これまでの「今日のコラム」(2003年 1月分)

1月1日(水) 未年元旦、朝5時に家をでて東京水辺ライン/「初日の出を船上で」という催しに参加した。葛西臨海公園の船着き場で乗船、東京湾上で初日の出をしばらく待っていたが厚い雲に覆われたお日様は気配さえ見せない。お天気だけはどうしようもなかったけれども、船上で尺八とお琴の生演奏(原郷界山氏夫妻)や鏡割り/振る舞い酒を楽しみながら、レインボーブリッジを通過し運河を通ってまた葛西に帰るイベントは十分に満足できるものだった。帰宅後は車で恒例の元旦墓参、親戚との懇親などなど。・・こうして新年がスタートした。「羊」の文字は「美」とか、「善」などの基になっている。今年がこれらの文字にふさわしい年となることを祈ろう。

1月2日(木) 1月2日は新聞の休刊日。だからこのコラムも休みます・・と書きたくなる今の心境だ。先ほど夜11時15分に帰宅、お酒も入っているので思考力がない。思考力はなくても今年の新しく挑戦することを何にしようかと考えてみる。・・「今日の作品」に掲載している「未年」の絵はどこかの絵をコピーして持ってきたのかと聞かれたので、いや、自分で四つ並べて描いたのですと答えた。描き手のオリジナルな特徴が現れていないということだろうか。そうだ、今年はもっと「創造的に描く」ことに力を入れたい・・。その他に水泳もやろうか、HPも大改造しようか、歌もやろうかなどなど・・。考え始めると夢が広がる。
1月3日(金) 毎朝犬の散歩の途中で「猿楽神社」に立ち寄る(猿楽塚が最近”神社”になった:HP写真はここ)。祠(ほこら)の前で朝の挨拶とお願い事をしてまたランニングを続けるのが習慣だ。余りに身近で気にもしていなかったが、「猿楽」は能楽・狂言の源流であった。世阿弥の「風姿花伝」を読んでいると猿楽の起源伝説がでてくる。まず天照大神が天の岩戸にお籠もりになられたとき、岩戸の前で神楽を演奏し面白おかしく歌ったり踊ったりしたのが猿楽の始まりとの口伝の紹介がある。また釈迦の説法を妨害しようとする異教徒に対抗して物まねやら笛太鼓で注意を引きつけたのが起源とする説。聖徳太子が争乱を治めるため効果のあった物まね、神楽を後代に伝えようと「神楽」の神の文字で示す偏を除き、楽しみ申すの意から「申楽」としたという説。猿楽は「魔縁を退け福祐を招く。申楽舞を奏すれば国穏やかに民静かに寿命長遠なり・・」。・・ここまでくると毎日散歩で駆け抜ける猿楽町の町名まで有り難く思える。これからはもっとしっかり猿楽神社にお参りをしよう。
1月4日(土) 正月の開放感を味わうために妻と相談して出かけたところは・・秋葉原の電気街。特別に買いたい物があるわけではないが、パソコン、家電、エレクトロニクス商品から部品、材料、さらにインテリア商品まで最新の息吹を感じるにはこの街は先ず行ってみたいところだ。ただし、今日は色々あるけれども商品に今ひとつ新味が感じられなかった。よくいえば「成熟」した雰囲気であるが若さがない。一つは照明器具を見たいと思ったがこれも十年前と比べて新鮮味がないだけでなく興味ある品はむしろ少なくなっている。そうはいっても見るだけのショッピングはそれなりに楽しかった。・・帰宅してインターネットで照明器具を調べるとネットの方が種類がはるかに多く、また秋葉原より価格も2割ー3割(ものにより4割)は安く購入できる! ものの買い方は確かに変化している。購入するとすれば私もネットを使用するだろう。秋葉原が相場値段をみるだけになるのも寂しいことだ・・。
