先日、地下鉄日比谷線に乗ったときのことだ。
中年の婦人が座席の端で繕いものをしているのを目撃した。人がたくさんいる車内で針をいじくりまわしているんだぜ。私しゃ怖くなってサッと遠ざかりましたよ。いつなんどき電車が急停車して、さの婦人が座っていながらもよろけて他人の太ももとかに針をブスッと突き刺すのを見たくなんかなかったからね。
それにしても、隣の中年男性はよくも平気で座っていられたもんだと感心する。
私だったら「やめてくれ!」と怒鳴るか、さっさと席を変わるかするけどね。
そういやあ、随分前のことだけど、私にもいっぺんこんなことがあった。
座っている僕の前の年頃三〇っていう感じの女性がやってきて、足元に紙袋を置いたかと思ったら中から編みかけの毛糸と編み棒を取り出して仕事をしはじめたのだ。目の前でしゃかしゃか動く編み棒。その先端がぷすぷすと僕の網膜を突き刺して、恐怖のどん底に突き落とされてしまった。
なに考えてやがるんだ、この女! でしたが、恐怖の金縛りにあって私は怒ることすらできなかった。ただひたすら目をつぶり、伏せていた。そして、時がきて彼女が降りるか私が先に降りるかの持久戦に持ち込んでしまった。
ああいうのは、タイミングを逃すと怒鳴りにくい。
そのうえ本人は悪いことをしているという自覚がないんだろう。いままでだれにも注意されなかったか、注意されても平気でまたぞろ他でやらかす連中だ。
「なんで電車の中で編み物しちゃいけないのよ」
と逆襲されるかも知れない。
どういう教えを受けていままで日常生活をつづけてきたのか知らないが、この世には想像を絶する常識を旗めかせて生きている人種もいるっていうことだ。
くわばらくわばら。