これまでの「今日のコラム」(2005年 11月分)

11月1日(火) <朝の散歩で目に映る植物・・>
早朝の散歩で目に映る植物の名前をいいながら歩いてみた。散歩は毎日犬(コーギー犬)を連れて30-40分ほど歩く。代官山から渋谷方面、さらに目黒川沿いなどであるので都心のコースといってよい。今朝は樹木や草花ばかりを注目しながら歩いたが改めて名前を知らない樹々が多いのに気づかされる。まず街路樹系から、銀杏(いちょう)、欅(けやき)、槐(えんじゅ)、サルスベリ、ハナミズキ、その根元にはツツジ、紫陽花(あじさい)。広大な空き地のスペースには大きな杉の木、松、ブナやナラの類。花はなくても桜の木、竹の類も多い。生け垣や庭先、公園となると思いつくままに、楓(かえで)、山梔子(くちなし)、モクレン、辛夷(こぶし)、梅、椿、山吹、ユキヤナギやコデマリ、蔦(つた)、菊、バラ、キンモクセイ、シュロ・・。植物に詳しい人ならまだ20-30は直ぐに名前がでるのだろう。以前、フランス人の知人から大都会で東京ほど身近に緑(植物)の多いところは珍しいと云われてピンとこなかったが、確かに東京の植物は豊富なのかも知れない。散歩ついでに一週間に一度でも一つ樹木の名前を覚えると相当な植物通になれる。デジカメで写真を撮り植物辞典で名前を確かめることはやる気になれば出来そうだ。
「今日の作品」に「小皿(陶芸での上絵)」を掲載した。小物ならば上絵を描いて家で焼成することが出来るようになった。掲載した作品はそのテスト品であるが、これからは今までにない絵付けが楽しめる。
   11月2日分

11月2日(水) <公園にキリン・・>
突如として公園にキリンが出現したのには驚いた。早朝に犬を連れていつもの西郷山公園(東京・目黒区)に着くと大きな頭のないキリン像が三頭丘の上にそびえ立っている。私は以前から目黒区の公園課に偏見がある。それは公園を管理する立場で必要以上に大きな看板(犬をつなげ、花火はするななど分かりきった注意書き)を山ほど(10個どころではない!)掲げるかと思えば、偉人の言葉を張り紙にするなど、役所自身で公園の美観を損ね、余計なことばかりすると思っているからだ。今回もまた公園課が好き勝手なことをやったのかと一時憤慨したが、これは役所の道楽ではなかった。実はこのキリン、”都市とアートの新しい関係を探る”「 代官山インスタレーション2005」の作品であった(NET紹介=ここ)。奇妙なもので、区役所が設置したものでなく期限付きで展示されるアートとなるとまるで見る目が違ってくる。行事としては、11月5日から27日までの期間に展示されることになっているので、いわばオープン前に先に作品を見た訳だ。毎年(?)開催される代官山インスタレーションは私も好きで見て回るのだが、これらは”期限付き”であるところがポイントだ。今年の2月にニューヨークのセントラルパークを橙色の布で被ったクリストのアート(2005-2/17コラム=ここ=参照)もわずかな展示期間であるから非日常の刺激を与えてくれた。キリンも見慣れた景色が替わりハッとした後、12月にはまた元に戻るからいい。できることならこのアート展示期間に役所の汚い看板がなくなればすばらしいが無理だろうか・・。

「今日の作品」に昨日に続いて「 小皿<陶芸上絵2>」を掲載した。
<明日から北陸方面に旅行の予定。6日までコラム休みます>

11月6日(日) <チャペルでコンサート・・>
昨夕は立山国際ホテル(富山県)に付属したチャペルでコンサートがあった。演奏はドイツから来日したアルテニウストリオがメイン。バイオリン、チェロ、それにピアノそれぞれのソロも入った。トリオの演奏が始まったとたんになぜか不覚にも涙がでてきた。演奏を聴きながら理由を考えたのだが演奏に迫力があったのは勿論であるが生の音の響きのすばらしさが原因だと合点した。普通のコンサートホールほど広くはない教会で美しく反響する音楽は自分がバイオリンやチェロの演奏者の中にいるような興奮を覚えさせる。このコンサートは私の従姉が企画したものであるが彼女はクラシック音楽を特別のマニア向けでなくいかに多くの一般の人に楽しんでもらうかいつも工夫している。今回も演奏者と親しく会話をしながら演奏者の人となりを紹介したり、一方で舞台の上に音楽と関係のない人形を展示しステージギャラリーを試みた。その人形(人形作家古田文さんの名品)が醸し出す不思議な魅力が音楽を一層引き立たせる効果を生んでいた。クラシック音楽のコンサートもまだまだ多くの変化・改革の余地がある。演奏者、聴衆、企画者が三位一体になった新しい可能性を予感した。
「今日の作品」に「エジプトの像」を掲載した。これは何じゃ・・、エジプト大使館前に設置されている像をスケッチしたのが中央の鉛筆画。等身大の像であるので散歩の時に横を通ると毎回ギョットするが好きだ。

