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東京スコラ・カントールム 第63回 定期・慈善演奏会

賛歌の花束 〜英国王政復古期から近現代へ

社会福祉法人 エリザベス・サンダース・ホームのために

日程:2022年5月27日(金)午後7時開演
会場:川口総合文化センター・リリア 音楽ホール

指揮・アルト:青木 洋也(常任指揮者)
ソプラノ:小林 恵
テノール:町村 彰
バリトン:小池 優介
オルガン:中田 恵子
管弦楽:フィルハーモニーカンマーアンサンブル
合唱:東京スコラ・カントールム

<演奏曲目>

ヘンリー・パーセル(1659-1695)
◆O Sing unto the Lord, Z.44:おお 新しい歌を主に向かって歌え
◆Remember Not, Lord, Our Offences, Z.50:心に留めないでください、主よ、私たちの罪を
◆O Give Thanks unto the Lord, Z.33:おお 主に感謝せよ

エドワード・エルガー(1857-1934)
◆Ave, Maria, Op.2, No.2:アヴェ・マリアの祈り

カール・ジェンキンス(1944-)
◆Cantate Domino:新しい歌を主に向かって歌え

チャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォード(1852-1924)
◆Justorum animae, Op.38-1:正しい人たちの魂は神の手の内にあり

レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958)
◆O Taste and See:おお 味わい、見よ

ハーバート・ノーマン・ハウエルズ(1892-1983)
◆O salutaris Hostia:おお 救いのいけにえ

チャールズ・ウッド(1866-1926)
◆Never Weather-beaten Sail:どんな嵐に打たれた船よりも

ジョージ・フレデリック・ヘンデル(1685-1759)
◆Let Thy Hand Be Strengthened, HWV259:あなたの手は強く
『ジョージ2世の戴冠アンセム』4番


プログラムノート

一、はじめに

二つの願いを柱に、プログラムを組み立てました。①今ここで歌える喜びと感謝を、ステージ上だけでなく、会場の皆さんと共有し、同時に新型コロナ禍の中で災厄に見舞われた、そして今なお困難の中にいる皆さんにも思いを寄せたい。②御聖堂で歌うことは難しくとも、その響きを思い出しつつ、英国教会音楽の多彩な曲たちを花束に見立てて、歌いたい。

英国バロック音楽の輝かしい華、パーセルとヘンデルのアンセムを中心に、英国の近現代教会音楽の多彩な曲たちを、リタジー(典礼/礼拝)を参照しつつ、喜びと感謝→受苦と共感→回復と希望→未来への決意の順に並べました。時代も様式も異なる曲を連ねることに不安はありましたが、今のわたしたちの気持ちを聴いていただきたいと企画しました。

 

二、色とりどりの花たち

1)「おお 新しい歌を主に向かって歌え」Z.44(1688年)、ヘンリー・パーセル(1659~95年)

H. パーセルは、わずか38年の生涯の中で800を超す作品を残しました。当時の英国は、王政から共和制、再び王政へと転換する激動の時代でした。共和制の時代、教会には音楽禁止令が出され、16世紀後半に花開いた英国教会音楽は断絶し、シェイクスピアによって大いなる発展を遂げ、大衆の娯楽となっていた演劇も劇場が閉鎖されるなか、息を潜めました。芸術には冬の時代でした。
1660年に亡命中のチャールズ2世が帰国(プログラム表紙)し、王政復古となりました。パーセルが生まれた一年後のことです。国教会の再興、礼拝音楽の復活、王立礼拝堂音楽隊の再編が進められ、芸術が息を吹き返しました。王政復古は、政治体制の変化を意味する言葉ですが、同時に芸術の復興・再生への号砲でもありました。
演奏会の最初の曲として、この喜びに満ちたパーセルのヴァース・アンセムを選びました。まずは喜びと感謝の気持ちとともに、歌います。

2)「アヴェ・マリアの祈り」Op.2-2(1887年)、エドワード・エルガー(1857~1934年)

E. エルガーは、「威風堂々」、「チェロ協奏曲」、「愛の挨拶」など、日本でも演奏機会の多い作曲家の一人です。「アヴェ・マリアの祈り」は、オルガンと合唱とが親しみのあるメロディーで対話する中、マリアとイエスへの祝福が歌われます。途中よぎる短調の影をきっかけに、祝福の想いは内面へと深く向かって行きます。最後は、平坦な祈祷のようなメロディーで再び噛み締めて終わります。

3)「新しい歌を主に向かって歌え」(2014年)、カール・ジェンキンス(1944年~)

NHKスペシャル『世紀を超えて』のテーマや、村主章枝さんへの楽曲の提供などで、日本でも広く知られるようになったK. ジェンキンスですが、音楽シーンへ登場は、1980 年代のブログレ・ジャズの旗手としてでした。ウェールズで聖歌隊長を務める父の影響を受け、ピアノやオーボエを学び、ロンドンの王立音楽学院で学びます。90年代には、プロデュースした架空の言語で歌う前衛音楽ユニット・アディエマスが世界的にヒットし、日本でも、反戦ミサ「武器をとる人̶平和への道標」(2001年)や、「レクイエム」(2005年)などの演奏機会も増えています。
「新しい歌を主に向かって歌え」で、ジェンキンスは詩篇98番を、土俗的な民俗的なリズムに乗せて、心の底からの叫びとしています。歌が感情の発露・解放であることを思い出させてくれます。

