これまでの「今日のコラム」(2006年 3月分)

3月1日(水) <フラクタル・・>
今日は雨の中、”電気工事”のアウトプットが顕著な記念すべき日であったが、コラムには「今日の作品」に掲載した「フラクタル」のことを書こう。孫娘宛の絵手紙にまでフラクタルを描いてしまった。最近、ヒラメキがあって、陶芸の模様にフラクタルを描きつつある。進行形であるので作品としてまだ焼き物は完成していない。しばらくフラクタル模様を追求してみたいと思っているところで絵手紙を先に紹介することとなった。フラクタルはフランスの数学者マンデルブロが1975年に理論を提唱した「部分と全体が自己相似形となる幾何学の概念」であるが、従来数式で表せなかった雲とか山肌などの自然の形状をフラクラル理論に従えば写真でないかと思うほどそれらしい画像で表すことができるのでコンピューターグラフィックに革新をもたらしたことでも知られる。樹の枝、河川の蛇行、海岸線などの自然の形にフラクタルを認めると形状をみる目が変わってくる(フラクタルについてはnetでは=ここ=に詳しい)。絵手紙の方は中央の三角をフラクタルとした。左右の模様はただの形の遊びである。孫娘にはフラクタルなんていうことは云わないが、模様についてどんな反応があるか楽しみだ。

3月2日(木) <いろは〜数え唄・・>
日本の昔からの言葉遊びの見事さに感服することがよくある。51文字を並び替えて作った「いろは」は”遊び”の領域を超えているが、今一度書き出してみると名人芸をみる思いがする。「 色は匂へど 散りぬるを 
我が世誰そ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて浅き夢見じ 酔ひもせず」。これは正に平安時代の文化の象徴であろう。ローカルな数え唄やわらべ唄なども面白い。私の父母の世代の唄もうたえる人は少ないかも知れないので記してみる。「一番始めは一宮、二は日光の東照宮、三は佐倉の宗五郎、四は信濃の善光寺、五つは出雲の大社、六つは村々鎮守様、七つは成田の不動様、八つは八幡の八幡宮、九つ高野の弘法様、十で東京招魂社(靖国神社の前身)」(=地理の学習になる)。こんな調子の数え唄は数限りなくあるだろう。少々品はよくないがこんなのもある:「市へ行って、荷売って、サンマ買って、塩なめて、碁打って、六百負けて、質おいて、恥かいて、糞ふんで、飛び上がった」(1-10までの数え唄)。・・こういうのを見ていると昔の人が頭を使って楽しんでいた様子が目に浮かぶ。コンピューターの時代でもこうした昔の名作に接すると大いに刺激を受ける。モノツクリにも新たな創作意欲が沸き上がってきた。  
3月3日(金) <建築展・・>
入場券をいただいたこともあり、東京駅ステーションギャラリーに「前川国男建築展」をみにいった(3月5日まで、案内=ここ)。私は建築を見るのは大好きで、直島(瀬戸内海の島)に安藤忠雄の建築を見に行ったり、伊東豊雄の設計した”せんだいメデイアテーク”を見るために仙台に寄ったこともある。<モダニズムの先駆者生誕100年>とサブタイトルがあるように前川国男(1905-1986)の全足跡を振返る形で写真の他、建築図面や模型など多くの資料が展示されている。ル・コルビジェ(私はまた特別にコルビジェの建築が好き)の弟子となって学んだ前川が日本の建築界を牽引した軌跡は非常に興味深い(丹下健三氏は前川事務所の出身)。私は、建築を好き、嫌いという以外に評論する立場には全くないが、この建築展を見て回りながら色々なことを考えた。一つ、建築家は生前から世に認められ業績も栄誉もある人のみが名を残す。名もない画家や詩人が死後評価されて後世に大きな影響を及ぼすようなことは建築ではあり得ない・・。また、人は建築模型のような建築全体を見ることはできない。鳥が空から見下ろす視線がないから人の目線がどこにあるのかが建築設計のポイントなのだろう・・とか。目線に合致した形状は大胆でなければデイテールが活きない・・とか。大建築とは比較にならぬ豆粒のような私の陶芸の造形にも目線を重視しようとも思った。これまで何かと刺激ある展覧会が開催された「東京駅ステーションギャラリー」はこの「前川国男建築展」を最後に閉鎖、2011年まで休館になるそうだ

