冬の鳥取砂丘シリーズ No.26-3
仏の飛行機
第三部
「我々が乗って仕事をしている円盤機は、全幅13m,全高3.8mと言う比較的小型のものだが、この機体は六層構造になっていてマッハ10ぐらいの超高速に耐えうるようになっている。そして宇宙空間に出ても耐えうるような与圧構造も備えている。エンジンは機体の中央下部に装着されており、現世の値で言えば、およそ推力300トンと言う強力なものとなっている。このエンジンの働きによって、瞬時にして移動できるほどの瞬発力を生む事ができるのだ。
この円盤機のエンジンは昔は重力場エンジンを使用していたが、そのエンジンを使用する事によって、相当量の熱量を放出するために環境破壊の問題が出た事もあって、現在は使われていない。したがって、現在、我々が乗っているのは別の新開発エンジンを搭載したものだ。そのエンジンは光子エネルギー・エンジンと言って、そのエネルギー源はこの無限に広がる宇宙から採取している。知っての通り、我々が住むこの世界から別次元に存在する現世に於いても、また、この太陽系の宇宙空間には目に見えない光子エナルギーが存在する」「この円盤機は、そう言う所からエネルギーを取っているのだ。したがって、現世のように、やがて枯渇するであろう化石燃料のように無くなる心配はない。このエンジンは耐久性は抜群であり、そしてメンテナンスの手間もかからない。更に環境に全く優しいエンジンであり、地球上のジェット機のように、音による被害が殆どないと言う全く理想的なエンジンだと言える。この円盤機のエネルギーはどの部分から採取するのか。それは、この機の表面全てに装備してあるパネルから取る。つまり、地球に於けるソーラーパネルに類似しているとは言っても、ソーラーは燦々と降り注ぐ太陽光がないと用を為さないが、ここでのパネルは、全く暗い宇宙空間からでもそれが可能だと言う事である。どうだD君、驚いたかい」と、今日のB教官の講義には熱が入っている。
聞くところによれば、この円盤機は現世で言えば小型戦闘機に匹敵するもので、他の基地にあると言われる巨大な円盤母機には、ここにある小型機が20機ほど搭載できて何処にでも行く事ができると言うから驚きだ。そう言えば、SFのアニメや映画、テレビでそんなものを見た記憶があるが、これが現実に自分がいる世界で展開しているとは全く信じられない思いがした。本来、一夫が今住んでいる世界には時間空間は関係ないものとされているが、しかし、彼等のような特殊空中勤務者には時空は存在する。それがあるからこそ、あちらとこちらを行き来できるのだ。そんな事だから、彼等四人は亡者なのか生きた人間なのか分からない事になるが、彼等にあるものは、ただ使命感、それのみが彼等をして危険な仕事をこなす原動力となっているようだ。
こうしている内に、一夫の2ケ月間はあっと言う間に過ぎて行った。
これからは、もっと過酷な訓練が待っていた。それは、一夫の身体を空中勤務に適応させる地獄の特訓とも言うべき厳しくも辛いものだった。大気圏外、或いは成層圏3万m以上の上空をマッハの速度で飛行する仕事をしなければならない彼等は、どんな状態に置かれても動じないだけの心と体を要求されるからだ。この種の訓練は、現在、地球上のNASAで行われている訓練を想像させるが、ここでの訓練はそんなものではなかった。地球では、生身の身体をいかにして宇宙に適応させるかが問題となるが、ここではそんな事は関係なかった。元々彼等は一旦死亡した人間であり、それが尊い方面から肉体を頂戴してこの世に生きていたから、つまり、現世の言葉で言えば<不死身>と言う事になる。後は本人の精神の持ちようだと言う事になるが、一夫は立派に期待に応えていた。それはひとえに「現世の平和のために働く」と言う使命感に燃えていたからだ。久し振りに地球に行っているA教官から便りがあった。「元気で任務を遂行しているから心配しないでくれ」と言う簡単なものだが、それでも、これで三人は安心した。日々の猛訓練に明け暮れる中で、地球の状況が徐々にではあるが伝わって来る。
