これまでの「今日のコラム」(2011年 11月分)

11月1日(火) <今日から11月・・・>
今日から11月、霜月。11月の声をきくと急に残り時間が少なくなったような気になる。別に焦ることはないのに山積した"やるべき事項”を思い出してしまう。それにしても毎日気持ちの良い秋晴れが続く。今朝ふと気がつくとテーブルの上に置いていた「壁掛け」が朝日を浴びて面白い影を作っていた。10日ほど前に完成した紹介済みの陶芸作品であるが写真を撮って「今日の表紙」にまた掲載してみた。我が家では朝日が部屋に入り込むのは建物の隙間からほんの短時間に限られる。それも今の時期だけスポット的に差し込むので「陽光」そのものが珍しく貴重だ。今日は朝日と共に夕日も美しかった。西郷山公園(東京・目黒区)からは夕焼けの中に富士山がくっきりと見えた(下の写真)。カリンの果実と並んだスズメの写真も合わせて掲載しよう。これは中目黒公園で撮影した。

 
2011-11-01@西郷山公園&中目黒公園

11月2日(水) <今日は渓谷を散策・・・>
今日は渓谷を散策した。といっても、東京都内の「等々力渓谷」。2日は息子の月命日に当たるので九品仏浄真寺(世田谷区)に墓参にいったついでにやはり世田谷区にある等々力渓谷に寄ったのである。等々力渓谷は用賀辺りから流れている谷沢川が多摩川にそそぐ手前の約1kmの渓谷で遊歩道なども整備されている(案内例=ここ)。直ぐ側の目黒通りとか環状8号道路から渓谷に下りるだけで都会の喧噪を忘れさせてくれる別世界となる。都内では紅葉にはまだ早いが最後の緑色を誇示するような楓(カエデ)の風情もまたいい。
 
2011-11-02(左)九品仏浄真寺にて   (右)等々力渓谷にて

11月3日(木) <僕の音楽作品の根幹を成す”俳句”・・・>
「僕の音楽作品の根幹を成す”俳句”」というレクチャーを聴いた。講師はフランス人のピアニストで作曲家、テイエリ・ユイエ(Thierry Huillet)。今日、開催された「横浜市招待国際ピアノ演奏会」のいわば前座的に行われた「特別レクチャー」(@横浜みなとみらいホール)であった。彼自身が作曲した「ピアノのための7つの俳句」とか「チェロとピアノのための17の俳句」を解説しながらピアノ(&チェロも)を聴かせる。元の俳句は例えば「釣竿の 糸にさはるや 夏の月」(加賀千代女)、「暑苦しく 乱れ心地や 雷を聞く」(正岡子規)、「たんぽぽの わすれ花あり 路の霜」(与謝蕪村)など。これらの内容をイメージして5-7-5の調子なども加味しながら作曲したというが、小品の曲は俳句の精神性が感じられてどれも私の好みと一致するものだった(現代音楽調が好き)。「俳句音楽」ばかり書いてしまったが、本番のピアノ演奏会は世界で活躍する若手ピアニスト4名が数時間にわたって迫力ある演奏を聴かせてくれた。若手演奏者の名前、金子三勇士(日本)、ソン・ヨルム(韓国/この人もすごい)、奥村友美(日本)、アレクサンダー・ムトゥツキン(ロシア・国籍はアメリカか)をしっかりと覚えておこう。
2011-11-03観覧車@横浜みなとみらい

11月4日(金) <プロ野球のチーム名・・・>
プロ野球のチーム名は時代を敏感に反映して面白い。今日は「横浜デイー・エヌ・エー(DeNA)ベイスターズ」誕生が報じられている。TBSホールデイングスが保有していた球団「横浜ベイスターズ」を携帯電話向けゲームサイトMobageを運用するDeNAが買収することが本決まりとなったという。買収した際の140億円を大幅に下回る65億円で球団を売却するTBSは何をやっているかさっぱり分からないが、それはさておき、横浜ベイスターズの前身は大洋ホエールズ。言わずと知れた中部一族が捕鯨などで潤っていた大洋漁業(今はマルハとなった)の全盛時代にはプロ野球の経費など軽いものであったのだろう。今は阪神タイガースがかろうじて残っているが、かつては電鉄会社が華やかだった。阪急ブレーブス、近鉄バファローズ、南海フォークスなど名前だけみても電鉄会社が目白押し。中でも金田が大活躍した当時の国鉄スワローズが懐かしい。国鉄スワローズの「スワローズ」は当時の特急「つばめ」の意味とされるが、球団設立に係わった人(親戚筋)によれば、いくつかの名前候補の中に「コンドルス」があったが「混んどる」列車ではまずいので不採用。その点「スワローズ」は「座ろう」だからいい・・なんていう経緯があった。今のチーム名に「モバゲー」は許さぬと議論になった話をきいて、昔ののどかな名付けエピソードを思い出した次第・・。