3月4日(土) <ボルグ・・>
「ボルグがウィンブルドン優勝トロフイーを競売へ」という新聞記事をみて複雑な気持ちになった。ビヨルン・ボルグ(スエーデン)はテニスの往年の名選手。ウィンブルドン選手権男子シングルスで1976年から史上初の5連覇を果たしたほか全仏オープンでも6回優勝しているが、26歳で引退した。1956年生まれだから今年50歳か。そのボルグが”家族の生活維持のため”5連覇で得た優勝トロフイー5個と試合に使ったラケット2個を競売にかける。私はテニス好きの者としてご多分に漏れずボルグファンだった。ボルグとジミー・コナーズとの名勝負のビデオも持っているし、両者ともにバックハンドは両手打ちで私も影響されて両手打ちを始めた。ボルグ型のラケット(柄が長い木製フレーム)とコナーズ型のラケット(金属フレーム)の両方をいまだに保管しているほどラケットにも愛着があった。そのボルグが借金もかかえているとの見方もあるし、家族を養うためと優勝トロフイーを売る・・。若くして頂点に立ったスポーツ選手がその先の一生をどう過ごすか。相撲、野球、マラソン、その他どんな競技でも同じ問題であろう。人の一生を生き抜くためのペース配分は簡単ではない・・。
<明日は小旅行のためコラム休みます>

3月6日(月) <非日常から・・>
川のせせらぎの音を聞きながらの露天風呂。周囲の山や樹々はまだ冬景色だなあと頭上に目をやると遠慮気な昼間の月(@箱根)。10m先も見えない濃い霧の中、白い車線を外さないようにのろのろ運転の自動車(@箱根峠)。激しい雨が止んだと思ったとたんに青空。陽光を受けた満開の河津桜を見ながら蕎麦を食う(@伊豆・河津町)。・・こんな昨日今日の非日常。そして、春一番が吹いたという東京。夜の8時過ぎにアール(コーギー犬)を連れて小走りに路地を駆け抜ける。・・こんな日常に戻った。非日常から「河津桜」の写真を掲載する:

3月7日(火) <キューブ・・>
陶芸新作、キューブバスケット(立方体籠)を「今日の作品」に掲載した。このバスケットの用途は工夫次第。筆立や道具入れにも使えるし、中にガラスのコップを入れて花器にもできる。今は手持ちの立方体の蝋燭が丁度中に収まるので蝋燭の容器として飾っている。陶器でバスケットや編み目の細工を作ることは簡単ではあるが取扱がデリケートだ。つなぎ目が甘いと割れてしまうし乾燥途中で削る場合も余程慎重に扱わないとパリンと折れて一巻の終わりとなる(実は完成品の前に一個壊してしまった)。完成してもぶつけて壊さないように気が安まらないのが欠点だ。それでも陶芸の籠は機械編みでない手作り感、土臭さが作っていて楽しい。このキューブバスケットは家で焼いた。黒くみえる仕上げは「いぶし黒釉」。教室でなく家で釉薬を塗布して電気窯で焼成するときは一個一個が試作品となる。そして面白いことに家で作品が出来ると、今度は教室でもっといいものを作ろうと教室へいく。教室だけに限らないが外界と接触すると自分の作品を見る目が変わることがある。まさに切磋琢磨・・これはいい言葉だ。

3月8日(水) <静寂・・>
静寂が貴重に思えてならない。以前はバックグラウンドの音楽が流れていてもテレビが付けっぱなしでもそれほど気にならなかった。最近は自分で何かに取り組んだり考えている時には音楽がない方がいいと感じる。音楽を聴くならそれに集中したい。歩きながらヘッドホンで音楽や語学を聞くのも苦手。名曲や名演奏に圧倒されながら、それでも今は”無”がいいと思うことは多い。陶芸や絵画でも同じことが云える。音も装飾も色彩も巷(ちまた)にあふれ過ぎている。ある人には癒しとなる事柄でも別の人は”ない方がいい”と感じるのが人間社会の複雑なところだ。ふと、静寂を好むのは嗜好ではなく年齢のせいかも知れないとも思う。それでも老齢者の「ながら族」もいることは確かだから必ずしも年齢とは関係ないだろう。若者でもヘッドホンを外して静寂を求めてもおかしくはない。静寂を意識すれば雑踏の中でも自分の新たな世界を発見することがある。真っ白な画用紙を認識してはじめて自分の描きたいことが浮かぶように・・。

3月9日(木) <ピラミッド・・>
「今日の作品」に「ピラミッド型オブジェ(陶芸)」を掲載した。前回の「キューブバスケット」と同じく、粘土の紐で作った構造物を焼成して陶芸作品としたものだ。こういうオブジェを何故陶芸で作るのかと問われれば「作ってみたかった」としか答えられない。始めに粘土棒で正三角形(内部に三角の補強材をつけたもの)を二つ作り、四角錐となるように頂点を合体させると変形することなく立上がった。後は残りの二面分の補強材を追加すると出来上がる。真ん中の三角に相当する補強部分のつなぎを確実に粘土で一体化するところが制作上のポイントであろうか。ピラミッドというと一昔前にこうしたピラミッド構造物が流行ったことがある。ピラミッドの形状をした構造物の内部では、命が活性化して腐敗しない、錆びることもない、集中力がでるなどピラミッドパワーが喧伝された。人間が入れるほどのピラミッド型の傘を作り、中で座禅を組んで瞑想している人もいた。今ではピラミッドパワーという言葉すら耳にすることはない。「流行」とは”時と共に変わる意”であるからピラミッドパワーが廃れたのは当然だろう。こんな時、このオブジェの内部に一輪挿しの花器を置いて生けた花が異常に長持ちしているなんていうことになるとうれしいなあ・・。


