手直しと出版



手直しは家で書いた。「震える血脈」の、会社以外で書いた部分だ。ラストの尻つぼみの部分を、派手に書き直した。原稿は30枚分ぐらいになった。で、4月3日に集英社にもっていった。担当者は原稿をぱっはぱっぱと素早いテンポでめくっていく。なんか、目の前で原稿が読まれるというのは嫌なものだ。また注文がついたらやだし。でも、あっさりと了解して貰った。拍子抜けだった。でも、ほっとした。
それもつかの間、夜担当者から電話があって、人物がらみの注文がいくつかつく。いわれてみれば、なるほどという指摘。さすが、プロだ。こうやって本はつくられていくのだな、と納得した。さらに、あとがきと、自己プロフィール、銀行口座を知らせた。これ以後のスケジュールとしては著者校があること。そこでまだ直せること。それ以後は直しが効かないこと。広告の世界でいうと「初稿一発」っていうやつだ。直しが反映された再校でもう一度チェックするのだけれど、それはないらしい。
4月6日の夜に指摘されたところに手直しした原稿をもっていったのだ。担当者は出張中で、コバルト文庫担当の別の編集者に渡した。
選評が載っている挟み込みチラシを手に入れるために、4月15日売りの文庫を1册買ってしまう。中に、4人の選評が載っている。例の女性の作家は「20年前のセンス。題材消化不良」で「文章は零点」だそうだ。なかなか鋭い。事実その通りで、昔の小説ジュニアの感覚で書いていたのだから・・・。他の男性3人は、指摘するべきところは指摘していて、でも、好意的。こういう指摘を受けると、自分で気付かなかった点が見えてきて参考になる。とかく、自分で文章を書く人間というのは、独りよがりになりやすい。間違いとかズレに気付かないものなのだ。 >> なかなか素直な僕。
でも、ほらほら。このチラシを初めて見る応募者諸君。結果はもうすでに、1と月も前に出ているんだよ、と心で優越感に浸っていた。アホだね >> 僕
著者校は、4月29日に出た。担当者が「バイト君にあなたの会社まで届けさせる」といったのだけれど、断わって、会社の空き時間を抜け出して神保町の集英社に取りに行った。組版になったゲラかと思ったら、写植出力したもののゼロックスコピーなので、ちょっと拍子抜けした。
会社に来て貰わなかったのは、会社の人にも、友だちにも、誰にもこんなこと(本を出すということ)はいってないし、恥ずかしかったからだ。そりゃあ、本が10冊くらい出て、それで食べていこうというようなことになるのなら、堂々と発表しても構わないが、たまたまフロックで(というのが後々証明されるわけだが)本が出るだけなんだから。
著者校は、5月6日に戻した。
心は、次のストーリー。何を書こうか、どうしようか。そわそわするだけで、心だけが100メートルくらい先を走っているみたいだった。






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