11月5日(土) <ロボットに腹を立てる・・・>
ロボットに腹を立てるのはバカげていることぐらい承知している。それでも今日も朝から”しゃべる時計”に怒っているのだから我ながら人間ができていない。冒頭にあえて「ロボット」としたのは、”しゃべる目覚まし時計、「クロックマン」(タカラトミー製/サイト=ここ)のこと。この時計ロボットは通常一度頭を叩くと、時に応じた”会話をする。今叩いてみると”今日はどんな一日だったんだい?おいらに教えておくれよ」、「深まる秋。ふ〜」、「おいら、ハッピーかも」などとしゃべる。2回頭を叩くとその時の時刻をしゃべる。最近は目覚まし時計に頼らず起床するので、クロックマンの目覚まし機能を使わずに7時25分(時刻に特に意味はない)に目覚まし時間を設定して書斎に置きっぱなしだ。いつも私は6時には起きているのでクロックマンが目覚ましのしゃべりをするときには時には一仕事も二仕事も終えている。ところがクロックマンの”朝ですよ・・”の叫びに合わせて応答して頭を叩くと”・・おいらに感謝でしょ・・”とくる。もし頭を叩くタイミングが5分ほど遅れると、何をぼんやりしている、早く起きなければダメと叱られる。7時25分の1分前にクロックマンを叩くと”まだ寝たいよ、ふにゃふにゃ”というくせに、おいらに感謝しろとかご主人様を叱りつけるようにプログラムされたところが気に入らないのである。これからますます増えるであろうしゃべるロボット。万人が納得する”しゃべり”は難しい。

11月6日(日) <雨模様の庭にツワブキの花・・・>
雨模様の庭にツワブキの花が咲いている。「蝶ひとつ とばぬ日陰や 石蕗(つわぶき)の花」(榎本其角)の俳句の通り、確かに日陰の中で鮮やかな黄色が一際目立つ。ツワブキはイシブキとも言うそうだが漢字では「石蕗」。「艶のある葉のフキ(蕗)」から「艶蕗」、これが転じて「つわぶき」となったと解説されているが、キク(菊)科の多年草である割に、葉は蕗とそっくりな大きな葉で艶のある緑色である。このところゆとりがなく庭の植物にほとんど目がいくことがなかった。今日はツワブキ以外にもホトトギス(杜鵑草)にも気がついた。雨の日曜日もいいものである。
「雨ふればふるほどに石蕗の花」(山頭火)
2011-11-06 石蕗@東京・渋谷区

11月7日(月) <「私のいるところ」・・・>
「私のいるところ」というタイトルで絵を描くとしたら何を描くだろう。しばらく考えたが難しいテーマで直ぐにイメージが湧かない。私もよく知っている妻の友人が西銀座で個展を開いているので見に行ったところ、「私のいるところ」のタイトルで200号ほどの大作が3点並んでいたのである(勿論ほかのタイトルでの小中作品もありとてもいい展覧会だった)。彼女は何年にも渡って「私のいるところ」のタイトルで連作を描く。彼女の絵は抽象画で人物や具象は一切ない。今回の「私のいるところ」は強いて云えば3〜4フロアの都会的なビルを思わせる奥行きある空間を風や光が吹き抜けるところだろうか。彼女はどこにいるのだろうかと思いを巡らせる面白さもある。今日発見したことは、これらの200号の絵を3〜4m離れて目を細めて見ると絵の見え方が違ったこと。細部に拘らなくなった瞬間、突如として光が吹き抜ける様が生き生きと見える。余りに大きく違ったので自分の眼力にもいささか自信がなくなったほどであった。いささか飛躍するが、目を開いて普段は一体何をどう見ているのだろう。人は皆真実を見ているとは限らない。こんなことまで思いながら「私のいるところ」を自分で表現するとしたらどうするかを考え続ける・・。
2011-11-07銀座教会と柳
@ソニービルとプランタンの中間(外堀通り/西銀座)に銀座教会がある

