エレベーター
エレベ―タ―に乗ったときのことだ。中にいた女の人が、僕が行先階のボタンを押す前に「閉」のボタンを押すのである。僕は、ほとんど扉が閉まりかけている状態で行先の階のボタンを押したわけである。
ま、こんなことはよくある、といえばそうなのだけれども、あんまり気分のいいものではない。なんだか僕がどこに行こうが関係なく、ただ女の人のペ―スにはまったまま動かされた様なもので、僕の存在は完ぺきに無視されているのだから、ね。
こんなこともある。
僕はエレベ―タ―に入っていった。女の人がいた。僕は自分の行きたい階のボタンを押した。暫くの沈黙があった。ブ―ッ、というブサ―が鳴る直前に女はイライラの限界を感じたかのように、そして、ぶっ叩くように「閉」のボタンを押したのだ。
多分、彼女は「この野郎、なんで早いとこ『閉』のボタンを押さねえんだよォ」って思っていたに違いないって気がしてならなかった。腹立たしげな怒りを込めた叩きかただったもんなあ、あれは。
エレベ―タ―に乗ったら「閉」のボタンを押すのが当り前って思ってる人って割といるみたいで、僕はそういうのって馬鹿みたいって思ってるから、どうもズレを感じてしまっているんだよね。何でそんなに急ぐの？ってね。
昔、何かで読んだか見たかしたんだけれども、「閉」のボタンを押すと、よけいな電力がかかるって知ったもんで、なるたけ押すまいって決めているんだよね、僕は。馬鹿みたいだって思うかもしれないけれど、でも、僕にはちょうどいいって思っているんだ。せわしなく落ち着きのない自分にとって、エレベ―タ―のベルがなるまでの数秒の時間ぐらい待つようなゆとりがあってもいいんじゃないのかなって考えているからなんだ。
だから、基本的に僕はエレべ―タ―の「閉」のボタンは、押さないことに決めている。押した数秒の間に重要なことが決まってしまったり、大切なことが決まってしまったりってことは多分ないはずからだ、って思っているからだ。
それをせっかちに「閉」のボタンを押す連中の気が、はっきりいってわからない。「それで死ぬわけじゃあないだろう…！！！」っていってみたくなっちまうんだよねえ、これが。
くだらんことにこだわってる、っていわれるかもも知れないけど、これって割と意味があるって思うんだよね。急がば回れっていうじゃない、ね。「閉」のボタンを押さないと一生扉が閉まらないっていうわけじゃあない。ちゃあんと一定の時間の後に閉まるようにできてるんだから、焦って閉めるこたあねえさ。そう思う。
そのうち「あいつはわざと扉を閉めずに嫌がらせをしている」なあんていう噂がたって、会社にいられなくなったりして……。ありえないことはない。馬鹿みたいなことだけど
そんなふうに考えるやつっていうのはいるもんだ。気をつけないとヤバイかな、なあんてちょつと日頃の行動を振返ったりして…。