冬の鳥取砂丘シリーズ No.26-1


仏の飛行機

第一部

飛山一夫は一人でとぼとぼと暗い道を歩いていた。ここは現象世界ではない。つい数日前までは居たのだが、彼はハンググライダーの事故によって若い人生を棒に振ってしまったのだ。つまり、死んだと言う事である。したがって、彼は黄泉の国に向かって歩いていたと言う訳だ。ほの暗い明かりが道を照らしているだけで、彼の左右にあるものは何も見えない。しかし、彼はただ黙然として歩いている。心と感情を全く失った人間(彼は現象世界で言う人間ではない)のように、彼は黙々と歩いている。行き先に何があると思って歩いているのだろうか。

やがて、遥か前方に微かな光が見えて来た。何だろうと思いっつ更に歩いて行くと、そこには光り輝く宮殿のような建物が見えて来た。
周囲が全く暗い中で、その一角だけが眩いばかりに光り輝いて見える。彼は、なんとなく吸い寄せられるように、その明るい建物に向かって歩いていた。大勢の僧侶のような格好をした人達が見えた。
山門とおぼしき所に何人かいるようで、そこに行って案内を請う事にする。「俺は死んでしまったが、これから一体どこへ連れて行かれるのだろう」と不安を胸に秘めながら、彼はおずおずと受付の人に「私は飛山一夫と言うものですが、只今到着しました」と述べた。「ちょっと待っていなさい」と一人の僧が言って奥に入って行った。

暫くして「私が案内する。ついて来なさい」と言う。言われるままについて行く。幾重にも曲がった長い廊下を通り抜け、やっとある部屋に通された。「ここは一体どこだろう。俺は何のためにここに連れて来られたのだろうか」と、そんな不安を覚えながら神妙に控えている。「只今、飛山一夫を連れて参りました」と彼の僧が中央の台座に座っている人に報告している。
そして小声で「あそこに座って居られるお方は観世音菩薩様であらせられるぞ。礼拝しなさい」と告げた。彼は思わず平伏し、合掌して礼拝した。生前、話には聞いていたが、こうやって目の前に居られるお方が観音様だとは、ありがたくて溢れる涙をこぼしながら礼拝していた。34歳で不慮の事故で没するまで、彼は一度たりとも信仰の心を持った事はなかったし、合掌すると言っても、たまに仏壇や墓に参詣した時にするぐらいなもので、仏の存在なんてものは今まで考えても見なかった彼である。しかし、こうしてありがたい(彼は心底そう思った)仏様を拝する事によって、心も体も洗われる気持ちがしたのである。

「飛山一夫と言うのはそなたですか。よう来られました。そなたは、本当に若い身空でこちらに来たものよのう。可哀想ではあるが、これも人の世の運命と言うものであるぞ。今頃は家の者たちが嘆き悲しんでいる事であろうが、これも止むを得ない事となったのう。だがな、これ一夫よ。私はそなたを、これより先の冥府に遣らぬ事に決めたのじや。これは私の一存で決めた事ではない。畏くも釈迦如来様の命令なのじや。これより以後、そなたを再び現世に帰す事に決めた。決めたとは言っても、そなたは今まで通りの気健の生活はできぬし、一旦現世に別れを告げてここに来た以上は、元の姿形で戻る訳には行かぬ。よって姿形を変えて再び元の世界に帰らせるが、これには条件もある事じや。只今よりこの者が説明致すによって、そなたが得心したら良い返事をするがよい。但し、返事次第によっては直ちに冥府に遣る事もあり得る。納得するまで説明を聞いて返事をしたがよい」と仰せられた。

観世音菩薩の座し給う所を辞した一夫は、これより彼の教育係を仰せつかった三人の弟子たちによって教育される事になった。三人の内の主立った一人がこう言った。「近頃、現世では血生臭い事象が多過ぎる。愚かな人間は自分の欲望を満たすために、あらゆる悪を為す。金のためにいとも簡単に人を殺す」
平和であれば、まだ十分に生きられる人間が、心ならずも殺されてこちらに送られて来る。そして、世相不安にかられて自殺者も増えつつある。自殺者は、無事に三途の川(現世と来世のボーダーラインの川)を渡ったにせよ、彼等は成仏できないから来世の世界に行く事も出来ず、その辺りを彷撞い歩く。これは戦争に於ける戦死者も同様である。死する事を達観した者は、自らの行く道を悟っているから心配ないが、現世ではあまりにも禍いの根が尽きぬから、これからも死ぬでもなく生きるでもなしの人間が増えるであろう。 現世に於いて最も忌み嫌うべきものに戦争があるが、これは本当に困ったものである」