1月5日(日) 東京に「砧(きぬた)公園」というところがある(東名高速道路のスタート点)。時々犬を遊ばせに行くこともあるが「砧」の意味は知らなかった。正月に能(謡曲)の「砧」を読み一つ物知りになった。砧は衣板(きぬいた)の意で、「布のつやをだしたり、やわらかくしたりするために布をのせて打つ木(石)の台。またそれを打つこと」とある(新明解)。さて、能の「砧(きぬた)」(世阿弥作とされる)。京に単身赴任して三年を経過した夫のことを恋い慕う妻(九州在住)が、帰らぬ夫を恨み、思いを込めて砧を打つ。砧の音よ京に届けと打った後にその年にも夫は未だ帰れないことを知る。そして妻は悲嘆の余り病を得て亡くなり、死後もなお亡霊となって夫を慕い恨む・・という哀しく切ないお話だ。「単身赴任」という説明は私が勝手に付けたが、世阿弥(1363?-1443?)が600年前に作ったこの戯曲が現代にも通用する身につまされるストーリーであるのをどう見ればいいだろう。21世紀の日本で600年前と同じ「単身赴任」が当然の如くまかり通るのは伝統というのでなく社会システムに進歩がないだけ思えてならない
1月6日(月) 勤めをリタイアした友人から元気な年賀状をいただくのは気持ちがいいものだ。ある人はトレッキングをはじめ昨年は1000キロ歩いたとある。日本百名山を踏破しようとしている友人もいる。この一年で50枚以上絵を描き「好きなことだけやればいい生活がこれほど気分のよいものとは思いませんでした」というのもあった。こちらも刺激を受けて「今日の作品」の「柚子」を描いてHPに掲載した。この絵はあれこれ思案せずに一番身近にあった素材を使い、一つは半分で切り中味を見せるようにした。パステル用の黒い台紙に柚子を描いたが、HP掲載時には台紙部分の黒をphotoshopで更に強調してみた。・・今年は少し大きな絵を描きたいと思いながらスタートは可愛らしい絵を描いてしまった。
1月7日(火) 今日は七草の日。昨年の秋に「秋の七草」の現物をスケッチしようとしたが4−5枚描いたところであきらめた(描いた「今日の作品」はここ)。今度は「春の七草」を描けないかと思ったが手を付ける前からこれもあきらめた。せめて七草の名前だけでも記して雰囲気を味わってみたい。芹(せり)、薺(なずな=ぺんぺん草)、御形(ごぎょう=母子草、黄色い花)、繁縷(はこべ=古名ハコベラ、白い小形の花)、仏の座(=小形、黄色の花)、菘(すずな=カブ)、蘿蔔(すずしろ=大根)・・これぞ七草。ワープロ変換がなければとても書けない難しい漢字ばかりだ。それでも、大根や蕪などというより情緒があっていい。我が家では七草粥を食べる習慣はないけれど「七草」というと元気に新春が始動した趣がある。「七草や つまの弾き初め ショパンきく」
1月8日(水) NHKのプロジェクトXという番組がある。世間では目立たない技術者やエキスパート達が一つの困難な目標に向かっていかに仕事をやり遂げたかといったドキュメンタリーだ。はじめは取り上げたプロジェクトの内容とひたむきな挑戦態度などを面白く見ていたが最近は複雑な思いを覚えるようになった。一つはこれらのプロジェクトがいわば過去の技術で古き良き時代を懐かしむ調子。高度成長期の技術開発を思い出すだけで現在の最先端技術として引き継がれている気配がないのが何とも寂しい。さらに、紹介されたプロジェクトと同じように心血を注ぎはしたものの、結果として報われなかった事例が恐らくは何百、何千とあるであろうこと。テレビのプロジェクトXはその中でもまれな成功例に過ぎない。従ってここに登場する人たちは一般には知られていなくてもその方面では十分に報われた幸運な成功者達だ。TVでは指導力と団結心と個々の情熱を成功のベースととらえているように見えるが時代にマッチしたテーマでなければ注目されることもなかっただろう。まずプロジェクトXの「Xテーマ」が選ばれたこと・・これがたまたまの幸運のスタートでないか・・。