どうも、一部の地球人どもは、毎日のように戦争を行って、人を殺す事に精を出しているようだ。聞くところによると、昨日、他の基地から10機ほどの円盤機が飛び立って行ったと言うが、こうなったら此処の教官達も、いつ招集されるか分からないと話し合ったものだった。この世界(来世)の人達は地球の平和を望み、それなりに手を打っていると聞いたが、生半可な事では彼等地球人の魔性の心を取り除くのは容易ではないと、そう言う事のようである。更に、地球人類は破滅に向かっているのではないかと、そんな憶測が流れているとも聞いた。そして、これこそが最も憂慮すべき事として、次のような事が挙げられた。それは、地球の一部の国々が世界を50回も破滅させるほどの核兵器を持っている事だった。今はその使用を抑制されているとは言っても、ひとたび一触即発の状態ともなれば、地球上の動植物から一切のものが消滅する恐れがあるからだ。一夫がいるこの世界でも、この危機感があるからこそ「地球上のあらゆる核兵器を無力化する」方法が研究開発されており、それの完成が近いとの情報を待ているが、反対に悲観的な情報も入っていた。神仏の言う事を聞かない人間どもには神罰(仏罰)を与えればいいのだが、そうする事によって、また無辜の人達に類が及ぶ。それが悩みの種だとも聞いた。
一夫は適応試験に合格し、最近は実機に乗っての猛訓練を毎日のように受けていた。さすがの一夫も、日々の猛訓練に疲れるのか、終わって地上に降りるや否や、飯を食ってシャワーを浴びてベッドに倒れ込む。こんな日が何ヶ月も続いた。円盤機には二人の教官も乗り込み、手取り足取りの訓練だった。その甲斐あって、この頃は大分上達して来た。二人の教官も「やがて近いうちに単独乗務ができるな」と目を細めるようになって行った。
そんな或る日、突然、何の予告もなしにA教官が帰って来た。着陸したA教官の円盤機には、地球大気圏の垢が付着したのか、かなり薄汚れて見えた。彼は真っ先に指令所に行って報告を済ませ、3人の元に帰って来た。
「いや〜、酷いもんだよ地球は。イラクでは毎日どこかで戦闘が起きてあちこちで兵隊も民間人も死んでいる。パレスチナの紛争も一向に収まる気配がない。昔は俺も何度か戦闘に参加した事があるが、今の戦争はあんなものではない。昔とは兵器からして違う。酷いもんだよ。イラクでもパレスチナでも、民間人やゲリラが最新式の大砲やライフル銃、そして対戦車ロケット砲、中には携帯式の地対空ミサイルを持って戦っているんだ。彼等に無いものは飛行機ぐらいだが、今は自爆攻撃と言って、自分の身体に爆薬を縛り付けて敵地の人混みの中で自身諸共爆発させたり、自動車を運転して目標に突つ込んで爆発させる。そんな捨て身の攻撃が繰り返されているんだ。当然の事ながら、非武装の民間人も巻き添えを食う事になる。また、今この地球にはビンラディンと言う人物が率いるアルカイダと言う国際テロ組織が暗躍して、世界各地でテロが続発しているらしい。地球上、至る所にビンラディンのシンパがいると言う事だ」
「国連も彼等を退治するのに躍起になっているらしいが、その組織の最高指揮系統の存在がさっぱり分からないと言うから始末が悪い。実は俺も、イラクとパレスチナの上空でミサイル攻撃を5回ほど受けたし、アフガニスタンやチェチェンでは戦闘機の攻撃を受けた。
「攻撃されたら待避し、止むを得ない時は攻撃せよ」との指令に従つて撃墜した時もあったが、地上の人間にはそれは分からない。
