<最新版2009-11月のコラムはページの下部です>
11月1日(日) <奇跡・・・>
奇跡としかいいようのないことが現実に起こる。八丈島沖で嵐のため漁船が転覆し4日経過した後に船室に残された船員3名が救助されたことはまさに「奇跡の生還」。いくつもの幸運が重なって奇跡が起きた。今朝の新聞で裁判員の選任手続きの呼び出し状が同じ人に3回連続して送付されたことが報じられている。単純計算でこんな事は確率6万4千分の一とか。これも奇跡に近い。裁判員には当たっても有難味はないが、どうせ当たるなら宝くじの方がよい。ところがある人が宝くじの確率の計算をしたところ、一枚の宝くじを買って一等一億円を当てる確率は百万分の一で、これは人が交通事故で450回死ぬ確率になるという。一億円を当てるのこそ奇跡である。しかし、考えてみると私たちは実は奇跡の恩恵にどっぷりと浸かっている。奇跡の星、地球という宇宙の中で真に希有な星に生を受けている。しかも今ここに生きていること自体が奇跡の結果であることは間違いない。時に自分の受けている奇跡の恩恵を思いたい・・。
<昨日に続いて横浜に行った。下の写真のような横浜が好きだ>
2009-11-01@横浜みなとみらい
11月2日(月) <携帯ストラップ・・・>
「携帯ストラップ」の絵を今日の表紙に掲載した。妻の携帯ストラップを描いて孫娘mieuへの絵手紙としたものである。私自身の携帯ストラップは今年の2月に携帯電話(裏側)と一緒にペン画で描いている(2/23コラム参照=ここ)が簡単な一本のストラップだけである。今や携帯ストラップは選ぶのに迷うほど種類が豊富である。妻のストラップもそうであるが観光地とか気の利いた店に行くとその場所オリジナルのストラップがあり記念に購入したくなる。携帯ストラップを蒐集するのも面白そうだが種類が余りに多くて続かないだろう。それにしても携帯にストラップを多く取り付けたり、凝ったストラップを楽しむ"風習”は日本独特であるらしい。江戸時代の「根付け」では紐で吊して小物を持ち運ぶ単純な道具に遊び心を加えつつ、やがては根付け如きの留め具に日本人は精緻を極めた芸術品を造り上げてしまった。根付けは今や世界中で高い評価を得て骨董として蒐集されている。私は多彩な携帯ストラップを見る度に「現代の根付け」を思う。携帯ストラップは豊かな日本文化の一側面でないか・・。ちなみに掲載した絵では少し見にくいがハローキテイー扮する殿様がサンマを抱えているストラップは「キテイーの目黒のサンマ」バージョン。これも滅多に入手できるものではないが、付けていてどうということもない。これが文化であろう。

11月3日(火) <11月3日は「晴れの特異日」・・・>
11月3日は「晴れの特異日」である。今日の東京はまさにこの特異日に違わず抜けるような秋晴れとなった。朝は今年一番の寒さで早朝の犬の散歩も陽光の当たる場所を選んで歩いた。11月3日は父の誕生日であったからこの日には特別の思いがある。明治生まれの父は「文化の日」の名前が馴染めずに、どうしても「明治節」が親しかった。明治節は明治天皇の誕生日(1852年)である11月3日を祝祭日としたもので戦後「文化の日」となるまでこの名前の祝祭日であった(明治天皇在位中は「天長節」であったので父は天長節とも云った)。今や明治はもちろん昭和も遠くなりにけり・・。今日は余りに天気が良かったので寒くはあったがウオーキングをかねて西郷山公園(東京目黒区)にいき二度も富士山をみた。かつては富士をみる絶好の場所であった公園でも、もう知る人でなければ富士を見つけるのは容易ではない。丁度太陽が沈む方向に富士がみえるのだが全体写真では見難いので昼間の富士のアップと並べて写真を掲載してみる。

2009-11-03@西郷山公園(東京・目黒区)
11月4日(水) <盟三五大切(=かみかけてさんごたいせつ)・・・>
