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国立故宮博物院(台湾:台北)
國立故宮博物院(National Palace Museum)

 
 国立故宮博物院は、台北市の中心部から少し北に外れたところにあります。車を利用する必要がありますが、タクシーが安いのでそれほど不便さは感じません。正面から伸びる参道のような階段の上に建つ、黄色い壁と青い屋根が印象的な堂々たる建物がこの博物館です。もともと北京の故宮(紫禁城。故宮博物院(北京)のページを参照)にあった中国歴代皇帝の文物が台北に渡ってきた経緯については、色々なところで書かれていますのでここでは触れませんが、日本がそこに深く関わっていることを感じると、複雑な感慨を禁じえません。

 この博物館は、2006年の全面改修後しばらくは、時代ごとに各種美術品を混在させて展示する方式が採用されていましたが、現在では以前と同様の、陶磁器、玉器、金属器といった素材ごとに展示を分ける方式に戻されています。陶磁器には2階右手の展示室全てが充てられており、純粋に陶磁器の美しさを時代を追って堪能することができます。ただし、かつては同じスペースを陶磁器の常設展だけで独占していましたので、かなりの広さがありましたが(私は、密かにこの場所を「世界で最も美しい部屋」と呼んでいました)、現在は陶磁器関係の特別展もこの中で開催されるようで、常設展のスケール感は若干損なわれたように思います。

 さて、陶磁器(中国語では「陶瓷」)の展示内容としては、まずは、唐代のふくよかな女性像や唐三彩(故佐藤栄作首相からの寄贈作品もあります)が並んでいます。世界の至宝とも言うべき宋代の作品は展示の白眉であり、汝窯、鈞窯、哥窯、定窯といった北宋の各官窯や、南宋官窯、南宋時代の民窯である龍泉窯などで製造された青磁、白磁作品の数々は、まさに絶品です。皇帝に献上するために作られた作品群には、色や姿形に他を寄せ付けない凛々しさがあり、吸い込まれるように魅入ってしまいます。元代の染付けを中心とした作品は、清楚な美しさに心打たれます。また、明、清の各代の作品群は、器形、絵付けともに、より装飾的かつ洗練された作品が並び圧巻です。

 常設展とは別に、特定の時代・窯の作品だけ集めた特別展も頻繁に開催されています。改修後の再オープン時には、「大観」と題した北宋の絵画、書、図書、そして汝窯作品の特別展が開かれました。中国磁器最高峰の汝窯とは言え、常設展示されているのは数点に過ぎません。それが、この特別展では所蔵する21点が全て展示される(汝窯作品は世界に70点程しか現存しないそうです)とともに、中国、英国、日本から借用した汝窯作品や参考作品まで展覧されて、それは見事の一言でした。また、その何年か前には、鈞窯や明代・成化期の特別展が開催されており、どれも素晴らしいものでした。(これら特別展はカタログも発行されています。)

 本館から少し歩いた別の建物には、追加的な展示スペースと図書館があります。図書館の利用には、原則として利用者登録が必要なようですが、旅行者でも入口で身分証を預ければ入れてもらえます。(パスポートや日本の運転免許証でも大丈夫です。)建物の2階から4階までを占める、かなり広い図書館で、開架式の本棚がずらりと並んでいます。陶磁器に関する外国語文献(主として英語)のセクションに行くと、特に17〜18世紀の輸出中国磁器に関しては、古典的文献から新刊まで、かなり精力的に集められています。日本や韓国の陶磁器に関する文献もかなりの品揃えです。欧州や英国の陶磁器に関しても、それほど数は多くないものの、なかなか渋いラインアップです。Robin Reilly著"Wedgwood"(電話帳のような2分冊の大作。ウェッジウッド文献の決定版として、かつ目玉が飛び出るほど価格が高いことで知られる。)を見つけたときは小躍りしてしまいました。でも手に取ったとたんに「あと10分で閉館です」の館内アナウンス。その他、故宮自らの出版物(収蔵品の各種カタログはもちろん、例えば清朝各皇帝の日々の公務記録なども)や、日本語の文献もかなりあります。また、北京の故宮関連の出版物も広く収蔵されています。

 本館に戻ると、1階には新たにカフェが設置され、地下1階には大きな売店も整備されました。お土産もたくさん並んでいますが、従来から充実している出版物もたくさん並んでいます。この博物館がみずから発行しているカタログや研究書が中心で、豊富に揃っています。あまりたくさんあるせいか、「国立故宮博物院刊行図書目録」なる冊子(なんと日本語版も)まで販売されています。なお、故宮収蔵作品については、NHKが台北と北京の両故宮の特集番組を放映した際に発行された「故宮博物院(全15巻)」の陶磁器の巻(3冊)が日本語による写真解説書として出色です。

 この博物館の収蔵品は工芸品でも書画でも、いずれも中国のみならず世界の宝です。陶磁器に関しても、どれほど言葉を尽くしても称賛しきれないもので、洋の東西を問わず陶磁器にご関心がある方であれば、わざわざ機会を作ってでも、実際に訪問してご覧になることを強くお勧めします。

 最後になりますが、故宮博物院では「南部院區」と称する分館を、台湾南部の嘉義に建設中です。中国美術のみならずアジア全域の美術の展覧・交流の場を目指しているとのことですが、陶磁器の新たな観点からの展示も行われる模様です。(耳寄り情報のページ、2008年4月5日の欄を参照。)



(2007年1月執筆。2008年4月、2009年8月、2011年11月更新)