3月10日(金) <折り紙・・>
日本人なら大抵折り紙で鶴や兜くらいは折ることが出来る。海外旅行の飛行機の中で隣り合わせた外人の親子連れに折り紙を披露すると俄然尊敬の眼差しを受けてうれしくなるなんていうこともある。折り紙は誇るべき日本文化の一つかと思っていると今や世界中に普及していることを知った。米国のMIT(マサチュセッツ工科大学)で学生折り紙大会が開催されたという記事(=ここ)をみたが、なかなか創造性のある作品が多い。感心して日本の創作折り紙をNETで見てみると、こちらは本家だけあってすごい作品が並んでいる(例=ここの現代折り紙はもう芸術作品だ)。また国際折り紙研究会(HP=ここ)から海外のORIGAMI団体のリンク先にいくと海外の作品を見ることが出来るが、時に日本人では発想できないような作品があり刺激を受けた。陶芸作品でも外人の作品を見てハッとする新鮮さを感じることがあるが、折り紙も異文化に接することにより更に発展を続けているようだ。はじめは全く期待もしていなかった折り紙サイトから私も新たな造形のヒントを得ることができた。
3月11日(土) <やり直し・・>
やり直しがきくということは実に有難い。不本意であったところを修正すれば間違いなく前回よりは改善される。「今日の作品」に「はてなの茶碗N0.2」を掲載したが、これは先月2月20日に掲載した「はてなの茶碗」のやり直し版、改良版である。名前を拝借した落語の”はてなの茶碗”については2月20日のコラム=ここ=に書いたので繰り返さぬが、制作した茶碗はあるレベル以上にお茶(水でもコーヒーでもいいが)を入れると下から漏れ始めて全部が抜けてしまうという仕掛け茶碗だ。外部から分からないように茶碗の底から上部まで水路を作っておくと水が水路の最上部まで達したところでサイフォンの原理により全ての水が排出される仕組みができる。前回制作した茶碗は仕掛けとしては成功であったが、漏れ始めるまでの水の容量が少なくてほとんど茶碗としての機能を果たさないので面白くなかった。今回制作した茶碗の改良点は容量を増やしたこと、水路の穴を大きくしたことなど、それに茶碗として実用性を持たせることも考慮した。結果は大成功で私は毎日この茶碗でお茶やコーヒーを飲んでいる。ただし、口を付けて飲む方向に注意しなければならない。間違えると見事に漏れ始めて止まらない。写真で見る逆Vの字の部分に水路を埋め込んでおり、円周方向に三カ所あるVの字は取手に変わる役目も果たす。写真の逆三角形の白い部分には会心の彫り模様があるのだが写真でよく見えないのが少し残念。

3月12日(日) <人生劇場・・>
「この世は一つの劇場に過ぎぬ。人間のなすところは一場の演劇」。人生劇場というと、「 やると思えばどこまでやるさ それが男の魂じゃないか 義理がすたればこの世は闇だ・・」の唄となってしまうが、やくざの劇は全く好みではない。その点、本職の劇作家であるシェークスピアはさすがにいいことを言った:「およそ芝居などというのは最高のできばえでも影に過ぎない。最低のものでもどこか見所がある。想像で補ってやれば」。現実の人生劇場はどうだろう。ドラマチックな内容を派手に演じてみても所詮、影かも知れない。しかも、人生の劇場には最高最低のランクはない。悲劇でもなく喜劇でもない平々凡々の中に滋味豊かなストーリーがある場合も多い。では自分は役者か演出家か・・。当然のことながら自作自演というか演出家兼役者というか、芝居の内容を他人の責任にはできない。ただし、神の演出により自分が踊り演じていると見ればそんなものかも知れない。

