これまでの「今日のコラム」(2013年 02月分)

2月1日(金) <自分の目では自分が・・・>
自分の目では自分が見えない。鏡に映せば見えるとしても特別に意識をしない限り目に映るのは他人だけ。面白いことに目の前にあるものでも自分のものは他と違って勝手に歪めて見るか無意識で見なくなるようだ。私は早朝の道路掃除や共同庭の掃除からはじまり居間でも台所でも掃除をすることは嫌いではない。綺麗にすることに労力は惜しまない・・つもり。ところが自分の部屋を見ると凄まじいまでにゴチャン、ゴチャン。よく平気で生活していると思うほどに雑然としている。狭い部屋には工作途中の部品やら工作道具、4kgの鉄アレイ(2個)、書類や書籍、何十本もの筆記用具などがあふれかえっている。今日はそんな中でイーゼルに引っかかっている「縫いぐるみ」が目について、その周辺を掃除した。イーゼル(画架)はもう何年間も使っていない。「縫いぐるみ」と書いたのは大型のハードディスクをカバーするもので、息子の形見でもある。この「縫いぐるみ」(下の写真)がとても可愛く見え始めたとたんに、イーゼルの周辺をもっと美しくしようと整頓し掃除をするから人間動機付けが必要だ。孫娘でも部屋に遊びに来るとなるとあっという間に部屋全体が片付くに違いないが・・。
2013-02-01

2月2日(土) <立春を目前にして南から暖かい風が・・・>
立春を目前にして南から暖かい風が日本列島に吹き込み東京の気温は今日の午後20℃近くまで上がった。そんな中、2日は息子の月命日なので墓参。毎月九品仏浄真寺(東京・世田谷区)に墓参りするとその季節にしか味わえない境内の自然に接することができるので墓参は欠かすことのできない楽しみでもある。今日は以前作業中であった仁王門の屋根の葺き替え工事が終わり銅製の新しい屋根となった仁王門を見ることができた(写真下左)。本堂の対面にある阿弥陀堂もこの日公開されており阿弥陀さまに拝顔することもできた。下の写真(右)は「上品上生(じょうぼんじょうしょう)」の阿弥陀仏。九品仏というお寺であるので上品(じょうぼん)、中品(ちゅうぼん)、下品(げぼん)の三つの阿弥陀堂の中にそれぞれ3体(合計9体)の阿弥陀如来像が安置されている。何度も来ているので覚えてしまったが、9体それぞれの仏像の印相(両手のジェスチャー)が異なっている。「上品」では手の位置がおへその前、「上生」では親指と人差し指で輪をつくる<掲載した写真では少々分かり難い>。なぜ浄土を9の等級に分けるのかなど仏教の奥深いところにはこの際触れない。静かな環境で気持ちが落ち着くお墓参りをできるだけで有り難いと思う
 
2013-02-02 @九品仏・浄真寺にて(=ここ

2月3日(日) <今日は節分・・・>
今日は節分。我が家ではもう豆まきをすることはないが、たまたま今日はピーナッツをおやつで食べた。豆まきの日に自分の年の数より一つ多く豆を食べると身体が丈夫になるというのは子供向けの話で、私など年の数だけ豆を食べると体を壊してしまうので勿論数はほどほどにする。明日はもう立春なので梅の様子を見ようと久しぶりに梅の木のある西郷山公園(東京・目黒区)に行ってみた。確かに梅の蕾は少し膨らみはじめている(下の写真左)。春は間近だ。つづけて公園から目黒川方面へ下り川沿いを歩いていると田楽橋近辺でまた「アオサギ(蒼鷺)」に出会った(下の写真右)。このアオサギは先月1/13日のコラムの写真(=ここ)に掲載したアオザギ同じと思われるが、カルガモに混じっていつも一羽だけがほぼ同じ場所に留まっている。今日、掲載したアオサギの写真も川に中にいたアオサギ(左側)が場所を移動して陸上に上がったところ(右側)を撮影したもので同じアオサギである。カルガモは多くが群れを作って泳いだり餌を獲っているのにアオザギだけが一羽、単独でいるのは何か淋しげにみえる。春になると相棒を見つけられるのだろうか。
 
