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interview3

私たち東京スコラカントールムは、2011年10月21日に、第54回定期・慈善演奏会「ある聖歌史VIII ~17世紀後半 イギリスとフランスの耀き」を開催します。前回のロマン派とはまったく違う音楽に向き合うこととなりました。練習が始まってすぐ、先生の口から「フランスの香り」というキーワードが出てきました。フランスの香りって、何?? 最初に生まれた疑問でした。それを明らかにするべく、またも青木先生直撃インタビューを敢行しました。

選曲・プログラムについて

♪ほぼ同時代の違う地域の音楽

——第54回定期・慈善演奏会では、パーセルとシャルパンティエというイギリスとフランスでほぼ同時代に活躍した作曲家の作品を取り上げることになりましたが、どう思われましたか?

二人の作曲家の組み合わせは、悪い組み合わせではないと思います。ただ、現代人から見ると、同じと言っても良いくらい似ている部分が多いので、距離感は難しいですね。近いから似たようなものだと言ってしまえばそれまでですが、「似て非なるもの」で、イギリスらしさとかフランスの様式感、二人の作曲家の個性やスタイルの違いをはっきり出すのが難しいプログラムであるのは事実ですね。当時聴いていた人たちの音楽性や国民性・社会背景などが違うのだから出てくる音楽も違うと思います。

♪選曲のしかた、納得のいくプログラム作り

——近年スコラではプログラム企画にあたりいろいろな工夫や試行錯誤をしています。プロの方がプログラムを決める時は、テーマなどを皆で相談したりするのですか? またご指導されている他の団体ではどのようにして決めていますか?

選曲については、プロでもアマチュアでも団体によって事情が全く違うので何とも言えません。プロの団体の、例えばカペラやBCJでは我々は一切タッチしません。また、リサイタル的な演奏会の場合は、基本的にはやりたい曲を選びます。自分が企画をする時にも、大きなテーマを作ってからプログラムを組むことはあまり無く、やりたい曲を選んで、後づけで曲のタイトルをテーマにすることはあります。あとは音楽会全体の流れで、その後にはこの曲を入れようとか、最終的には全部きちんとまとめます。

——アマチュアの団体の良いところは「歌いたいものを歌う」という部分だと思うので、大変でも自分たちで決めたいです。少なくとも、こんな演奏会をしたいという気持ちや、決められたプログラムであっても自分たちなりに納得したり消化したりする過程を大切にしたいです。ちなみに先生、次こんなのはどうかとか、これはやめた方が良いとかはありますか?

特にはありません。それに、よほどでない限りは拒否しませんよ。

 

パーセルについて

♪パーセルの魅力とその中にあるフランスの香り

——パーセルは、日本では演奏機会が少ない作曲家ですね。先生にとってのパーセルの魅力ってなんですか?

難しいですよね。パーセルの曲の最初のイメージは、地味ですね。きらきらした感じというか派手さがないというか、何も知らない人がパーセルの楽譜を初めて見たら、暗いなぁと思う人がほとんどだと思います。パーセルの音楽の装飾的な部分は楽譜に書かれていません。ルネサンスの自由な部分、隙間の多い部分に隠れているんです。例えばヴァース・アンセム(Thy word is a lantern)でいうと、ソロの部分はシンプルで当たり障りのない平凡な楽譜に見えますよね。華やかさは歌い手が装飾音符を入れることで出てくるようになっています。声じゃなくて音楽を聴かせる、本当の表現の引き出しが必要になります。ですから、声を聴きたい人にとってはパーセルの音楽は退屈なものに聞こえてしまうかもしれないと思います。

実際、日本ではあまり演奏されません。今回のアンセムのように演奏機会が少ない曲を取り上げることはとても大切だと思います。でも、普段演奏されない曲をやるのはそれだけエネルギーがいることです。どれだけ自分たちが曲の中で良い部分を見いだせるかどうか。曲の良い部分が好きな部分につながって行くと思いますけど、そういうキラリと光る瞬間を練習の中でいかに多く見いだすか。これだけいい曲があるんだというメッセージを送ることも大切だと思います。