「人間どもは、あくなき欲望のために戦いを起こす。その原因は、人種や部族の違い、そして宗教の違いから起こる事もあり得るのだ。 人間が拵えた国家と言うものの理念の違いとか、国益の違いから争いが起こっているのだ。これは醜い人間どもの欲得の争いだと言える。その結果、戦争と言う公然と人殺しが出来る手段に訴える事になる。今の現象世界を見よ。どこかで殺し合いが必ず起こっている。 国家は、為政者の考え次第でいつでも国民を死に追いやる事ができるのだ」

「これでは国民はたまったものではない。平和を愛する一般大衆にとって、全く好まない戦争と言う人殺し作業のおかげで多くの人々が無念の死を遂げている。真に残念な事である。戦争や紛争が起こつているあおりを受けて、人間の心は荒廃しきっており、あらゆる犯罪が多発している。人々は隣人を信用できなくなり、最早や頼みにするのは自分と家族のみと思うようになっている。しかし、その家族も頼りに出来なくなっているのが今の現世の在り様である。妻や夫に莫大な保険金をかけて殺すとか、親や祖父の金を奪おうとして平然と殺人を犯す若者が出るに至っては、最早やこの現世は人の世とは言えないのではないか。これを正すにはどうしたら良いか。この問題については、仏法の世界でも痛く心を悩ませている事である」

「現世では、あまた存在する宗教が人間の心の荒廃を食い止める役目を果たしていないばかりか、反対に人間の誤った闘争心を煽動しいるきらいがあるから、これは真に由々しき問題だと言える。憎しみと復讐を煽るような宗教は決して宗教とは言えないのだ。全ての宗教は人間の安心起行を願うものでなければならないのに、全く別の方向へ向かっているのは、真に嘆かわしくて情けない事ではある。 釈迦如来様は、この事について痛く心配され、次の事を考えられた」と、この弟子僧は淡々と一夫に説いて聞かした。段々と聞くに及んで、彼は身の毛がよだつ程に緊張して来た。

「私は一体何をすればいいのですか」と、彼は恐る恐る聞いてみた。
「まあ待ちなさい。これから追々と教える。これはお前が真の人間として生まれ変わるか否かにかかっている問題だ。生まれ変わる以上は全ての事に精通していなければならないし、また肝心な事は、お前自身が心の底から<何が何でもやり抜く>と言う精神が必要なのだから。さて、先に観世音菩薩様は<拒否する分には冥府に送る事もあり得る>と仰せられたが、これは至極当然の事である。これから後にお前がやろうとしている事は、現象世界、この地球人類の幸せに貢献する事だからだ」

「お前は、ここに来るまで妻帯するでもなく、親の脛をかじって好き放題の事をやって来て、挙げ句の果てに事故によって不慮の死を遂げて、お前の現世に於ける人生は終わった。ご両親はどんなに嘆いて居られる事であろう。親より先に逝くと言う事は、これ以上の親不孝はないからな。お前は生前に親に孝行すると言う事を一度たりとも考えた事はなかった。唯一の親孝行と言えば、お前が生きていて親に将来の希望を与えた事だが、その希望も絶たれてしまった。つまり、これが最大の親不孝と言う事だ。闇魔の庁から報告があったが、お前はあまり良い事をしていないから、当然、地獄送りになるそうだ。お前は生前の行いによって査定され、行き先も決まっている。あちらへ行けば当然の事として辛い日々が待っているだろう。そんなお前に、この度、観世音菩薩様は大切な使命を与えられた」