3月13日(月) <たんぽぽ・・>
我が家の狭い(共用)庭にたんぽぽを見つけた。子供の頃には田舎で育ったのでたんぽぽは馴染みの草であったが東京の今の場所ではたんぽぽが何か貴重な植物に思える。これまで気にもしなかった「たんぽぽ」という呼び名も不思議に思えてきた。語源を調べてみたがこれも諸説あるようだ。一つは「タンポ穂」の意で、球形の穂の姿がタンポ(布などに綿を包んで丸くしたもの、拓本などに使う)に似ているので名がついたとする説。また別名で「鼓草(つづみぐさ)」と云われ茎の両端を細かく裂き水につけると鼓のような形となることから、鼓を叩いたときの音「タン ポン ポン」から「たんぽぽ」となったとする説も有力。その他漢語の「婆婆丁」から来たとする説などがある。婆婆丁は中国の方言で、漢字「蒲公英」は中国の共通語で”たんぽぽ”の意とか。日本語でも漢語表記で「蒲公英」を書くと物知りにみえる。こんな蒲公英を調べていると、正岡子規の俳句を教えてくれた:「蒲公英やローンテニスの線の外」。俳句はともかく正岡子規がローンテニスをやったのかと余計なところを感心した。最後は英語。たんぽぽはdandelion。フランス語でdent de lion=ライオンの歯の意でギザギザした葉の形がライオンの歯を連想させたものとある。たんぽぽ一つでも各国の目の付け方が異なるので面白い。

3月14日(火) <捨てる技術・・>
妻の愛読書(?)に”「”捨てる!”技術」という本がある(宝島新書/辰巳渚著、続編もでている)。我が家の状況をみるまでもなく本を読んでも即実践できるとは限らないのだが、理屈は分かる。要は部屋を片付けるには整理法では解決出来ないので「捨てる」から始めなければならない。捨てるテクニック:見ないで捨てる、その場で捨てる、一定期間を過ぎたら捨てる、定期的に捨てる・・などの項目を見ると全てごもっとも。そこで私も長年埃をかぶっていた古いテニスラケットを処分することにした。一部を記念に残しても実に七本のラケットをゴミ袋に入れた。捨てるためには”もったいない”は禁句である。・・ここまでは良かった。次に故障して見えない29インチの古いブラウン管テレビを廃棄することにしてひと騒動だ。今は家電4品目(エアコン、テレビ、冷蔵庫、洗濯機)についてはの粗大ゴミで回収してくれない。東京都の場合、家電リサイクル受付センターに引き取りを依頼し回収業者に渡さなければならない。当然、費用がかさむ。今回は5335円(もう一台小型のテレビを同時に処分する場合には倍額かかるという)!家電メーカーの回収場所まで持って行けば運搬賃は多少節約出来るし別個の回収業者もある。まさにいかに安く処分するかの「捨てる技術」の解説本が必要になりそうだ。
「今日の作品」に「 はてなの茶碗No.2部分(陶芸)」を掲載した。

3月15日(水) <半田鏝とテスター・・>
大学の工学部で実験用具を製作する際に半田鏝(はんだごて)を使えない学生が多いと、”ものつくり”の危機を訴えるテレビ番組があった。そこで思い起こしたのは我が家の半田ごてのこと。2-3本あるが、いずれも結婚する前に持っていたもの、私が中学生頃に使っていたのもある。そうすると50年以上前のものだ!確かに半田ごては小学上級ー中学の頃にラジオの組み立てなどで最も頻繁に使った。いまだに捨てられないのは電気部品を接続する場合に今でもたまに使用するからである。同じように「テスター」もまた昔の道具を今も使っている。アナログ式の単純なテスターであるがこれも年期は半世紀。導通などのチェックなどにも便利だが先日は陶芸用の電気窯で電源電圧の低下を確認するのに活躍した。妻もテスターには習熟しており電池の電圧を調べるのによく使用する。大工道具の鋸(のこ)や鉋(かんな)は最新の製品が昔のものより優れているとは限らない。半田ごてやテスターもそういう道具の一つであるようだ。

3月16日(木) <到着ロビー・・>
娘と孫娘が春休みで急遽一時帰国するというので成田空港に迎えにいった。いつもかなり早めに空港に着くが待ち時間はそれなりに楽しい。特に国際線の到着ロビーは迎えの人と到着した人との人間模様を見ているだけで飽きることがない。初めて日本を訪れたと思われる緊張した顔の外人が迎えの人と目が合ったとたんに相好を崩す。顔は日本人に見える人が大袈裟に抱き合って再会を喜んでいるのをみると外人かと勝手に思うこともある。目立たないけれども見つめ合って手を取り合うなど、それぞれのドラマを想像させる出迎えシーンは途切れることがない。そんな中でふと気づいたことがある。それは外国から到着した人を男女別にみると女性の方が多いということである。到着した人の中には、帰国した人、来日した人、観光旅行の人、ビジネスの人など色々な人々が混在しているはずだが、女性の方が60-70%でないかと思われるほど目につく。世界を股にかけるのは今や女性優位である・・。