11月8日(火) <「5枚歯の髭剃り」・・・>
「5枚歯の髭剃り」を毎朝使用するときの幸せ感は他では味わえない。たかが「髭剃り」であるが男性にとっては毎日の必需品。以前は2枚歯を使っており時々肌を傷めながら(血を出して)こんなものかと特に不満も感じていなかった。初めて5枚歯を使ったのはサンフランシスコのホテルに宿泊した時だ(この夏キャンピングカーでヨセミテ旅行をした帰途)。ホテルに備え付けてあったのが5枚歯の髭剃り(Shick・ハイドロ5)。日本のホテルでは使い捨ての1枚歯の髭剃りが普通なので驚いたがシックがはじめホテルへ安価に提供して替え刃で商売をする魂胆なのだろうと勝手に推測した。果たして使用してみると夢のような切れ味を初体験。軽く肌に接触するだけであっという間に髭剃りは終わる。帰国してからも専ら「5枚歯」を使っているが、私の場合もう二ヶ月以上気持ちよく使用し続けている。シックの思惑通りに替え刃をインターネットで既に購入してあるが、今のところ切れ味にもまだ満足しているので替え刃の出番はない。はじめに無料で使用しなければ「5枚歯」など贅沢で必要ないと見向きもしなかっただろうに、なるほど新しいものはそれだけ価値があると納得する。5枚歯で究極の幸せを味わっているけれども、人はまだその先を考えるのだろうなぁ。

11月9日(水) <ゼンマイの力・・・>
ゼンマイの力を再認識させてくれた番組が最近のテレビでは一番印象に残る。1/6日曜日の夕刻、TBSの「夢の扉+」で紹介された東洋ゼンマイ(株)社長が「用水路(小川)でのゼンマイ式水力発電」を執念で実現させるドキュメンタリー。電子化技術ばかり脚光を浴びる現代におよそ時代遅れにみえるゼンマイが各所で生きているのも面白い。掃除機のコード巻き取り装置にゼンマイが使用されていることは承知していたが、電車の車両間をつなぐドアが開いた後自動で閉まる装置、介護施設などで見かける10cmほど引き戸を開けると力なしに引き戸が全部開く装置、また洗濯機のタイマー、カードホルダー、車のシートベルト、音声ガイド装置に至るまでゼンマイが使用されていることを初めて知った。そしてゼンマイを使って発電装置を作ろうという発想がまたすごい。実際に小さな用水路の流れを使ってゼンマイを巻き50Wの発電をする装置を創り上げた<二つのゼンマイを併用し一方が発電する時間に一方はゼンマイを巻くことにより連続して電気が供給できる>!!ゼンマイを使った歴史的名品「チョロQ」をまた買ってみたくなった。

11月10日(木) <顔見世大歌舞伎・・・>
顔見世大歌舞伎<「歌舞伎十八番・外郎売(ういろううり)」、「京鹿子娘道成寺」、「髪結新三」の三演目、@新橋演舞場・夜の部>を見て今家に帰ってきた。出演は(尾上)松緑、菊之助、菊五郎、三津五郎など。歌舞伎も芸や人情の機微を表現するうまさ、口上の名調子を素直に楽しめる場合はいいとして、例えば河竹黙阿弥作の「髪結新三」などストーリーの根幹はいわばヤクザの源流というところが気になる。以前にもあったが大部分の観客であるおばさんたちが見得を切る極悪人(役者)に大拍手するのに違和感を覚えた。歌舞伎の夜の部が終わったのが夜9時過ぎ。今日は朝9時から午前中はテニス。午後は陶芸教室と休みなく動いた。いまは心地よい疲労。今晩はよく眠れそうだ。