——英国人にはパーセルを「自分たちの作曲家だ」と胸を張る方が多いですね。一方で英国の音楽の中では、パーセルの音楽、あるいはコンティヌオの演奏法のような重要なことも含め、受け継がれることがありませんでしたね。大きな断絶があります。

私は今、パーセルプロジェクトという企画をやっていますが、彼はもっと表に出てこなくてはいけない作曲家だと思います。英国人はパーセルが好きで、普通に演奏会として取り上げます。日本人が滝廉太郎を好き、というのと同様の感覚だと思います。現代人はプッチーニとかヴェルディのオペラみたいにテクニックを駆使したきらびやかに響き渡る声を重視する傾向ですよね。でもそれはパーセルより150〜200年くらい後、ベートーヴェンとかが出てきてからのことです。それより古い時代の音楽は、ある種の繊細さをもっていて、上演もサロン的なコンサートでしたし、声そのものではなくて、どういうふうに音楽を聴かせるかを考え工夫しなくてはならず、その点がとても興味深いし、魅力だと思います。

例えば、パーセルの次に英国で活躍したヘンデルだと、曲そのものが持っているもので何とかなる感じがします。パーセルにももちろんメロディー自体に依存する部分はありますが、歌い手が入れる装飾音が加わることによって何倍にも音楽が華やかになります。そして、実はこのあたりに「フランスの香り」がしてきます。フランス音楽に使うのと同じ種類の装飾音を使いますし、イタリア系の装飾音のバリエーションは付けることができません。イネガルという言葉はでてきませんが、パーセルの音楽の中にもイネガルがあります。Jehovaのバスのアリアの八分音符ところなんかは、イネガルと同類の付点のような歌い方になります。これについて理論書がいろいろ出ています。G.カッチーニが初期イタリアものに関しての理論書(『新音楽Le nuove musiche』1601年)を書いたように、モルデントのような当時の装飾音の説明についても、アーノルド・ドルメッチ(1858〜1940年)という人が書いています。でも合唱だと装飾的な部分は既に音符として記譜されてしまっているものが多いかもしれません。

——Jehovaの最初、まず3声で「Jehova〜」とでてバスが出た後、ソプラノ2が後で入ってくるところとかですか?あそこはポリフォニーの構造として装飾的になっているような気がします。

あれはどちらかというとオルガン音楽ですね。すごく器楽的です。で、その次のフレーズからは言葉に従って音をシェイプさせます。さっきは隙間が多いから装飾音で隙間を埋めると言いましたが、シェイプさせることは、逆に隙間を作ることです。音がなくなるような気がして怖いかも知れませんが、隙間を作ることで他のパートが聴こえるようになります。そうしないと、他のパートに音で蓋をするということなので。

パーセル生誕350年の時に出された論文では、ベンジャミン・ブリテンが出したパーセルの編曲集のディナーミクなどの付け方がイタリア歌曲に似ていると書いてありました。元の楽譜に書きこまれていないものを、その時代の人にうけるようにロマンティックに編曲してしまったと。当時の演奏法は、楽譜化されていないから文献でしか残っていません。それを、元の形に復活させたのがデラー*です。20世紀に入ってデラーが復活させなかったらパーセルはこの世に戻ってこなかっただろうと言われています。幸運なことにたくさん録音を残していますから聴くことができます。とはいえ難しいのは、それが本当に元の形なのかというのは、パーセルと同時代の人にしかわからないわけです。

それにしても、デラーがいなかったら今のカウンターテナーはいませんよ。デラーが、当時の英国で活躍していたカウンターテナーという声種でパーセルを装飾的に歌ったことによって、パーセルという作曲家も、カウンターテナーという声種も復活しました。カウンターテナーにとって、パーセルというのは、大切なレパートリーの一つです。

*アルフレッド・デラー:イギリスの声楽家。ルネサンスやバロック音楽においてカウンターテナーという声種が使用されていたことを世に知らしめた主要人物の一人。(Wikipediaより)

♪パーセルの作品と時代背景

パーセルは36歳で亡くなっています。もし、彼がもうすこし長生きしていたら、状況は随分変わっていたでしょうね。今みたいに隠れた存在ではなく当時は最高の音楽家と言われていました。10代で楽譜を出版し、20代でもう楽長になっているわけですから。モーツァルトが神童だって言われていますけど、パーセルにはそれに負けないだけのものがあったはずです。でもそれがたまたま英国だったことや、ヘンデルが英国に渡って来てしまったことなど、いろんな偶然が重なった結果、300年忘れられるわけです。

——あと20年長生きしていたら、つまり1720年代まで生きたとしたら、弟子筋が育っていたかもしれませんね?