3月17日(金) <お神楽・・>
お神楽(おかぐら)をみた。お神楽は神前で奏する舞楽のことだから正確に云えば演じてもらったと云うべきかも知れない。といっても大した行事ではなく、帰国した娘が先ず明治神宮でお祓い(おはらい)をやりたいと孫娘を含めて私たちと一緒に出かけて申し込みをしたまでだ。たまたま、この日、この時間は祝詞(のりと)を聞いていると、丸亀から来た人とニューヨークから来た家族(娘家族)の二組だけのためのお祓いであった。お神楽は演奏が笛、太鼓、囃子(はやし)など4名、踊りが巫女(みこ)さん2名。30分ほどの時間であるがお祓いを受ける人数からみれば贅沢で充実感があった。ここは一つ、神宮に掲げてあった御歌も記さねばなるまい:「草も木も 萌ゆるをみれば春風に 動かぬものは なき世なるらむ」。
「今日の作品」に「コーヒーカップ(陶芸)」を掲載した。家の電気窯で試験を兼ねて制作したもの。写真の白化粧の個所にはICチップの配線模様。反対側には線描画を配した(陶芸コーナー=ここ=参照)。

3月18日(土) <画像長者・・>
デジカメや携帯電話などで写真や動画を撮影するのは日常の挨拶のように気楽な行為になった。そして膨大な量の画像がパソコンなどに取り込まれる。こんな時代に多くの画像長者さんは溜め込んだ画像をどのように活用するのか知りたい。私の場合には不用な画像の山がハードデイスクに溜まっている。では”有用な”画像がどれほどあるかも疑問だ。記念となる写真は時々整理してA4の印画紙に焼き付けるが印刷したアルバム以外に原画を見ることはほとんどない。パソコンのデジタルデーターを大勢集まってスライドショーなどで鑑賞する習慣もない。といっても私が持っている画像の量はたかが知れており、「画像長者」には該当しない平均的な所有者だ。世の中には私などと桁が違う量の画像を保存している人は多いと思う。こうした画像長者でも画像が活用されなければ無に等しい。そしてお金を溜め込んだ本物の長者と画像長者が決定的に違うのは画像の方は本人以外に有り難味が少ないことだろう。せめて自分だけでも撮影した画像に愛着がなければ画像はもうゴミの山と同じになってしまう。デジタル画像をどう選別し保管するか、まだ蓄積がそれほどでない今の内から考えなければならない。

3月19日(日) <WBC野球・・>
今日のトップニュースはWBC野球の準決勝で日本が韓国に6-0と快勝したことだろう。この大会の一次、二次リーグで日本は韓国に二度敗れているが大会独特のルールと弱い米国に助けられて準決勝まで進むことが出来た。三度目の正直で韓国戦に勝利してスカッとしたところであるが韓国の落胆振りを知ると”たかが野球”と言ってあげたく。韓国では挙国一致の大応援、与野党の幹部が野球観戦のため政治日程も全て止まったという。韓国の大会に参加した選手は兵役を免除されることも決まった。二連敗がなければ日本選手としては韓国に気迫で圧倒されるのは無理もない。反対に米国でのWBCへの反応はまるでまがい物扱いに見える。大リーグ選手の参加こそ認めたがまともな選手はWBCなどに参加することもない雰囲気がある。日本ー米国戦で問題になった米国の審判も二流であった。今日の準決勝を開催したカリフォルニア州サンディエゴの球場でも大観衆の大半は韓国人と韓国系米国人であったと報じられている。結局、WBCの決勝は日本とキューバの対戦となった。国・地域別対抗戦ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が今後本物として存続できるのかは米国が本腰を入れるか否かで決まるのでないか。
3月20日(月) <浅草寺参り・・>
孫娘を連れて浅草寺にいった。娘のリクエストによったものだが、私にとっては随分久しぶりの浅草だ。前にいつ訪れたのか、数年前か10年以上前なのか・・思い出せない。「牛にひかれて善光寺参り」と云う言葉があるが正に「孫にひかれて浅草寺参り」。雷門から仲見世の店を一軒一軒ゆっくりと見ながら本堂へ向う道程が何といっても楽しい。年間3000-4000万人といわれる日本一の観光客を集めるお寺だけあって華やいだ雰囲気が絶えない。外国からの観光客も目につく。そこで気がついたのだが外国人を観光案内する場合、浅草寺はいいとして、都内には余りに観光スポットが少な過ぎる。東京タワーや銀座、丸の内では日本の特徴がない。皇居や明治神宮は外人の観光用には整備不足。秋葉原や台場はマニア向きか。・・などと考えてみると東京は余りに広大で観光の焦点が定まらない感じだ。例えば上野の国立博物館を外人に分かり易くアレンジし直すとか、問屋を巡回する観光バスを走らせるとか、工夫次第で観光客を集める場所はまだまだありそうだ。浅草寺(せんそうじ)の価値を改めて見直した一日だった。

