これまでの「今日のコラム」(2006年 12月分)

12月1日(金) <師走を迎えた・・>
師走を迎えたので、このホームページの表紙も秋バージョンから冬用に模様替してみた。といっても東京地方では紅葉がようやく始まったところ。神宮外苑の銀杏並木でもこれからまだしばらく銀杏(いちょう)の絨毯(じゅうたん)を楽しむことができる。明日はカメラを持って神宮外苑に行くつもりだ。「今日の作品」には「楕円型お椀(陶芸)」を掲載した。このお椀、土は「こまさ」(11月20日コラム=ここ=参照、コバルト、マンガン、酸化鉄を加えた土)、釉薬は全体に灰マットをかけて一部に白萩を垂らした。両方とも全く同じに作り、最後の焼成方法だけを変えて違いをみた。左側が酸化焼成、右側が還元焼成をおこなったもの。酸化焼成が酸素を十分に供給して焼き上げるのに対して還元焼成はいわば酸欠状態で不完全燃焼させるやり方である。前に酸化焼成した分は出来上がっていたので、還元の結果がどれほど違うか楽しみに待っていた、今日還元焼成したものが出来上がったものを見ると、コバルトの青味がより強く出ている。どちらがよいと云う訳ではないが酸素の供給度合いで色が変わるところが暗示的である。このお椀は娘家族へのプレゼント用(合計4客)。クリスマスに間に合うようにこれから太平洋を渡る。

12月2日(土) <落ち葉掃除・・>
落ち葉掃除の行為をみるだけで見る目が変わる。私の家の直ぐ前にアパレルの会社があるのだが、今の時期、朝一番で従業員が一斉に落ち葉掃除をする。自分のオフィスの前だけでなく道路や他の住宅地まできれいにするので、その姿を見ているだけでこの会社のトップの考え方が伝わってくる気がする。ここで扱う衣服は良心的に違いない・・。
12月からこのページの背景を変えたが、このホームページにも少し新規性を持ち込みたいので、コラム欄に「今日の写真」を入れてみる。「今日の作品」 を毎日掲載することも考えたが、”作品”はせめて三日間は掲載してやらないとかわいそう・・と写真にした。この写真、デジカメの原板をphotoshopで操作して寸法を調整した後、Fireworksで「書き出し」を行ない画像の容量を小さくする。その結果、掲載した写真で20kbで収まっている。画像の容量を圧縮することもHPを継続するためには必須だ。
<今日の写真> 神宮外苑の銀杏/12-2

12月3日(日) <ホーキング博士・・>
ホーキング博士の記事を久しぶりに目にした。スティーヴン・ホーキング博士はイギリスの理論物理学者でブラックホールや宇宙論など一般向けの啓蒙書でお馴染みであり、手足が不自由で車椅子を使い、会話はコンピューターを使った合成音声で行なうことでも知られる。ホーキング博士のホームページ(=ここ)によれば生まれは1942年(ガリレオが亡くなって300年目の年)1月8日。私の丁度一年年下になるが、筋萎縮性側索硬化症のハンデをかかえて研究の一線で活躍する様は人間の能力の奥深さ、不思議さを教えてくれる。そのホーキンス博士が今日のニュースでは「地球が破滅する際に人類は他の惑星に移住して生き延びる」というプランを話している。それだけなら未来物語であるが、博士は自分の次ぎなる目標は”宇宙へいくこと”と言明する。五体満足なわれわれは次の目標をどうしよう・・。
「今日の写真」は、
今朝日の出の直後にアール(コーギー犬)と散歩で立ち寄ったガーデンプレイスの風景。
12月3日 東京・恵比寿

12月4日(月) <アジア大会とは・・>
アジア大会とはスポーツの大会と思っていたが、違ったかなあ・・、と考えさせられた。いまサウジアラビアの脇からペルシャ湾へ突き出したカタール半島にある国、カタールの首都ドーハでアジア大会が行なわれている。このドーハ大会ではこれまで最大の39種目の競技があるが、その中に「チェス」が含まれているのだ。日本からも3名が参加しており、チェス競技でもドービングテストを受けなければならないという。こうなればオセロ、囲碁を競技に加えるのも面白い。”固いことを言わないで”、”ど〜でもいい”と云う人も多いだろう。考えてみると、「チェス」をスポーツ大会に含める発想は他の色々な分野に応用出来る。所詮どんなルールもグループ内で決めたこと。フレキシブルに(融通性をもって)適応すれば新たな可能性が広がるのは確かである。その内コンピューターゲームをオリンピックで競うなんていう時代が来るかも知れない
「今日の写真」はいつも通る犬の散歩コースにある「しだれ桜」の紅葉の名残。このしだれ桜の場所ではこれまでに犬の写真を何枚も(何年も)撮っている(=ここ)。