1月9日(木) 善知鳥(うとう)という鳥がいる。ウミスズメ科の海鳥で親子の情愛が深く保護鳥だという(くちばしの根元に特徴的な白い突起物があり、「うとう」はアイヌ語の突起の意とか)。青森には善知鳥神社があるし善知鳥は青森市の鳥であるようだ。また長野県の塩尻にも善知鳥峠という場所がある(こちらは私も通ったことがある)。正月休みに読んだ謡曲「善知鳥」は「うとう伝説」から作られたと云われるが哀れなストーリーだ。うとうは子供を隠して餌をとりに行き帰ってくると「うとう」と呼び子は「やすかた」と答える(心配した?大丈夫よ安心して・・というやりとり)。そのことを知っている漁師が「うとう」と呼び、「やすかた」と答える子供鳥を捕まえる猟を繰り返す。漁師は死後殺生の罪を悔いるが救われぬ、化鳥(あるいは強い鷹や雉))となったうとうに苦しめられながら能は終わる。「みちのくの外の浜なる呼子鳥 鳴くなる声はうとうやすかた(藤原定家)」
1月10日(金) 明治の文明開化の時代には西洋文明を取り入れる際に多くの日本語の発明があった。今は何でも横文字そのままだったり訳の分からぬカタカナを振りかざしているが、最近チョッピリ反省の兆しがあるのはいいことだ。アウトソーシング、アカウタビリテイ、アイデンテイテイ、バリアフリー、パラサイト・シングル、ドメスティック・バイオレンス・・こんなカタカナ言葉はいまに日本語に置き換えられるだろう。一方で略記号はなかなかなくならない。コンピュータの仕事をしている息子が冗談でADSLは「安藤助六」とすればいいと云っている。それほど、ADSL(Asymmetric Degital Subscriber Line=非対称デジタル加入者線)を日本語で表す知恵は全く見えてこない。ちなみにADSLを中国語では「寛帯」というそうだ。これはまた随分と簡潔な訳語にしてしまっている。愛する旦那(ISDN)、安藤助六(ADSL)、さて次は誰を仲間に入れるかなんていうのも楽しいかも知れない。
1月11日(土) 昨日、自転車で外出したとき腰をひねり、今日になっても直らないので今年初のテニスの予定は取り止めた。このところ散歩の時にジョギングをするなど体調を整えるのには特別気を使ってきただけに少なからずショック。何が原因か究明して災いを福と成すようにしようと今日は朝から各種検証となった。まず自転車のサドル位置を再調整。更にジョギングをやっても腹筋のトレーニングはやっていない、膝の運動も足りない、パソコンの姿勢がよくないなどなど・・生活の欠陥が続々でてくる。これは再発防止も簡単ではなさそうだ。テニスを止めた代わりに「煎餅とかりんとう」を描き「今日の作品」に掲載した。私の場合、こうした絵は立った位置で描くので腰にも負担にならない。煎餅を描くと煎餅の歴史を覚えるが、千利休の弟子の千幸兵衛(せんのこうべい)からきたとか、「せんもち=煎餅」や「いりもち=煎る餅」が始まりとか諸説あって決定版がないようだ。中国では前漢の時代(紀元前)からせんべいがあり祝日には宮廷の食膳に加えられたというから我が家のお正月にせんべいがあってもおかしくはない・・。考えてみると煎餅もかりんとうも、ずーいぶん息の長いお菓子だ!