11月7日(月) <紅葉に鹿・・>
今の季節は「紅葉に鹿」、同じような取り合わせに「梅に鶯」、「牡丹に唐獅子」、「竹に虎」。花札を見れば更に「松に鶴」、「萩に猪」、「牡丹に胡蝶」、「柳に燕」・・。画題として好んで描かれたものであろうが、いずれも動物と植物の組み合わせが巧みで感心してしまう。「猫でない証拠に竹を描いておき」という川柳があるくらいであるから「竹に虎」の絵も昔は誰でもが描いたのだろう。江戸末期に流行したという「牡丹に唐獅子竹に虎」を冒頭の句とした尻取遊びの文句をみつけたので紹介してみたい:「牡丹に唐獅子竹に虎、虎を踏まえた和藤内、内藤様は下り藤、富士見西行後向き、むきみ蛤ばかはしら、柱は二階と縁の下、下谷上野の山桂、桂文治は噺家で、でんでん太鼓に笙の笛・・」。これが延々と続く。江戸の言葉遊びはまさに平和な時代の庶民文化の典型に思える。

11月8日(火) <六本木・・>
所用があって六本木にいった。ついでにはじめてドンキホーテ(安売量販店)に寄ってみた。結局テニスボールとプリンター用の印画紙を買ったが店内は外人客が目立つ以外に特に変わったところはない。けれども少し離れてドンキホーテのビルをみると屋上に何やら凄い設備がみえる。聞けば絶叫マシーンで24時間営業する計画であるのが周囲の反対でオープンは延期されているという。この絶叫マシーン、話題の六本木ヒルズからもよくみえる。この先どう決着がつくのか見物だ。ドンキホーテの直ぐ側の100円ショップをのぞくと店員がみな外人で日本語もおぼつかない。外人客だけを相手する100円ショップなのだろう。青山ブックセンターにも久しぶりで立ち寄った。この本屋は明け方の5時まで開店しているので終電車に乗り遅れた人が夜中に訪れる。店内を見ているとwebデザインの本が目についた。そういえば私のホームページは何年間も大枠のデザインを変更していない。コラムや作品の改訂だけでなくフレームのデザインから大改革する時期かも知れない。そう思って最新のwebデザインの本を二冊買ってしまった。そしてどうせ改訂するなら自分で描いた絵をベースにしようと、早速に下絵を描いたのが「今日の作品」に掲載した「web-design<水彩>」。こういうのを何枚も描いてHP改訂・・。また新しい目標ができた。時に六本木に行ってみるのも刺激になる。

11月9日(水) <ケータイ使い放題・・>
ケータイの使い放題が直ぐそこまで来ているようだ。携帯電話そのものは無料にしてもその後の通話料で稼ぐのが電話会社の商売のやり方であった。今や中学生、高校生でも当たり前で携帯を持つ時代で毎月の電話代が万のオーダーは珍しくない。それが米国で流行っているトランシーバー型の通信が日本でも導入され、そこでは料金定額制が採用されて状況は一変しようとしている。同時には一人しか話せないトランシーバー型の通信(Push to talkという方式、日本では当面決めた相手に限る)にしても通信回数による従量制と定額制では使い勝手が全く違う。我家は現在インターネットはケーブルでありケーブルTVの基本料金にネット料金は含まれているのでインターネットはいわば使い放題。以前の電話回線で時間を気にしていた頃とは別世界だ。今のところは従来型電話と同じ機能でないにしても、通信手段が一ヶ月1050円(NTTドコモの場合)の基本料金で使い放題になればまた新しい可能性が開ける。ちなみにNTTドコモの定額制プランの呼び名は「カケ・ホーダイ」。
11月10日(木) <広告の費用対効果・・>
インターネットビジネスが収入源の多くをオンライン広告に頼っていることはよく知られている。googleやyahooなどの検索機関、鉄道や地図の情報など、私のような使う立場からはこれほど便利な機能を無料で利用出来るのが信じられない。これらは全てスポンサーである広告主がいるから可能になる。逆に多くの人が利用するから広告提供者がある。一般論としては広告をすると売り上げが伸びることは分かるがスポンサーは「費用対効果」についてどれほど把握できているのだろうか。広告にどの程度の費用をかければ売り上げ向上にどの程度効果があるのかは単純には算定出来ないと思われる。インターネットではないが昼のテレビで保険会社のコマーシャルの多さは驚くほどだ。入院保険、生命保険の溢れるばかりの宣伝に膨大な費用を投入して保険会社は莫大な利益をあげるとすれば何か釈然としない。ある時期は知名度を上げるためのコマーシャルというのであれば分からぬではないが私は最近保険の宣伝には飽き飽きしてコマーシャルをみれば保険には入らぬ決心を新たにする。その点インターネットの広告はほとんど気にならない。利便性のみ甘受している。費用対効果は利用者が満足する限界をとらえることだろうか。