「盟三五大切(=かみかけてさんごたいせつ)」を見た。また随分読みにくいタイトルであるが、鶴屋南北作の歌舞伎狂言でいま新橋演舞場で公演されている(11月25日まで、出演、市川染五郎、菊之助、亀治郎など)。この四代目鶴田南北(初代から三代目までは役者で四代目が狂言作者)作の歌舞伎は1825年(文政8年)に初演された当初は内容が余りに凄惨で暗いためか長くは上演されなかったそうだが、昭和になって見直されて復活し現在しばしば上演されているという。忠臣蔵の義士と主人公を結びつけた創作だが、たかが金銭と痴情のもつれから浪人が殺人鬼と化し芸者、美人局(つつもたせ)の夫などに絡んだ多くの人々を次々と惨殺するストーリーに何が現代的な意味があるのか私には理解できない。とにかく凄惨である。罪もないのに9人(?)も殺される。それも反抗もしない女性や赤子に至るまで惨殺される物語のどこが面白いのか。殺人に型の美しさも何もあるものか。この歌舞伎を外国人がみると日本人とは不可解で恐ろしい人種だと誤解されるに違いない。驚いたことにこの冷酷な殺人鬼の主人公が見えを切ると多くの観客の女性が拍手をする。そう、こんな歌舞伎狂言が女性から支持されて続いていることが私にとっては何より不可思議である。
2009-11-04@新橋演舞場
11月5日(木) <我が家のコーギー犬・・・>
我が家のコーギー犬、アールが必死に生きている。今日丁度13歳になるところで体調が急変した。この一年近くは後ろ足が使えずに車椅子での散歩を続けていたが食欲は旺盛で脚力以外は元気いっぱいだった。それがこの40時間ほど食事をとっていない。大好きだった缶詰の肉やササミジャーキーも一切口にしない。かろうじて牛乳や水を飲んで静かに横たわっている。今朝は思い切って車椅子で外出したら意外に(こちらでかなり前脚をサポートしたが)一回りすることができた。今晩は余りに弱っている様子なので車椅子にも乗せられない。インターネットでみると、犬の年齢を人間の相当年齢に換算する場合、13歳では、小型犬=68歳、中型犬=78歳、大型犬=96歳とあった。コーギーは中型犬であるので78歳相当ではある。今もパソコンを打つ足下で布団をかぶって横になっているが、実に穏やかな優しい目をしている・・。
11月6日(金) <昨晩アールが亡くなった・・・>
昨晩アールが亡くなった。昨日のコラムを掲載した数時間後のことだった。ある程度覚悟はしていたが静かに眠るように息を引き取ったのがせめてもの慰め。アール(コーギー犬)は1996年の11月5日に我が家の寝室で母親のアンが出産した子犬4匹の中の一匹である。丁度13歳の誕生日に亡くなったことになる。コーギー程度の中型犬であると人間の年齢に換算すると80歳ほどになる。もっともっと長生きをして欲しかったけれども天寿を全うしたとこれも慰める。母親のアンは10歳で亡くなったがその時は翌日には変わらずにアールを散歩に連れて行かなければならなかった。つまり、2マイナス1で1が残った。けれども今回は1マイナス1がゼロである。ゼロの影響の大きさを今ひしひしと感じ始めた。生活習慣の中で如何にアールの存在が大きかったことか・・。これから自分の生活をどうするかは別にして、先ずアールに”ありがとう”と云いたい・・。
11月7日(土) <ペットロス症候群・・・>
ペットロス症候群は私とは無縁と思っていたが、その気持ちはとてもよく理解できる。ペットロス症候群とは「ペットを失うこと」が契機になって何らか発症する精神的疾患のこと。一昨日愛犬(コーギー犬アール)が亡くなって何か穴が空いて生活の張りが取り除かれた心境になるのは確かである。アールの場合は犬にしては相応に長生きをしていたし一緒に生まれた兄弟がこの夏に相次いで(二匹)亡くなっていたので私もある程度の覚悟はできていた。それにしてもアールの母親(アン)からアールの最期まで犬を18年間飼い続けていた。その前に猫を飼っていたので(一時は犬と一緒)ペットとの生活は実に30年に及んだことになる。ここにきて突如家の中に自分一人(妻がいないとき)となる感覚は特別である。そうはいっても、世の中には最愛の連れ合いや肉親と死別せざるを得なかった人々は多い(私たちも同じ)。人間の別れを思うと"ペットごとき”であるかも知れない。生きとし生けるものは全てやがて滅する。惜しまれながら"滅する”のはむしろ恵まれていると考えよう・・。
<今日の写真に九品仏浄真寺(東京)の巨樹・イチョウを掲載する(9月20日コラム=ここ=参照)>
2009-11-07@九品仏浄真寺