1月12日(日) 今日の日曜日、東京は春を思わせるような日和となった。穏やかな日差しにつられて妻と歩いて自然教育園にいく。電車で一駅分は歩くがウオーキングには丁度よい距離だ。自然教育園は正式には「国立科学博物館付属自然教育園(net紹介はここ)」と仰々しいが今の東京には数少ない武蔵野の面影を残した森でもある。白金台と呼ばれる場所にあり室町時代には白金長者が館を構えていたという。江戸時代は高松藩主、松平讃岐守の屋敷として使用され、明治以降は国が管理してきたなど、歴史をきくと、森の姿(広さは東京ドームの4.3倍)が保たれているのも幸運という偶然の御陰かと思う。いまは「天然記念物および史跡」に指定されているからこれからは保護されるだろうと少し安心した。とにかくも10数年ぶりに訪れたこの森に感激してしまった。都会のオアシスどころか、森の中にどっぷりと浸った感じだった。妻はむくろじ(木患子)の実をみつけてはしゃぐ。ムクロジの黒い実は羽子板の羽根(黒い部分)に使われるというし実のさや(莢)は石鹸になるそうだ。私は蒲(がま)の穂が懐かしく少年の頃を思い出した。・・今年の新しい楽しみを見つけた気になって帰路も元気に歩いて帰った。
1月13日(月) <この日のコラムはパソコン操作ミスで消去してしまいました。間違いなく保存を「継続」することさえも難しいですね・・>


1月14日(火) 昨日、「継続は力なり」の話題をコラムに書いた。継続する意味は大きいにしても、同じ繰り返しはやりたくない、創造がある継続でないとつまらないといつも思う。私としてはむしろ変化や挑戦にこそ意義を認めたい。いわば生きるために三度の食事を欠かすことはできないけれど、食事の内容は新たな工夫や変化があるから楽しく継続できる(食事に門外漢の私では説得性はないナ・・)。「苟日新、日日新、又日新 」(マコトニ日ニ新ナリ、日々新ナリ、マタ日ニ新ナリ」の言葉がある。昔、土光敏夫さん(行革責任者)のモットーとして有名になったが、中国・殷の湯王が洗面の器に彫り付けて毎日の自戒の句としたといわれる言葉だ(「大学」より)。まさに毎日の継続であっても、朝、顔を洗うときに今日の自分は昨日の自分ではない、生まれ変わったのだという気分で一日をはじめるということ! そうだ、継続の条件としては、「日日新」を採用することにしよう。・・本日の収穫だ。
1月15日(水) 13日のコラムの写しをうっかり消去してしまった。ジタバタしても一度消去してしまったものは二度と元に戻らない。その後、直ぐにやったことはホームページの原板は勿論、その他のパソコンデータのバックアップをとることだ。早速に今日CDにコピーをとり続けた。このところ私のパソコンMAC-G4は好調でトラブルもないので一年近くバックアップなしできていた。一日分のコラムが消えてしまったことはどうしようもないが、お陰でパソコンを使っているというリスクに気がつくことができた。同じように1月9日に軽く腰をひねったアクシデントは私の最近の体力作りを根本から見直すきっかけとなった。毎日の体力トレーニングほど結果が正直に表れるものはないと思うほど訓練と体力の因果関係ははっきりしている。人間は間違いをおこしたり怠惰であったりするけれども、いわば天はその都度やさしく警告を発してくれているように思えてならない。警告に気がつけば大きな失敗を防ぐことができる。実はもっともっと多くのメッセージが流れているのに自分が気がついていないかもしれない。受信側の感度を上げるにはどうするか・・そこが問題だ。
1月16日(木) 歴史を後になって論評することは容易であるが事前に予測することは難しい。結果を見てつじつまを合わせる評論家は単なるコメンテーターに過ぎない。最近、かなり前に購入した司馬遼太郎(1923-1996)の随筆集(風塵抄)を読み直して、この作家の先を見通す眼力には改めて感心した。一つはソビエト連邦の崩壊を見事に予想し、更に日本の銀行の危機に言及している。ソ連の場合、その余りに広大な領土を一元的に支配する無理を指摘し「四分五裂するというおそれがある」と書いている。銀行の場合、本来は倫理的伝統のある銀行が秀才エリート集団であるがゆえに「一番の儲け銀行にならねばならぬ」という儲け主義に陥り、これでは身を滅ぼすことになると警鐘した。銀行の経営者はこの文章(新聞コラム)を読んでも、「わかっちゃいるけど止められない」という全くの凡人集団の行動しかできなかったのだろうか。司馬遼太郎ならばいまの時代に何を予見するか知りたいものだ・・。