11月11日(金) <陶板リニューアル・・>
「今日の作品」に「四角陶板リニューアル<陶芸>」を掲載した。これは2004年に制作した四角陶板を最近我家に入った陶芸用電気炉を使って釉薬をかけ直したもの。以前は白の釉薬でまだら模様となったのが我慢出来ず全部に白の塗料を塗っていた。”陶芸”としては中途半端になったが如何ともし難くそのまま使っていたが、電気窯を自由に使える事になったので心機一転してリニューアルを試みる。まずはじめに780度まで温度を上げて塗料をはがした。その後白マットの釉薬を厚めに塗って1230度で再度焼く。結果は成功だった。中央部分が以前より少したるんだが(小さな窯のため斜めにセットし変形は予想していた)むしろ風情がでたようにも思える。この陶板は当初制作した時に解説を書いたことがある(2004-10-21コラム=ここ)が縦と横の長さを黄金分割比(=1.618)としている。また対角線を黄金分割した点を深く彫り込み窪みに水が溜まるようにした。リニューアルの結果、対角からの線は以前より強調されたし何より白マットで本来の陶芸の姿に変身できた。上絵の具だけでなく釉薬の再施工も自分の窯でできるとなるとまた新たな可能性が頭に浮かぶ。いい、いい(11-11)とは今日の日の事か・・。

11月12日(土) <炭坑節・・>
犬を連れて公園の通路をひと回りしていると非常に懐かしい歌が聞こえてきた。子供の頃には馴染み深かったが最近は聞くことも歌うこともない。それが「炭坑節」であることを思い出すのに時間はかからなかった。みればお爺さんが一人ベンチに座って大きな声をだしている。早朝に屋外で大声で歌うのは健康にもいいだろう。メロデイー以上に歌詞を聞きながら感無量となった。「月が出た出た月が出た ヨイヨイ 三池炭坑の上に出た あまり煙突が高いので さぞやお月さんけむたかろ サノヨイヨイ」。私が小中学生の頃つまり50年ほど前には、正月の宴席などで必ず歌われるのがこの炭坑節だった。それが今や炭坑は衰退し、高い煙突からもくもく煙をだす工場は斜陽のイメージだ。現代ならどんな歌になるだろうか。「・・投資ファンドビルの上にでた あまり儲けが多いので さぞや月旅行もできるだろ・・」。炭坑節は変遷を続ける産業の一つの大きな山を象徴していた。諸行無常の年月を思う。

11月13日(日) <ドラッカー氏死去・・>
ピーター・ドラッカー氏死去のニュースをみた。95歳。ドラッカーは米国の経営学者と紹介されるが生まれはオーストリア。ドイツ、英国を経て米国に移住している。経営学者というと口先の調子のいい理論だけで信用されない人も多いがドラッカーの著書が時代を超えてなお読まれるのはドラッカーには思想があるからではないかと思う。1909年生まれのドラッカーは経済至上主義の弊害を熟知する一方、全体主義の恐ろしさも身を以て経験していた。彼のベストセラー「断絶の時代」(1969年発行)の中で使われた”グローバル化の時代”、”多元化の時代”、”知識の時代”などのキーワードは現代でも全く古さを感じさせない。また、”年金が経済を支配する(1976)"も高齢化社会を迎えてむしろ今ますます現実味を帯びている。私など門外漢でドラッカーを深くは知らないが、それでも著書の言葉をみるだけでホッとするところがあった。「従業員はコストでなく資源と考える」といった趣旨にも共感したものだ。ご冥福をお祈りする意味で「断絶の時代」を再読しようと本棚を探したが既に処分したのか見つからなかったのが少々残念である。