3月21日(火) <世界一・・>
WBC(ワールド・ベスボール・クラッシック)の決勝戦、日本対キューバ戦を見始めたが初回日本が2-0で攻撃中のところで外出をした。結果を知ったのは吉祥寺駅でもらった号外。ジャパン世界一、キューバに快勝の文字が踊る。10-6でキューバを破り日本が初代のチャンピオンに輝いた。「ツキも実力のうち」であるから多分に幸運なところがあったが素直に喜びたい。印象深いのはやはりイチローが燃えたことだ。韓国はイチローの言葉尻をとらえられて個人的なバッシングを続けたがイチローは弁解せずにプレーでお返しをしたのはお見事。「世界一」になったところで感想を聞かれたロッテのバレンタイン監督が言った:「これで本当のワールドシリーズができればいい・・(こんな趣旨)」。全リーグ戦の中で日本は5勝3敗で優勝、韓国は6勝1敗で日本に一度敗れただけで敗退。こんなリーグ戦のシステムを含めて今回のWBCは”はじめの一歩”で見直しが必要だろう。それと私的には”王ジャパン”の呼び名は好まない。”長嶋ジャパン”はもとより、監督名をトップにすることはない。ジャパンチーム優勝おめでとう!
3月22日(水) <招き猫・・>
先日浅草寺にいったとき仲見世で「招き猫」を買ってしまった。勿論(?)普通の招き猫でなく、動くオモチャ。「ソーラー赤ちゃん招き猫」と称しているが乾電池も不要で光の反射で半永久的に猫の手がおいでおいでと動く。また猫の首も左右に動く。ビビッと閃いて自分のために買ったのだが家で眺めていると実に良く出来ている名品だ。私は名作オモチャが大好きでいくつかコレクションがある。いつまでも廻り続ける独楽(こま)とか左右の傾斜を交互に滑り続けて止まらない回転体など永久機関を思わせるオモチャは特に好きだ。以前のこの種のエネルギー源には電池を使っていた。同じような永久機関にみえる「招き猫」のエネルギー源が光であるところがすばらしい。招き猫はいわば振り子の一押し分を電磁石と連動させたソーラーの力により稼働させる仕組みである。この招き猫、「自己起動揺動装置」の特許と解説されている。久しぶりに日本の名作オモチャに出会えてうれしい。これで「ひらめき運(ラベンダー色の運)」を招いてくれればもう言うことはない!
正面の四角部分で光を感知する
3月23日(木) <水族館・・>
孫娘につ付き合って「しながわ水族館/HPサイト=ここ」にいった。付き合いは口実で水族館は大人でも何度いっても面白い。動物園の動物も興味深いが水族館では種類が圧倒的に多く、信じられないような形態や色の生き物に会える。神の造形としか言いようのない様々な姿をよく観察すると、その形がもっとも合理的で無駄なものが一切ない。魚の形、タツノオトシゴの形、イルカの形、更にはクリオリの姿まで種固有の形態は完璧に出来上がっている。姿態の一つである魚の顔も見ていて飽きない。コラムの末尾に写真を掲載するが美しい色やスマートな形をした魚もいいが、どこかで会ったことのある顔をした魚に出会うと挨拶をしたくなる。水族館の生物をみていると改めて人間もまた地球上の種の一つであると思う。

「今日の作品」に「人形1(陶芸)」を掲載した。この陶器の人形は初め「おきあがりこぼし(起上小法師)」<不倒翁>を粘土で作ろうとしたもの。下部を厚い粘土の塊、上部は空洞で薄い壁としたが結果的にはまだ重心が高すぎて真横に倒れた場合起き上がることができず「起上小法師」としては失敗作であった。下部に穴を開けておき鉄の塊を埋め込むことも考えたがそこまではやらなかった。その代わり一輪の花でも挿して花器にもできる。服の赤色は上絵の具(焼成後絵付けをして再度800度弱で焼き付ける)を使用した。

3月24日(金 ) <初体験 ・・>
「今日の初体験」は何だろう・・。陶芸で新作の正十二面体が焼き上がったこともうれしかったが(追って「作品」として掲載予定)、今日初めて 「ガラス管の切断」を経験した。ガラス加工の専門家や趣味でガラス工芸を手がける人にとっては余りに初歩的な体験かも知れないが、私としてはスムースにしかも見事にガラス管が切れるので感動した。子供の頃にガラスカッターで板ガラスを切断したことはあるがガラス管を加工したことはない。今回、インターネットを使ってガラス管の素材を購入することができたので細工することにした。事前にガラス細工の要領を調べると、”管の外側にヤスリで傷をつけ、親指を傷の反対側にそえるように両手で握り、両側に引くようにして折る”と解説されている。始めは切断面がどうなるか分からないので全周に傷をつけて恐る恐るやってみたが、次に外面の一部に傷をつけて説明の通りにやってみると簡単に切断出来る。”両側に引くように折る”ことによりと実に美しく、管と直角の断面をもって切断できるのが心地よいほどだ。こんな簡単な初体験でも世の中にはまだまだやったことのない面白いことがあると新発見の気分である。