可能性はもちろんあると思います。パーセルは英国でとても愛されていましたからね。同じ国教会でもバードとかタリスとも全然違うスタイルです。1695年にパーセルが亡くなって1698年に奥さんによってスピネットのための曲集が出版されたり、数年してから歌曲集『オルフェウス・ブリタニクス』が二つくらい出ています。

ヘンデルがイギリスに来たのが1710年だから接点が生まれますが、その関係ではやや微妙なとこがあります。ヘンデルがやってきて、『リナルド』などで成功して、パーセルはあっという間に忘れ去られ過去の人になってしまいます。つまり、当時の英国に生きていた人たちにとってはヘンデルの「現代曲」が良かったわけです。もしヘンデルが英国に来ていなかったら、死後のパーセルの立場はもう少し変わっていたかなとは思います。ヘンデルがイタリアの華やかな音楽を持って来ましたから、パーセルの音楽は、過去の古い音楽と認識されてしまったようですね。もったいないですよ。

——パーセルも劇音楽を書いていますが、どのくらいの規模の会場で演奏されていたのでしょうか。

パーセルの演奏会場の規模については、私はよく分かりません。ただヘンデルほど大きい所ではないはずです。使う楽器の量や登場人物の数、合唱の人数を考えた場合に、そんなに大規模ではないので、オペラ化してちゃんとやったとしても、舞台装置もそんなに必要ないだろうしお金がかかっていない、と想像できます。ヘンデルはお金無いくせに、お金かけていますからね。

おそらく演奏会の宣伝の仕方も全然違うと思います。ヘンデルは新聞に全面広告とか大々的に載せて宣伝したという記録が残っています。でもパーセルの場合はそういう記録があまり残っていないはずです。ほんとにクチコミ(!!)と出演者関係だけで、チラシみたいなものがあったのかどうかも分かりません。17世紀の後半だから、まだイギリスはサロンの時代ですよね。ヘンデルまでいくと劇場で、興行主がいて、貴族だけではなくブルジョアジーが見に来るわけですが、サロンでは、貴族の館の客間のようなところに個人的に親しいお客さんを呼ぶ。パーセルは、そんなサロンが主な活躍の場だったでしょうね。あとパーセルは王室からの依頼で書いていますね。例えば、クイーン・メアリーの誕生日ためのオード*とか、たくさん残っています。だからそういう意味ではヘンデルとまったく立場が違います。

*オード 頌歌:壮麗で手の込んだ抒情詩(韻律)の形式。楽曲としての頌歌も、詩の頌歌同様知られている。高位の人のための頌歌にもよく曲がつけられた。(Wikipediaより)

——作品に誕生日とか即位式のための音楽が多くて、まるで王室付き作曲家。こういう音楽は、王室が頼むのですか?

依頼だと思います。バッハも市の参事会の交代式のための曲とか多く書いています。カンタータの119番とかね。つまりはパトロンが誰だったか、ということですよね。国の社会構造によって、王様が独占な力を持っていたのか、貴族がたくさん力を持っている所なのかという違いでしょう。パーセルは、聖歌隊からスタートしていますが、そこでジョン・ブロウに習っています。ブロウに関する文献は世界的にほとんどありません。変な言い方ですが、弟子のパーセルにみんなもっていかれて。私はブロウが大学院の論文のテーマでしたが、その時に取り上げたのが、ブロウの『H.パーセルの死のためのオード』でした。それで、明日香と出会いました。卒業試験でリコーダー吹いてもらうために。(なるほど〜〜笑)

以前に新大久保のルーテル教会でも、オランダ人のマールテン・エンヘルチェスとカウンターテナー二人でやりましたよ。リコーダー2本とカウンターテナー2人と通奏低音で、あれは、まったくオリジナルの編成です。

——あの演奏会はものすごく印象的でした。カウンターテナーのイメージがとても大きく変わりました。
ということは、パーセルはヘンデルに負けて、J.ブロウに勝った?・・・もしかして早死にすると有名になる!?