11月14日(月) <長所をみる・・>
ある青年と4時間余いろいろな話題を語りあって分かれたときに何とも清々しい後味だった。何故だろうと考えると先ず他人を悪く云うことが一切なかった。これは出来そうでなかなか出来るものではない。世の中には自分の事を棚に上げて他人をけなす楽しみを持っている人は多い。悪口を云わなくても極度にへりくだる趣味の人もいる。身内を愚妻とか豚児といってみたり愚かな連れ合いを演出したりするが私は身内を自分の所有物のように扱うのは好きではない。彼の場合、身内にも心底感謝していることを素直に話すので微笑ましい。不平や愚痴がでないのも気持ちのいい会話の要素だ。この青年には”長所をみる”という基本を改めて教えられたような気がした。プラス思考に接すると自分までもプラスのエネルギーを頂戴したように元気になる。

11月15日(火) <北斎展・・>
北斎展にいった(@東京国立博物館、12/4まで、案内=ここ)。この展覧会は日本国内約40カ所、ヨーロッパ10個所、アメリカ9カ所の所蔵家、美術館から集めた葛飾北斎の作品合計約500点を展示するというかつてない大規模な北斎展である。こちらとしても以前から楽しみにしていたので時間をたっぷりとり勇んで入場した。さて見終わった後の感想を簡単なコメントで済ませるものではない。このような巨人の展覧会では後は黙して余韻に浸りたい気分だ。強いて云えば、殿様のお抱え絵師でもない浮世絵師に歴史遺産となる数々の名作を作らせた日本文化の土壌の豊かさを思った。摺師の卓越した技量、細筆など道具のすばらしさ、絵画や木版画の流通機構など周辺文化が北斎というまぎれもない天才に膨大な量の絵を描かせた。私自身は北斎の大胆で独創的な構図や強弱というかリズム感に溢れる筆致に圧倒されながら、新たな創作意欲を呼び起こされる。時間の経つのも忘れてしまった。やはり世界の宝HOKUSAIだ。
11月16日(水) <酒の俳句・・>
毎日晩酌をやるタイプではないが、気に入った自作のぐい呑(陶芸コーナー参照)が出来上がったのでこのところ夕食時に妻と日本酒をちびりちびりやっている。秋にはなぜかお酒が似合う。酒の俳句にはどんなものがあるか調べてみた。先ずは俳聖松尾芭蕉はさすがに品がいい:「 川風やよい茶よい酒よい月夜」。与謝蕪村も酒に溺れることはないだろう:「故郷や酒はあしくとそばの花」。小林一茶は意外に大酒飲みであったようだ:「酒のまぬ人入るべからず菊の門」、「行く秋を唄で送るや新酒屋」。種田山頭火となると酒が人生:「 酔うてこほろぎと寝ていたよ」、「 酔ひざめのどこかに月がある」(現代俳句)。俳人ではないが夏目漱石は割合オーソドックスだ:「 憂ひあらばこの酒に酔へ菊の主」。・・今宵の犬の散歩は雲間に見え隠れする満月を追いながら回った。ここで一句:「満月や酒はちょっぴり二人とも」。
11月17日(木) <精進料理・・>
東京・四谷にある禅寺で法話を聞いた後に精進料理をいただく会があり参加した。言うまでもないが精進料理は仏教の殺生を戒める教えにしたがって肉や魚介を使わずに穀物や豆類、野菜などの食材でご馳走をつくる。今ならさしずめ理想の健康料理といえるかも知れない。修行僧であれば食事時も会話は禁じられるがこの会ではお坊さんと雑談しながら精進料理を味わった。そんな中で新聞で報じられたと云う「学校給食で”いただきます”を言わない生徒」の話がでた。生徒の親が給食代を支払っているので子供にいただきますを言わせないと学校に言ってきたというから驚く。これは子供の問題ではなく親と恐らくはその親を育てた親の欠陥であろう。いただきますとは施しを受けるのでなく、お米を作ったお百姓さん、野菜を作った人、魚をとった人、料理を作ってくれた人など全ての人に感謝する、そして食することができる幸運に感謝する、更に命あるものの「命頂きます」と許しを請う、・・こんなことを今更そんな親に言っても空しいが、”いただきます”、”ごちそうさま”は幼児期からの習慣であってほしい。飽食の時代と云われて久しいが時に精進料理をいただくと食べるという意味を考えさせられる。
「今日の作品」に「web-design2<水彩>」を掲載した。何がweb-designかよく分からないが、このスタイルでまだ何枚か描いてみたいと思っている。


