生産と市場に大きな影響力を持っていた。しかし、そうした工房は(ジャイルズ工房を除けば)存在が記録に残っているだけで、具体的な作品についてはほとんど分かっていない。"dishevelled/agitated bird"図柄をめぐる論争の振幅は、それを如実に反映している。ジャイルズの鳥絵については研究が進んでおり、確かに本品の図柄は典型的なジャイルズ作品とは異なる。しかし、かつて英国磁器研究の権威はジャイルズとウースターの絵付けの特徴を詳細に比較して、これをジャイルズ作と判じたのではなかったか。もしこれがウースター絵付けだとするならば、ボウやその他の窯の磁器に描かれた同様の図柄はどうなのか、かつての「渡り鳥絵師」説が復活するということなのか。それとも、それらは似ているだけで、何らかの作品を手本に、各窯がそれぞれ別に描いたものなのだろうか。あるいは、ジャイルズ以外の絵付け工房で描かれたものなのだろうか。

 本品のもう一つの重要なポイントは、台座裏面の縁部分に刻印(陰刻)されているアルファベットの"T"である。この"T"(あるいは"To"または"IT")の刻印は、モデラー(あるいはリペアラー)のマークだと考えられるが、ウースター作品以外にも複数の窯の類似の特徴を持つ作品に残されている。このモデラーは、上述の鳥絵の絵付け師と同様に、多くの窯を渡り歩いた職人だと考えられ、かつては、ティーボ(Tebo:Thibauldの英語名?)という名の人物がこのモデラーの正体ではないかと考えられていた。ティーボは、1774〜75年頃にウェッジウッドに在籍していたことが知られているが(「原典を読む4」を参照。)、それ以外は謎の人物である。一方で、1793〜1809年頃にチェンバレンに在籍したジョン・トゥルーズ(John Toulouse)がこのモデラーではないかとの説もある。Tマークは、チェンバレン作品に先立って、ボウ(1755〜65年頃)、ウースター(1765〜69年頃)、ブリストル(1770〜73年頃)、カーフリー(1776〜85年頃)の作品に見られる。チェンバレンはウースターとカーフリーとの関係が強く、その両窯で働いていたモデラーを引き抜いたのではないかという説である。しかし、この人物がTマークの主であるかどうかは断定できず、今後も議論が継続する論点だと考えられる。


横幅(width):10.7cm
マーク: 裏面台座縁に陰刻でアルファベットの"T"
Mark: Impressed "T" on the foot rim.

参照文献/References
<Similar Items>
- Simon Spero "Worcester Porcelain The Klepser Collection" Item 68 (pp.70-71 and Colour Plate 22)
- Simon Spero & John Sandon "Worcester Porcelain 1751-1790 The Zorensky Collection" Item 408
- H. Rissik Marshall "Coloured Worcester Porcelain of the First Period" Item 389 (Plate 21)
- Victoria & Albert Museum Website http://collections.vam.ac.uk/item/O307540/salt-cellar-worcester-porcelain-factory/

<Dishevelled/Agitated Birds>
- W.B. Honey "Old English Porcelain" pp.182-183 (also pp.98-99, p.144, pp.231-232)
- H. Rissik Marshall "Coloured Worcester Porcelain of the First Period" pp.25-29
- Simon Spero & John Sandon "Worcester Porcelain 1751-1790 The Zorensky Collection" Item 256

<"T" Marks>
- Geoffrey A. Godden "Chamberlain-Worcester Porcelain 1788-1852" pp.208-209


(2013年2月掲載)