「今日の作品」に「靴べら(自作)」を掲載した。手作りの靴べら(木製)。先端を特に薄く仕上げ、中央部へのカーブの削りに凝った。取っ手部の穴の中にはピースマークの部品。サポートの土台は牛型キャンドルスタンドを利用した。

1月17日(金) 「人は変わることができるか」が議論されることがある。引っ込み思案だった人があるときから進んで何にでも取り組み自分の意見を強引にでも主張していれば、やがてあの人は変わった、積極的な人ね・・といわれる。特に年少の頃の印象しか持ち合わせていない場合、昔の彼、彼女ならずというケースも多い。苦労したんでしょうねとか努力したのだろうなどの言葉が「変わった」の後に付く。変わることができるかと問われれば大いに変わることができる。人がいつまでも同じであるなんていうことは面白くない。一方で変わったのでなくそれが本来のその人なのだとの見方もできる。あえて変わるのでなく、その人の新たな可能性が発掘されるとみなせるだろう。いわば人の持っているポテンシャル(可能性といってもいい)からいえば生涯進化(変化)の余地があると考える方がうれしい。私の好きなエピソードがある:昔、小林秀雄が若い頃、友人と歌舞伎を見ていた。その友人があの役者は上手くなったね、以前は大根だったが・・とささやいた。小林は「てめえの目のほうが節穴なんだ」と怒った。もともといい要素をもった役者を見抜けなかったてめえがバカだ・・というわけだ(風塵抄より)。
1月18日(土) 書くネタがなくなると「今日の作品」を入れる・・というのは半分冗談だが、口先(キーボード先というべきか)で能書きだけをならべるより実物をベースに「作品」の経緯を語るのは楽しい時間だ。「むくろじ」を「今日の作品」に掲載したがこれは1月12日(日)のコラムに書いた東京・目黒にある自然教育園で拾ったものを描いた。むくろじ(無患子または木患子と書く)は次のように説明されている:「山林に生える落葉高木。6月頃薄緑色で小粒の花を開く。材は細工用。種は堅くて数珠や羽根突きの玉にする。果皮はかつて石鹸に代用された(新明解)」。この絵はグワッシュ(不透明水彩)で描いたが、こういう20mm足らずの実を細い筆で写生するのはまさに「今日のスケッチ」の醍醐味だ。ほとんど乾燥しきって一部の筋を除いてほとんど透き通った状態となった果皮をみていると、冬の一月にこんな実がよく残っていたものと何か愛おしくさえなる。
1月19日(日) かつて「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」といわれた。いまはそんな不遜なことは云わない。五体満足で肉体頑強な悪者はいくらでもいるし、ハンデイを負った身体ですばらしい精神の人もまた多い。私の場合は健全であるか否かはさておき、単純に体調がいいと俄然なんでもやる気がでる。腰痛も完治しトレーニングも順調でこのところ身体は万全。さて、今日の私の誕生日にはよく働いた・・というよりよく動いたというべきかも知れない。何より健康に恵まれて好きなことができることを感謝しよう。いまになって誕生日を迎える効用を思う。それは前の一年を振り返るチャンスになることだ。今更過ぎ去った何十年を思い起こす趣味はない。丁度一年間という期間はこれから進むベクトルを検証するには適当に思える。前年はたくさんの人生初体験があった。これからの一年もどれだけ新しいことに挑戦できるか楽しみだ。
