1999年3月31日(火)


■青山墓地-六本木・銀ぶら



●青山墓地の桜は7分咲き

業務上の任務で青山一丁目へ。普段は秩父宮へラグビーのときしか降りない駅。「一栄」でつけ鴨・・・と思ったけど高いので「くろ麦」で、ぶっかけそば。これはこれで、美味しい。外人客がいるのも青山らしい。マッキャン関連かな? 打ち合わせの後、青山墓地へ侵入。雨があがって、清々しい。ここのところ毎日寒い。桜も咲き始めたかと思ったら、毎日10度以下だ。なんか、情けなさそうに咲いている。しかし、花見がてら有名人の墓石探し(掃苔などと呼ぶらしいが)というオバサンウォーカーもたくさんいた。
青山墓地は、中央を十文字に交通量の激しい道が通っているので、浮き世から隔絶された感じというのがないね。整然としているけど、世間が入り込んでいる。雑司ヶ谷の場末感、谷中のゆったりした時間のほうが好きだ。

●墓地下から六本木へ

昔はよく通った道だ。神宮で野球を見たり秩父宮でラグビーを見た後、だらだらと六本木に向かった。墓地下から星条旗ロードに入る。派手な変化はない。空手道場も昔のままだ。新しく建ったビルもほとんどない。でも、店はいくつか変わっている。一番大きな変化は、トンネルが頭上を通っていることだ。10年前は、ちょうど橋梁を工事していた。それが、チューブのように空中を横切っていく。狭い路地に入り込み、公園の横を通る。お、紹興酒の壷が並んでいた中華屋がなくなっている。なんていいつつ、少し広い通りにでる。昔トゥーリアがあったところ。すぐ先が、六本木の本むら庵だ。そう。ここを目指して歩いてきて、升酒で揚げ出し豆腐と磯揚げと鳥わさでだらんとした時間を費やしたっけ。なんて、少し感傷モード。

●銀座はいつも人ばかり

地下鉄で銀座。松坂屋の裏で知人のつれ合いの写真展。その後、gggギャラリー。堀内誠一展。名前は知らなかったけど、ポパイやブルータスのロゴやレイアウトなんかをやった人なんだね。エディトリアルの人の名前は、よく知らない。地図が凄い。手書きの、水彩で描いた地図。文字は細いロットリングで、1文字が2ミリぐらいで書かれている。うーむ。気が違ってしまいそうな緻密さだ。絵本も手がけているし、装幀やイラストも描く。凄いね。芳名帳を見ると、開かれたページに昔の会社の上司で、無能バカデザイナーの名前があった。会社の名前を書いていなかったが、定年になったのか。まだ在職しているのか。どちらにしても世間にバカを振りまかないようにして欲しいものだ。

●年度末の銀行は送金がたいへん

どの銀行もお金を振り込んでいる人がATMを独占しています。私のように単にお金を降ろすだけにしか銀行を使わない人にとっては、とっても迷惑な話です。何度も何度も通帳を入れては出し入れては出し。画面のボタンを押してばかりいる。並んでいるといらいらしてきます。しかしまあ、そういう人たちで社会は構成されているのだから、文句は言うまい。これで、振り込みできなかったら、倒産したり、破産したりしちゃうのかもしれないのだから。

●久しぶりに教文館

銀座に15年勤めた。会社リタイアして6年。近藤書店と教文館にはかなりの金をつぎ込んだ。店員も変わった。店も、変わった。たまにいくと、棚が変わっているので困ってしまう。毎日覗いて書店員よりも詳しくなっても意味ないんだけどね。「活字狂想曲」倉坂鬼一郎と「日本焼肉物語」宮塚利雄、「発掘! あるある大事典 あるある健康チェック!」を買ってしまう。都心の書店に行くと、欲しい本がいっぱいあって困ってしまう。どうせ読めない、と分かっていても買ってしまったりする。困ったものだ。さあ、さっさと地下鉄に乗って帰ろう。



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