11月11日(金) <2011-11-11と1が六つ・・・>
2011-11-11と1が六つ並んだ日であるが世の中特に変わりはしない。東京アメリカンクラブ(港区麻布台)で開催されている知人の陶芸展覧会にいった帰りに直ぐ側の東京タワーまでのぞいてきた。スカイツリー人気に押されて主役の座を降ろされた感のある東京タワーはいま見ても最高の立地条件にある。東京タワーを中心にして1.1kmの円を描くとすると、円の中に入る大使館はロシア、アフガニスタン、キューバ、フィジー、チリ、オーストラリア、イタリア、シンガポール、サウジアラビア、オランダ、スエーデン、スペイン、アメリカ合衆国などきりがない(赤坂のアメリカ大使館が丁度1.1kmほどの距離)。これから東京タワーがどのように活用されるのかよく知らないが、電波塔としての役割以外に立地を活かした使い方がまだまだ考えられそうだ。スカイツリー完成後の東京タワーにも注目したい。
2011-11-11
薔薇&雨の東京タワー
11月12日(土) <「老害」・・・>
「老害」という文字を最近見る機会が少なくなったのはマスコミが老人たちに必要以上に遠慮しているのだろうか。老害は差別用語でもなんでもない。老人に警告する必要な言葉である。「老害」が浮かんだのは(言うまでもなく?)昨日のプロ野球・読売巨人軍清武球団代表の記者会見。61歳になる大巨人軍の球団代表が涙ながらに訴えたのは読売グループのドン、渡辺恒雄会長の横暴、チームの私物化だった。ナベツネこと渡辺恒雄さんは85歳で現役の超ワンマン経営者。まさに「老害」という場合にはじめに名前があがる人物である。組織の権力を一旦独裁的に握ってしまうと自ら引退し若返りができなくなる典型的な老害。独裁者は決して自分のマイナス面をみない。たとえボケが始まろうが判断力が鈍ろうが・・。退き際が清ければ名経営者で名を残したところナベツネさんもはや大老害経営者の名しかなくなってしまった。可哀相なのはマスメデイアの立場で身内のことは何も言えない読売グループの人たちだろう・・。

11月13日(日) <夕焼けをみると「夕焼け小焼け」・・・>
夕焼けをみると「夕焼け小焼け」の歌のメロデイーが浮かぶ。「夕焼小焼で 日が暮れて 山のお寺の 鐘がなる お手々つないで皆かえろ 烏と一緒に 帰りましょう」。余りに有名な童謡であると同時に私にとっては歌詞同様の原体験がある。田舎育ちの私にとってカラスがねぐらに帰るのと合わせて遊びくたびれて友と家に向かう子供時代が懐かしい。「夕焼け小焼け」は中村雨紅、大正8年(1919年)の作詞であるというから92年前。草川信の作曲が大正12年(1923年)。時代を超えた存在感のある童謡を今日の夕刻、東京の西郷山公園の夕焼けを見ながら口ずさんでいた。夕焼け小焼けのメロデイーは日本中の多くの自治体で夕刻に帰宅を促すメロディーとして使用されているようだ。けれども私が知っている例では音符を並べただけの電子メロデイーで原曲がかわいそう。同じことがインターネットで紹介されている「夕焼け小焼け」についても言える。数あるインターネットのサイトで、ようやく見つけた歌詞付きの「夕焼け小焼け」の歌=ここ<視聴でなく絵の部分をクリック>。

2011-11-13@西郷山公園(東京・目黒区)

11月14日(月) <「mieuへの絵手紙・空気1」(水彩)・・・>
「mieuへの絵手紙・空気1」(水彩)を今日の作品として表紙に掲載した。この一週間ほどは毎日陶芸教室へ通い作陶に励んでいる。いつも同じことであるが気合いを入れて一日を過ごした日に「今日の作品」としてアウトプットがでるとは限らない。今日、月曜日は陶芸教室は休みなので久しぶりに「mieuへの絵手紙」を描いたのである。ニューヨークに住む孫娘mieuへの絵手紙は番号を付け始めてから今日の絵手紙で84番目になる。絵手紙のペースとしては2〜3日に一通は描くことはできるので本来はもっと枚数を増やしたいところ。1000通の絵手紙などは世間では珍しくないのだから・・。最近の絵手紙をみると手抜きをしないようにとの現れか少々細かすぎる感がある。今回はあえてあっさり系を狙った。mieuのブログを見ると(=下の特別リンク)”超伝導”の話題がでてきて私の趣味と同じであるのがうれしい・・。