弟子の方が有名になっていますからね。ただ、ヘンデルとパーセルを比べるのは、本当はよくないことですよね。全然違うものですから。ヘンデルは外から来た人で直接の因果関係も接点ありませんが、イギリスの音楽史という観点で考えた場合には、パーセルの後に来るのがヘンデルだから、どうしても二人を比較してしまいます。なぜ英国にパーセルの音楽を受け継ぐ作曲家が出なかったのか、よく分からないですね。次に出てくるのはエルガーやブリテンの時代になってしまいます。家にある作曲家の木を見るとほんとに不思議。イギリスのこの辺の時代だけはスカスカなんです。

 

シャルパンティエについて

♪シャルパンティエの作品と功績、その魅力

——シャルパンティエは、テ・デウムと真夜中のミサくらいしか知らず、こんなにたくさん曲を書いていると初めて知りました。それに、教会音楽家だと思っていたので、モリエール*と組んでコメディ・フランセーズ(王立劇団)に関わっていたというのもすごく驚きました。フランス音楽におけるシャルパンティエの功績とはどんなものでしょうか。

教会音楽家としてのシャルパンティエの功績というのは、当時のフランスではあまり使われていなかったオラトリオ形式やレチタティーボとかをイタリアから持ち帰って教会音楽に取り入れたところです。それまでのフランスの音楽に少し違う空気を入れたこと。ほんの数年イタリアに行っている間にカリッシミに習っているんですよ。「オラトリオ」を最初に作ったと言われている人です。ただ、それが当時の人たちにどうやって受け入れられていったかは、私はよく分かりません。シャルパンティエには、不遇の時代があって、教会音楽は1680年代以降のサン・ルイ教会の楽長時代に書いています。その少し後、やっとルイ14世と関わりのあるサン・シャペルの楽長になり、華のあるところに行くことができたわけです。また、モリエールがリュリ*と袂を分かってシャルパンティエとくっついて、コメディ・フランセーズで活動するようになりました。教会音楽ではなく劇場音楽を書くようになったのはそれ以降のことです。でも、私の中ではどちらかというと教会音楽を多く書いているイメージがあります。だからオペラはリュリで、教会音楽がシャルパンティエっていうイメージがすごく強いですね。私自身が全体を見られてないせいもあるのかもしれないですが。

*モリエール:17世紀フランスの劇作家
*リュリ:ルイ14世に重用された作曲家。14歳の時にイタリアからフランスへ移る。

——シャルパンティエの魅力というとどんなところでしょうか。

難しいですね。シャルパンティエの音楽の魅力・・・音域が合わないこともあり、私自身は、一番通っていない世界ですから。フレンチの魅力というのは、歌の立場から考えると、装飾音とか細かい経過音の入れ方のような音の使い方だと思います。ドイツ音楽には全くみられない独特の表現があります。イタリアにおいては、初期イタリアンにみられる同度音の反復とかは少し近いものがあって、フランス音楽につながっているように思います。ドイツに「全く無い」というのは間違っているかもしれませんが、それは、言語の違いも大いにあると思いますし、やはり国の違いですかね。ビールを飲むかワインを飲むかの違い。国民性の違いというのはとても強い気がします。フランス人がドイツ語の歌を歌うとヘタクソですしね〜。

♪「フランスの香り」とはどこから来るの

——フランス的なもの「フランスの香り」とは何でしょうか、また、それはどこから生まれるのでしょうか。

新興国フランスの音楽、イタリアにはない要素といえば、コメディ・フランセーズに代表される劇音楽と、バレ・ド・クール(宮廷バレエ)として発展した舞曲ですね。舞曲は、リズムが主体の器楽曲に源をもっています。その意味では当時のフランス音楽にはイタリア・英国と比較すると、器楽と踊りの要素が大きいのではないでしょうか。声楽曲の視点から取り上げるフランス音楽と、器楽の視点から見た時のフランス音楽とでは、かなり違うかもしれません。それに対して英国の音楽は、アンセムのように言葉を伝えるための音楽としての歌の要素が大きいかもしれませんね。フレンチは、音があり、舞曲があり、言葉を当てはめると歌になるイメージです。フランドルはまた別。言葉ではなくメロディラインが主と言えますね。