2013-02-03 左=西郷山公園の梅  右=目黒川のアオサギ

2月4日(月) <立春の 朝は道路の・・・>
「立春の 朝は道路の 豆掃除」(TH)。早朝に近所の道路掃除を始めると今日に限って普段は見かけない豆粒が目立つ。昨日の節分で”鬼は外”と豆を外に投げたものだろうか。コンクリートの道路上では豆もゴミとなるので掃除した。・・月曜日はテニスの日。今日のテニスでは記録的な惨敗をした。しかもパートナーのせいではなく主に自分の責任で・・。たまには負けた方がよいと慰める術(すべ)を今は十分に持ち合わせている。「勝つことばかり知りて、負けることを知らざれば、害その身に至る」(家康公遺訓の一部)。そう思うと負けることは無駄にはならないばかりでなく、「いいこと」をしたような気になるから面白い。勝った相手がとてもいい気持ちになるとすれば、自分が負ければ相手が喜ぶ勝負事には”相手を喜ばすチャンス”がある。負けることを屈辱と感じなければ負けることが他者を喜ばす「善行」となる。世の中には私のテニスと同様に勝敗はどうでもよいと割り切れることは数多い。勝敗にとらわれないだけでなく、「負けるが勝ち」のことわざとなると、更にその深い意味をも考えさせられる。”惨敗”の経験も悪くはない。
2月5日(火) <東京タワーはどっこい生きている・・・>
東京タワーはどっこい生きている。・・今日、自転車で東京タワーまで行っての感想だ。最近は少々の距離があっても自転車を利用する。今日も港区での用事に自転車を使い、そのついでに東京タワーまで足を伸ばしてみた。自転車で東京タワーまで行ったのは初体験だ。東京スカイツリーの華々しいデビューの影で東京タワーは老残をさらしているかと思いきや、とても元気。今のお年寄りが老いてますます盛んであるのと同じように東京タワーさんがむしろ若々しく見えた。実際にこの2月にも富士山の夕日を眺める催しや各種のイベントなども予定されているようだ(=ここ)。下に掲載した写真(左)は細い登り坂(東京タワー下より)の先にみえるタワー、(右)はその先にある「とうふ屋うかい」という料亭を前景とした風景。この豆腐屋さんは東京タワーの直ぐ隣りに2000坪の敷地を持つ大料亭であることを今回はじめて知った(とうふ屋うかいHP=ここ)。自転車による東京タワー初体験でなければ、このような大料亭の前に行くこともなかっただろう。
表紙には「今日の作品」として
「正六角形No.15=32面体素材= 」<陶芸>を掲載した。15枚目の正六角形板が焼成完了していたので今日陶芸教室から持ち帰ったもの。

2013-02-05

2月6日(水) <コンピュータによる申告手続き・・・>
コンピュータによる申告手続きの面倒さに辟易(へきえき)した一日。この時期、e-taxといって納税をコンピューターで電子申告する。もう3〜4年やっているので慣れていてもよさそうだが、そうはいかない。先ずは去年までは問題なく使用できたMacのOSが今年は使えないことが判明。急遽、そのためにOSをバージョンアップ。電子証明書は有効期限が3年なので今年は改めて取得して登録し直さなければならない。そうかと思うと「申告書作成コーナー」では2月4日付けで「MacOSをご利用の方へ重要なお知らせ」が掲示されている。Javaのセキュリティアップグレードを行わなければエラーメッセージが出るという話。万事この調子で、昨年は問題なく通過した「利用者識別番号」やら「暗証番号」を使ってもなかなか先へ進めない始末。同じコンピュータを使って昨年と同じことをしようとしても受け付けてくれないのは大きなストレスとなる。我慢、ガマンで提出書類の作成作業はまだ続く・・。

2月7日(木) <春もやや けしきととのう・・・>
「春もやや けしきととのう 月と梅」(芭蕉)。三寒四温でまだこれから寒くなることのある今の時期にしては早めの俳句を冒頭にだした。今日現在の「月」はほとんど新月に近く次の満月は今月26日だから、梅に月まで加わってようやく春の気配がととのうことを詠んだ芭蕉の句はやはり2月の末頃の句であろう。けれども今年は少しでも早く梅がほころぶ春の兆しを見たい心境である。世の中には問題山積してどうなるか分からないことも多々あるが全て時が解決してくれる。どんなに寒い冬であってもやがて梅が咲き春は確実に訪れると思いながら・・。梅のほころび具合を見たくて梅の木のある公園に行ってみると4日前よりも更に蕾が膨らんでいるように見えた(写真下左)。公園の一角で乙女椿(おとめつばき)の花が咲いているのを見つけて、これも写真に撮った。梅とか椿とか何でもない自然から大いなるエネルギーを享受できるのがうれしい・・。
 