11月18日(金) <志野茶碗・・>
国宝「志野茶碗・卯花墻(うのはながき)」をみた。国宝の茶碗は二つしかないものの一つである。思ったより深さがあり、またゆがみも大きくみえたが、360度あらゆる方向から長い間細かく観察しても飽きることがない。いつまでも見ていたくなった。直ぐ隣には長次郎作の重文「黒楽茶碗・俊寛」と本阿弥光悦作の重文「黒楽茶碗・雨雲」が展示されている。長次郎の作は以前に何度かみたことがあるのでお馴染みであったが光悦の茶碗は同じ黒茶碗でも全く違う風格。これらも見ていると時間を忘れる。・・いずれも今日行った「三井記念美術館」の展示品である。この美術館は東京・日本橋に10月オープンしたばかり。三井家(および三井グループ)300年の歴史の中で収集されたコレクションが新たな美術館に収納され、今開館記念特別展が開催されている(12/25まで、netでの案内=ここ)。私にとって茶碗や円山応挙の絵画など行く前から期待していたものとは別に実物を見て感銘を受けたものに刀がある。正宗の短刀(国宝)や貞宗の短刀(国宝)もすばらしいが、兼光の刀は凄いというより美しい。これまで名刀をみる機会はなかったが確かに刀も美術品それも製造技術と一体になった美術品であることを理解した。さて、刀をたたき作り上げることは出来ないが陶芸でも絵画でも創作するチャンスを持っている自分。チャンスを活かさなければならない。

11月19日(土) <見事な失敗・・>
久々に見事な失敗をした。陶芸でのことだ。炭化焼成という特別な焼き方は以前にやったこともあり軽く考えていた。鉄分を含んだ粘土で成形し素焼きした後、焼成する際に鞘(さや)と呼ぶ容器に物を入れて更に炭を側に置いておくと黒ずんだ独特の肌合いに焼き上がる。今回はその上に貝を置いて風合いを付けようとの魂胆だった。それが一部の貝と釉薬が思わぬ反応をして容器に固着してしまったのだ。勿論、容器に接触する部分や貝に接触する部分には釉薬をかけることなどやっていない。はじめはどうして貝が強力な接着剤のようになったのか理解出来なかったがよくよく考えてみると下の方に貫通穴をあけてその穴の中だけに白萩という釉薬をかけた(穴は用途はなく私の趣味)。この釉薬が流れて貝と接触したものと思われる。結局、固着したところは取り外すことができずに容器まで破損させてしまったが貴重な体験だった。このところ陶芸の熱が冷めて新しい構想が湧いてこなかったが、この失敗で反ってやる気がでてきた。”失敗は成功の母”。<炭化焼成は全般には大成功でうまくできた。近々「今日の作品」にも掲載の予定だ>

11月20日(日) <仏具・・>
東京国際女子マラソンで高橋尚子が優勝。屈辱的な終盤失速でアテネ五輪への出場を逃がしてから二年、見事に雪辱を果たした。それにしても試合前に肉離れなど体調が万全でなかったと伝えられたのが結果的にはよかったように思える。レース直前に絶好調であるより少し自重すべきという意識がある方がうまくいく。好事魔多しの反対だ。Qちゃんのマラソン復活は本当にうれしい。
「今日の作品」に「仏具シリーズ/香炉<陶芸>」を掲載した。仏具シリーズとしては香炉、花器、燭台、仏飯器、茶湯器を2セットずつ制作した。はじめに原寸で設計図を描いて相談すると全般に大き過ぎるという。仏壇の中にみな収めるためにはコンパクトでなければならないようだ。大きさは小さく直して形状を私のオリジナルで再度デザイン。市販では得られないものを目指した。昨日のコラムで書いたが炭化焼成の段階で予期せぬ失敗もあったがまずまずの作品が出来上がった。掲載した香炉で縦の線は”象嵌”した模様。写真では見えないが上部の釉薬と釉薬なしの境目には美しい金色の発色が見られる。これは炭化焼成の条件がたまたま巧くいった時に黄金色がでるもの。焼いたような跡がついたのも炭化焼成のためで普通の電気炉では得られない。火の神様に感謝。


