ボウ 鶉文皿 (1752-58年頃)
Bow "Partridge Pattern" Plate Ca.1752-58
この鶉模様は柿右衛門のコピーとして非常に人気の高かったものであり、大陸でも英国でも競って描かれた。英国内では、特にボウの作品が多く、フォークの柄から大皿まで、あらゆる作品に描かれた(ボウ「B19」参照)。現在では「クウェイル・パターン(Quail Pattern)」と呼ばれることが多いが、18世紀当時の名称は「パートリッジ・パターン(Partridge Pattern)」であった。鶉文について一章を割いて詳しく解説している、英国東洋陶磁学会編「宮廷の陶磁器ヨーロッパを魅了した日本の芸術 1650-1750」によれば、欧州で最初にこの図柄を用いたのはオランダのデルフト窯(1720年代あるいは30年代前半)だとされている。
本品の縁取り部分の金彩の小花を伴う赤い唐草文は、ボウの柿右衛門図柄に多用されたものである。(チェルシー「CH1」参照。)大陸も含め他窯では縁取りのない作品も多い。英国内ではウースターの初期作品にこれと同様の縁取りを使用したものもあるが、1760年代後半以降はトルコブルーの縁取りを用いるようになった(ウースター「W45」参照)。
本品の製造年代を特定することは、この図柄が1750年代初めからボウ窯の存続したほぼ全期間に渡って描かれ続けたこともあり難しい。ここでは皿の形状なども参考に、一応ボウ前半の作品としたが、確証はない。
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文献/Literature:
-Chris Girton "The Two Quail Pattern 300 Years of Design on Porcelain"
-英国東洋陶磁学会編「宮廷の陶磁器ヨーロッパを魅了した日本の芸術 1650-1750」第15章(「鶉」文)(執筆担当は、ローレンス・スミス及びアンソニー・デュ・ブーレイ)
*その他、ボウに関する専門書、あるいは18世紀英国磁器に関する専門書の多くで、鶉文の作品が取り上げられている。
(2006年8月更新)