1月20日(月) 「幸福とは幸福を問題にしない時をいう」、「我々はしたいことを出来るものではない。ただ、出来ることをするものである」。・・これは何かというと近所の中目黒公園の看板に書いてある語録(いずれも芥川龍之介語録)である。犬の散歩の途中で公園に立ち寄った際に、目についたので一生懸命覚えて帰った。なぜ、ゆったりと気分転換したい公園に「語録」が立ち並んでいるのか(一カ所ではない)意図が分からないし、私は公園にはこんな語録看板などなくして欲しい方だが、覚えてしまった語録をネタにコラムを書くことにした。芥川龍之介(1892-1927)は35歳で自殺しているから冒頭の語句は30歳前後に書かれたものだろうが、いずれも才気走った若者らしい切り口の言葉だ。しかし、言葉を読んで、なるほどね、それで・・となる。公園の管理者はこれらの言葉で元気づけられるのだろうか。幸福論であれば私ならフランスの哲学者アラン(1868-1952)の言葉の方がはるかに勇気づけられる:「人間は意欲すること、そして創造することによってのみ幸福である」(アラン)
1月21日(火) 昨日、横綱貴乃花が引退した。貴乃花といえば横綱に推挙されたとき「相撲道に不惜身命を貫く所存です」と決意を披露したことが思い出される。「不惜身命(ふしゃくしんみょう)」の言葉を日本全国に広めただけでも貴乃花は歴史に残ると思われるほど話題になった。不惜身命は「己の身命を惜しまず仏道のために力を尽くす(法華教)」の意味が、戦時中は国のために命を捨てる言葉として都合よく解釈された。道元は正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)の中では「不惜身命なり、但惜身命なり」と説いているという。むやみと命を惜しまずに尽くすだけでなく、同時に授かった命を惜しめと云う方が味わいが深い。貴乃花にはこれから相撲界で「但惜身命」までを含んだ言葉を実践してくれるよう期待しよう。
「今日の作品」にcandlestand(陶芸)を入れた。以前素焼き中に一個が爆発した(土色のは修復したもの、2002-12-6コラム参照)いわく付きのブロックだ。表面は鉄釉(鬼板)を塗布し還元焼成した。

1月22日(水) このところ陶芸は全く新しい作品には取り組んでいない。素焼きの段階で破裂事故が発生し、賠償だとか金銭のトラブル(2003-12-21コラム参照)がからみ一挙に制作意欲が失せてしまったからだ。それでも陶芸というのは以前焼きに出したものが時間遅れ(タイムラグ)をもっていくつも完成してくる。「今日の作品」には「丸皿/リバーシブル」を掲載した。あえて「リバーシブル」としたのは裏返しにしても使えるように考えたのだが、裏使用は妻には評判が悪い(裏の写真は陶芸コーナー参照)。実用的には表だけで十分という訳だ。私は何でもフレキシビリテイがあるのが好きだが表だけ使うのなら勿論それでも有り難い。冒頭のトラブルで陶芸への意欲がなくなった話も自分でいい方に解釈している。世の中には陶芸以外の創造分野は山ほどある。天はこれを教えてくれたのかも知れない。
1月23日(木) 一昨日(21日)のコラムで「正法眼蔵」に触れたときに、本棚から以前買ったこの本を引き出して、読み直してみるとなかなか面白い。曹洞宗の永平寺開山、道元禅師が著した「正法眼蔵」は不朽の名著とされるが、全95巻の大著を読み通すなど尋常ではほとんど不可能だ。私の持っている本はその一部の現代語対訳版であるので、ほんの触りであるが雰囲気は味わえる。仏性についての「禅問答」を一つあげておこう。(以下、現代語訳使用)釈迦が、「一切衆生にはことごとく仏性がある。仏の本質は常住で変わることがない」といわれたことに関しての問い:Q1「犬にも仏性がありますか」、Q2「みみずは斬れると二つに分かれて両方とも動きます。仏性はそのどちらにあるのでしょうか」。・・Q1に対する答えは「ない」と「ある」がある。「ない」は「犬には迷いがあるからである」。「ある」は「知っていて故意に犯す(=解脱の行い)からである」。(人間は真理について思いはからいをする。迷いがあるから解脱が可能になり本質が現される)禅問答であるから想像をたくましく解釈すればいいが、時にはこうした浮き世離れした問答がリフレッシュさせてくれる。
