トップ(top)

コラム9.Vase Madness(壷狂い)


 18世紀英国陶磁器の多様性を示す一例として、装飾作品としての壷をあげることができると思います。壷はどの時代でも実用品あるいは装飾品として重要な作品ですが、特に1760年代終盤から18世紀の終わり頃までの英国では、装飾性に富んだ壷が競うように作られました。実用性はほとんど省みられず、華麗なあるいは新規なデザイン性が極度に重視された壷が次から次と生み出され、また消費者がそれに群がるさまは、こうした動きの先頭を走っていたウェッジウッド自らをして"Vase Madness"と言わしめるほどでした。

 ウェッジウッド(エトルリア窯)は、欧州大陸からデザイン集を大量に買い求め、それを基にした多くのクリームウェアやジャスパーウェアなどの壷を発表し、「世界の壷メーカー」を自認していました。しかし、他社との競争も激しく、金属素材の装飾壷で人気を博していたボルトン社の小売店にウェッジウッドの代理人が偵察に行ったものの中に入れてもらえなかった、などという逸話も残っています。また、1782年のダービーのオークションでは、出品された壷の一つをウェッジウッドが競り落としており(しかも、その作品が「エトルリア型の壷」とされているのも興味深い点です。)、競争相手のデザインに並々ならぬ関心を持っていたことが分かります。

 ダービーは、1770年に華麗なロココ風の壷を得意としたチェルシーと合併し(ちなみに、チェルシー売却の話が出た際にはウェッジウッドも食指を伸ばした一人でした。)、1774年には小売店舗のロンドン進出を果たしました。出店して間もないころの商品カタログ(全120点ほど)では、"vase"と呼ばれるものが全体の6割近く、"urn"(蓋付きで取っ手なしの壷を指すようです。)を含めると、壷が全商品の7割近くを占めており、圧倒的な主力商品であったことが分かります。デザイン面でも、1770年代以降は新古典主義が主流になりますが、それだけでは捕らえきれない多様な作品が生み出されています。本サイトのダービーのページでもこの時期の壷をいくつか掲載していますので、是非ご参照ください。
(2007年7月掲載)