3月25日(土 ) <セザンヌ ・・>
午前中の運動で疲れた身体を休めようと横になった時、本棚に「セザンヌ物語(吉田秀和著)」を見つけた。前に読んだことがあるはずだが、床に入ったまま読み始めると面白くて止まらなくなった。ポール・セザンヌは誕生日が私と同じなので生まれた年月日、1839-1-19を諳んじている(1906年、67歳で死去)し、セザンヌの故郷、フランスのプロヴァンスを訪れてセント・ヴィクトワール山(セザンヌがよく描いた山)の脇をドライブした思い出もあり非常に親しみを持っている。ここでは「近代絵画の父」と云われピカソなどにも絶大な影響を及ぼしたセザンヌの言葉を引用したい:「美術館に行って傑作を見るのは画家にとって不可欠のことである。・・しかし、いったん美術館から出たら最後、君の前にあったものはみんな忘れ、君自身にみえるもの、そのイメージを描くことが肝要なのだ」。現代でも全く同感であるが、この言葉を紹介している吉田秀和さん(1913-今もご存命)が関連して自分のことを書いている内容についても共感する:「私は完全で充分な本を書くのを目指すより、自分の感動から出発して、あるいはそれといつもつきあわせながらも、自分の考えたこと、自分の分かったこと、その中でも特に”自分に感じられたこと”を中心に書くことを続けてきた」。

3月26日(日 ) <リリー・フランキー ・・>
リリー・フランキー(Lily Franky)のことを知らなかった。ニューヨークに住む娘が一時帰省しているが、孫娘が「おでんくん/あなたの夢はなんですか」という絵本を持ってきた。読んで欲しいというので初めから終わりまで全部読んで聞かせた。この本の作者が”Lily Franky”である。日本の「おでん」で実にユニークなおでんワールドを作り上げているこの絵本を私もすっかり気に入って、Lily Frankyとは一体何者と娘に聞くと、いま大人気のベストセラー作家を知らないのとバカにされてしまった。遅まきながら調べてみた。1963年生まれのエッセイスト、イラストレーターとある。本名、中川雅也、正式なペンネームは「リリー・フランキー・ゴーズ・トウ・ハリウッド」であるそうだ。「おでんくん」の絵本は昨年アニメ化されてNHKテレビで放映されたこともあると知った。Lily Frankyさんのホームページもあるのでのぞいてみた(=ここ)。私には絵本の面白さ、発想のユニークさと比べると、40を超えたいい歳のおじさんの言葉が若者(読者)に媚び過ぎてみえる。「おでんくん」のようなピュアな本質を見せるより偽悪家ぶる方が作家として楽なのだろうか。
「今日の作品」に「人形2/(陶芸)」を掲載した。人形1に続く作品だが 、これも”起上小法師”としては失敗作である(3月23日コラム参照)。

3月27日(月 ) <ウィンブルトン現象 ・・>
昨日千秋楽での大相撲春場所の結果、優勝は横綱朝青龍、殊勲賞は関脇白鳳、技能賞は白鳳と前頭安馬、敢闘賞は前頭旭鷲山。なんと優勝、三賞すべてがモンゴル勢である。ちなみに十両で43年振りの全勝優勝を果たした把瑠都(ばると)はエストニア出身だ。英国での伝統あるウィンブルトンテニス大会で英国選手の優勝者がなくなり大会の場所と名誉だけを提供する英国の「ウィンブルトン現象」の言葉ができてから久しい。いまではスポーツ以外にも金融のウィンブルトン現象などと使われることもある。言うまでもなくウィンブルトン現象は国際化の一側面である。現代はインターネットにより情報の国境は無に等しい(特別な国には強固な国境は残るが)し、実際の国を超えての交流は一昔前と比べて格段に容易となった。大相撲も含めて最早ウィンブルトン現象という嘆きの姿勢は不要で、むしろ”グローバリゼーション”と喜ぶべきであろう。世界に普及するスポーツは固有の文化を伴っている。ジュウドウ、カラテに続いて、世界の”スモウ”となればいい。野球が国技の米国の地でもWBCでは米国抜きの日本−キューバ決勝戦を見たばかりだ。「ウィンブルトン現象」はそろそろ死語としたい。
3月28日(火 ) <下手物 ・・>
ウヌ・・「今日の作品」の新作はなんだ。これは下手物(ゲテモノ)と言われてもしようがないかも知れない。実は「人形2」の裏にこんな姿が隠れている。元は素焼きの段階で破裂した素材を何とか活かそうと破損部分に釉薬で顔を描いたものだ。今回掲載した作品で学んだことは多い。まず破裂の原因。これは急ぎ過ぎで乾燥不十分。次に桃色部分などの上絵の具の使用。最近、上絵を時々やってみるようになった。本焼の後に上絵の具を使い着色して再度780度程度で焼成して色をつけるのだが、安易な上絵はむしろマイナスになると反省する。何事もそうであるが二度とやり直しができないという緊迫感をもって取り組まなければ結局いいものはできない。結果は結果、それでよしと割り切るべきだろう。今回、あえて上絵着色前の裏の写真を陶芸コーナー(=ここ)に並べて掲載した。比較してみると桃色の着色により”下手物度”が倍加してしまったように見える。下手物は新明解(三省堂)によれば「一般の人が捨てて(嫌って)顧みないもので一部の好事家によってよしとされる物」とある。広辞苑では上手物の反対語として「並の品」の意も挙げている。ゲテモノの趣味はないけれども人形2の裏面がなければこの素材は廃棄されるだけであった。だから裏面の顔は一応よしとしよう。それにしても”目立たず、密やかな下手物”とするべきであった。

