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第十三回「最期の願い」
原作:「芸者の首」
   (『びいどろの筆』より)
脚本:松平繁子
演出:吉田雅夫
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[あらすじ]
 夜。天庵から景が出てきた。富本の稽古が終わって家に帰るのだ。と、景の後を
男が尾けている。それに気付いた景は早足で道を急いだ。石につまづき、転んだ景
の悲鳴を聞いた辰が駆けつけてみると、後を尾けていたのは若い男。
「この野郎!」辰は彼を殴り倒した。

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 能坂に呼ばれた辰。景に縁談があるというのだ。どうやら一目惚れということら
しい。相手は両替商の駿河屋。どうにも断り切れずに能坂は辰に相談したのだった。
 鉄五郎は深川の小松屋にいる。相談しようと迎えに行った辰は、入り口で芸者に
ぶつかった。由美吉という名のその芸者は、そのまま表へ駆けて行った。
 女将によると、由美吉が飛び出したのは、嫌な客が来るからだという。今由美吉
に身請話があるが、相手が、その嫌な客とのこと。と、辰と鉄五郎、女将の所へ芸
者・豊菊が、客が来たと行って現れた。
「まさか、竹之助さんが来たんじゃないだろうねぇ」女将は心配そうに客を見に行
った。階段を若い侍が上がって行く。「やっぱりだ……」
 女将が言うには、病弱の豊菊はその客に惚れ抜いている。侍がくる度に痩せ衰え
て、帰ると気息延々と寝込んでしまう。由美吉よりも豊菊のほうが心配なのだと。
 翌朝、景は天庵で見合いをする。天庵に現れた見合いの相手は、先日、辰の後を
尾けた男だった。「色気より食い気」と、先方に断られる為に景はひたすら料理を
食べるが、帰って駿河屋に気にいられてしまう。
 小松屋では、鉄五郎が豊菊に粥を食べさせていた。あまり無茶をしてはいかんと
鉄五郎は豊菊を諭すが、
「私、竹之助さまでなくちゃ、駄目なんです」と豊菊は言う。好きにさせてくれと
彼女は鉄五郎に頼んだ。由美吉が、豊菊の好きな菖蒲の花を持って入ってきた。

 数日後……。
 鉄五郎を訪ねた辰は、間違えて由美吉の出ている座敷に入ってしまった。由美吉
は酔い潰れている。客は、由美吉が嫌っている男・多田屋源兵衛だった。
 介抱している辰と鉄五郎に女将が、由美吉の身の上を話した。元々彼女は平川町
の大店の娘だった。だが火事で焼け出され、その時に父が死んだ。その後吉原で勤
めていたが、一昨年、辰巳に鞍替えしたのだという。豊菊も、元は旗本の娘だった
のだが、父親が殿中で諍いを起こし、家禄を没収されたのだという。
 由美吉の名代に豊菊が多田屋の座敷を勤めることになった。

 多田屋の座敷から豊菊の新内が聞こえて来る中で、女将と鉄五郎は酒を酌み交わ
していた。新内が止む。と、店の若い者が駆け込んできた。連れられて座敷に行く
と、豊菊が血にまみれた剃刀を持って立っていた。崩折れる豊菊を鉄五郎が抱き止
める。目を移すと、喉を切られた多田屋源兵衛の死体があった……。

                   (以下原作のネタバレになるので省略)


[みどころ]
 ・情愛の深い女としての豊菊の姿。元気な姿で辰の前に現れた時から、最期の願
  いまでの彼女の姿の移り変わりは、今回の主役があくまで豊菊であるというこ
  とを示して余りある。


[原作との比較]
 原作は夢裡庵先生捕物帳の一遍。探偵役は小荒井新十郎。由美吉、豊菊のいる店
は小桜屋で主人の名は「たけ」(「砂子四千両」の探偵役)。この話の推理小説と
しての眼目は、なぜ豊菊が殺人を犯したかという点と、竹之助の正体であろう。そ
こに「生まれ方を間違えた」人間と、「極め付きの情愛」が描かれる。
 今回のテレビでは原作の新十郎の役どころを鉄五郎と小松屋の女将が演じている。
辰は原作の夢裡庵の役であり、本筋については完全に狂言廻しの域を出ない。映像
化においては、あくまで豊菊をメインに据えた演出であるが、これは成功している
と言えよう。ただ、演出の都合からか竹之助の正体がなんの伏線もなく語られるの
で、もう一つの"Why done it?"の部分が「あ、そうですか」で終わってしまうのは
残念ではあるが。この脚本家にパズラーに対する感性を期待するのが無理なのかも
知れない。前回はうまく処理していたので、人情がかった話である今回は期待した
のだが、結局、人情を描くだけに終始してしまった感がある。それと、脇筋として
の景の見合い話が、本筋の邪魔をしていたような気がして仕方ない。豊菊との対比
の積もりかも知れないが、あまりにもお粗末だ。それと、この設定で「本当は好き
な相手に食われてしまう」というのを言いたいばかりに、原作の、なんともいい知
れないものの残る結びを、ほのぼの路線にしてしまった。これで話の余韻がぶち壊
しになっている。せめて、後日談という形にして、辰が鉄五郎、女将と三人で酒を
酌み交わしながら、「そういや、豊菊だが、お仕置きになる時に……」と、しんみ
りと話すというくらいの演出で見たかった。
 時代考証について。今回に限ったものではないが、北町奉行所の略としての「北
町」には抵抗がある。「北町・奉行所」ではなく「北・町奉行所」であり、「北の
御番所」なのだから。それと、辰がよく奉行所の座敷に上がっているが、岡っ引き
が座敷に上がってよいものなのだろうか?


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