1月24日(金) 「塗装」というのは一つの大きな技術分野である。塗装のやり方一つで製品の価値が左右されるし、鉄骨製橋梁の塗装など、塗装の耐久性がメンテナンスの経費を決定することも多い。大きな船舶の場合は外側に塗る塗装一つで船のスピード、燃費まで変わる。塗装の技術はそれなりに完成しているので使用条件に合わせて塗料や工程を選択することができる。最近、ゆえあって「漆塗り」に挑戦してみると、これは正に複雑な塗装工程そのものであることが分かった。純粋の漆塗りというより漆塗装であるが、それでも多いのは10数工程を必要とする。やってみると漆塗りは単なるラッカーの吹きつけ塗装と違って、一種の油絵と似たところがある。精神を集中させて一気に作業するのは絵画を描く気合いと同じだ。「手を汚す」のも油絵と塗装は同じ事。指示をしたりお金をだすと難しい塗装もできるし漆製品も手に入るだろうが、自分で手を汚すと、また違った面白さが見えてくる。
1月25日(土) 中学生の頃、鉄道の線路は伸び縮するから切れ目を入れてあると教わった。長さが鉄1mのは100度の温度差で約1mm伸びるから、長いレールは気温差だけでもセンチメートルのオーダーで伸びてしまうと子供ながらすっかり納得した覚えがある。その後、物理ではもう少し正確に数値を習う。物質の温度による伸びは「線膨張係数」によって表され、鉄鋼材料の線膨張係数は温度1度当たり約1.1/100000( 長さ1000mmの鉄線が100度で1.1mm伸びる)。よく伸びる金属である銅は1.8(以下1/100000単位で表示)。これに対してプラスチックは、ポリアミド(ナイロン)(PA)=8.0-10.0、フェノール樹脂(PF)=3.0-4.0と桁違いに伸びる。一方、岩石=0.5-0.7、ガラス=0.35-0.5と伸びは少ない。・・いま何故こんな数値を見直しているのか・・。陶芸には釉薬と母材の膨張の違いを問題にすることがあるし、塗装もまた別の材料に膨張係数の異なる材料を接着するからだ。物を作ることも好きだが時々物理も好きだと思うことがある・・。
1月26日(日) ただ今の時刻:日本時間、2003年1月26日、日曜日、午後8時17分23秒。NHKーTVでは「武蔵」を放映している。2−3時間前に終了した大相撲千秋楽では朝青龍が14勝1負で優勝し横綱を確実にした。・・この日のこの瞬間は二度と繰り返しのきかない時間であるが書き留めれば特別の意味を持ち、書き留めなければただ流れゆく瞬間に過ぎない。こんなコラムを書き始めて、以前、同じように「瞬間」をPOSTCADRに描き込んだことを思い出した。久しぶりに「ここ」を見ると、1995-Aug-18、午後9時42分37秒の文字がある。この時もこの瞬間に時計をみたのは事実だろう。冒頭の23秒の時刻にしても、何秒という時刻を認識して書き留めた瞬間から既に”長い”時間が経過していくことを実感できるのが、このような時刻を記載する意味かも知れない。時刻を認識して書き留めるのは自分だけ・・つまり少なくともその瞬間は自分だけの時間だ。人の生き様も瞬間の連続ではある・・。
1月27日(月) 一ヶ月以上前に製作した陶芸がまた焼き上がってきた(「今日の作品」に掲載、「コンポジション・花瓶)。このセットは三つのブロックからできている。組合せは縦、横の置き方も含めて自由だが、それぞれのブロックは単体としても「花瓶」として花を生けることはできるようにした。我が家には大きな花瓶がなかったので、中央の花瓶は深さ(高さ)が29cmと少し大きめとし、単体でも重心が下にくるように底は分厚く(3cm)してある。柱の横にある金属の玉は花瓶に埋め込んだ磁石でくっついている。勿論、この玉は着脱自由。鋼球のほかに自在に鉄製のアクセサリーを取り付けることができる。・・大きな花瓶はできたが、今のところ、この花瓶には花がない。椿なら一輪でなく大きな枝が必要だ。春まで待って菜の花をたっぷりと生けるか、それとも雪柳でも差し込んでみるか・・これも楽しみの一つだ。
1月28日(火) 「ペンは剣よりも強し」という言葉がある。慶應義塾の徽章はペンがクロスしたものだが、「ペンと剣」のペンを表していることが知られている。また東京の名門私立校である開成(中学・高校)の校章はそのままペンと剣がクロスした図柄だ。"The pen is mighter than the sword."はこれ程に近代日本でも人気があった。けれどもこの言葉はいわば剣が圧倒的に強い時代の反語的な意味合いで説得力があったと思われる。剣を使うことのなくなった現代ではむしろペンの横暴に眼を凝らさなければならない。かつては新聞やマスコミは野次馬であったけれども、いまは強大な権力を持ち世論操作をも行う。言葉による闇討ちやだまし討ちを見抜くには、相手の弱みを突き、批判するだけでなく自分の考えを対案として明確に示しているかどうかが一つの目安となる。一方で、世界の中にはこの現代にペンを持つことさえ夢の夢という国もあるのが実体だろう。せめて日本ではペンは剣以上に恐ろしいと自覚してペンの力を使って欲しいと思う。