4)「心に留めないでください、主よ、私たちの罪を」Z.50(c.1680~82年)、ヘンリー・パーセル

パーセルの二曲目は合唱のみからなるフル・アンセムです。ルネサンスの濃い影響の中から、特徴的な半音階的進行と和声が顔を出し、年代の違う地層の褶曲面を見ているようです。実は、練習の中では、近現代の曲との類縁性ともに、重層的な憧憬の念を何度も感じました。主に自らの罪の許しを乞うこの曲を、コロナ禍によって亡くなった方、いまなお困難や苦しみのなかにいる方々に寄り添いつつ、歌います。

5)「正しい人たちの魂は神の手の内にあり」Op.38(1905年)、チャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォード(1852~1924年)

アイルランド・ダブリンの出身のCh.V. スタンフォードは、ケンブリッジ大学、ドイツ・ライプツィヒで学び、1880年代には英国音楽界を代表する人物でした。王立音楽大学の創立メンバーの一員として、教授を務め、大勢の弟子を育てました。多くは、師とは異なる方向で成功しましたが、それはむしろ教育者としての力量の現れです。
伝統的な手法に則ったと評されることの多いスタンフォードの教会音楽ですが、彼が学んだ当時のドイツ音楽界の大きな嵐を想起するなら、話はそれほど単純ではないと思います。

6)「おお 味わい、見よ」(1952年)、レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(1872~1958年)

R. ヴォーン・ウィリアムズは、イングランドの南西部グロスタシャーで、教区主管者代理者の父の元、6歳からピアノや作曲の手ほどきを受け、王立音楽大学ではスタンフォードに師事し、多くの作品を残しました。イングランド各地の民謡やキャロルの収集、讃美歌集の編集、パーセルの楽譜編纂も重要な業績です。
この曲からは、英国音楽の大切な要素の一つであるケルトの響き(ティン・ホイッスル?)がします。張り詰めた空気感のなかの柔らかで牧歌的な響き。最後は引き潮のように収まり、わたしたちの時間とは異なる円環的な流れを感じます。この曲はエリザベス2世の戴冠式のために委嘱・演奏され、録音も残されています。

7)「おお 救いのいけにえ」(1933年)、ハーバート・ノーマン・ハウエルズ(1892~1983年)

まず英語讃美歌集(1906年)に収められた讃美歌を、続いてH.N. ハウエルズがFaburden(和声技法)で展開したものを歌います。両者に共通の定旋律は、ドイツ・ライン川沿いの町アンダナッハの聖歌( 1608年)のものです。Faburdenは、中世後期から初期ルネサンスのデュファイらブルゴーニュ学派の作曲家たちが用い、英国に伝播後独自の展開をみました。英国という国の来歴を想起させます。
イングランド南西部のグロスターシャー出身のハウエルズは、王立音楽大学でスタンフォードやウッドに師事し、英国国教会の典礼のために数多くの曲を創作しました。

8)「どんな嵐に打たれた船よりも」(1910年)、チャールズ・ウッド(1866~1926年)

Ch. ウッドは、アイルランドにて教会の聖歌隊でテナーを務める父の元に生まれました。王立音楽大学の一期生として、スタンフォードらに学び、ヴォーン・ウィリアムズやハウエルズを指導しました。詩は、詩人・リュートソングの作曲家として有名なトマス・キャンピオン(1567~1620年)ものです。コロナ禍でも、歌いつづけることを願う今のわたしたちの気持ちに寄り添ってくれる詩と感じ、休憩前の最後の曲としました。

9)「おお 主に感謝せよ」Z.33(1693年)、ヘンリー・パーセル

パーセルの三曲目は、舞曲の要素、フランスやイタリアの香りのするヴァース・アンセムです。詩篇の言葉に身を委ね、ソロや楽器との掛け合いを楽しみ、わずかながら見えてきた希望の光とともに、回復・復活を感じたいと思います。

10)「あなたの手は強く」(1727年)、ジョージ・フレデリック・ヘンデル(1685~1759年)

ドイツの中東部のハレ出身のG.F. ヘンデルは、イタリア滞在の後、ハノーファー選帝侯の宮廷楽長の職を得ますが、居つかず、産業革命前夜のロンドンへ渡り成功を収め、1727 年に英国に帰化します。
ジョージ2世の戴冠式のアンセム集の2曲目「あなたの手は強く」は、突き抜けた明るさと祝祭感に富む曲です。不確定な要因も多い中ではありますが、演奏会を実施できたことを感謝しつつ、今後も合唱活動を続けていく決意を込めて、演奏します。
この曲を王政復古期とするのは、やや無理がありますが、宮廷や王政という枠の中で復活した英国の芸術活動が、その枠を超えて拡がっていく只中の曲として、選曲しました。そこに吹いている風は今回の近現代曲にも、そしてわたしたちにも、届いています。ちなみに、ジョージ2世の戴冠式では、パーセルの「私は嬉しかった、人々がこう言ったとき Z. 19」も演奏されています。次の戴冠式ではどういう音楽が流れるのでしょうか。

 

三、おしまいに

花束にまとめた曲たち、いかがでしたでしょうか? 整えられ束ねられた花束よりも、自然の風と景色の寄植えの方が、ふさわしいかもしれませんね。練習を通じて、英国教会音楽の展開の中に、時代や様式を超えた、伝統への憧憬を見出すことができたのは、何よりの成果でした。

 

主たる参考文献

Mohn, Barbara (2018). "Charles Villiers Stanford / Three Motets op. 38 / for unaccompanied chorus" . Carus-Verlag. pp. 1, 3–4.
Adams, Martin (1995). Henry Purcell, Cambridge University Press
Bruce, Wood (2009). Purcell, ABRSM

(井上 匡子)

 

63th

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