3月29日(水 ) <桜満開 ・・>
いま東京では桜が満開である。今日はアール(コーギー犬)を連れて目黒川沿いの桜並木の通りを二回散歩した。一回目は朝の6時半頃。ほとんど人と会うこともなく満開の桜の下を一人と一匹でくぐり抜けた。二回目は夕方。犬を連れて歩き難いほど大勢の人がそぞろ歩きで桜を楽しんでいる。子供連れの家族や恋人同士らしきカップルが桜をバックに携帯で写真を撮る姿を見ながらつくづく感じたのは”にぎわい”はいいということだ。混雑が嫌で出かけないとか大勢の人と同じことはやらないと言う人がよくいるが、いくら見事な花でも景色でもただ一人で鑑賞するのは惨めで寂しい。早朝の桜並木では「誰かを誘って見に来たい」と思いながら足早に通り過ぎる。同じ桜であるが、夕方には皆が浮き浮きとして桜に見とれて動かない。そこではお互いに美しさを共感している。楽しさもうれしさも感動も誰かと共有したいのが人間であると桜が教えてくれた。

3月30日(木 ) <正十二面体 ・・>
「今日の作品」に「正十二面体(陶芸)」を掲載した。初めに正十二面体を制作しようと思った時には上部の一カ所だけに穴をあけ花器として使用できるように考えたが、結局は底板以外の面全てに穴を設けた。稜線のみの形も検討したが面に模様を描きたいので面は残した。花器に使用する場合には内部にコップを入れるなど用途は自在。筆立てなどに使ってもいい。粘土での制作は基本となる正五角形の板を12枚準備してそれぞれの辺をくっつけていくと容易に作ることが出来た。正多面体は4面、6面、8面、12面、20面の合計5種類がある(正確には更に星形正多面体が4種類あり合計9種類=ここ=に詳しい)。最近このような数学的な多面体を陶芸に応用することを考えている。多面体はまさに形状の宝の山だ。次は何を作ろうか、うれしい悲鳴をあげて迷ってしまう。

3月31日(金 ) <後ろ向き歩き ・・>
今朝、アール(コーギー犬)と散歩に行った西郷山公園(東京・目黒区)でみた景色は感動的だった。ほとんど毎日通る散歩コースであるが、この日は遠くに富士山がみえる、桜は満開、辛夷(こぶし)の白い花が鮮やか、その上菜の花の黄緑が目に眩しい。こんな中で今朝もまたこの公園へ至る坂道を「後ろ向き」に歩いて登ってくる人たちに出会った。ラジオ体操に集まるお年寄りがみな後ろ向きに歩いてくるのを初めは異様に思ったがそれほどに健康にいいのかと興味を持った。私も別の誰も通らない坂道で後ろ向きに歩いてみると実に色々な発見があった。先ず緊張からか脳が活性化されるのは確かだ。目に入る風景も股の下から覗くのと似ていつもと違う新鮮な感覚になる。前を見ることをしないとこんなにも通り過ぎた景色の印象が強くなるのかと思う。周りの建築や窓の飾りなどにも前向きで通り過ぎた時には気づかなかったものが見える。ただし時に進行方向を振返って見ないと危ない。かなり急な坂を後ろ向きに登ったのだが足腰にも楽な感じ。後の気分も爽快。体験してみると直感的に健康に良さそうに思える。”先のことは心配せずに現実のみを見つめるのがよい”などと理屈をつけると少々云い過ぎか。いずれにしても、これからも早朝、人が少ない上り坂では後ろ向きで歩くことにした。
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