青少年犯罪に関する誤解を解き、より実効性のある政策を立案するための簡単な資料

はじめに

 数年前から、青少年犯罪の増加、凶悪化が叫ばれています。しかし、警察当局の統計資料から浮かび上がってくるのは、青少年ではなく「中高年層の犯罪」が急速に増加し、かつ凶悪化しているという姿です。確かに、人権的な配慮もあり、特に青少年の具体的な犯罪に関しては、なかなかその実体を把握することができません。しかし、公表されている犯罪の統計データを、新たな角度から分析するだけでも、かなり有益な情報をくみ取ることが可能です。
 警察当局の統計とは、犯罪の実態を調査したものではなく、あくまでも警察活動の記録を纏めたものです。そのため、それらの中には青少年や外国人といった社会的弱者に加えて、警察当局にとって不都合な分野においても、無視できないほど偏った情報を発信している可能性があります。さらに、警察当局は自身の活動重点をコントロールすることで、意図的に、あるいは無意識的に、警察が利益を得るようなデータを「獲得」している可能性さえ存在します。例えば、余罪の追求を重視すれば少ない検挙人数で検挙事件数を稼ぐことが可能であり、その反対に余罪の追求よりも個別被疑者の立件を優先して警察力を温存すれば、逮捕者はそれほど減らなくても検挙事件数は急激に減少するという「操作」が可能なのです。
 そのため、市民生活や社会的弱者に関する様々な権利を護りつつ、治安を維持するためには、司法や青少年問題の専門家ではない、一般の人々にもわかりやすい形式で、より正しい情報を広く共有することが重要だと考えます。その他、個々の犯罪や治安状況を報道する際にも、過去の類似した事件や治安状況の変化に関する社会的文脈も含めて紹介し、極端な部分だけを取り出していたずらに感情を煽るような事が無いよう、関係各方面に求めていく必要があるでしょう。

1.安全神話の崩壊?

 2004年4月26日に文部科学省が発表した、『安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会報告書』の『安全・安心に関する調査データ集』(参考資料・2)に記載されている資料2−2『世界経済フォーラム「安全と経済的繁栄に関する国際世論調査」』によると、日本国民の68%が「次の世代は今よりも安全でない世界で暮らすと思う」と回答し、なんと86%が「10年前より安全ではなくなった」と回答しています。
 これは世界平均の48%、57%と比較すると20〜30%も高い数値で、少なくとも国民の多くが「日本は安全ではなくなった」と実感している様子をうかがわせます。
 そして、同報告書にはそれを裏付けるように、『1−4.犯罪に関する動向』という資料が掲載されており、少年凶悪犯検挙人員と来日外国人凶悪犯検挙人員が、ここ10年間で増加したことが一目で理解できるのですが……何故か刑法犯の検挙人員の総数が、昭和から平成にかけて低下していることも理解できます。
 この統計は明らかに不自然です。刑法犯の検挙人員が低下しているにも関わらず、少年凶悪犯と来日外国人凶悪犯の検挙人員「のみ」が増加するような事態があり得るのでしょうか?
そこで、我々は1980年以降の殺人について成人被疑者の生年別動向を調べ、その結果を戦後の少年による殺人の生年別動向と比較する方法で、『世界経済フォーラム』の報告が、日本の実態に即しているかどうかを調査することにしました。
 殺人事件を調査対象として選択したのは、(殺人事件の)認知件数が警察活動の影響を比較的受けにくいため実態に近く、且つ検挙率が90%台を維持しているために検挙件数が認知件数の動向をよく反映していると思われるからです。

2.結果

 我々が調査の対象としたのは、警察庁の犯罪統計書に掲載された「罪種別 犯行時の年齢別検挙人員」と「年次別 年齢別 人口」、及び平成13年版犯罪白書に掲載された「少年刑法犯の主要罪名別検挙人員」「少年刑法犯の主要罪名別検挙人員」と「少年・成人別 刑法犯検挙人員 人口比及び少年比」の数値です。これらの資料に基づき、被疑者の生年別殺人検挙人員人口比を年齢層別に求め、1980年から2002年までの成人に関する結果と、1946年から2002年までの少年に関するそれを比較検討しました。
 その結果、それぞれの世代には固有の殺人検挙人員を輩出する傾向が存在し、それは1930年から1945年までに生まれた世代に最も顕著であることが分かりました。少年に関しては、1965年以降に生まれた世代の殺人検挙人員人口比はピーク時の3分の1程度でしかありませんでした。
そして、この結論から、少なくとも殺人事件に関しては(治安の悪化が生じていると仮定しての話ではありますが)、1965年以前に誕生した中高年が鍵を握っていることが理解できます。つまり、青少年の健全育成を政治的目標とするよりも、中高年の動向に警戒した方が、殺人事件の増加を未然に防げる可能性が高いということになります。

