<最新版2008-7月のコラムはページの下部です>
7月1日(火) <「チュニック」が流行している・・・>
「チュニック」が流行しているとのテレビ番組を見た後、外出して代官山の街を歩くと、チュニックを着た女の子に何人も行き交う。これまで女性のファッションを気にかけたこともなかったが確かにこれが流行というものかと感心した。ところが家でこのことを妻に話をしようとすると「チュニック」の言葉が思い出せない。実は「チュニック」は私が今日覚えた単語なのである。妻は当然のように「チュニック」を知っていたが大体「チュニック」は洋服からの連想もできない非常に覚え難い言葉だ。悔しいので記憶するために例によってインターネット百科事典Wikipedia
などで調べてみた。チュニック(tunic)は「ゆるやかな短めのワンピースのバリエーションで、丈が腰の位置から膝丈程度のものをさす」とWikipediaでは説明されている(=ここ)。語源はラテン語で下着を意味する「チュニカ」から派生した。元来は古代ギリシャ・ローマ時代に着用された筒型をした膝丈ぐらいのゆるやかな衣服(半袖の上着)で下着や外衣、日常着として使用されたものだという(男性用の衣服も含まれた)。現代のチュニックは女性用のカジュアルな上着で、ジーンズやパンツをボトムス(下半身の衣服)として併用したり着こなし方で非常に幅広いバリエーションを持たせることができる。・・ここまで調べて何度も「チュニック」を繰り返すとチュニックと云う言葉は記憶に残りそうである。妻に男性用のチュニックがあっても良いのにというと笑われたが、渋谷区の検診時に診療所で提供される(その後持ち帰り自由)診療着は私のチュニックだと気がついた。
7月2日(水) <負けるは勝ち・・・>
「負けるは勝ち」は”江戸いろはかるた”の「ま」項である。「負けるが勝ち」と云う場合もあるが、私は最近この言葉の意味は深いと改めて見直している。江戸文化の産物であろうが先ず平和でなければこのような言葉は産まれない。負ければ皆殺しとなるなど勝ち負けが生死に直結する戦い(社会)ではこんな悠長なことは云っていられない。江戸の町人は戦はしないし、また武士の支配下にあったとしても決して「負けた」と思っていないのが面白い。欧米流の「勝ち」or「負け」の割り切り思想でない所がユニークだ。嫌な言葉だが”勝ち組”に対して”負け組”が「負けるは勝ち」と云える社会こそ望ましい。「負けるは勝ち」にはまた勝てる場合でも勝ちを譲るゆとりを見て取れる。あらゆる状況において“勝ちを譲ろう”とする人が多ければ多いほど争いは少なくなるのは自明であろう。「負けるは勝ち」は負け惜しみの言葉でなく知恵がつまった平和の言葉に思える。ちなみに、”京都いろはかるた”では「ま」は「播(ま)かぬ種は生えぬ」。これは「江戸の勝ち」といいたいが、引き分けとしようか・・。
7月3日(木) <岡目八目・・・>
「岡目八目」というが本人よりも周りの人の方がよく見えることは多い。今更ではあるが「岡目八目」を辞書ではこう説明している。「(碁を冷静に脇で見ていると対局者と比べて八目分の得をする手が見えたりすることから)局外者の方が、かえって事柄の善し悪しがよく分かること」(新明解/三省堂)。逆にいえば周囲で分かることが真剣に取り組んでいる当事者が分からないから厄介だ。テニスでも他人のフォームを手打ちで駄目だとコメントする本人が全くの手打ちだったりすることがあるし、"あなたは他人の話に耳をかさない”と云う人が聞く耳を持たないこともある。なぜこうなるのだろう。鏡がない限り自分の目では自分は見えない、自分の話言葉は耳で聞くのでなく耳の骨から伝わる。だから第三者としての自分の姿や話し言葉は見えないし聞こえないことが原因でないかと仮説をたてた。ところが囲碁の石は本人にもよく見えるから、目や耳だけの問題ではない。私がこのコラムを書いて更新登録をした後、一読者として読んだとたんに文字の間違いやらおかしな文章に気がつくことがある。更新するまでに自分で確かに読み直しているのだが、その段階ではミスに気がつかない。“局外者”になると即欠点が分かるのである。とにかくも人は自分のことは見えていないと思っている方が間違いないようだ。「他人の振り見て我が振り直せ」ともつながりそうである。
7月4日(金) <オモチャ・・・>
「オモチャ」には少なからず関心がある。いわゆるコレクターではないが、昔から機会があれば(海外のものも含めて)オモチャの名品を購入してきたので今ではかなり集まっている。私が興味を持つのはオモチャの仕組というか構造がユニークでかつデザイン性があるもので、子どもだましのオモチャはとらない。といっても特別のものでもなく、例えば、地球独楽(コマ)とか永久運動をするように見えるオモチャ(コマや振り子の類)、それに名前を忘れたが階段を下りるコイル状のバネオモチャなど、ある時代にブームになったものも多い。オモチャの話題を書き始めたのは先日「東京おもちゃ美術館」(=ここ)に行ってたっぷりオモチャを見てきたからでもある。この美術館は学校の統廃合のため閉校となった東京の四谷第四小学校の校舎を活用して今年4月にオープンしたおもちゃ専門の美術館。数万点ともいわれるオモチャを見ると同時に制作したり手に触れて遊ぶことができるところが親切である。ところで、玩具はわかるが「オモチャ」の語源はなんだろうと調べてみた。「持て遊び」→「持ち遊び」→「もちゃそび」→「もちゃ」→「お+もちゃ」と変遷を重ねた言葉であるようだ。手で持って遊ぶオモチャは人間が作り上げた文明の基盤でもあるのでないか。
7月5日(土) <苦心しても報われない・・・>
苦心しても報われないのは世の常か。「今日の作品」に久々に陶芸作品を掲載したが、この「テストピース埋め込み皿」はその典型だ。テストピースは家の陶芸窯で焼成する際に素材をバラバラに破裂させてしまった後に、破片を利用して異なる釉薬で絵を描いて粘土と釉薬の相性をテストしたものである(この間の経緯は1/25コラム=ここ、2/5コラム=ここ参照)。テストピースのままであると実用性がないので、これらを一枚の皿に埋め込んだのが今回の皿。埋め込むといっても新たな粘土を焼成すると収縮・変形するので、粘土に大きな陶片を埋め込むのは容易ではない。収縮代を見込んでその隙間を埋める方法を試行錯誤しながら何とか完成したが周囲の評判はよろしくない。以前のテストピースのまま何もしない方がよかったと云われる。更に皿の素焼時に電気窯のヒーターが故障する”おまけ”までついた。メーカーと連絡を取り窯を送り返して再度設置。その試運転を兼ねて今回の作品を焼成したものだ。それにしても、自分で満足のいくできかと問われればやはりまだ不満が残る。せめて自分が悔いないように更にこの皿には手を入れる予定だ。この皿の場合やること全てが初体験の試作といってもよい。試作とは巧くいかないところに意味がある・・。