カイキット(米国:スリーピー・ホロウ)
Kykuit(USA: Sleepy Hollow, NY)
ニューヨークのマンハッタンからハドソン川沿いに数十kmほど北上した地域には、いくつかの歴史的邸宅が保存・公開されています。その代表が、ワシントン・アーヴィングの小説『スリーピー・ホロウの伝説』の舞台となった同名の町にある「カイキット(Kykuit)」です。(なお、アーヴィングの家「サニーサイド(Sunnyside)」もこの地域にあり、こちらも公開されています。)カイキットは、この町の小高い丘の上に建つ邸宅(とそれを囲む広い庭園)で、石油で財をなし、ニューヨークの不動産王となり、有名政治家を輩出したロックフェラー家の四世代にわたる「棲み家」だったところです。
カイキットは、建物自体は、米国の他の財閥系邸宅と比べると地味な存在です。ロードアイランド州ニューポートにある「ブレーカーズ(The Breakers)」や「エルムズ(The Elms)」など豪華絢爛たる邸宅と比べると、その「質素さ」に驚くほどです。(ちなみに、ニューポートの邸宅でも、食器類を中心に陶磁器の展示を若干見ることができます。)しかし、そこは美術品収集一族としても知られるロックフェラーのこと、邸宅内の部屋という部屋、壁という壁は美術品で飾りつくされています。特に、母親がニューヨーク近代美術館の創設者の一人で、その影響を大きく受けた三代目(次男):ネルソン・ロックフェラー(NY州知事、米国副大統領も務めた人物)は熱狂的な現代美術の収集家で、この邸宅の地下を現代美術館に、さらに庭園全体を彫刻美術館に仕上げたのは彼です。
陶磁器は、主として二代目:ジョン・D・ロックフェラー・ジュニアが愛好したものです。彼も、1913年にメトロポリタン美術館で開催された中国陶磁器展(J.P.モルガンのコレクションを彼の死後展覧したもの)を見るや、父親に二百万ドルを無心して同コレクションを買い取ったという、やはり尋常ではない収集家です。ちなみに、ロックフェラー家の陶磁器コレクションの一部は、三代目(長男):ジョン・D・ロックフェラー三世が創設した「アジア協会美術館」でも見ることができます。
肝心の陶磁器コレクションの内容についてですが、邸宅に入ると、まず玄関口の両側に唐三彩の馬や人形像が飾られています。続くどの部屋にも、明・清代の壷、皿、人形などが暖炉や机の上に置かれたり壁にかけられていたりします。部屋の奥までは入れないので、間近に見ることができず残念ですが、見事なものです。
また、”The China Room”と名づけられた小部屋があり、ここは部屋全体が陶磁器食器の展示室になっています。コレクションの白眉は、FBB期ウースターの”Stowe Service”と呼ばれるディナー・セットです。このセットは、もともとバッキンガム公爵家(Stoweは邸宅のあった地名)のもので、同家の紋章と豪華な金彩模様でこの時期のウースターを代表する作品の一つです。他には、チェンバレン・ウースターの”Dragon in Compartments”図柄のディナー・セット(チェンバレン・ウースター「CW3」参照。)、スポードの陶器のディナー・セット、中国輸出磁器(いわゆる”Chinese Export”)のディナー・セットなどが、壁面のガラスケースを覆い尽くしています。
さらに、台所に入ると、戸棚の中にティー・セットがずらりと並んでいます。ここにもウースターとスポードがあります。(どうもこの2社がお気に入りだったようです。)個人的に気分がよかったのは、ここにあった両社のカップと同一のものが私のコレクションにもあることです。(ウースター「W51」とスポード「S5」です。)この2つのカップは、ともに米国のディーラーから入手したものですが、もしかしたらロックフェラー・コレクションからのおこぼれだったのかも(多分そんなことはないですが)と想像するだけでも、ちょっとうれしくなります。
ダイニングルームには、暖炉の上に、18世紀マイセン白磁の大きな鳥の像がペアで置かれています。さらにテーブルの上に、マイセン及びボウの磁器人形があります。(これらも遠目でしか見れないのが残念。)
カイキットまでの交通手段は、ニューヨークから車で行くのが一番便利ですが、電車とタクシーを乗り継いでも1時間あれば行けます。ハドソン川のクルーズを利用することもできるようです。見学は、全てガイド付きツアーに参加する形になります。ちなみに、すぐ近くにUnion Church of Pocantico Hillsという、ロックフェラー家ゆかりの小さな教会があるのですが、ここはマティスとシャガールのステンドグラスで有名です。(窓が10か所あるのですが、その全てが両巨匠によるステンドグラスになっています。)夢のように美しい場所ですので、是非あわせてご訪問ください。
(2006年5月執筆)