11月15日(火) <「横浜再発見探検クルーズ」・・・>
「横浜再発見探検クルーズ」というクルージングを楽しんだ。横浜港のクルージングにはディナーやランチ付きのクルーズから工場夜景を見学するクルーズ(これが人気で予約満杯とか)まで色々な種類がある(サイト=ここ)。今日行ったクルーズは産業編の探検クルーズと称するコースで”日本の物流を支え続ける横浜港を海から見学する”とある。船舶の荷役に携わるガントリークレーン(gantrycrane/船舶貨物の荷役専門のクレーン)を直ぐ側で見学できるのが一つのウリ。ガントリークレーンが立ち並ぶビュースポットを航行したり実際に巨大なクレーンが稼働いる貨物船の脇を通って荷役作業を間近に見ることもできた。ガントリークレーンに限らず実は私はクレーンを見るのが大好き。必要な機能だけを厳選したシンプルな構造はどれも美しい。昼前45分のクルージングの後、午後には妻も私も東京でそれぞれ平常の仕事に従事、しかも今回はグルーポンでクルージング料金は超格安(グルーポンはその後なくなっているようだ)。一日が二倍に使えたようなお得感であった。
 
2011-11-15@横浜港クルージング

11月16日(水) <「コリウス」・・・>
「コリウス」を「今日の写真」として下に掲載した。中目黒公園(東京・目黒区)で撮影したもの。コリウスは葉が美しい観葉植物。シソ科であるので金襴紫蘇(きんらんじそ)などとも呼ばれるようであるが、とにかく種類が多い。この公園でも色々な葉模様のコリウスが植えられているのでどれを写真に撮るか迷った。コリウスを見ると葉の色や模様、形状が不思議でならない。同じ葉の中に色を変えたり複雑な模様を作る必然性について、どこかに説明がないか調べてみても見つからない。植物でも動物でも自然界のあらゆる形状や色にはそうあるべき理由がある。解説が見当たらないので、こちらで勝手に理由を付けるとすれば例えば葉が飛来する虫に食べられないように一見葉ではなく天敵に見せるとか、虫の食欲をそそらない外観にカモフラージュするなど・・。葉を見ながらこんな理由を推測する楽しみはある。コリウスはシソ科であっても青紫蘇(あおじそ)のように葉を刺身のつまや天ぷらにして食することはできない。食用にならなくても、葉の不思議さ、美しさを堪能できる観葉植物であることは間違いない。
2011-11-16コリウス@中目黒公園

11月17日(木) <この時期、一陣の風が吹くと・・・>
この時期、一陣の風が吹くと道路掃除ができてしまう。それでも吹きだまりには落ち葉が積もっているし、掃除は無駄ではない。毎朝食事前に近所の道路掃除をしていると季節や天候そして曜日によって道路に散乱するゴミが変わる様相が見えて、それも面白い。はじめはタバコの吸い殻を掃除することから始めた。家の近所は結構人通りが多く、少しの吸い殻が放置されているとどんどん吸い殻が増えていく。吸い殻ゼロの時間を作れば次に捨て難いという「破れ窓理論」(=ここ)の応用編を試みたのである。根気よく吸い殻拾いを続けた結果、以前は毎日20〜30本もあったポイ捨てタバコが減ったのは間違いない。今の時期は落ち葉が主役。これは自然現象で落ちるものは落ちる。けれどもある範囲(日が経つに連れて掃除範囲が広がってしまうが)落ち葉や他のゴミを清掃すると、その先の道路も誰かが更に美しく掃除することに気がつく。このような連鎖が東京中、日本中で行われている。外国の例を正確には知らないけれども先進国と言われる国でも道路掃除は自治体任せで住民が手をだすことはないようだ(公の道路を掃除すると公の財産を盗むことになるという思想かなぁ??)。とにかくも”自治体が許可した者にだけ道路掃除を許す”なんていうことにはして欲しくない・・。
11月18日(金) <クリスマス用に・・・>
”クリスマス用によさそうですね・・”。陶芸教室で制作している部品が形を見せてきた際にこんな思わぬコメントをいただいた。そうか丁度これが完成するのはクリスマス頃かもしれない。久しぶりに大物陶芸に取り組んでいるが組み合わせ作品なので個々の部品はそれほど大きくはない。陶芸ではこれからの素焼き〜本焼成の工程で何が発生するか予断を許さないので余り浮かれた調子のことは言えないのは百も承知だが、今日、主な4個の粘土部材を並べて写真を撮り表紙に掲載した。「今日の作品」ではなく”今日現在の制作途中作品”である。今は粘土を乾燥中。変形を極力少なくするためゆっくりと乾燥するようにしている。また変形を抑える工夫もしているがとにかく最後の焼成が終わらなければ出来映えは分からない。焼成ができた後に、ピラミッド型に組み合わせて内部にまた色々仕掛けを付け加える予定だ。クリスマスには焼成の結果を見たい・・。