2013-02-07 @西郷山公園(東京・目黒区)

2月8日(金) <また逢えた山茶花も・・・>
「また逢えた山茶花(さざんか)も咲いている」、「こんなにうまい水があふれている」(山頭火の俳句)。種田山頭火(1882〜1940)は五七五の定型に縛られず季題にもとらわれない「自由律俳句」を貫いた代表格とされるが、58年の生涯に詠んだ膨大な数の句には今見てもハッとする作品が多い。私は芭蕉、蕪村、一茶といった昔の正統派俳人の句集をもっているのでコラムにも引用することがあるが、山頭火のような”型破り”も大好きだ。絵画で言えば具象画の長い歴史を塗り替えたピカソやカンデインスキーの絵を見るような思いがする。「今日の作品」(表紙)に掲載した陶芸作品「正六角形No.16=32面体素材=」の模様はこれまで15枚の定型模様と違えて好き勝手に模様を描いたもの。どうも私の本性はこのようなデタラメな模様が好きに思える。それにしても山頭火に限らず明治生まれの人たちのパワーや革新性には今更ながら驚嘆する。一方で現代の若者が余りに定型にはまり込んでいるように見えてしようがない。最後にまた山頭火の句:「あるがまま雑草として芽をふく」、「さてどちらへ行こう風が吹く」。


2月9日(土) <「喜び」が脳を活性化させる・・・>
「喜び」が脳を活性化させる。そこで面白いことに人間は「利他的な行動」(つまり他人のためになる行動)をすると実は自分の喜びにつながることが脳の活動を調べることによって明らかになっているという(「脳にいいことだけをやりなさい」シャイモフ著/三笠書房より)。他人と分かち合うと喜びはより大きくなる。同じように幸せを感知する脳が活性化すると人は幸福感を味わえる。幸せであるか不幸であるかは考え方一つで左右される。周囲から見ると十分すぎるほど恵まれているのに不平の固まりで妬みやひがみに明け暮れ自分を不幸と思いたい人がいるかと思えば、いま生きていられるだけで幸せ、身体が動くだけでラッキー、おいしい食事がいただけるだけでも有難い・・などと感謝感謝の日々を送る人もいる。感謝の人はまた他人のためになろうとするケースが多いのは脳がそういう方向に働くのだろうか。「今日の写真」(下)に同じ建物を上から見たところと横から見たところを並べて掲載してみた。同じ物でも見え方は色々。思い込みは止めて何でも「美しい面」だけを見るのがいい。
 
2013-02-09 @恵比寿ガーデンプレイスにて

2月10日(日) <パソコンの遠隔操作事件の容疑者・・・>
パソコンの遠隔操作事件の容疑者として30歳のIT関連会社の男が逮捕された。まだ実態解明はこれからであるが犯人は他人のパソコンを遠隔操作して悪事を働き、関係のない4人が誤認逮捕された経緯がある。真犯人はネット社会では全く痕跡を残さずにマスコミなどを通じて捜査当局をあざ笑う風であった。それが逮捕のきっかけとなったのが猫の首輪に記憶媒体を付ける遊びをした時に防犯カメラで姿をとらえられたこと。パソコンで完全犯罪をやってのけた若者が現実社会にでて証拠を見せたところが非常に象徴的だ。・・今日、私はようやくパソコンによる確定申告(e-tax)を完了させることができた。個人を識別するために識別番号、暗証番号、パスワード、電子証明書など何種類ものデータを何度も入力するのはいい。それにしても電子証明書は3年ごとに更新しなければならないし、暗証番号やコンピュータのOS、ソフトのバージョンに至るまで以前のままでは使用条件に適合しないことが多すぎる。そしてコンピュータの専門屋さんが書いた説明文がまた難解であったり・・。コンピュータの通信システムを作る業務は緻密な能力を要求される高度なものである一方で、パソコンを操作する相手は素人であることを忘れて欲しくない。パソコンの遠隔操作事件の犯人は全く別次元の犯罪者であるがコンピュータ社会ではこれまで以上に他人を思いやる教育や訓練が必要との思いが強くなる。