12月4日代官山/ヒルサイドテラス
12月5日(火) <紫砂(しす)急須・・>
紫砂(しす)急須という新しい世界に触れた。陶芸教室で以前先生をしていた女性(お嬢さん)が独立して「紫砂急須作陶展」を開いているので見に行ったのである。紫砂急須は中国の江蘇省(長江デルタ地帯、南京、蘇州などのある省)の宜興(ぎこう)で生産される急須の総称。中国茶を一番美味しくいただくには紫砂急須といわれる。それは、一つに紫砂(しす)という当地独特の原料による。中国の有名な景徳鎮の磁器の原材料とも異なり、鉄分が多く粒の比較的粗い紫砂の原石は粉砕されて精錬した後に他の土とブレンドすることなしにそのまま作陶用の土として使用される。その紫砂焼成後の器には気孔(空気の穴)が出来るのが特徴。そして表面の気孔はお茶のアクや渋みを吸収し、内部の気孔は断熱の役割を果たす。紫砂の材料は普通の陶器と比べると焼成時の収縮率が少ないため蓋と本体のはめ合い部分の隙間を小さくできるので、保温性は更によくなる。こうしたことから紫砂急須は「最高の急須」として珍重されるという。こんな説明をしてくれた彼女が自ら会場でお茶を入れてくれた。単身中国現地にいって伝統ある紫砂急須作りを習得してきた彼女がどんな作陶へ進むのかこれからも楽しみにしている。
紫砂急須展会場にて、12月5日

12月6日(水) <執念で・・>
執念でまた陶芸の皿を修理した。「今日の作品」に掲載した「こまさ土による平皿」(陶芸)が修理した皿。今日はじめて落ち葉などを浮かして飾ってみた。陶芸では制作途中で割れたり、完成後に落として損傷させることがしばしばある。私の性分として壊れたものを直ぐに捨て去ることができない。今回の皿も普通なら即廃却となっただろう。素焼きの後、裏返しにして底にヤスリをかけている時に”バカ力”で押したもので二つに割れてしまった。これをセラミックペーストで結合。釉薬を厚めにかけて(写真の茶色部分)、その後1250度で焼成を試みる。結果はやはり割れた部分が口を開き失敗であった。今度は割れ目の合わせ面をヤスリで仕上げて陶器用の接着剤(後に着色出来るタイプを選ぶ)で再度接合させた。その後で釉薬の色と同じ漆系塗料を塗って十分に乾燥させて出来上がり。皿一枚に随分労力をかけたが、勿論商品価値も何もない。執念をもって完成させたこの皿を、今度は執念を持って存分に楽しみたいと思う。

昨日のコラムを書いた後、夜になって妻と六義園(東京・駒込)にでかけた。柳沢吉保が築園し明治期には岩崎弥太郎が購入し、いま都の管轄となっている名勝六義園は夜間ライトアップの最中(pm9:00まで)。昨夜は庭の照明と競うように満月に近い月が独特の趣を醸し出してすばらしかった。
六義園・東京/12月5日夜

12月7日(木) <いい加減のすすめ・・>
「いい加減」をことあるごとに勧めている。「いい加減」というと物事に一貫性がなく無責任な態度など悪い意味でとられるが、本来の「いい加減」には目標とすべき哲学があるのでないか。いい湯加減の風呂は人をくつろがせる。昔からの中道、中庸の思想は何もしないことを諌める一方でやり過ぎをも諌(いさ)める。ほどほどが一番難しい。夏は湿度が高すぎるので除湿、冬は湿度が低すぎて加湿。適度の湿度でないと人は不快になる。固(もと)より生物が生存できるのは、地球の気温が高すぎず、低すぎずであるからで、この温度範囲にある地球は宇宙全体から見ると奇跡ともいえる。人間が生きることができること自体、「丁度いい加減」のお陰である。いい加減とは「適当」を選ばなければならない。適当はぴったりと目的に適合した状況とみると、適当がまた至難の業。全身全霊を込めて”いい加減に”、”適当に”行動するのがよろしいようで・・。
「今日の写真」には「落ち葉の字」をいれた。好きな人の文字を何となく作ってみて・・なんていう思い出がある人は多いでしょう。 今日の字は孫娘の名。
12月7日/東京・西郷山公園にて

12月8日(金) <共同作業・・>
共同作業に携わるといつになく疲労感をおぼえる。ひるがえって私が毎日元気に過ごし、このコラムなどを続けられるのは”一人で好き勝手なことをできるから”かも知れない。新聞社のコラムにしても上司が細かく文章をチェックし、一旦発表されると山のような批判にさらされるとなると執筆者は決して楽しいものではないだろう。共同作業では、10人よれば10人の価値観が異なり、美的感覚が異なり、常識も異なる。私は他人の真似をしないで大袈裟に云えば世の中にないものを考えて創り上げるのがやりがいとなるのだが、時にこれは少数派であると思い知らされる。他と同じであることを目標とする人もまた多い。そこで一緒に”調整”することにより残るのはストレス。いまの政治で道路財源見直しの法改正一つでも議論百出したように政治はまさに調整と妥協の仕事であろう。どんな小さなことでも自分の思うようには進まないのが人間社会ではある。私の場合、陶芸にしても、絵画にしても、そしてHPにしても、誰にも干渉されず、自分のやりたいように創り、結果は自分だけの責任。こんな今の状況は真に恵まれた、幸せなことであると「共同作業」から再認識する。
「今日の写真」はクリスマスシーズンの東京・代官山風景。