11月21日(月) <耐震計算書偽造・・>
首都圏のマンションなどの構造計算書が偽造されて建物の耐震性に問題あると大騒ぎになっている。建築設計事務所がコストダウンを目的に計算書を偽造して鉄筋の本数を減らすなどしたというから悪質だ。この事件をきいて直接関係はないが我家での騒動を思い出した。我家(といって自分のものではなく共同住宅)は勿論良心的な構造設計の専門家が法律に則って設計したのであるが、完成後ある時期を経て建築基準法が改定になり新しい法律に従うと大地震の時には強度が保証されないと云われた。結局は柱を太く改造したのであるが建築基準法自体がしばしば変わる(地下鉄の柱なども太く直している)。仕事で強度計算をやってきたこともあり私は大地震で家が壊れたらそれは運命よと達観していた。一般的に静荷重にたいする強度の安全率は十分にある。繰り返しの疲労に対する強度を考え、衝撃荷重を考慮して安全な強度を確保しなければならない。強度の安全率には材料のバラツキや施工の良否を含んで余裕を持たせるが強度の数値に偽りがなくても施工の手抜きが一番怖い。それにしても地震となると想定している以上の大地震がくるとどんなに法律に則っていても壊れるものは壊れる。云いたいことは、”絶対安全”はあり得ないこと。計算書偽造など論外であるが、「絶対」を保証するものはない。

11月22日(火) <足りないのは同じ・・>
いくらお金持ちになってもお金が足りないのは同じだと聞いた。私などがあと一万円あればどんなに楽かと思うとき、お金持ちはあと一千万円、もう一億円欲しいという。この種の話は至る所にある。ハードデイスクでも一昔前には考えられなかった1.2TB(テラバイト=1200GBだ!)の容量が簡単に手に入る。けれども、このお化けのような大容量でもビデオの代わりにテレビ番組を録画していると満杯になる。デジカメの解像度も夢のように大きくなったし、コンピューターの記憶容量はこれで十分ということを知らない。ハードの進化は歓迎するとして人の寿命が延びたことも喜ぶべきだろう。昔は人生50年、それがいま男78、女85年(平均)。それでも”足りない”。何事でも「満足」せずにいることは進歩に直結するので悪い事ではない。けれども、時には「足るを知る」ことも心がけよと自分には言い聞かせている。
「今日の作品」に「仏具シリーズ/花器<陶芸>」を掲載した。炭化焼成による仏具シリーズの一つ。下部の穴はこちらから彼方(あの世)をのぞく穴と云ったら笑われた。



11月23日(水) <単位のお話・・>
単位のお話。昨日のコラムでTB(テラバイト)の単位がでた。最近は従来見かけなかった単位が使用されるので復習しておかないと分からなくなる。ダイオキシンの許容摂取量は10ピコグラム(体重1kg当たり) というのもあった。ピコの単位は中学生の頃に使ったコンデンサー(ラジオの組立用)の容量がピコファラッドだったことを思い出す。さて一通り書き出してみよう。基準より大きくなる分:h(ヘクト)=100倍、k(キロ)=1000倍、M(メガ)=キロの1000倍(100万倍)=10の6乗、G(ギガ)=メガの1000倍(10億倍)=10の9乗、T(テラ)=ギガの1000倍(1兆倍)=10の12乗、P(ペタ)=テラの1000倍=10の15乗・・。基準より小さくなる分:d(デシ)=10分の1、c(センチ)=100分の1、m(ミリ)=1000分の1、μ(マイクロ)=1000分の1ミリ(100万分の1)=10の6乗分の1、n(ナノ)=1000分の1マイクロ(10億分の1)=10の9乗分の1、p(ピコ)=1000分の1ナノ(1兆分の1)=10の12乗分の1、f(フェムト)=1000分の1ピコ=10の15乗分の1・・。ウィルスの大きさは数十ナノメートルであるし、原子レベルの寸法を扱うナノテクノロジーはナノメートルの世界だ。ハードデイスクの容量がテラバイトに達したのも一つの通過点であろう。単位一つで現代の技術の幅が分かって面白い。
11月24日(木) <感謝祭・・>
今日11月24日は米国ではThanksgiving Day(感謝祭)。11月の第4木曜日と決まっているから今年の感謝祭がたまたま24日になる。Thanksgiving Dayの起源はそのままアメリカの歴史となるようだ。新大陸アメリカに移住してきた清教徒が秋の収穫を喜び神に感謝するため会食を催した。その際世話になった先住民のインデイアンも招待されインデイアンが七面鳥や鹿の肉などを持参し共に食しながら神に感謝を捧げたのが始まりと解説されている。現在のアメリカでもこの日は家族や親戚が集まって料理を楽しむスタイルが伝承されているのでので、ファーストフードの店やコンビニはほとんどが休業するときいた。ニューヨークでは丁度いまころから木曜日の朝が始まる(日本時間は夜の9時)。ニューヨークに住む娘家族にどんな様子かきいてみようと思っている。ところで今日は私たちの結婚記念日。妻へのThanksgiving Dayのこの日久々にフランス料理を食べにいった。
「今日の作品」に「仏具シリーズ/燭台<陶芸>」を掲載した。細長の蝋燭でも丸容器に入った浅い蝋燭でもどちらでも使えるように寸法を決めている。縦の線の象嵌や貫通穴、それに炭化焼成のやり方は他の仏具シリーズと同じだ(11月20日コラム=ここ=参照)。