2月11日(月) <「今日の作品」として・・・>
「今日の作品」として表紙に「正六角形No.17=32面体素材=」 <陶芸>を掲載した。陶芸で制作した正六角形の板(板約9mm、対角寸法約260mm)。同じ寸法の正六角形板を合計20枚制作中で、今日掲載した板は17枚目に当たる。正六角形の板20枚と正五角形の板12枚を組み合わせて32面体を作成することを目指していることは以前にも書いた。昨年から制作をはじめて正六角形20枚の模様を全て異なったデザインとしてきたが制作する過程で楽しく悩むこともあった。はじめは20枚も模様をデザインするので幾何学模様、雪の結晶模様、ハニカム(蜂の巣型)模様、花びら模様など六角形を使った模様を思う存分に計画して制作を進めた。ところが10枚以上完成して残りの枚数が少なくなるにつれて図面に計画した中から「選択」をしなければ全てを制作する訳にはいかないことに気がついた。残りが少なくなればなるほど、どの模様を制作するか真剣に選んだ。今日、17番目に完成させた幾何学的でありながら立体的に見える絵柄は私が好きなタイプの一つだが(No.12も同類=ここ参照)、他にも色々な立体模様が考えられるのにこれ以上採用できないのが少々残念。32面体とは別個にこのような模様をつけた「平皿」を作るのも面白いかと思い始めた。