11月19日(土) <強い雨の中・・・>
強い雨の中、知人の陶芸作品展を見に行った。作者は私の娘よりず〜と若い年代の女の子だが陶芸を始めたとき初心者コースで一緒に学んだ縁がある。その後、彼女は研鑽を積み教室の助手をした後、陶芸作家としての道を歩んでいる。いくつかの受賞歴もあり、2〜3年間常滑(愛知県西部、常滑焼の地元)に住んで修行を重ねて今年また関東(東京・神奈川)に戻ってきた。そんな彼女が「私の個展を”完璧に”見に来てくれる」と言って喜んでくれた。実際、彼女の個展があると”万難を排して”見に行っている。何か娘の活躍を応援するような気持ちかも知れない。作品からは人真似でなく自分の世界を確実に保持しながら一方で新たな進化を遂げているのがよく分かった。そんな彼女のパワーに接すると、こちらにも元気のエネルギーが湧き上がる・・。
「今日の写真」は帰途に撮影した「雨の恵比寿公園」 。
201-11-19@恵比寿公園(東京・渋谷区)

11月20日(日) <犬のいなくなった生活・・・>
犬のいなくなった生活になってから2年が経過した。母親犬アンが亡くなったのが2001年、そして子供のアールが亡くなったのは2009年だ。コーギー犬親子がいる頃には2匹を連れて毎日早朝に散歩をした。犬がいなくなってからは早朝の散歩がなくなったので近所の裏通りや細道を通る機会がほとんどなくなってしまった。今日は東京ではこの季節としては異常な20℃を越す陽気。この暖かさにつられて特別の用事はなかったけれども犬と一緒によく通った懐かしい場所にいって写真を撮った。下の写真(左)は代官山・ヒルサイドテラスの枝垂れ桜の場所。桜の紅葉もまた美しい。桜の時節には犬たちを根元に座らせてよく写真を撮ったものだ。(右)の写真は猿楽神社。犬たちを連れて毎朝この神社にお参りしてから更に散歩を続けたことを思い出す。この神社は猿楽塚という小高い塚の上に建てられたものであるが塚はいつも緑に囲われたすばらしい空間だ。この塚を”開発"しないで残していることに感謝!

2011-11-20@ヒルサイドテラス(東京・代官山)近辺

11月21日(月) <小平霊園に墓参・・・>
小平霊園に墓参の後、親戚の集まりに出席した。小平霊園(東村山市にある都立の霊園)には妻の実家の墓がある。広大な霊園で芝生墓地もあり昔は子供と一緒に芝生の上で紙飛行機を飛ばして遊んだ思い出もある。今日、お墓の前に行くと葉の一部だけが真っ赤に色づいた植物があった(下の写真右)。人工的にシールなどを貼りつけたとも思えないし、葉が折れ曲がった兆候もない。紅葉のメカニズムは赤い色素アントシアニンができるためで、アントシアニンが合成されるには光と温度の条件が微妙に絡むのは理解できるがこれほどくっきりと境界が出るものだろうか。紅葉した葉一枚でも見ていると不思議だらけである。この植物、ナンテン(南天)の一種だと思うのだが実は未だ緑。真っ赤な実を付けないと南天でない・・。
明日から小旅行のため2〜3日コラム休みます。
 
2011-11-21@小平霊園(東京・東村山市)