高空1万2千mの上空で、レーダーの指令によって飛んで来た戦闘機は、ひとたび目標が円盤機だと分かって攻撃しても、その瞬間には空中に飛散して何も残らないのだから。俺も寝覚めの悪い事はしたくないのだが、自衛のためで仕方がない」「実はなD君、俺は何も地球くんだりまで行って、戦場の空を飛び回っているだけではないのだよ。もちろん、監視活動もすれば複数の戦闘機が襲って来たら自衛のために撃墜する事もある。が、何気なく空を飛んでいる円盤機には、もう一つの仕事があるのさ。それは、<人間の心に仏性(神性)を呼び起こす>ための周波数を地上に向けて流しているんだ。これは地球上のどんな機器を以てしても発信源は探知されない。それは来世から現世への神仏の通信だと思えば理解できるだろう。しかし、今の地球は部分的にしろ修羅の世界と化しているのだから、神や仏の呼びかけは彼等には聞こえない。聞こうとしないのだ。何とも空しい時間が流れるのだよ。それはそれとして、今日は疲れたから、ゆっくり休ませて貰うよ。D君よ、明日、君の飛行振りを見せて貰うからね」と言って宿舎に消えた。
太平洋戦争が始まる前、真珠湾上空を強行偵察している日本海軍の偵察機を、遥か上空でじっと見詰めている飛行物体がいた。そして、あの有名な真珠湾攻撃の暗も、更にミッドウェー海戦、珊瑚海海戦、フィリピンや台湾、沖縄戦の時もそうであったし、戦後の朝鮮戦争やベトナム戦争、そして各地で勃発した独立戦争や紛争の時にも、その時、必ずかの飛行物体は上空からそれを見詰めていた。その青白い光を放つ飛行物体は、地球人から「空飛ぶ円盤」或いは「未確認飛行物体」と呼ばれていた。かの飛行物体は、上空にじっと停止しているかと思えば、信じられない速さで去って行った。地球人は、彼等を宇宙から来たインベーダー(侵入者)だと噂し合った。
1950年代から80年代にかけて、この「空飛ぶ円盤」を追跡した幾つかの戦闘機があったが、彼等は再び地上に帰還する事はなかつた。「空飛ぶ円盤」には、この地球上のどんな航空機でも追跡する事は不可能だったし、もし、上空に停止状態にある円盤を攻撃しようものなら、その戦闘機は瞬時にして粉砕された。ひとたび「空飛ぶ円盤」に見参した地球の戦闘機のパイロットは、再び大地に足を踏みしめる事はできなかったのである。
この円盤機は時空に制約されないものであり、彼等は過去、現在、将来のいかなる場所にも出没した。争いが有ろうと無かろうと遥か上空から地球人の有様を監視しているように見受けられた。この円盤機は、何年も現れないかと思えば、突如として現れる不思議な飛行物体だった。音もなく近寄り、音もなく飛び去って行く。地球の人々は、この青白く光る飛行物体を見て「宇宙から来た飛行機だ」と噂し合った。この科学万能の時代にあって、決して解明されないもの、それが「未確認飛行物体」と言われる円盤機だった。今日も明日も、何処かで一夫が飛んでいるかも知れない。仏界に生きる彼は、それでも地球人の幸せを願いながら、何処の空を飛んでいるのだろうか。「争いは止めて早く平和になってくれ」と願いを込めながら、今日も一夫は何処かで地球を眺めているかも知れない。
仏の飛行機の働きは未だ続くのか。それは神仏のみが知る事だ。
別記一夫は一週間の休暇を取った事があった。それは、三人の先輩達の薦めによるものだった。先輩達に「ぜひ行って来なさい」と言われていたからだった。それは在世中の父母に逢いに行く事だった。
鳥取県の秀峰、大山の麓にある一夫の生家では、年老いた父母は未だ健在だった。逢いに行くとは言っても一夫はすでにこの世(現世)にいない存在だったから、友人と言う事で逢いに行く事になった。幸いにも、彼は生前の一夫とは全くの別人の姿になっていたので、父母に逢う条件に全く問題がなかった。A教官の換縦する円盤機で、夜中密かに大山山麓に着陸し、一夫はそこから徒歩で生家に向かった。一週間かっきり同時刻にそこで落ち合う手はずになっていた。懐かしい大山の山並みと新緑の木々を見て、一夫は胸が一杯になった。