2月12日(火) <同じものでも人の見方・考え方で真反対・・・>
同じものでも人の見方・考え方で真反対に解釈される。靴の販売調査のためにアフリカに派遣されたときの事例。裸足で生活している現地人を見て、ある人は「裸足の環境で靴など売れるはずがありません」と報告し、別の人は「靴を履いていない人が多いので売り込みの絶好のチャンスです」と報告する。これは一昔前のビジネス的な話であるが、プラス面に焦点を当てるかマイナス面を前面に出すかで評価が真反対になることは多い。私の人との付き合いで会話の時に爽やかな元気をいただく場合と何か憂鬱になってしまう場合があるが、元気のエネルギーをいただくのは必ずプラス思考をする人であるのに気か付いた(プラス思考に”上から目線でない”条件が加わるが・・)。逆に他人の欠点や悪口ばかりを聞かされると気分は晴れない。他人のマイナス面に目をやるよりもプラス面に感動し褒める方が周囲に対してもはるかにいい影響を及ぼすことを今更ながら教えられる。”人間は現実に悩むのでなく妄想によって悩む”という。マイナス思考が更に病的になるとどんどん悪い方への妄想が膨らんで悩まなくてもいいことにまで悩むことがあるようだ。現実を冷静に見つめた上でその先をプラスに考えることを心がけたいが「Easiersaid than done.<言うは易く行うは難し>」かも知れない・・。
2月13日(水) <28歳で慈善事業へ約460億円を寄付・・・>
28歳で慈善事業へ約460億円を寄付した(2012年)のはフェイスブックのCEOマイク・ザッカーバーグさん夫妻。今日のNETニュースでザッカーバーグさん夫妻よる寄付の金額が全米番付で2位であったと報じられている(ちなみに1位は投資家、実業家のウォーレン・バフェット氏82歳で約2800億円を寄付)。寄付金上位5人の内、3人が40歳未満の若手であるので話題になっている(マイクロソフトの共同創業者アレン氏やグーグルの共同創業者プリン氏が入る)。マイクロソフトのビル・ゲイツ氏は今は経営の一戦から手を引き慈善団体を設立して巨額の寄付を続けていることはよく知られている。米国と日本では寄付に対する税制が異なり日本では寄付が馴染まないとされるが米国社会ではただ儲けるだけでは尊敬されない、社会に還元してこそ認められるという土壌があるのは確かだろう。日本の場合、東日本大震災のときにソフトバンクの孫正義さんが桁外れに高額な義援金を出したことが記憶に残っている。大震災の時にはお金にゆとりのない人も皆少しでも義援金を出した。裕福な生活をしながら一切寄付しない人よりも貧しい中で義援金をだした人の方がはるかに人間的に尊敬に値し信頼できると感じたものだ。金持ちレベルが違うけれども孫さんを応援したくなるのはやはり義援金のことが関連している。こういう話になると直ぐに”売名”という人がいる。それならば売名も大いに結構。できるものなら孫さん、ザッカーバーグさん、ビル・ゲイツさんのような巨額の寄付をやってみせて欲しい・・。
2月14日(木) <今日2月14日はバレンタインデー・・・>
今日2月14日はバレンタインデーというらしい。もとよりチョコレートをプレゼントされることもない身としては特別な日ではない。今、使用しているパソコンの脇に小さなカレンダーがある。カトリック教会のカレンダーをいただいたものなので見てみると14日は「バレンタインデー」とも何も書いていない。ちなみに昨日、13日は「灰の水曜日」とある。灰の水曜日とは復活祭(今年は3月31日日曜日)の46日前(日曜日を除く40日前=イエスが40日間の断食をしたことに習う)で教会が断食などの儀式を行う日。昨日の水曜日はともかくとして今日のバレンタインデーはカトリックとしては一切関知しないようだ。カトリックと言えばカトリックの総本山ローマ法王庁でローマ法王ベネディクト16世(85歳)が先の11日月曜日に高齢のため2月末日をもって退位すると発表して大ニュースとなった。何しろローマ法王が自ら退位を申し出たのは600年振りという。ドイツ生まれのベネディクト16世は退位表明後初めて13日の「灰の水曜日」に姿を見せ最後の公式ミサを執り行ったと報じられている。・・ローマ法王ベネディクト16世退位と共に新たなローマ法王選出が行われることとなると思った途端に前の「コンクラーベ(法王選出選挙)」のことを思い出した。このコラムにも書いた覚えがあるので調べてみると2005年4月のコラムを見つけた。前ローマ法王、ヨハネ・パウロ2世の葬儀のことを4月9日(=ここ)、コンクラーベでベネディクト16世が選出されたことが4月19日、20日(=ここ)。8年間の流れを見ると別世界の出来事でも歴史の中に生きている実感がする。
2月15日(金) <ロシアに隕石が落下・・・>
ロシアに隕石が落下し負傷者がでたというニュースが今日の夕方飛び込んできた。ロシアのウラル地方の上空で初めに閃光が認められ続いて数回の爆発音があった。その後の地平線から30度ほどの角度で地上に落下してくる様子がテレビでも放映された。落下の衝撃で学校のガラスが割れたりして今のところ約500人の負傷者が出たと報道されている。これから続報がはいるだろうが、このニュースを聞いて地球上のどこに落ちても不思議ではない隕石の「確率」を思った。古代中国では「杞(き)」の国の人が「天が落ちてきたり地が崩落したりすることを心配して食事も喉を通らず眠ることもできなかった故事から「杞憂(きゆう)」という言葉ができた(言うまでもなく、心配する必要のないことを心配して不安になること、極端な取り越し苦労を意味する)。隕石が自分の頭上に落ちてくることが絶対にないとは誰も言えない。けれども人が2000年、3000年生き続けて隕石を待っても多分隕石は来てくれないだろう。確率的に極めて稀な出来事に遭遇するか否か、それは運命であろう。科学が少々進歩したからといって宇宙からの落下物や地球の動きによる災害を決して回避することはできない。人間はできる範囲でベストを尽くす、そして後は運命に従うしかない・・。
2月16日(土) <「クモの巣」とは・・・>
「クモの巣」とは考えてみると面白い言い方だ。「巣」を動物が産卵や子育て更に休息をするための住処(すみか)とみると、クモの巣の場合自らの餌を捕獲するための網であるから他の「巣」とは意味合いが違う。日本語の「巣」は随分幅が広いようだ。「鳥の巣」はnest、「キツネなどの巣」はden,lair、「アリの巣」はantcolony、では「クモの巣」は英語で何と言うのか。cobwebとかspider webなどがあるが、「クモの網」ということになる。とにかくも今日表紙に掲載した陶芸作品「正六角形No.18=32面体素材=」はクモの巣を正六角形にデザインした。「蜘蛛」は好きではないがクモの巣はいつまで見ていても飽きない。クモの巣の作り方など全てが神秘的であるが形状だけでも不思議に満ちている。今回のデザインは陶芸仲間で作品にクモの巣を巧みに描く人がおり、その影響を受けたかも知れない。粘土での制作時には正六角形の中央に蜘蛛を描いたが青いガラスを溶かした仕上げでぼやけてしまった。陶芸での焼成完了後に網のつなぎ目に一部ビーズを置いて(貫通穴を使い針金で固定)遊んだ(下にアップ写真を掲載)。32面体の素材として正六角形20枚を目標に制作を続けてきて今日掲載した分が18枚目。あと二枚となった。
 