東京・代官山/12月8日
12月9日(土) <40代までの人生・・>
今朝の新聞のコラム、朝日「天声人語」と日経「春秋」で今日が夏目漱石の没後90年目の命日に当たることを知った。確かに漱石は1916年の今日、12月9日に胃潰瘍のため49歳で亡くなっている。50歳前に世を去ったといっても後世のお札のモデルになるほど業績を残した。けれども漱石が創作活動をした期間は意外に短い。漱石と親友であった正岡子規は共に1867年生まれの同年であったが子規が肺結核のため35歳で亡くなった時、漱石はイギリスに留学中だった。「我が輩は猫である」を発表したのは帰国後38歳になってから。ほぼ10年間余で全ての創作がなされたことになる。話は飛ぶが私の「享年ノート」を見て気がついたのだが、40代で亡くなった有名人には非業の死を遂げた人が目立つ。大石内蔵助は仇討ち達成後44歳で割腹、自衛隊に乱入し割腹自殺した三島由紀夫は45歳、ケネデイ大統領は46歳で暗殺された、また織田信長が本能寺の変で果てたのは48歳。因に漱石と同じお札のモデルの先輩、聖徳太子も48歳没。・・たまたま昨日妻と話していて、”もし貴方が40代で亡くなっていたら今と全然違う姿しか知らなかったし、能力の半分も出せなかったわね・・”と云われた。40代までの人生で歴史に名を残す人もいれば、それ以降の人生が充実する庶民もいる。

12月10日(日) <惜しまれながら亡くなる・・>
部屋片付けをしていると「宮沢賢治詩集」が目についたので、取り出して拾い読みし始めると止まらなくなった。昨日のコラムでは40代で亡くなった人のことを書いたが、宮沢賢治(1896-1933)もまた肺炎のため37歳で早逝した<画家ではゴッホやラファイエロが同じく37歳で亡くなった>。生涯独身で作品のみを残して世を去った宮沢賢治は生前から詩の分野で注目を浴び、また死の直前まで農業の相談を受けるなど人望も大きかったようだ。当然、多くの人から真に惜しまれながら亡くなった。最近日本は最長寿国となりお年寄りが多くなったのはいいとして、年寄りが「惜しまれながら亡くなる」のは何と難しいことかと思うことが多い。裏を返せば周囲の皆から「亡くなって喜ばれる」その人の人生とは何なのか。歳を取ってからでも”惜しまれる”人は他人のために尽力し、他人のためにお金を使う人と云うのが今の私の考えである。とにかくも、宮沢賢治の詩を一部引用しよう:「そら ね ごらん むこうに霧にぬれている 茸の形のちいさな林があるだろう あすこのよこへ わたしのかんがえが ずいぶんはやく流れて行って みんな 溶け込んでいるのだよ ここいらはふきの花でいっぱいだ(春と修羅第一集)」。

東京・恵比寿の紅葉/12月10日
12月11日(月) <ヤモリとイモリ・・>
「お宅でワニのペットを飼っていませんか」といってお隣さんが訪ねてきたので何事かと思うと、「ヤモリ」を捕まえてワニの赤ちゃんが逃げ出したのでないかと親切に持ってきてくれたのだった。それは「ヤモリ」でしょうというと、ハー、これがヤモリですか、と納得・・。最近、私の親戚で実際にあったこの笑い話から、昔は漢字の家守(ヤモリ)が「家の守り神」と通じることから家にヤモリがいると縁起がいいと云われた「ヤモリ」も今では若い人には縁がないことが分かる。私の子どもの頃にはヤモリは頻繁に眼の前に現れたが、それ以上にお馴染みであったのは「イモリ」だった。イモリのことを子どもの頃には「アカハラ」と呼んだ。腹が赤くて水田や小川にいくらでもいるアカハラを蛙やメダカと同じように集めて遊ぶのが当時のこども。イモリの方は井守の字から「井戸を守る」、あるいは水田に住み「田を守る」の意味があった。ヤモリにしてもイモリにしても、身近に現れた奇妙な恰好をした動物を守り神にしてしまう昔の人の感性がいい。私は元来爬虫類が好きでないのに、ワニの子どもと間違えられたヤモリが都内にいたことだけで何かホッとする。
恵比寿ガーデンプレイス/12月11日

12月12日(火) <KARATE・・>
私と同年代の会合で、(1)仕事の話をしない、(2)孫の話をしない、というルールがあるのを知って苦笑したことがある。お互いに孫の話をすると止まらなくなって嫌みとなるのは確かだ。このことは承知の上で、「今日の作品」に「KARATE(ペン画)」を掲載したので孫娘の空手のことを書く。ニューヨーク・マンハッタンのエンパイアステートビルの側にある極真空手の道場に通う孫娘が先日テレビにでたといって娘からビデオを紹介してきたが結局映像を見ることはできなかった。アメリカではKARATEは日本で考えるよりポピュラーでナウイ感覚があるようだが、孫娘は毎回KARATE に行くと元気になって帰ってくるという。これは以前夏休みで東京に帰省したとき同系列の新宿の 空手道場に同行して納得した。先生が気合いを入れる、自分でも大声で気合いを入れる、そして身体をフルに使う。へなへなした気分などすっ飛んで気力が充実するのだろう。4歳で白帯からスタートした孫娘はオレンジベルトに昇段、少し前にはブルーベルトになったと喜んでいた。格闘技で強くなることはない、気力を獲得する手段として活用できれば上々・・。
東京目黒区の公園にて/12月12日

