同時進行リサーチ・プロジェクト
ダービーのカップ・シェイプに新たな発見はあるか?
第5回 ハミルトン・シェイプの謎
さて、懸案のハミルトン・シェイプです。第2回で、ハミルトン・シェイプは、縞模様や浮彫りなどの特定の装飾を指すのではなく、他窯で一般にビュート・シェイプと呼ばれる形を指す。そして、その上に縞模様などが施されることがある、という説をご紹介しました。今回は、その説に基づいて、もう少し検討を進めてみます。
そもそも、基本形としてのハミルトン・シェイプ(ビュート・シェイプ)というのは、どういう形でしょうか。一般にイメージされるのは、側面が丸みを帯びたシンプルな形状です。でも、ダービーでプレーン・シェイプと呼ばれるものと、どこが異なるのでしょうか。まずは下の写真を見比べてみてください。
プレーン・シェイプのティーボウル(左2つ)とハミルトン・シェイプのティーボウル(右2つ)
どちらのシェイプのティーボウルも同じように側面が丸みを帯びていますが、一番の違いは高台の有無です。プレーン・シェイプのティーボウルには、明確な高台があります。一方のハミルトン・シェイプでは、側面がそのまま底部まで伸びていて、底面が地面に貼りついているように見えます。この点を、裏面からの写真でさらに確認してみましょう。
プレーン・シェイプの高台
ハミルトン・シェイプの高台
この写真から、実はハミルトン・シェイプにも高台があることが分かります。底面を見ると、内側がへこんでいて、ちゃんと高台になっているのです。しかし、いずれにしても、高台の形状の違いがプレーン・シェイプとハミルトン・シェイプとの基本的な違いであることのは変わりありません。
もう一つ、両者で異なるのは、背の高さでしょうか。最初の写真では、サイズの異なる4つのティーボウルを一列に並べていますが、ハミルトン・シェイプの方が背が高いことが見て取れます。ここで、パターンブックに描かれていたトール・ティーボウルのことに思い至るわけです。
ティー・パターン No.43(左)とNo.44(右)
左の43番図柄はトール・ティーボウル(表面の平らな縦縞、すなわちplain shankedのトール・ティーボウル)として描かれています。右の44番図柄は、背の低いティーボウル(表面の丸い縦縞、すなわちflutedのティーボウル)です。注目点は、高台の形状です。43番のトール・ティーボウルは、側面が底面まで斜めに伸びています。44番は明確に高台が描かれています。パターン・ブック上でこれまで、トール・ティーボウルだと思われていたのは、実はハミルトン・シェイプだったのです。
ところで、ハミルトン・シェイプが1785年3月の即売会カタログ(かなり網羅的な)には登場していないのに、一方で1786年9月以降のロンドン店舗販売記録等にはハミルトン・シェイプが頻繁に登場することは、第2回で述べました。1785年というのは、ダービーでパターン・ナンバー制度が導入された年です。そして、その1785年末の時点で、それ以前のチェルシー・ダービー期から描き継がれてきたパターンと1784〜85年頃に新規に導入されたパターンとを合わせて、70〜80個のパターンがパターン・ブックに記載されていたと分析されています。
第3回で見たとおり、パターン・ブックに記載されている最初の50パターンのうち、トール・ティーボウル(すなわち、ハミルトン・シェイプのティーボウル)に描かれているものが3点(パターンNo.36、No.42、No.43)あります。80番図柄までということだと、さらに8点(No.51、No.56、No.60、No.63、No.70、No.75、No.77、No.79)追加されます。このように、少なくとも1785年末までにハミルトン・シェイプは確実に導入されていたはずです。
さらに、一番上の写真で右から2つ目のティーボウル(上部に青い横線が2本、その中央に月桂樹の葉の連続模様が入っているもの)が、実は1785年にはハミルトン・シェイプが存在していたことの実例となっています。このティーボウルは、Acland Serviceと呼ばれるセットに含まれていたものですが、裏面のマークと職人番号の記載の特徴などから1784〜85年に製造されたと強く推定され、さらには、1785年(月日は不明)のダービー社のSir T. Aclandへの販売記録が残されていることから、このセットは1784〜85年の製造であることが、ほぼ確定します。(注1。ちなみに、このティーボウルについては、本サイト「ダービー(D3-2)」でご紹介していますが、そのページの記載は古いままで、最近の研究成果を反映していないことをご容赦ください。)
もう一点、 パターン・ナンバー制度導入の最初期のパターンについて、どれがチェルシー・ダービー期から継続して描かれているものであるかの分析もあり、それによると、パターンNo.50までの中では、24個のパターンがチェルシー・ダービー期以来の継続パターンだとのことです。具体的には、1, 2, 5, 7, 8, 9, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20, 24, 29, 32, 35, 37, 46, 49, 50番です。また、パターンNo.51〜No.75では、チェルシー・ダービー期の影響は急減するものの、54, 61, 62, 68番はチェルシー・ダービー期からの派生パターンであるとされています(注2)。これらのパターンは、上記で見たパターン・ブック上でハミルトン・シェイプに描かれているパターンとは重複がありません。この点は、ハミルトン・シェイプがチェルシー・ダービー期には存在しなかったこと、そしてハミルトン・シェイプに描かれているパターンは、1784年以降に新規に導入されたパターンであることの傍証となると思います。
さて、ここで思いつくのは、1785年3月の即売会カタログにあった正体不明のNew Shapeと呼ばれるシェイプです。当時まさに導入されたばかりの、まだ名称がついていないシェイプ、もしかしたら、これこそハミルトン・シェイプだったのではないでしょうか。85年3月にはまだ名前がなかったシェイプですが、86年9月に販売記録に登場するまでの間にハミルトン・シェイプという名前がつけられた。証拠はありませんが、筋が通った説ではあると思います。
以上が、ハミルトン・シェイプの謎に対する私なりの回答です。ちなみに、ハミルトン・シェイプとは、基本形を指す名称であって、その上に縞模様が施されたものもあるということですが、その実例を2つほどご紹介しておきましょう。
Plain shanked, Hamilton shape cup, with handle
Small waved flute, Hamilton shape cup, without handle
最後に一点、ハミルトン・シェイプはティーカップだけのシェイプなのではないかという気がします。ハミルトン・シェイプのコーヒーカップを見たことがないのです。紋章入りの特注セットも含めて、ハミルトン・シェイプのティーカップと組み合わされるコーヒーカップは、私の知る限りどれもはっきりした高台があるカップです。この点は、残された謎でしょうか?
さて、いよいよ、このプロジェクトも終盤です。次回は、再びNew Embossedを追ってみます。
(注1)Stephen Mitchell "The Marks on Chelsea-Derby and Early Crossed-Batons Useful Wares 1770-c.1790" pp.126-130
(注2)Stephen Mitchell, op. cit., pp.146-147
(2013年10月掲載)