2月17日(日) <上野の東京都美術館で彫刻展・・・>
上野の東京都美術館で彫刻展をみた<現代日本彫刻作家展、2/21まで、入場無料>。一部は昨年8月に73歳で亡くなった渡辺隆根さんの追悼展でもあった。ここでももっと長く活躍して欲しい人に限って早く逝ってしまった無念さが湧き上がる。私の甥が渡辺さんの娘さんと結婚した縁もあって何かと渡辺さんの彫刻作品をみる機会があったが、彫刻家にもいろいろな作品を作る人がいる中で私は渡辺さんの彫刻が一番と言っていいほど好きだった。絵画は人を表すが彫刻もその人となりを正直に反映させる。渡辺さんの作品は石を素材とした抽象作品で強烈に自己主張することもなく、また押しつけがましくもないので、見ているだけで心が落ち着き、接すれば接するほどに味が深まるタイプだった。これまでに渡辺さんと直接会うチャンスがあったのに何故もっと話ができなかったのかと今になって悔やんでいる。
2013-02-17@上野<国立博物館&動物園と寛永寺五重塔>

2月18日(月) <ニューヨーク近代美術館(MOMA)に旭日旗・・・>
ニューヨーク近代美術館(MOMA)に旭日旗をイメージした作品が展示されているに対して、在米の韓国系住民らが昨日(17日)作品の撤去を求めてMOMAや日本総領事館、国連の前などで抗議活動を行ったと報じられている。横尾忠則の作品で私も日本で旭日旗を取り込んだ横尾忠則絵画をいくつも見た覚えがある。韓国側が横尾忠則がデザインした旭日旗を70年以上前の戦争と結びつけて”戦争犯罪の旗”とするのは全くひどい話だが韓国系アメリカ人のやりたい放題と本国との結束の強さを見せつけられる。一方で日本側は余りにおとなしく国としてのPRも足りない。「旭日旗(きょくじつき)」の歴史など知ることもなかったが明治維新とともに国を一つにまとめ世界の列強に対抗するため必死に図案化された国旗であるのが日本人としてはよく理解できる(旭日旗の歴史=ここ)。韓国側は”坊主憎けりゃ袈裟まで”。アートであろうが芸術作品であろうが何でもが難癖の元になる。こうなればニューヨークに行くチャンスがあれば是非ともMOMAに寄って横尾を応援しなければならない。

2月19日(火) <ニューヨーク・マンハッタンの中心・・・>
ニューヨーク・マンハッタンの中心にあるグランドセントラル駅がこの2月1日に開業100年の記念式典を行い(3月中旬まで記念行事あり)、来年2014年に誕生100年を迎える東京駅と3月に姉妹提携を結ぶ予定という。1914年(大正3年)に開業した東京駅は最近赤レンガ駅舎の復元を行うなど活発であるが、同じくマンハッタンを代表する歴史的建造物であるグランドセントラル駅は駅としては1860年代に完成しており(鉄道がニューヨークに設置されたのが1831年)、その後1913年に改装・修復されてから100年が経過した<グランドセントラル駅100周年関連サイト=ここ、またグランドセントラル駅のサイト=ここ=からHISTORYを見ると歴史が分かり非常に興味深い)。50年ほど前には駅舎を取り壊し高層ビルに建て替える計画もあったが撤回して改装だけを行った経緯があるようだ。東京駅も再開発計画が浮上したけれども歴史遺産の復元に落ち着いた。やはり100年以上前に開業したフランス・パリのオルセー駅の駅舎は今はオルセー美術館。建物の内部には鉄道の駅舎であった面影を残しながら見事に美術館として生まれ変わっている。駅舎の推移もいろいろだが、どんな時代の最新式も直ぐに古くなることは確か。駅舎に限らず何ごとも100年後に保存するだけの価値あるものであるか否かはその時代には分からない・・。
2月20日(水) <古田織部のこと・・・>
古田織部のことを簡単には語り尽くせないが織部が残した茶器には今の私も強烈に刺激を受ける。陶芸をやりながら自分では茶器はほとんど制作しない。けれども織部の大胆なデザイン、独創性、”破調の美”にはまさに目を見張る。現代アートをしのぐセンスに溢れた茶器や造園を見ていると、これほどの大天才が日本の先人としていたこと事態が誇りに思える。しかしながら古田織部は茶人としてよりも戦国武将として厳しい生涯を送った。古田重然(しげなり、織部の本名、1544〜1615)は織田信長、豊臣秀吉、さらに秀頼に仕えた武将で秀吉が関白になった年に3万5千石の大名に列せられた。しかしながら大坂の陣で大阪城が落城した直後に徳川家康から切腹を命じられ古田織部は一言も釈明することなく自害したといわれる。茶人としての織部の師匠であった千利休が秀吉の逆鱗に触れ死を覚悟して堺に下る時(利休切腹は1591年)、織部と細川忠興のみが堂々と利休の見送りに行ったとの有名な話があるが織部は余程骨太な人物であったのだろう。この時代の茶人は真に命をかけて歴史遺産を築いた。
今日の写真は久々にみた陽光のもとで撮影した庭のクリスマスローズと鉢植えのシクラメン。
2013-02-20