11月25日(金) <デジカメ写真・・>
デジカメ写真の整理に追われている。師走も近づいてふと気がつくと今年は正月からデジカメ写真の整理がほとんどできていない。一部はプリントして人に配ったりしたが家族や自分の分は未整理写真が山とある。私の整理方法は10〜10数枚の写真を用紙に適宜貼付けた上で(日付や解説も付けて)A4サイズでプリントする。デジカメの原板をphotoshopで開き加工して用紙にペーストするのだが、デジカメの元の写真を回転修正する(角度を1-2度直す)とかトリミングする、更に解像度の調整やら色調調整をするのが結構な手間になる。一方で空いたスペースがあれば花の写真を入れるとか絵や陶芸の写真を組入れるという楽しみもある。これまでの経験でプリントアウトして整理したアルバムは時々に見ることはあるが、デジカメからコンピュータに取り込んだデータを見ることはほとんどない。勿論、パソコンの機能を使ってスライドショウを見ることはできる。けれどもそれは写真の善し悪しが混在した生データの羅列であるので枚数が多いと飽きる。2〜3年以上前のコンピュータデータとなるともう見るチャンスがなくなってしまう。自分で手間のかかるプリントアウトをしながら普通は(大多数の人は)どんな整理をするのだろうと疑問に思った。私のパソコンのハードデイスク(外付)の中には二度と日の目をみないであろうデジカメデータが蓄積されていく。何か考え直さなければならないのだろうか。
11月26日(土) <桜の紅葉・・>
桜の紅葉が意外に美しいことを知った。今日、東京の日の出時刻は6時27分。アール(コーギー犬)を連れて散歩のため家をでたのは6時12分。小走りで駆けていき猿楽神社にお参りが6時17分頃。西郷山公園(目黒区)では6時30分からのラジオ体操がまだ始まっていなかった。今朝はさらに坂を下って目黒川沿いまでいった。春には桜の名所となる川沿いの桜並木が一斉に紅葉し朝陽を受けている。銀杏や楓のような鮮やかな色ではないが桜の木も紅葉するという当たり前のことが何か新鮮に思えた。明るくなった空を見上げると真上に鎌の切っ先のような細く鋭い月。7時前には家に戻るといういつもの日課であるが日々是新である。
「今日の作品」に「仏具シリーズ/仏飯器(陶芸)」を掲載した。下部に炭化焼成の際に使った貝がくっついているのをそのままに残している。

11月27日(日) <ウェブカメラが命を救った・・>
ウェブカメラが命を救ったという記事をみた。米国・カリフォルニアに一人で住んでいるノルウェー人の母親の様子がおかしいのをフィリピンに住む息子がインターネットを経由したウェブカメラで気がついた。国際電話をして母親の救援を依頼しようとしたがうまくいかなかったので、今度はノルウェーに住む兄に電話で相談した。米国の事情に詳しい兄の妻のアドバイスでカリフォルニアの救急隊員と連絡が出来て10分後には母親のもとに救急隊員が到着して命をとりとめたという話だ。私の妻なども最近はほとんど毎日のようにニューヨークに住む娘や孫娘とインターネットを通して話をしている。電話代はかからない。更にウェブカメラをつけるともう地球上のどこにいても同じ町内と変わらない感覚になる。実際にパリのエッフェル塔を24時間ウェブカメラで映し続けるサイトのように個人で知り合いにだけ終日カメラ映像を送ることは容易にできる。老人の介護監視は前段のニュース記事の延長だがインターネットのウェブカメラは高齢化社会をサポートする強力な道具となりそうだ。