12月13日(水) <眼力・・>
「歳を見る 眼力は うれしくもあり 寂しさもあり・・」。昨日、東京オペラシテイーで開催されている「伊東豊雄展/建築=新しいリアル」(12月24日まで)に行ったとき、入場料1000円を払おうとしたら「失礼ですが65歳以上でしたら割引になります」と切符売りのお嬢さんから云われた。500円の入場料で済んだので”大儲け”であったが少し寂しい。同じようなことを渋谷の街を歩くときに感じる。テイッシュを配っているお兄さんやお姉さんがほとんどの人に手渡しているのにチラッと私の方を見た瞬間に配るのを止める。私は犬の散歩の時に糞とり用テイッシュが必需品であるので何でもいいからタダのテイッシュは大歓迎なのだが、私だけを避けて配るので嫌になる。それでも必ずくれるのはサラ金(消費者金融)さん。ひと歩きすると2-3個はもらえるのでまずまずか・・。こうした一瞬で相手の年齢、素性を見極める眼力はみな鋭いものがある。私は歩くスピードは若者に負けないと思うが全てバレバレ。他人の眼力を侮ってはいけない。・・ところで伊東豊雄展。伊東豊雄さん(1941-)はいま世界でも最も注目される建築家の一人。前に「せんだいメデイアテーク」の建築をみて私もファンになった。先日NHKの日曜美術館でこの展覧会が紹介されたが、私は伊東豊雄流の建築から陶芸の造形に新たなヒントを得ようとしている。
代官山アドレス/12月13日

12月14日(木) <ニンジン型・・>
「ニンジン型花器(陶芸)」を「今日の作品」に掲載した。写真は横の格好を掲載したが花器としては縦に使う。釘や紐などで吊るすことができるように吊り穴が上部にある。次の機会には縦型の花器として実際に花を生けた状態を写真に撮って掲載したい。「ニンジン型」をある時点で閃いたが、最初は何を作るか迷った。形から云えば直ぐに「笛」を思いついた。角笛のように曲がった笛も面白いなどとアイデイアは次々と発展したけれど共鳴筒としては実験作品となるのでこの案は保留とした。オブジェとしてのニンジン型も興味があったが結局多少の実用性を持たせて「花器」に落ち着いた。水が少しでも溜まる容器であれば何でも「花器」に出来るところがいい。もっとも花器でなくても「酒器」と呼んで中にお酒を入れて飲むこともできるので名前は容器の方がよいかも知れない。このニンジン型容器は土は赤1号という黒茶系の土を使用し、形が出来た後で鬼板土を外面に塗り付けた。「鬼板」と云うのは鉄分が多く(褐鉄鉱)、釉薬なしで焼成すると鉄の肌合に似た仕上がりとなる。ニンジン型の第一弾はこんな形で完成したが、これからもニンジン型を一つのテーマとして制作してみたいと思っている。

12月15日(金) <日没・・>
妻を成田空港に送って東京への帰り道、高速道路で日没を見ながら自動車を運転した。「日没を見ながら」といったが実際には所々で進行方向の真正面に丸い大きな太陽がくるので、目を細めたり道路だけを見て極力太陽をまともに見ないように必死であった。何しろ100km/h以上で走っている車を運転している真っ最中であるので太陽で目がくらんだりすると大事故になりかねない。高速で走る車からみると太陽の沈む速度のなんと遅く感じたことか。地平線近辺の雲に太陽がかかり始めると眩しさも衰えてようやくホッとした。後で日没時間を調べると16時29分(東京)だった。太陽が沈むと今度はアッという間に周囲が暗くなる。レインボーブリッジを渡る頃にはほとんどの車がライトをつけていた。・・今日の千葉ー東京での日没風景はもし丘の上で寝転がって見たとすると大感激したかも知れない。けれども高速の車からは日没の情緒も味わえない・・。
成田空港にて/12月15日

12月16日(土) <個展・・>
「今日の作品」には一昨日掲載した「ニンジン型花器」(陶芸)の使用例を載せた。一輪挿しのつもりであったが、季節柄花の代わりに紅葉を挿してみた。この陶芸を作った教室のギャラリーでいまOさんが個展を開催中だ(案内=ここ=)。毎日繰り返してこの個展を見に行くがデパートなどで開催される大家の陶芸展よりはるかに触発されるのはどうしてだろうか。Oさんは私より30-40歳も歳が若いお嬢さんで、この教室でたまたま私と一緒に陶芸を習い始めた人。彼女の作品はどれもはっきりと個性が現れていて何度見ても飽きない。それも繊細でかつ大胆。私の好みの系統なので見ていて楽しい。技術や作品数は私のはるか先を行っているので最早自分と同期などとは云えない。彼女の今後の活躍を期待して見守りたい。それにしても、個展を通してこれまでは計り知れなかった彼女の全容(というより多くの面)が理解出来た気がする。私も何か具体的な目標をもって作品作りをしなければ・・と刺激を受けた。
 