11月24日(木) <山形での演奏会・・・>
山形での演奏会に東京から出かけるのは「須田真美子ピアノリサイタル」に限られるかも知れない。今回、22日夜の演奏会(@山形テルサホール)に行き、終わってみると次回また須田真美子さんのピアノを聴きにいきたいと思う。演奏を聴きながら以前ローマで「MamikoSUDA」のピアノを聴いたことを思い出した。バチカンの側にある演奏会場に苦労の末たどり着いて聞いたピアノは格別であった・・。須田真美子さんのピアノで私は音色の豊富さや弱音の美しさに毎回感動する。須田真美子さんは若い頃から現在まで親交があるというアファナシエフ(多才な世界有数のピアニスト)ほど強烈な個性を前面に出すことはないがいつも音楽の爽やかさ、楽しさ、美しさを満喫させてくれる。・・東京から地方都市に来て感じるのは地方の文化の高さである。地球上のどこにも中心はない。アファナシエフが極東の小さな島国、日本に来て日本文化の虜(とりこ)になるのと同じく、日本の各地で独特の文化に圧倒される。須田真美子さんにとって山形もローマもパリも差異がない舞台であるのがよく分かる。
 
2011-11-24写真は22日撮影@山寺・立石寺/(山形市)

11月25日(金) <昨日は福島から・・・>
昨日は福島から東京に戻ってきた。大震災後福島に行ったのは初めてだが、震災の被害が甚大だった「浜通り」には行っていないので、とても被災地を見たなどとは言えない。福島県は東から「浜通り」、「中通り」、「会津」の3地域に分けられる(地元のテレビでも天気予報など全てこの分類)。太平洋に面する沿岸地域である「浜通り」は相馬市、いわき市、双葉町、富岡町など、地震による津波と原発がらみの大被災地となった。「中通り」は福島市や郡山市などがある中央の地域で東北自動車道はこの地域を貫いている。西側の「会津」地域は会津若松市、喜多方市などを含み猪苗代湖や磐梯高原があるところ。今回の小旅行で「中通り」を自動車で通り「会津」に宿泊したけれども「福島」の役に立ったとは言い難い。妻も私も放射能やら風評は全く気にしないので、次に機会があればわずかでもいいから被災地を応援できるような旅行をしようと話している・・。
2011-11-25/撮影は23日@五色沼<裏磐梯地方>

11月26日(土) <気がつけば一週間足らずで師走・・・>
気がつけば一週間足らずで師走。年賀状を考えなければならない。私の場合先ずは図柄を考え、絵を描くところから始まる。来年は辰年か・・。私は早生まれで巳年だが同学年の仲間はほとんど辰年生まれだ。賀状の構想を練ろうと始めてみると、辰年の龍・竜は想像上の動物であるのでなかなか難しい。これまで干支の絵を描くときに該当する動物の名作を模写して賀状とすることがあったが(今年の兎もそう=ここ)やはりオリジナルの図案にしなければならないと自分に言い聞かせている。一生懸命に”模写”してみても今は原版をコピーして貼りつける手法が簡単に使えるので”描いた”とは認知していただけないことが多いから・・。それと今回は賀状を作る段になって大震災から一年足らずで”おめでとう”を連発していいものか迷うところがある。あらためて賀状を出せるのは身内に不幸がなく恵まれた状況だと思う。賀状を作成できることを感謝である。
2011-11-26皇帝ダリア@中目黒公園(東京・目黒区)

11月27日(日) <石灯籠・・・>
石灯籠は東京でも至る所で見ることができる。武家屋敷の日本庭園が公園として保存されている箇所とか明治以降でもお金持ちの屋敷跡が残っている場所には必ずと言っていいほど石灯籠がある。思いつくままに石灯籠の数の多い庭園を持つ美術館を挙げると五島美術館(東急を創設した五島慶太のコレクション、世田谷区上野毛/今現在は改築中、庭だけの見学会あり)や根津美術館(東武鉄道根津嘉一郎のコレクション、港区南青山)など。今日は気分転換に近所の旧朝倉邸(渋谷区猿楽町、住宅が数少ない大正期の和風木造建築<重要文化財>)に行き、庭で石灯籠の写真を撮った(この旧朝倉邸は60歳以上無料で見学させてくれるのでありがたい)。この庭にも先に挙げた美術館の石灯籠の数ほどではないが10基以上は石灯籠がある。石灯籠の代表的な形は神社仏閣で多く見られるような「春日型」。てっぺんに玉葱状の”宝珠”をいただきその下に笠(屋根の部分)、灯火が入る火袋、中台、竿、基礎と続くタイプである。これに対して長い柱の竿や中台がない雪見型とか灯台を模した岬型など変形型がいろいろある。私は春日型などの標準タイプより個性のある自由な型の方が好きである。注文者の意図か制作者のオリジナリテイか知らないが石灯籠にも独特の主張があって面白い。
2011-11-27@旧朝倉邸庭