グラフの説明

1980年以降の殺人について成人被疑者の誕生年別動向を調べ、その結果を戦後の殺人による少年刑法犯の誕生年別動向と比較した。指標には人口10万人あたりの殺人による検挙人員(検挙人員人口比)を用いた。

1.検挙人員人口比
1−1.成人
 警察庁の犯罪統計書の「罪種別 犯行時の年齢別検挙人員」において、成人の年齢は対象となった期間の殆どで次のように分類されている。即ち、20〜24歳、25〜29歳、30〜39歳、40〜49歳、50〜59歳、60〜64歳、65〜69歳及び70歳以上である。ただし、1980年から1985年までの期間中、20〜24歳は1歳ごとの統計となっており、その代わり60代は60〜69歳で一括りにされている。
 成人の人口は前記統計書の「年次別 年齢別 人口」において次のように分類されている。すなわち、20〜24歳、25〜29歳、30〜39歳、40〜49歳、50〜59歳、60〜64歳及び65歳以上である。ただし、65歳以上は後述の級中点が求められないため、ここでは割愛する。
 以上を考慮し、成人の検挙人員人口比を20〜24歳、25〜29歳、30〜39歳、40〜49歳、50〜59歳及び60〜64歳について計算した。ただし、60〜64歳は1986年以降の分のみとなる。

1−2.少年刑法犯
 犯罪白書では少年刑法犯の検挙人員人口比を算出する際に10歳〜19歳の人口を用いている事から、ここでは少年刑法犯が10歳以上20歳未満であるものとする。
 少年刑法犯の検挙人員は14歳未満の触法少年を含み、1946年から2000年までの分が法務省の平成13年版犯罪白書に記載された「少年刑法犯の主要罪名別検挙人員」に、2001年と2002年の分が警察庁の犯罪統計書の「罪種別 犯行時の年齢別検挙人員」および「罪種別 年齢・児童・生徒別 補導人員」による。
 少年の人口は、1946年から2000年までの分については前記白書の「少年・成人別 刑法犯検挙人員 人口比及び少年比」に記載された検挙人員とその人口比から逆算して求めた。このようにして求められるのは10歳以上20歳未満の少年人口である。2001年と2002年の分は警察庁の犯罪統計書の「年次別 年齢別 人口」による。

2.被疑者の誕生年
 誕生年は検挙の年から被疑者の年齢を引いて計算した。とはいっても、被疑者の年齢一歳ごとの統計は無いので、各年齢層の級中点で近似した。
 年齢の単位は1であるから、被疑者の年齢が境界上に来ないように、境界値を9.5歳、19.5歳、24.5歳、29.5歳、39.5歳、49.5歳、59.5歳、64.5歳とした。
 これらの級中点を四捨五入し、少年刑法犯(10〜19歳)、20〜24歳、25〜29歳、30〜39歳、40〜49歳、50〜59歳、60〜64歳を、それぞれ15歳、22歳、27歳、35歳、45歳、55歳、62歳で置き換えた。

3.その他の研究

 また、我々よりもはるかに精緻な考察によって、やはり中高年の犯罪を警戒すべきとの結論に到達した人物がいます。龍谷大学法学部教授(犯罪学)の浜井浩一氏です。浜井氏は法務省に心理技官として在勤中、少年院、刑務所など犯罪者処遇の全機関を経験し、米・南イリノイ大大学院、在ローマ国連犯罪司法研究所(UNICRI)に派遣された経歴の持ち主で、犯罪白書を96年から4年間執筆した人物でもあります。
 2004年2月24日大阪毎日朝刊の『オピニオン「論」 犯罪統計と治安』に掲載された浜井氏のインタビューからも明らかなように、治安の悪化は虚偽といえます。しかし、世界経済フォーラムの調査結果は、多くの日本人が治安に不安を抱えていることを示しています。つまり、誰かが嘘をつき、誰かがその嘘を広めていると考えられます。

4.虚偽の報告者

我々が、犯罪に関していかがわしい情報を作成しているのではないかと、疑念を抱いているのが、東京都立大学法学部教授の前田雅英氏です。前田氏は刑法の専門家として法曹界の間ではよく知られた人物ですが、少年犯罪の凶悪化、及びにその厳罰化を主張していることで、健全育成関係や警察関係にも名前を知られている人物でもあります。
しかし、前田氏の主張する「少年犯罪の深刻化」の根拠は薄弱で、その統計数値の利用法には、専門家とは思えない怪しい点が多々含まれていました。