                              
Oさんの個展/12月16日
12月17日(日) <宴・・>
夕方から昨日コラムに書いた陶芸の個展の”打ち上げ”があったので参加した。”打ち上げ”とは「興行を終えること、仕事じまいの宴」と辞書(広辞苑)にあるが、まさに30歳前の彼女の初個展が終了した目出度く、楽しい宴であった。その時に、個展の主人公である彼女の両親が個展で娘の作品をみてはじめて娘がよくガンバっていると褒めたという話がでた。それまでは娘の作品が入選したと聞いても実際にどんな作品を作っているのか見たことはなく関心がなかったという。また以前銀行に勤めていた彼女の同僚が見に来て、会社を止めて陶芸の道に入って本当によかったと云ってくれたなどの話もあった。それぞれに直ぐ側にいた人が個展ではじめて彼女の才能に気がついたようだ。人の才能や特筆すべき技能などは近くに入ると反って気がつかないことはよくある。”打ち上げ”で私自身もひょっとすると直ぐ側の異才に鈍感になっていないか、周囲の一人一人を見直してみる・・、そんな宴であった。

12月18日(月) <マイナスの成果・・>
今日一日を自分なりに評価すると「マイナスの成果」であった。長い時間を割いて失敗作の原因の追求をしたので、それ自体は展覧会に展示したり販売したり出来る成果ではないが、次の発展のためには役立つ。「マイナスの成果」は私が卒論のための研究をしている時に教師から云われた言葉で忘れられない。シェル構造の振動問題を当時最先端だった電子計算機(コンピューターとは云わなかった!)を使って解析したのであるが、はじめの理論式では実験と合致せずに失敗だった。その時「このやり方だと駄目だと云うマイナスの成果がある」と慰められた。これで私は一生その教師を尊敬するようになった。実社会では「マイナスの成果」を認める度量は少ない。儲けを目的とする企業では「プラスの成果」を出した者が認められる。実際には数えられないほどの「マイナスの成果」の上にたまたま運のいい者がプラスをだすのであろう。Try & Error.と云うがTryがなければErrorもない。「間違えないことは何もしないこと」となっては進化しない。自分自身のことではプラスの成果を得るためには大いに失敗をすることと割り切っている。
西郷山公園・東京/12月18日

12月19日(火) <過ぎたるは・・>
絵を描く時にどこで筆を止めるか(完成とするか)は非常に難しい。厚塗りのキリストの顔などを多く描いているルオー(フランスの画家)は人に売った絵画でも押し掛けて行って加筆したと伝えられる。一方で何でも描き続けるとよくなる訳ではなく、描き過ぎて前より悪くなることも非常に多い。このところ私は陶芸の釉薬をかけ模様を付ける段階で、「やりすぎだ!」「何もしなかった方がよかった!」と後悔することが続いた。自分の思う存分に作り描くことは最重要ではあるが、絵画で筆を置くように、陶芸の模様付けも一旦止まって「本当に必要か」を自問すべきだと反省している。「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」を思い起こすが、この諺は実に応用範囲が広い真実である。諺ついでに私の場合は「後悔先に立たず」。それでも「止める勇気」を少しづつでも学んでいる。

12月20日(水) <実用と遊び・・>
なぜか師走も押し迫ってくると訃報が増える。青島幸男氏(74歳)、岸田今日子さん(76歳)が亡くなったと報じられた。こういう人たちは紆余曲折があるにしても”存分に生きた”との印象を受ける。きっとあの世で本人もいい人生だったと思っているだろう。こちらはいい人生にするにはまだまだやることがある。「今日の作品」に「酒器」(陶芸)を掲載した。出来上がったので早速にワインや日本酒を入れて調子をみている。前に「ニンジン型」を酒器にするプランを書いたが、ニンジンをぐっと短くして台を付けた。実は下部の輪を付けてみたくてこれを作ったようなもの。輪はフリーに動くことができるが外せない、ただの遊びである。こういう実用と遊びがあるスタイルが私のターゲットの一つとなるかも知れない。
「今日の写真」は東京・六本木ヒルズの脇にある「けやき坂」のイルミネーション(後ろには東京タワーもみえる)。夕方、ヒルズの近辺に行ったのだが、ピッタリ17時にイルミネーションが点灯された。
  12月20日