11月28日(月) <茶湯器・・>
「今日の作品」に「仏具シリーズ/茶湯器<陶芸>」を掲載した。これが仏具シリーズの最後となる。この茶湯器は「見事な失敗」としてこのコラムで紹介した(11月19日=ここ)問題の陶芸作品だ。当初下部に脚台を付けていたが炭化焼成の際に模様を付けようと置いた貝と釉薬が反応して土台の板と接合して分離できず、ついには脚台を切り落としたという曰く付きのもの。廃棄するには忍びなくこれはこれで趣もあるのでよしとした。はじめは英語のYの字をイメージしたところお酒の杯のようだと云われたが、脚がなくなると本当に酒が似合いそうになった。今回、柄にもなく仏具シリーズに取り組んでみて仏具も意外に融通性があり面白い分野だと思った。現代仏具と称してヴェネチアンガラスのセットもあれば、ガラス工芸、金属工芸、漆工芸など実に多様な分野で斬新なデザインがみられる。私の仏具シリーズは五具足とした。花立、香炉、燭台(火立て)、仏飯器(ぶっはんき)、茶湯器(ちゃとうき)の五種類である。今日、最後に掲載した茶湯器は問題児であるからこそ私には愛着がありこれから先を特別に気にしている。

11月29日(火) <恥ずかしながら・・>
恥ずかしながら自分のホームページをよく見ていなかった。確かにコラムや「今日の作品」については習慣として毎日手を入れる。けれども継続して掲載しているページのメンテナンスがほとんどできていない。今日たまたま「恵比寿・代官山コーナー」の”朝の顔”(=ここ)を見ていると現在はすでにないに建物がいくつもあるので笑ってしまった。我ながら以前はこんなのがあったのだと懐かしくなる。”以前は”といってもほんの数年前のこと。この街は1-2年すると様相が一変することも珍しくない。一昨日の日曜日に妻と久しぶりに店を回ってみたが、雑貨屋さん、照明専門店、新しいスーパーなど近所であるけれど知らないところがいくつもオープンしていた。ご当地紹介のホームページといっても実用性は何もないページであるので最新データーに改訂していなくても”笑って”済ませることができる。しかしながら、これを機会に何故恵比寿・代官山のページが必要なの?の疑問も湧いてくる。ネットでの実用的な紹介サイトは有り余るほどある。では自分のページで見ていただく人に何を提供できるのか、自己満足でも共感が伴わなければつまらない。・・今更ではあるがホームページ全ページについての課題に行き当たってしまった。

11月30日(水 ) <銭にならないこと・・>
銭にならないことばかりに興味がある、といえば自虐的すぎるか。元来、開発とか新しいものを創り出すのが好きだったが、これはうまい商売に結びつく事は稀だ。金儲けはむしろ下流側の方がやり易い。メーカーは本体ではほとんど利益がないところを消耗部品の注文でかろうじて息をつく。・・今使っているプリンタ(ヒューレッドパッカード製)の本体は安いのに交換用のインクが余りに高いのに腹を立てながら、冒頭のような昔の体験を思いつつ頭では高価なインクを理解した。川下で儲ける話は多い。携帯電話は本体を無料にしても通話料で稼ぐ。自動車は本体でも儲けるだろうがメンテナンスや車検で周辺の事業が潤う。最近はビル・ゲイツさんまでインターネットのサービスビジネスに備えよと大号令をかけた。コンピュータを作るより広告やサービスの方が儲けが大きいのが現実か。それでも私は地道にモノを作っている方を応援したい。ところで、プリンタのインク交換、今回はじめて詰め替え充填方式を使ってみた。インクの純正品ユニットと比べると価格は半分で数回の詰め替えができる。少々面倒ではあるが完了したあとプリントしてみると色も全く問題ない。手間がかかってもこれからは詰め替え式に決めた。
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