「与えられたと言ってもお前の考え方次第なのだが、もし拒否したら、お前にとって悲惨な世界が待っているのだから、よく考えた方がいい。そして、この命令に従うと言うなら、お前はおろか、現世に居られるご両親も幸せな生活が送れる事になる。お前は死してなお、親に対して無上の親孝行をする事になる。私は、肝心の用件を言うまでに長々と説いて聞かせているが、それは何のためでもない。 それはお前の心を試しているのであって、これは決して強迫ではないのだぞ。私がお前に対して二者択一の条件を出しているのは酷な感がないでもないが、何をやるかの問題の前に、お前のイエスかノーかの強固な心構えを聞きたいのだ。そうしてから、お前がこれから行う使命を教えよう。どうだ、一夫。イエスかノーかはっきりせよ。進むも退くもお前次第であるぞ」

と、くだんの弟子僧は言った。彼の頭の中は混乱していた。この坊主は、これからやる事を一言も言わぬまま「イエスかノーか返事しろ」と言っている。しかし、俺は何も分からぬままに一体どう返事をしたらいいのか。長々と説教された話は半分も頭に入っていない。あるものと言ったら、拒否すれば地獄行きが待っていると言う事か。
観音様は「冥府には送らぬ」と言われたが、それがどう言う意味かは分からない。おぼろに分かるとしたら、もし良い返事をしたとしたら、それは、何かとてつもない事をやらされるのではないかと言う事だ。彼の頭は混乱しているが、少しづっ整理する事ができた。良い返事をしたら親が幸せになれると聞いたからである。

「まあ、結論は急がない。疲れたであろうから今日はここで寝むがよい。明日、もう一度話し合おう」と言ってその僧は立ち去った。彼は他の僧によって寝所に案内された。現世で言う、肉体を持たない彼にも休息は必要だった。
一夫は寝もやらず自分の運命を考えていた。観音様は、一体この俺にどのような使命を与え、どのような事をさせるのだろうと。その使命とは、この仏界(来世)に於いてやる事と言ったら、何かとてつもない大切な事に違いないだろうと思った。だから、あの坊主が延々と自分に説いて聞かせたに違いないと。しかし、そうは言っても、俺のような好き勝手な事をやって来た道楽息子に何が出来るのだろうと思った。彼には、全くそう言う点が理解できなかった。それに、生前の彼は全く信仰と言うものに無縁の男だったから、今更使命感云々と言われてもピンと来なかったし、むしろ、そんな話は煩わしいぐらいのものだった。

昨晩、あの僧が懇切に言って聞かせた詰も、彼にはまるで外の世界の話のように聞こえた。実際に、彼が生前に新聞やテレビでニュースを見たり読んだりした事はないし、戦争が有ろうと無かろうと、また、戦争によって人が死のうが彼にとってはどうでもよい事だった。つまり、無関心だったという事だ。生前、彼は好きな物を食い好きな物を着て、あらゆる好きな事をやった。犯罪こそ起こさなかつたが、世間から白い目で見られる事もやったし、それによって幾度も親を泣かせた事があった。そんな彼だったから、彼のやる事は正義も不正義もなかったし、ましてモラルなんてものがある筈はなかった。だから「俺のような者がなぜ選ばれた?」と悩むのも無理はなかった。

そんな事を考えている内に夜が明けていた。「ああ、この世にも朝があれば夜もあるのだな」と、変なところに感心していた。夜が明けた。夜の内は分からなかったが、この宮殿とおぼしき建物は寺院だった。大きな寺だった。広大な敷地に建っているこの壮大な伽藍は、どちらかと言うと中国やインドの寺院を思わせた。陽光が燦々と寺院の薯に降り注ぎ、光の反射によって美しさは一際目立っていた。
「ああ、こう言う所にお釈迦様や観音様が居られるのだろうなあ。すると、ここは話に聞く極楽かな。きっとそうに違いないだろうが、 本来、俺が行かなければならない地獄は何処にあるのだろう。地獄、極楽と言うから、ここにも送られて来た者が沢山いるのだろうな。
それにしても、この美しさはどうだ。周囲の山々の緑は美しく映えているし、あちこちで小鳥の噛りも聞こえてくる。気のせいか、何となく香しい匂いもするし、心が和やかになる音楽も微かに聞こえる。これは正しく極楽かも知れないな」と思いながら空を見上げている。