12月21日(木) <付け合わせ・・>
妻がニューヨークに住む娘家族のところに行っているので、このところ私は料理の修行が進む。そこで気がついたのが「付け合わせ」の重要さである。この前はハンバーグステーキを作ったが、主食のハンバーグは簡単。レシピには「手に取って丸め、片手にのせてもう一方の手に投げる動作を数回繰り返し空気を抜く」などと懇切丁寧に書いてあるが、ハンバーグ自体はひき肉、玉ねぎのみじん切り、卵、パン粉で作るのに時間はかからない。それよりニンジンとかほうれん草などの付け合わせの方が私には手間がかかった。そもそも「付け合わせ」とは何か付属品のような呼び名であるが、料理全体の味や印象を左右する大切な役割であり、かつ応用範囲も広い。親分である主品が変わっても付け合わせはどの親分に仕えても十分に適合できる。「付け合わせ」のことを料理言葉で「あしらい」と呼ぶことも知った。広辞苑にも「あしらい」に「配合、取り合わせ」の意がでている。うまく「あしらう」には味覚と美的感覚と両方が必要なのだろう。こんな学習をしながら、それにしても料理にはどうして勿体ぶった言葉ばかりを使うのだろうと思う。付け合わせに「エピナール、オーベルジーヌ、カロット」は何のことはない、「ほうれん草、ナス、ニンジン」である。・・今晩の料理は鮭のムニエルとした。付け合わせはジャガイモ、ブロッコリー、それにレモン。
12月22日(金) <褒めてやりたい・・>
われながらバカなことをやっていると思う一方で、成功すると”自分を褒めてやりたい”。・・「今日の作品」に掲載した「仕掛け茶碗」を修理した経緯の話である。この「仕掛け茶碗」は前に「はてなの茶碗」として紹介したものと同じ仕掛け(写真は陶芸2006-2-3月=ここ、コラムは2006-3-11=ここ)。普通に使える茶碗であるが、あるレベル以上に液体(水やお茶、お酒など)を入れ過ぎると下から漏れ始めて中身全部が漏れてなくなる。仕掛けはサイフォンの原理を応用したもの。この写真でみる逆V字の出っ張り部(内部)に通路があり逆Vの最上部(上の淵から1cmほど下)以上に水が入るとこの通路を通って水が底から漏れる仕組みである。焼成が完了してみるとこの通路が詰まっている。失敗!初めは内部の釉薬が流動して穴を塞いだのかと調べたけれどそうではない。原因追求のため先ず逆V字の最上部にヤスリ(陶器用)で穴をあけた。その穴から細い針金を通してみたり空気を吹いてみたりして詰まりの個所を特定した。その個所を更にヤスリで切断してみると確かに穴がない。少しずれた部分からは穴が貫通していることが分かったので両方向に穴を通した後、接着剤(固着後に塗装できるタイプ)で切削した部分を埋めた。最後の仕上げは接着剤の部分に色を塗る。こうして陶器をヤスリで修理するという新体験をした結果、見事に「仕掛け」の機能は働くようになった。まさか修理ができるとは思わなかったので失敗と分かった後、陶芸教室でまた”リベンジ”の仕掛け茶碗を作り始めた。いま、素焼きの最中であるが、今回掲載したものと並べて二つの「仕掛け茶碗」を飾るのが楽しみだ。


12月23日(土) <道案内・・>
犬を連れて毎日散歩していると道を尋ねられることがよくある。今朝は早朝6時過ぎに家をでたらまだ真っ暗(東京の日の出時刻は6時47分)。さすがにこの時間には人とはほとんど出会わないと思っていると、可愛らしい女の子から「駅はどこでしょうか」と聞かれた。直ぐ側の代官山駅を教えたが、この辺りでは徹夜のパーテイーなどで朝帰りする若い男女によく会う。大抵はタクシーを待っているのだが、今朝のように一人はぐれたのか駅を尋ねられたのは珍しい。先ほど夕方の犬の散歩の時には「劇団ひまわりはどこでしょう」と聞かれた。ここはよく知っているので直ぐに案内することができた。先日は「コンビニのam-pmを知りませんか」と尋ねられた。「携帯電話の充電をしたい」と店まで指定されたのは初めて。案内が苦手なのが食べ物の店。数が多すぎるので名前を云われても知らない店の方が多い。「和食の店を知りませんか」と聞かれても即答できなかった。花屋さんを店の名前で尋ねられて直ぐに教えることができた時には得意になった。「道案内」をすると更に道を覚える。こんな道案内ができるのもアール(コーギー犬)と一緒に散歩するからだ・・と足元にいるアールの頭をなでる。

12月24日(日) <14戦12勝・・>
近所の教会では出入り口がいつになく大勢の人たちでにぎわっている。そうか今日はクリスマスイブ。教会もクリスマスも関係がない私は家に帰ってデイープインパクトの最後のレース(有馬記念)をテレビで見た。結果は2着に3馬身の差をつけた圧勝だった。デイープインパクトはスタートから半ばまでは14頭中11位。いつもながら前半戦では突出して先頭を走る馬と比べるとデイープは落ちこぼれて見える。それが第四コーナーを過ぎる頃から外を廻り徐々に前に出始めて、直線コースで一気に先頭になりゴールまで加速を続ける。二位を大きく引き離しての優勝だ。通算成績14戦12勝のデープインパクトはこの完勝レースを最後に引退する。その夢を持たせるレース展開、そして最高の時に引退するいさぎよさ。普段は競馬には余り関心がない私でも喝采を送りたくなるのはこんなところだ。
「今日の作品」に「楕円型お椀2」(陶芸)を掲載した。こまさ土(12月1日のコラム=ここ=に説明)に透明釉薬をかけてコバルト系の色を強調する試みをした。手前に見える小物は余った土を使って作った「箸置き」。

