植物学者 大久保三郎の生涯
21 少ない発表論文
東京植物学会の機関誌としての性格をもつ『植物学雑誌』誌上で、三郎がどんな研究発表を行なっていたか、見てみよう。
●『植物学雑誌』第一巻一号・明治二〇年二月
「Bulbophyllum drymoglossum Maxim. まめづたらん」
これは、すでに紹介したが、三郎が明治十五年(一八八二)六月に房州清澄山で発見し、マキシモヴィッツに鑑定を仰ぎ、「Bulbophyllum drymoglossum Maxim.」と名付けられた「マメヅタラン」についての報告である。
●『植物学雑誌』第一巻二号・明治二〇年三月
「植物採集は綿密を要す」
似たような植物があるので、その差異を注意深く観察することが大切である、という内容。
「一月ヨリ四月下旬マデノ花」
冬季は採集に出ても成果が少ないが、冬でないと採集できない植物もある、という内容。
●『植物学雑誌』第一巻五号・明治二〇年六月
「伊豆巡島記」
伊豆七島に植物採集に行ったときのレポート その一
●『植物学雑誌』第一巻五号・明治二〇年七月
「伊豆巡島記」
伊豆七島に植物採集に行ったときのレポート その二
●『植物学雑誌』第一巻六号・明治二〇年九月
「伊豆巡島記」
伊豆七島に植物採集に行ったときのレポート その三
●『植物学雑誌』第二巻十二号・明治二十一年一月
「すえひろだけ 新称(第一版)」
熱帯地方にみられるスエヒロタケを、伊豆および東京で採集したことの報告。
「はしりどころトベラドナトノ区別」
ベラドナと、日本産のはしりどころとの違いについて その一
●『植物学雑誌』第二巻十三号・明治二十一年三月
「はしりどころトベラドナトノ区別」
ベラドナと、日本産のはしりどころとの違いについて その二
●『植物学雑誌』第二巻十四号・明治二十一年四月
「硫黄島ノ植物」
二月二十五日に日本植物学会で演説したもので、植物学会員が硫黄島で採集してきた植物についての話。
●『植物学雑誌』第二巻十七号・明治二十一年七月
「植物ハ如何二シテ地球上に散布ナスヤ」
題名の通りで、植物がどのように世界に広まっていったかを述べている。
●『植物学雑誌』第二巻二十号・明治二十一年一〇月
「椎茸発生実験及ビ栽培法法(第十三版)」
この年、静岡県下に出張した際に調査した椎茸の発生栽培についての報告。
●『植物学雑誌』第二巻二十二号・明治二十一年一二月
「植物ノ蕃殖ノ仕方」
題名の通りで、植物がどのように繁殖していくかを述べている。
●『植物学雑誌』第三巻三十四号・明治二十二年一二月
「科名属名ノ語源」
学名における科名と属名の語源を辞典風に整理したもの。 その一
●『植物学雑誌』第三巻三十五号・明治二十三年一月
「科名属名ノ語源」
学名における科名と属名の語源を辞典風に整理したもの。 その二
●『植物学雑誌』第三巻三十八号・明治二十三年四月
「科名属名ノ語源」
学名における科名と属名の語源を辞典風に整理したもの。 その三
●『植物学雑誌』第五巻四十八号・明治二十四年二月
「佐渡植物一班」
明治一九年に矢田部良吉らと佐渡で採集した植物の採集地、学名、和名を羅列したもの。 その一
●『植物学雑誌』第五巻四十九号・明治二十四年三月
「佐渡植物一班」
明治十九年に矢田部良吉らと佐渡で採集した植物の採集地、学名、和名を羅列したもの。 その二
●『植物学雑誌』第五巻五十号・明治二十四年四月
「佐渡植物一班」
明治十九年に矢田部良吉らと佐渡で採集した植物の採集地、学名、和名を羅列したもの。 その三
●『植物学雑誌』第五巻五十一号・明治二十四年五月
「佐渡植物一班」
明治十九年に矢田部良吉らと佐渡で採集した植物の採集地、学名、和名を羅列したもの。 その四
●『植物学雑誌』第五巻五十四号・明治二四年八月
「佐渡植物一班」
明治十九年に矢田部良吉らと佐渡で採集した植物の採集地、学名、和名を羅列したもの。 その五
●『植物学雑誌』第五巻五十九号・明治二十五年一月
「骨状澱粉」
はなきりん、なっとうだい、の白乳樹液のなかに、骨のような澱粉が確認できることの報告。
●『植物学雑誌』第六巻六十号・明治二十五年二月
「冬期中原形質ノ運動ヲ観察スル方法」
原形質の運動を冬の間に観察できるようにする方法について。
●『植物学雑誌』第六巻六十三号・明治二十五年五月
「おほいぬふぐり」
外国産のオオイヌフグリが、東京の所々に観察できるとの報告。
以上、二十二回十三本の研究発表が大久保三郎の名で掲載されている。しかし、明治二〇、二十一年頃は活発に発表されたものが、年を追うごとに間隔が開くようになり、しかも、研究というより情報を整理しただけのリストのような内容のものになってくる。同期の松村任三や、後輩の白井光太郎、牧野富太郎、三好学、齋田功太郎、澤田駒次郎、染谷徳五郎、柘植千嘉衛、田中延次郎、伊藤篤太郎らの論文が次々と発表されていくのと、好対照である。