「やあ、目が覚めたかね。そこで顔を洗いなさい。済んだら朝食を食いに行こうか。お前さんは現世では肉体は死んで焼かれてしまったが、ここに来たら一応は肉体の持ち主だ。腹も減れば排泄もする立派な亡者だが、やがて、こちらとあちらを行き来する人間となる 身だ。それには訓練が必要となるが、どうだい、決心が付いたかい。まあ、その件については飯でも食いながら話そうよ」と昨夜長々と説教した僧が話しかけて来た。彼は、今朝は随分とリラックスした調子で気味が悪いぐらいだ。それと、彼の姿を見て驚いたが、その服装が坊主の姿ではないからだ。現世で言う飛行機の操縦士が着るようなものを着用して、足には半長靴のような靴を履き、頭にはサングラスの付いたキャップを被っている。「まるで戦闘機のパイロットのようだな」と一夫は思った。

「どうだい、驚いたかい。私は僧籍にあるとは言っても、いわゆるお経を読む坊主ではない。何を隠そう、私も現世に居た時は相当の悪でね。それが兵隊となって、かなりの人間を殺した人殺しだったのだよ。そして危うく地獄送りとなるところを観世音菩薩様に助けられたと言う訳さ。お前さんと同じような運命かも知れんな。それが、今やこの世界のパイロットの教育係と言うやっさ。では、食堂に行こうか」と一夫を誘った。

食堂に来て驚いた。大きな食堂はまるで一流大学の学生食堂と言った感じで、とてもこの寺院の外観からは想像もできない近代的なものだった。ここは全く現世と変わりない所だ。忙しく立ち働くそれぞれの年配の女性から、客として入っている者たちにも色々な人達がいる。ポカンと見とれている彼を見て「おい、何に見とれているのだ。ここへ座れ」と椅子を勧められた。
「何をって、びっくりしましたよ。ここは、まるで私が生きていた頃の学食のようではないですか。こんな世界が有ったのですか。すると、ここは諸に聞く極楽なんですか?」と訊くと、「ここは極楽ではない。極楽はもっと別の所にある。ここはな、あの世(現世)とこの世(来世)の中間点とも言うべき所だよ。つまり、我々のような現世で<死んで形の無くなった人間>でも、ここに来れば形のある人間とされ、未だに来世の人間とは見なされない<中途半端な人間>なのさ。まあ、それは後で追々と分かるようになると思うが、 どうだい、決心は付いたかい。それとも地獄に行くかい」と訊いた。

はい、決心しました。どうせ私は死んだ人間ですし、それこそ現世ではぐうたら人間だったものですから。私の行動如何によって親が幸せに過ごせるとあっては、これは命令に従うしかないと思いました。しかも、この命令と言うか仕事は、何かとてつもない尊い仕事のように思え、これはやるしかないと思いました。死んだつもりでと言う言葉がありますが、私はすでに死んだ人間ですから何でもやれると思ったからです。まさか幽霊になって出ろと言うのではないでしょうから」と、一夫もくだけた話し振りになっていた。
「まあいい。そう決心してくれたら急ぐ事はない。さあ、飯を食おう。ここはバイキング方式になっていて何でも好きな物を取って食えばいい。坊主の世界はお粥と一汁一菜と決まっているが、ここは違って何でも食えるぞ。肉もあるし酒もあるが、酒は夕食にしか出て来ないからな。生臭坊主だな俺達は」と笑った。

こうやって話し合って見ると、何となく気さくな先輩ではある。
この人も、かっては自分と同じような運命にあった(多少違うが)人だと思ったら、何となく兄のような感じを覚えるようになっていた。しかし、ここは一体何処だろうと思った。此処にいる人間?は皆亡者なのだろうが、皆が生き生きして動いているのが不思議だった。食堂のお客の中には、僧形をした人もいれば軍人のような格好をした人もいる。更に、現世では何処にでもいるような普通の小父さんや小母さんや姐さんもいる。彼等は一体、ここで何をしているのだろうかと思った。

「観世音菩薩様はな、普段はここには居られないのだよ。昨晩はお前さんに会うためにわざわざ高弟たちを連れて来られたのだ。今はもう居られない。あの方達は別の世界に住んで居られるのだ。一口に十万億土と言っても色々な世界がある。我々の知らない尊い世界があると言う訳だ。私の名前か、私の名前なんかはどうでもいい。
これから二人の教官を引き合わせるが、名前を呼ぶのに困るだろうから私をAと呼び、後の二人をB,Cと呼び、お前さんをDと呼ぶ事にしよう。現世で呼んでいた飛山一夫と言う名前は、たった今消滅した事にしよう。とは言っても、君の名前は闇魔の庁の鬼籍簿には永久に載っているけどな。それは私も同様だが、まあ、そんな事はいい。さあD君、食事が済んだら外に出よう。何、ここの料金?そんなものは要らない。ロハだよ」と言いつつ二人は外に出た。