5.前田氏が掲げる主張の問題点

 ここでは、前田氏の近著である『日本の治安は再生できるか』(ちくま新書)を叩き台にして、同氏の主張の問題点を洗い出すことにします。
 同書は官庁統計を基に外国人犯罪と少年犯罪を特にクローズアップして分析を行っていますが、警察庁等の統計には法執行機関による活動の記録という側面があり、これが犯罪の発生状況をどれほど正確に反映しているかは議論の分かれるところです。けれども、それ以前の問題として、本書のデータ分析には二つの根本的な誤りがあります。
 第一に、犯罪増加の主たる原因が外国人犯罪や少年犯罪であるという主張を裏付けるデータが全く提示されていません。「犯罪全体の増加分のうち何割が外国人や少年による犯罪の増加によるものか」を示すべきなのに、結論と直接関係の無い数値ばかりが挙げられています。
 たとえば、「検挙人員にしめる少年の割合」「少年の検挙人員率」「検挙人員率の成人対少年比」「外国人犯罪の増加率」などがそうで、特に後の三つは部分と全体を混同していると言えます。繰り返しになりますが、「犯罪全体の増加分のうち何割が外国人や少年による犯罪の増加によるものか」という数値が明らかにならなければ、治安悪化の主たる原因が少年犯罪、あるいは外国人による犯罪である、とは言えないのです。他の数字には、ほとんど意味がありません。
 第二の誤りは、検挙人員と検挙件数の混同です。著者は検挙人員の約半数が少年であることを理由に、治安対策における少年犯罪の重要性を強調しています。しかし、犯罪行為と犯罪者の数は区別する必要があります。著者も「成人が犯そうと少年が犯そうと、一件は一件なのである」と書いているように、何割の犯罪被害が少年によるものなのかを論じるためには検挙「件数」の統計を用いなければなりません。
 警察庁の犯罪統計書によると、2002年の検挙件数全体に占める少年事件及び成人・少年共犯事件の割合は約4分の1です。万引きや自転車盗等の軽微な犯罪を除くと15%弱(1980年代半ばには約24%)か、もっと小さくなります。従って、検挙人員を用いたのでは少年犯罪による被害の割合を過剰に見積もる事になります。

用語の説明

少年率とは、検挙人員(14歳以上)に占める少年(14〜19歳)の割合をいう。
少年関係事件率とは、解決件数を除いた検挙件数に占める少年事件及び成人・少年共犯事件(解決事件を除く)の割合を言う

 

さらに、著者は各犯罪類型の認知件数を、成人と少年の検挙人員の割合に従って割り振り、それぞれを合算した数値の人口比を推定犯罪率と称し、それを基に犯罪増加の要因を分析しています。
 しかし、このやり方では、少年5人が犯罪を1件行う方が、成人1人が5件行うよりも認知件数が多いことになってしまいます。
 実際に、検挙人員をベースに計算した少年の推定犯罪率は、少なくとも1980年以降、検挙件数を基にした場合に比べて1.4〜1.9倍も大きな値になります。また、成人・少年別の認知件数を推定して認知件数全体の増加に対する少年の影響力を分析した結果にも重大な差が生じます。

用語の説明

少年率とは、検挙人員(14歳以上)に占める少年(14〜19歳)の割合をいう。
少年関係事件率とは、解決件数を除いた検挙件数に占める少年事件及び成人・少年共犯事件(解決事件を除く)の割合を言う

このように、本書はデータの分析に根本的な誤りがあり、そのため大前提が崩壊しているのです。
 その他、巻末に添付したような問題点が数限りなく存在し、信用するに足りるとはいえない本となっています。
 また、同書は雑誌「諸君!2003年9月号」の書評「今月の新書完全読破」においても、評論家の宮崎哲弥氏から厳しい批判を受けています。そればかりか、前田氏は他の著書においても同様のデータ分析ミスを犯しており、荒木伸怡立教大学教授は「法学セミナー2001年1月号」で同氏の「少年犯罪―統計からみたその実像」を取り上げ、厳しく批判しております(http://www.rikkyo.ne.jp/univ/araki/naraki/gyouseki/mini/maeda.htm)
 この荒木氏をはじめとして、前田氏の論説に疑問を抱いたり、あるいは積極的に批判を加える研究者は少なくありません。しかし、このような批判を浴びているにもかかわらず、前田氏は政府諮問機関等を中心に異常なほど数多くの公的な役職についている他、国会においても再三にわたって参考人として招致されています。
 これまで述べてきたような問題点を抱えた論説を主張している研究者が、数多くの公的役職につき、国政にも影響を及ぼす立場にあるというのは、国民として看過できない重大問題であるとはいえないでしょうか?

2:認知件数の推定

5:参考資料

TOPに戻る