  
                           <「今日の写真」は東京(恵比寿)の最後の紅葉> /12月24日

12月25日(月) <筆子・・>
明治維新以降の日本の社会造りの過程で意外に女性の活躍が目覚ましいのに驚く。津田塾の創設者の津田梅子、女性解放運動のパイオニア・平塚らいてう、「君死にたまふことなかれ・・」の歌人・与謝野晶子などを直ぐに思い出すが、石井筆子もまた社会の先駆者であった。津田梅子(1864-1929)が8歳の時に渡米して10数年を米国で過ごしたのに対して、石井筆子(1865-1944)は女学校を卒業後ヨーロッパに留学した。津田梅子と共に女学校の教師をしたり鹿鳴館の舞踏会で脚光を浴びる生活は結婚して一転する。生まれた子どもが一人は産後死亡、二人は知的障害、しかも夫とは若くして死別。その後の人生は知的障害者の保護や教育のために尽くす。「日本初の知的障害者福祉の創始者の一人」として石井筆子は歴史に記憶されている。筆子が亡くなった子どもの墓に刻んだ言葉が忘れられない:「鳩足をとどめるとこなくて舟にかえる(原語は漢文)」。明らかにノアの箱舟で陸地を探す時に鳩を放ったことからの連想だ。この世に足をとどめる場所がなかった子どもはあの世へ帰っていった。だから足をとどめることの出来る場所を作ろうと、障害者支援に一生を捧げる。そういえば人間はだれでも「居場所」がなければ生きて行けない。

12月26日(火) <免疫と感動・・>
人体の免疫機能には神秘的な不思議さを感じる。幼児は免疫がないので母親の母乳中に含まれる抗体により病原菌への感染防御ができることなども実に巧妙な仕組みだ。人の身体に免疫があるので外部から病原体(抗原)が入り込んでも抗体が働いて(抗原と結合して)生体は大事に至らない。免疫は人(生物)が生き続けるために極めて重要な役割を担う。ところで、私は常々子どもは成長期にできるだけ身体の免疫と別の意味の「免疫」をつけるべきだと思っている。つまり清浄栽培するような無菌で育てるのでなく汚いものに”適度に”触れさせる。喧嘩、競争、敗北、屈辱、我慢、意地悪・・こうした体験により子どもの頃に少しづつでも免疫ができていないと大人社会では適合できずに大病になりかねない。この場合、免疫とは一種の不感症、無視できる力である。一方で、成人しても免疫が付き過ぎたように何にも感じなくなるのも問題だ。バーチャルか実体験かはともかく何でも経験している、知っているといいながら感動がないのでは生きがいがない。ある種のものには免疫を働かせて(それも”適度の”免疫でないと病になる)捨て去る、また別のものには新鮮な感動をして自分の糧とする・・この兼ね合いは言葉で云うほど容易ではないが、免疫と感動とは両方を備えたいものである。
「今日の作品」に「楕円型お椀3」を掲載。前回掲載分とペアで制作した。

12月27日(水) <無料・・>
この一年間いくつかの美術館、博物館は無料で入れるようになった。何のことはない、ただ65歳になっただけである。そして今日は春のような陽気に釣られて白金の自然教育園(国立科学博物館付属=ここ)にいくと「無料」。個人的にはありがたいことであるが、これからますます高齢者が増えるときに100円でも200円でも有料にした方がいいのでないかと複雑な気持ちになった。年寄りは既得権に敏感で一度いい目に遭うとそれを削減するのには猛烈に抵抗をする。・・などと他人事のように云えたものではないけれども、年金だけで大変だと云いながら毎日晩酌、毎年豪華旅行という図式をしばしば目にする。「無料」分の経費は全て税金でまかなうから老齢化社会になると財政が破綻することは目に見えている。いまからでも晩酌の何分の1かを入場料で徴収してもいいいのでないか。人さまざまであるが、高齢者が”他人のために尽くす”ことを生活の一義とすると住み良い社会になると信ずる。他からやってもらうことを当然としてはならない。・・自然教育園では快晴の下たくさんの無料入場者がスケッチブックを広げて絵筆を走らせていた。
自然教育園にて/12月27日