「ここでも雨が降ったり晴れたり、時には嵐になる事もあるのですか?」と訊くと、「あるさ。いかに亡者の世界だと言っても、その点は現象世界と変わりはないよ。違うと言う点では、憎しみがない世界だと言う事かな。現世で言う一切の悪が存在しないのがここの特徴でね。つまり、我々は現世のあらゆる悪を浄化するために働いているのさ。大体分かって来たと思うが、私がこんな格好をしていても、戦争をしに行くのではない。むしろその逆だよ。あそこに私と同じ格好をした二人が見えるだろう。引き合わせるから付いて来なさい」と言われるままに付いて行く。

ここの食堂は素晴らしい。何でもある。肉から魚から野菜類、そしてパンから麺類や米飯もある。現世で言う西洋料理のようなものから中華料理、もちろん日本料理もある。その全てがすこぶる旨い。
驚く事に、朝から刺身で飯を食っている奴らもいるから、ひょっとして、ここが本当の世界で現世が仮の世界だったのか(仏教ではそう教えている)と思って見たりする。

「さあ、引き合わせよう。この人がB君、そしてこの人がC君だ。 君達、この者が新入りのD君だ。よろしく頼むよ。D君もやっと決心してくれてね。一つ、教育方よろしく頼みますよ」と言ったので、「私はDと申します。まだ何をやるのか全然分かりませんが、A先生が、とにかく決心しろと言われたものですから、やる事に決めました。よろしくお願いします」と挨拶した。
「ここでは先生なんて言わなくてもいい。確かに先輩後輩のけじめはあるが、呼ぶ時は単にAさん、Bさんでよろしい。分かったな」と言われ、「分かりました。そうします」と答えた。「それではB君、C君、私は他の仕事があるから失礼する。よろしく頼むよ。D君、しっかり勉強して早く一人前になれよ」と言って立ち去った。

「さてD君。俺達の格好を見てどう感じたかな。そう、俺達はパイロット(飛行機操縦者)なのさ。君もこれからみっちり訓練して、早く一人前のパイロットになってもらうのだが、その前に、俺達の仕事と理念を説明して置きたい。A先輩はこの事については一言も説明していないと言っていたが、一言で言えば、俺達はある飛行物体に乗って現象世界に行き、憎しみや復讐心を無くするために働くのだ。方法は追々教えるが、先ず、君はその飛行物体の操縦に習熟してもらわなければならない。今日から半年の間みっちり訓練に励んでもらう事になるが、習熟するまでは辛い時も多々あるが辛抱できるかな」と言うので、「はい、死んだつもりで頑張ります」と言つたら、「死んだつもりか。死んだ人間にそう言われたら、返す言葉がないな」と大笑いになった。

かくして飛山一夫の第二の人生?の訓練が始まった。二人の教官は、「先ず、君に見ておいて貰いたいものがある」と言って一夫をある所へ連れて行った。そこは広大な飛行場と言いたいところだが、そんなに広い場所ではない。むしろ、その周辺に点在する大きな工場群のようなものが目に付く。三人は、とある格納庫の中に入って行った。一夫は息が止まるほど驚いた。その大きな格納庫の中には、一夫が今まで見た事もない乗り物(飛行機らしい)が三機格納してあった。

「どうだい、びっくりしたかい。これが俺達が乗って飛んでいる飛行物体さ。現世で言う飛行機とは似ても似つかない乗り物だ。この乗り物は、この周辺に点在する製造工場で作られている。俺達は戦争をするのではないから大量生産は必要ないし、現世の飛行機のように消耗しないから、そんなに数多く要らない。この乗り物に耐用年数と言う現世のような物差しがないからだ。どうだ、もっとよく見てご覧」とC教官が言った。改めて一夫はその飛行物体を眺めて見る。この飛行物体は翼がない。その形は全体的に円形を為しており、強いて言うなら、翼と言えるものは、この円形を為している機体の端にある鰭のようなものだろうか。動力源(エンジン)は何処にも見えないが、この機体の周囲六ヶ所の所に排気口があるところを見ると、どうやらエンジンは内蔵されているようだ。この形は何処かで見たような気がする。彼は頭を巡らせていたが、あっと驚いたような声を発した。