11月28日(月) <今年、都内の紅葉・・・>
今年、都内の紅葉は遅く色も冴えない。テニスのスタート前に神宮外苑のイチョウ並木を見に行ったところ何とまだ半分は緑が残っている(下の写真)。去年の11月27日に撮影した同じ神宮外苑のイチョウ並木の真っ黄色(=ここの11/27記事写真)とはえらい違いだ。もっとも今日も気温は14℃。厳しい冷え込みがなければイチョウの緑も引退しようがないか。実は紅葉の美しい時期に都内の庭園巡りをしようと思っているのだが、なかなか機会が訪れない。今年はクリスマスと紅葉の見頃が一緒になることもありそうだ。クリスマスのポインセチアの代わりに真っ赤なカエデなんて案外いいかも知れない。
2011-11-28am8:25@神宮外苑(東京)

11月29日(火) <過去の作品・・・>
過去の作品をそのまま残すことが耐え難くなることがある。名人気質でも何でもない。その時の余裕度、健康状態、心理状態などが微妙に絡み合って突如として以前に描いた絵を加筆したくなるなるのである。今日がその日に当たり、このホームページに掲載している小品の絵を一部入れ替えた。こんなことは今までにない。見直して気に入らない作品でもできの悪い子ほど可愛いと言う具合に描き終えた作品に手を加えることはやらない流儀であった。さらに加筆をしてもベターになるか否かは分からないと言う信念もあった。西欧の有名な画家が一旦完成させた絵に動物を書き加えた例などみると、どちらが良いかは好み次第と思うことが多い。ルオーであったか、絵をお客に引き渡した後でも加筆したいと納入先に押しかけたとの逸話もあるように、どこで筆を置くかは思い切りしかない。それほどの大家とは無縁であるけれども今日は今年5月にCDケースに描いた作品に手を加えたのである(考えてみるとプラスチックのケースに描いた絵が全て許せない)。以前の作品との比較はできないが加筆改訂版は=ここ=CDcase-paint02(2枚)、CDcase-paint03。
表紙には「mieuへの絵手紙・空気2(水彩)」を掲載した。このような絵手紙は直ぐに手元を離れるのでかえって気が楽だ。


11月30日(水) <久々に妻と智美術館・・・>
久々に妻と智美術館に行った。正式には菊池寛実記念智美術館という。東京の中心地、港区虎ノ門、ホテルオークラに隣接する贅沢な美術館である。今は「胸中の山水=細川護煕、油彩と書、茶陶の世界」を開催中(2012-1/9まで、案内=ここ)。元首相である細川さんの見事な引退後の生活について以前触れたことがあるが、本格的な陶芸修行の成果を見せた陶芸の展覧会には何度か足を運んだことがある。今回は従来の陶芸や書と共に、初めて油彩の作品がまとめて展示された。絵画は古今東西あらゆるジャンルの膨大な作品に接する機会が多いので、その中で作者が主張したいところを独自に表現するのは尋常の難しさでない。「胸中の山水」の絵画はさすがに細川さんらしい油絵ではあったが私の趣味では絵画よりやはり書や陶芸の方に独特のインパクトが感じられた。今回の展覧会では陶芸作品として茶碗や花入の他に「陶仏」が多く見られた(7点)。信楽の粗い土で焼き上げた陶仏は一見野辺で長年風雨にさらされて朽ちそうになった「石仏」のように見える。余りに良くできているので今日はそこがひっかかった。そこまで石仏さんと似させることはあるのだろうか。そうかといってツルツルした釉薬で仕上げても見られない。自分では仏さんだけには挑む勇気はないと思った。

2011-11-30@智美術館
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