『日本の治安は再生できるか』(ちくま新書)の他にも、前田教授は検挙人員による認知件数推定を根拠とした論考を少なくとも二回発表している。それらには『日本の治安は再生できるか』にしばしば見られるのと同様の杜撰なデータの取り扱いがあるように見受けられるので、これについて検討する。
1.「犯罪の増加と刑事司法の変質−平成13年版犯罪白書を読む−」『罪と罰』第39巻1号(日本刑事政策研究会,平成13年11月)
問題となるのは次の記述である。
>4 窃盗犯の増加の意味
> 本書第4編に本白書の「特集」である「増加する犯罪と犯罪者」が詳論されている。具体的には窃盗と交通事犯を中心として犯罪の増加の原因を分析している。ただ,本書も指摘するとおりここ四半世紀の犯罪増加にとって決定的なのは窃盗罪である。昭和49年には167万1,965件だった認知件数が,平成12年には325万6,109件に達した。窃盗の犯罪率(発生率)は昭和21年に1,580を記録し,その後著しく減少して900台にまで下降した。ところが,昭和50年から上昇をはじめ,平成11年に1,508にまで達していた。そして,ついに今年は1,680となって戦後最高となったのである。
> この窃盗犯の増加が,ここ25年の刑法犯犯罪率増加の主因であることは疑いない。そして同時に,少年犯罪が犯罪数の増加を加速したことを認識しておく必要がある。25年前に10.4%だった少年人口(14〜19)が,現在は7%に減少したにもかかわらず,窃盗犯検挙人員中の少年の割合は43%から48%に増加したからである。少年窃盗犯と成人窃盗犯の認知件数中に占める割合が,検挙された場合とされなかった場合でさほど大きく変動しないと仮定すると,74年の窃盗認知の内の72万件前後(43%)を少年が犯し,2000年の認知件数のうち156万件前後(48%)を少年が犯したと推定をすることが一応できる。そうすると,少年の窃盗事犯が2.2倍になったと想定しうるのに比し,成人の窃盗は,95万から169万へと1.8倍に増加したに過ぎない。しかしより,重要なのは人口の変化を加味した数値であり,74年には少年は成人の4.5倍の割合で窃盗を犯していたのが,2000年には10.5倍になってしまったのである。
「犯罪の増加と刑事司法の変質−平成13年版犯罪白書を読む−」『罪と罰』第39巻1号(日本刑事政策研究会,平成13年11月)
http://www.jcps.or.jp/body/051_1301.html
窃盗犯の認知件数が昭和49年には167万1,965件で、平成12年には325万6,109件ということになっており、少年による窃盗犯の認知件数もこの数値に基づいて推定している。しかし、これは窃盗犯ではなく交通業過も含めた刑法犯の認知件数である。
平成13年版 犯罪白書
資料I-1 刑法犯の認知件数・検挙件数・検挙人員
http://hakusyo1.moj.go.jp/image/42/image/h005001001-1h.jpg
しかも、上に引用した部分の直前に、325万6,109件という数字が(窃盗犯ではなく)刑法犯の認知件数であると書いてある。
少年率とは、検挙人員(14歳以上)に占める少年(14〜19歳)の割合をいう。
少年関係事件率とは、解決件数を除いた検挙件数に占める少年事件及び成人・少年共犯事件(解決事件を除く)の割合を言う
>3 犯罪動向全体の概観
本論の冒頭に,日本の刑法犯の主要データが掲げられている。ポイントは,認知件数と発生率の増加と検挙率の低下にある。認知件数が35万件も増加しているのに,検挙件数は8万件も減少した。本書は,最終章のまとめで,「刑法犯の認知件数は,昭和49年の167万1,965件以降ほぼ一貫して増加を続け,平成8年以降は5年連続して過去最高を更新し,12年には325万6,109件に達している。……検挙率はほぼ一貫して低下を続け,平成12年は,42.7%へ低下した」と再度強調している。
つまり、犯罪行為と犯罪者の数の混同という根本的な問題の他に、使うデータを間違えるという極めて初歩的なミスがある。
2.内閣府の第8回「青少年の育成に関する有識者懇談会」における発表「最近の少年犯罪の増加について」
懇談会で協力者として発表を行った前田教授は、少年による刑法犯(交通業過)の認知件数を推定したグラフを示し、「犯罪増加の主役は少年犯罪であった」と主張している。
前田雅英協力者説明資料
最近の少年犯罪の増加について
http://www8.cao.go.jp/youth/suisin/ikuseikon/kondan021018/08shiryou/08shiryou1.pdf
前田教授自身はこのグラフについて次のような説明をしている。
>これが大きな流れなんですが、今日のメインの少年犯罪ということなんですけれども、ちょっと見にくくなって申し訳ないのですが、2ページのグラフは認知件数の推移で、これは非常にアバウトなグラフなんですが、各犯罪類型毎に大人と子どもの検挙される数があるわけです。犯罪類型によって、少年の率と大人の率が違ったりするわけで、それをばらして、粗暴犯、凶悪犯、窃盗犯と分けて、検挙率の比率で大体案分して、それを全部合算して、もとのグラフの長さは同じ認知件数に直してみると、結局ずっと日本は増えてきたわけですけれども、大きく増やしてきた原動力は少年だった。ただ、ごく最近は、少年にプラスして成人が増えた分が犯罪の増加に大きな寄与をしているということだと思います。
青少年の育成に関する有識者懇談会(第8回)
議事録
http://www8.cao.go.jp/youth/suisin/ikuseikon/kondan021018/08gijiroku.pdf
前田教授が認知件数の推定に際して検挙人員と検挙件数のどちらを用いたかは、この説明だけでは分からない。
しかし、凶悪犯、粗暴犯、窃盗犯、知能犯、風俗犯、その他の刑法犯ごとに少年の認知件数を推定した結果は、検挙件数と検挙人員のいずれを用いても、前田教授のグラフとは一致しない。
全罪種をまとめた刑法犯の検挙件数を用いて少年関係事件の認知件数推定をした結果も、刑法犯の検挙件数に占める少年関係事件の割合からして前田教授のグラフとは一致しないであろう。
結局、前田教授のグラフと一致するのは全罪種をまとめた刑法犯の検挙人員を用いて少年の認知件数推定をした結果であり、「青少年の育成に関する有識者懇談会」における前田教授の発表は配布資料と説明に食い違いのある可能性が高い。