「ようやく分かって来たようだな。これは君が考えているような乗り物だよ。そう、現世ではUFO(未確認飛行物体)と呼んでいるようだな。俺達はこれに乗って仕事をしているんだよ」と言った。
機体の下に昇降口があって機内に乗り込んで見る。コクピットは意外に広く、現世で言う六畳ほどの広さがあると見た。コクピットは360度四方が見渡せる広いキャノピーがあって、すこぶる視界がいいように思えた。換縦席が三カ所あると言う事は、どうもこの飛行機?は三人乗りだなと思った。

換縦席の前にある計器盤だが、これは全く信じられないほどの簡単なもので、かって、一夫が乗った事のあるソアラー・グライダーとそんなに変わったものではないなと思った。それに操縦梓と言うものが無いのにも驚かされた。飛行機を操縦するのに必要な換縦枠が、何処を見ても見当たらないのだ。彼は「一体これはどうして動かすのだろう」と心の中で思ったが、口に出して訊く事は止めた。

「君の顔に書いてあるぜ。この飛行機は何処にも操縦梓が無いってな」とB教官が言った。「換縦席の前方にスクリーンがあって中に無数の線が引かれているだろう。この複雑に描かれた方線は、この飛行機の全方位を表している。つまり、現世の空港に於ける管制塔のスクリーンに類似したものだが、管制塔と違う点は、このスクリーンは、我々がこの機に乗って自在にこの機を操ると言う点だ。
分かるかな。俺達は、この機を換るのに手や足を使わない代わりに自分の目を使うと言う事だ。もちろん、飛行機には速度を上げたり減速したり、方向を変えたり旋回する事も必要だし、時によっては急上昇や急降下も要求される。だから、それを我々は手や足を使わずに自分の目でそれを行うのだ。どうだい、まだ納得が行かないだろうが、その点については明日から2ケ月間、みっちりと座学を行う事になっている。A先輩が君に直接講義される。しっかり頑張れよ」と言った。

「この円盤型航空機は、現世では「空飛ぶ円盤」あるいは「UFO」と呼ばれているものだが、かって俺達の先輩は、およそ一千年以上も前からこの円盤、と言っても古い型式のものだが、地球上に現れているんだ。何、ここは地球上ではないかって?バカを言え。ここが地球上である訳がない。俺達がいるこの世界は、地球とは全く無縁の別次元の世界なのだ。それと、地球人は我々と、そして先輩達が乗った円盤機を見て「彼等は宇宙の星から飛来した」と言っているらしいが、確かに大きな意味では宇宙に違いないが、我々の存在は、決して彼等地球人には見えないのだ。見えるとしたら、この円盤機だけだ。

なぜなら、この円盤機は、彼等、現世の人間に見えなければ意味がないからだ。まあ、その間題はこれから追々と話すとして、D君、この機体構造を為している金属は何だと思うかね。現世の航空機は今、ジェットエンジンを使ってスピードの極限に迫りつつあると言われているが、人間が乗る航空機では、実験機がやっとマッハ6に達した程度だし、実用機となると、マッハ3程度しか出せないのが現状だ。もっとも、爆薬を積んで成層圏を飛ぶ無人のミサイルと言うやつは、マッハ6から10は出すと言われているが、人間が乗って飛ぶ航空機がマッハ1や2しか出せないのは、それは何が原因だと言えば、超超高速を出せば機体が異常な高温状態となり、場合によっては機体の表面が溶ける事があり待るし、中にいる人間が危険な状態になるからだ。それはなぜか?地球上には超超高温に耐え得る金属がないからだ。爆弾やミサイルは表面がある程度どうなろうと構わない(どうせ爆発するものだ)が、人が乗って飛ぶ物体となると話が違って来るからだ」と、延々と講義は続いた。伝説の乗り物<空飛ぶ円盤>を目の前にして、一夫は何かSFの世界の話のようだと思ったが、正しく此処はSFの世界なのだと改めて確信した。


(第一部 完)

 

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