自分が死んでから何年経過しただろうかと思って見たが、本当は、一夫が籍を置くあちらとこの地では時空の観念がまるで違っていた から、考える事は止めた。彼はここに来るためにA教官から一週間の滞在費として百万円と言う大金を与えられていた。それは一週間の滞在を有効に過ごすための費用として、教官達の親心の賜だった。一夫は、生前の一夫の友人と言う事で、懐かしい父母に再会した。
かっての自分の写真が納められている仏壇に礼拝して、三十万円を香典として父母に差し出した。歳を取った父母は、それでも元気そうに見えた。彼は「お父さん、お母さん」と思わず叫びたくなるのを何度堪えた事か。結果、彼はそこで三日間を過ごした。父母は、の一夫の生前の友人を手厚くもてなしてくれた。母の手の温もりが伝わってくる料理は、どんな立派な料亭の料理よりも美味だった。
思わずホロリと涙ぐむ一夫を見て、母は「一夫の事は諦めていますので、もう忘れて下さい」と言ったが、それを聞いてまた涙がこぼれた。
思わず母を抱きしめたくなった事が何度もあったが、それを抑えるのにどんなに苦労した事か。生家を辞してからは、一夫は米子市のホテルに宿泊し、その周りを散策したりして時を過ごした。あまりあちこちと歩き回る気分に慣れなかったからである。もう二度と逢えないだろうと思っていた父母にも逢えたし、これで思い残す事なく仕事に打ち込める。
今回、このような温かい段取りを整えてくれた三人の教官達にも、感謝の気持ちで一杯だった。かくして一夫の一週間の休暇は終わった。あまり使う事がなかった金はA教官に返した。さあ、また明日から過酷な勤務が待っているのだ。一夫は、宿舎のベッドに横たわって、父母の面影をいっまでも思い浮かべていた。(完)
あとがき
このSF小説とも言うべき短編小説は、先に書いた「神の飛行機」の続編として書こうと思っていましたが、ここに来て考えが変わりました。それは、いっその事、未だ解明されていない「未確認飛行物体」を物語の主役として扱い、また、それを換縦する者を現世から宿替えして来た者にした事です。私達現世の人間は、一度あの世に行ったら再び帰る事は叶いません。しかし、この小説では一度死んだ人間が仏様から肉体を与えられ、あの世でもなし、この世でもないと言う世界で生きています。
もちろん、我々現世の人間が言うところの「生きている」のとは違うでしょうが、それでも彼等は蘇つて現象世界に平和をもたらそうと努力するのです。
ずっと昔から、我々地球人類が目撃した空飛ぶ円盤は、今も地球上至る所に出没して話題を呼んでいますが、これも未だに解明されていない未確認飛行物体なのです。一口に円盤機と言っても、その形は微妙に違っていて、大きさも違うものが地球に飛来している事は、誰でも知っている事でしょう。今回の小説では、この円盤機を換つる生まれ変わった人間が、あの世の崇高な教えに従って醜い争いを続けている人間に警告を発し、また、仏や神の心を取り戻させるために働くと言う設定になっていますが、この物語にはハッピーエンドはありません。現実に、この地球では恨みに報いる報復の連鎖が何年も何年も続いています。
私達地球人類は、この連鎖を断ち切れるのでしょうか。この小説の中には、あの世とこの世を行き来して果断に働く空飛ぶ円盤を多少なりとも描いていますが、私たちは、この世界(現世)を霊界の世話にならなくても、私たちの力で平和な世界に修復したいものです。今でも一夫が、円盤に乗って地球に来ているかも知れません。愚かな人間其の争いを止めさせるために。
2004/05/21 Yuji Okajima