2月21日(木) <寒気が南下して・・・>
寒気が南下して北日本では記録的な大雪となっているようだ。東京都心でもこのところ氷が張り日中でも気温が低い日が続く。それでも春は確実に近づいている。今日、2週間ぶりに西郷山公園(東京・目黒区)を訪れると前は蕾であった梅が咲きはじめていた。梅を目の前にすると必ず思い出すのが祖母の名前だ。梅ちゃん先生の梅子ではなく、以前書いたことがあるが「梅香」といった。子供の頃、このおばあちゃんの名前・梅香がとても素敵に思えたが、それは今になっても変わらない。梅の香は古来、俳句や和歌でもよく詠まれている。「梅が香を すすり込(こん)だる 菜汁(なじる)かな」、「梅が香や どなたが来ても 欠茶碗(かけちゃわん)」<各一茶の句>。もう一つ:「きみならで誰に見せん梅の花 色をも香をも知る人ぞ知る」。ついでに梅香さんの娘、つまり私の母の誕生日が昨日20日であったことに気がついた。梅香さんは梅が咲き始める時節に長女を授かったことになる。梅から26年前に77歳で亡くなった母のことまで思い出してしまった。
2013-02-21@西郷山公園にて

2月22日(金) <ついに20枚目が完成・・・>
ついに20枚目が完成した!陶芸で制作を続けてきた正六角形の板の話である、これまでに18枚の作品を表紙に紹介してきたが、19枚目、20枚目はまだ掲載していない。それでも今日の表紙には先に20枚全てまとめた写真を掲載してみた。以前何度もこの話題を書いたが正六角形20枚と前に制作済みの正五角形12枚、合計32枚でサッカーボール型の球体(直径約600mm相当32面体)を組み立てる予定である。板の角の部分に穴を開けておりワイヤーを使ってそれぞれを接続することができる。32面体の組立を始めると今日の写真のような平面に20枚を並べて模様を見るチャンスはなくなってしまうので今が全体を見る貴重なタイミングだ。床にタイルのように隙間なく敷き詰めることができるのも正六角形であるからこそである。32面体のもう一方の素材となる正五角形12枚を含めた合計32枚を床に並べるのも今しかないできないので別途に写真を撮った(下の写真)。32面体に組み立てるのはあわてず急がず、ゆるりゆるりとやるつもり。さて球体(32面体)の内部に何かを入れるのか、空きスペースとするのか、こうして好き勝手に構想を練っている時間が一番楽しい・・。
  2013-02-22 32面体全素材完成! 拡大画像=ここ

2月23日(土) <システム手帳をもう10年以上・・・>
システム手帳をもう10年以上愛用している。A5版、6穴バインダー手帳で予定(日記)や情報整理のツールとして非常に重宝したが今は電子手帳の時代、iPhoneのメモとも併用するようになった。今日、システム手帳の古い部分を整理し始めると懐かしい昔のメモ書きが見つかった。その都度、気に入った文言などを記載したページがあり、今読んでもハッとする。勿論手書きなのでキーボードで入力したのと違い様々な筆記文字がそのときの息吹きを伝えてくれる。この際、少し引用してみる:「動物は決して奉仕しない」(最近、奉仕について考えていたのでヒントになる)、「最上の香辛料は小さな袋の中(フランスの諺)」、「人間(ひとのよ)のものは必ず人の手によりて造り出されたるもの、人間(ひとのよ)の幸福(さいわい)は必ず人の手によりて造り出されたるもの(幸田露伴)」。システム手帳はまだ引退させる訳にはいかない。
<これからしばらくの間コラムをお休みさせていただきます>

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