1月29日(水) 「果報は寝て待て」、「待てば海路の日和あり」など古来待つことの効用を説いた言葉は多い。いくら一生懸命にやっても打開しないことがらでも、時間が全てを解決する事例は多く経験する。私はアイデイアが枯渇したり、物事がうまくいかず動きがとれない時には、全く関係のないことを始める。何でもいいから他のことに打ち込んでいると突如として前に求めていたアイデイアが閃くのは不思議なほど。勿論、何もしないで休んで「待つ」のも大いに有用だ。昔は「人事を尽くして天命を待つ」なんて真面目に取り組んだ事もあったが、人事を尽くさなくても、とにかく一度離れてみるのがいいと思っている。どうなっても天地はそのままと開き直る。そうすると、時に「棚からぼた餅」なんていうことがある。
1月30日(木) 「アメリカ現代美術展」をみた(@東京都現代美術館で開催中、2003-3-23まで)。「We Love Painting - The Contemporary American Art from Misumi Collection」のタイトル通りに一人のコレクターから借りた特別展であるので、これがアメリカの現代美術の全てだとは思わないが、ウオーホル(1929-1987)やリキテンシュタイン(1923-1997)などは果たして「現代」作者なのだろうかとも思った。美術史的にも名前を残した彼らのポップアート、それも版画やリトグラフなどはやはりみるべきものがある。ただ、余りに見慣れているので色調の新鮮さは感じるが手法としてのショックをうけるものではない。それほど知られていない作者(その道では多分有名なのだろうが)からも身動きできなくなるといった衝撃を受けるものがなかった。単純に論評などできないが、感じだけを云うと、何かアメリカという社会で何が何でも目立つことをやり(=自分をアピールするためのテクニックとして、個性という名で他人と違うことをやり)有名になって同時に収入もガッポリと稼ごう・・総じてそんな姿勢が見えてしまう。私も他人と違うことに挑戦して新しい表現を創り上げることは好きだし応援したいが、これもアート、あれもアートと無理矢理アートにしてしまうやり方にはついていけない。表現に自然さがないと感じてしまうのだ。心の底からの叫びといった自然な表現を現代の作家に期待できないのだろうか。新たな美の表現は簡単なことではないと改めて思った。
1月31日(金) 「意地」とは@一度やろうと思った事を無理にでもやり通そうとする気持ち、A人間が生きていく上の欲望。特に、食欲・金銭欲・性欲など(新明解より)。「今日の作品」に掲載した「キャンドルスタンド」の修復品が出来上がった。修復は正に「意地」でやり通したものだ。U字型のキャンドルスタンドははじめから二個の組合せで計画した。その二個の内の一個が素焼きの段階で破裂して破片が10個以上、バラバラに飛び散った(写真を新たに陶芸コーナーに掲載)。復元はまずパズルを組み立てるように一つ一つの破損部品をつなぎ合わせて、接着剤で順番に丁寧に組み合わる。表面の足りない部分は接着剤の上に素焼き材の粉を振りかけたあと紙ヤスリで仕上げる。素焼きの肌合いのままでも一応みられたが、次に塗装仕上げを行った。漆塗りの手法で、下地のパテ、下塗り、磨き、中塗り、磨き、最後は「玉虫塗り」の技法を拝借して銀粉をまぶし更に仕上げを行った。親として出来の悪い子ほど可愛いというのはよく理解できていないが、出来の悪い作品や、救いがたい損傷品は不憫で、かわいそうで、何とかしたくなる性分ではある。意地の力は捨てたものではないと思った。

 

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