12月28日(木) <地理情報・・>
インターネットをやっている人には今更なんだと云われそうだが、”Google Earth”を使う度にこれは凄い世の中になったと感無量になる。少し前までは私のMACでは使えなかったが、今はMACでも”無料で!”ダウンロードできる。NASA の衛星写真をみせるサービスはかなり前からあったが詳細は有料であった。それが今は地球上のあらゆる場所が無料で自由自在に空から見ることが出来る。地球ー日本ー東京ー渋谷と順次ズームアップしていくと我が家の屋根と水タンクがみえた。以前行ったことのあるニューヨークにある航空母艦博物館(イントレピッド)をズームアップすると甲板上の飛行機が機種まで鮮明にみえる。北朝鮮にいくことはなくても平壌の街をみるのは簡単・・。情報化時代であるが地理情報は他の情報とは意味が違うように思える。新聞にしてもテレビにしてもニュースや話題として伝えられる情報は伝える側の意図がかなり大きく反映する。情報がでたらめでなくても伝える側の匙(さじ)加減で内容が変わる。ところがGoogle-Earhのような地理情報はあるものを見せないとか大きく見せるなどはできない。現実がそのまま伝わり見る側はそれをもとに如何様にも判断する。もちろんGoogle-Earthでも数段解像度の高いNASAの原版を配布できないし、ある程度の調整はしているだろう。それでも地理の事実は事実。ある時点の写真であるので時々刻々変化する建造物との差異は生ずるが、逆にこれは新しい建造物の確認ができる。Google Earthは遊び方が無限に詰まった面白い遊び道具である。<Google Earthのサイト、ダウンロードなど=ここ
「今日の作品」に「徳利<陶芸>を掲載した。最近、鉄のような仕上げをいくつか試みているが、これらもその一環。徳利にしては少し小型なのでまた一輪挿しになるかも知れない。

12月29日(金) <今年の成果・・>
忘年会でそれぞれの人が今年印象深かったことを話した。旅行で訪れた場所ではみな外国がでてくる。私は外国の話は拝聴するだけであったので、自分では今年の成果は何だったか考えてみた。そうすると今年はどうも目玉になる”作品”がない。このホームページに作品を掲載した分で陶芸では約50点、絵画では30数点。このところ絵画の内容が低調だ。絵だけであれば年間300点でも可能である。量の問題ではないがこのままでよしとはできない。「今日の作品」に今年最後の作品「酒器2(陶芸)」を掲載したが、これは12月20日に掲載した「酒器」と同種のものを家で制作したものである。1年の終わりに当って陶芸の作品を見直すと、やはり自分ではまだまだ満足出来ない。安易な妥協が目につくし、最近はユニークな発想も欠如してきたか・・。陶芸も惰性でただ続けるものではない。・・そうだ、陶芸とか絵画に限らないが、来年のポイントは惰性の排除としよう! 私の場合、「初心に帰る」というより「一期一会」のモノ作りを心したい。二度とない貴重な時間を使って「創る」からには従来以上に気合いを入れて”二つとない”作品作りをしたい。今年の成果は目玉はなくてもやはり反省させてくれる作品群であろうか。

12月30日(土) <359日・・>
今年、このコラムを何日間書いたかを勘定してみると359日であった(明日の大晦日に書く前提)。何のことはないこの1年間で旅行に行って宿泊したのが6日間で、家にいた日には毎日コラムを書いたことになる。以前、外国に旅行した際に、ノートパソコンを持っていき、現地でその日のコラムを書いたことがあったが、それはそれで外国で書くのが面白かった。特別に毎日何かを記すことにこだわる理由はないが習慣となるといわば生活のリズムになっているようなところがある。最近は日記風のブログが流行(はやり)であるが、私の場合内容は何でもありとしている。元々は毎日作品を掲載すればその解説を入れるつもりであった。「今日の作品」がそれほど毎日続かないので好き勝手なことも書く。白状すれば、コラムを書く時には○○さんが読むと考えない。誰が読む、誰が見るなどと、評論家を意識すればHPはもう続けられない。それでも一方で誰かが見てくれるというのがやりがいでもある。自己満足と云いながらやはり他人の力で続けることが出来る。それから毎日続けられた最大の理由は「健康」である。今年1年、与えられた健康という恵みに感謝しよう。
「今日の写真」は成田空港でみた正月用飾り。

成田空港にて/12月30日
12月31日(日) <大晦日・・>
大晦日。日頃から無計画の身には正月の準備に追われてあわただしい。もう数時間すれば新しい年となるので今日は2007年の賀状を掲載して解説することにした。来年は亥年。”猪”というのは絵になり難いので苦労する。とにかく二頭の猪を描き、次ぎには何を配するか・・。猪の名がつく植物を探して、猪独活(ししうど)と猪の子槌(いのこづち)を描いた。これだけでも足りないので、「春の七草」を入れることにした。といってもきっちりと全てを描いたものではない。芹(せり)、薺(なずな=ぺんぺん草)、御行(ごぎょう=母こぐさ)、はこべら(=はこべ)、仏の座、すずな(=かぶ)、すずしろ(=大根)と名前を書くだけで何となく新春を感じる。七草粥も食べたいなあ。猪突猛進、思う存分に挑戦する。来年はこんな年としたい・・。
みなさま、よい年をお迎えください!

これまでの「今日のコラム」(最新版)に戻る

Menu  + Today  + Corgi  + Puppy  + Gallery +  Ebisu /Daikanyama  + Links