 

明日香さんから・・・

器楽の立場からいうと、歌詞がついているフレンチの歌曲は、イネガルも、いろいろな装飾音符も、フランス語のしゃべりやすさに由来します。つまり、語り口から派生したもの。それにたいして、舞曲は、踊りからうまれたものであり、リズムパターンに音の高さがあるのみなんですよ。

 

♪イネガルの難しさと楽しさ

——私たちにはなかなか分かりにくいイネガルですが、当時の人たちは文化・常識として共有していたのか、それとも作曲家が意図的につけていたのでしょうか。バロック時代特有のものなんでしょうか。例えばシャルパンティエがカモメのスラーをつけているのは確かにイネガルの指示ですよね?何かを狙ってそう演奏したのか、それとも自然になっちゃったのか・・・。

自然にそうなった、という方が多いと思います。フレンチ音楽の特徴として、拍を決めないようにしている部分が強いと思います。それはダウンビート・アップビートがはっきりしたドイツ音楽への対抗、差別化を図ろうとしたからなのかもしれませんし、もともとフランス人がドイツ人のように演奏できないので、自分たちの国民性にあった演奏法を研究した結果、そうなったのかもしれません。すみません、でも今までそんなこと考えたことが無かったので・・・とても難しい質問です。結果論だとは思いますが、音楽を捉える時に目の前にある音符を自分たちなりに表現したらたまたまそうなったというのが強いと思います。作曲家がそういうスタイルを作り上げたのではなく、プレイヤーが作って来たスタイルが作曲家に影響を与えて、という順番だったのではないか〜という気はします。

——だとすると、私たちもプレイヤーの端くれとして、どうやって「イネガるか」をまず自分の中で感じるということ、とても大事ですね。イネガルの仕方にもルールがあるけどルールの通りに演じるというより、自分がどう歌いたいかというのをまず感じるという順番で良いってことですか?

それで良いと思います。音楽というのは、文献を読むというのも大切ですけど、いろいろ試してみて自分なりに作って行くものですからね。いろいろやってみて、で文献を読んで「あ〜やっぱりこれで良かったんだ」という裏づけにはなります。例えばイネガルというのは跳躍のところでは存在しませんね。実際、跳躍のところでイネガろうと思ってもどうしても付点になってしまいます。そうするとやっぱりそうなんだと納得できます。同じように順次進行のところでは、ちょっと詰まったり広がったりしたほうが音楽として進みやすくなります。で、文献を読むとやはりそう書いてあります。イネガろうとするとどうしても遅くなったりしてしまうのは、イネガルの感じ方が、付点と同じように「重い・軽い」になっちゃっているからで、重たくなってしまってはいけません。

——アーティキュレーションとは違いますか?

全然違います。イネガルは絶対に切れることがありませんが、アーティキュレーションは切れてしまいますね。イネガルは難しいですね〜私もまだまだ勉強しなければいけないことが沢山あります。

——イネガル的な感じ方って、舞曲であればフランス以外の国にも伝わっていますか?

ありますよ。ブーレにしてもそうだし、クーラントとかジーグ*もそうだし。バッハはきちんと勉強をしていますよ。バッハの音楽にはそれらフレンチ風の要素が入っています。勉強して実験的に入れているだけで、完全に理解して使っているわけではないだろうと言われていますが・・・なので矛盾するようですけどバッハの曲でメリスマを演奏する時に少しイネガルっぽくするときもあります。

*ブーレ、クーラント、ジーグ:いずれも舞曲の種類。

♪女声のアルトはどうしたら良いの?

——シャルパンティエの中ではアルトにテナーのような役割が与えられていますよね。曲の中でも先導して歌う役割が多く、テナーのように歌うのは女声アルトには性格的にも声域的にも難しいように思います。

パーセルも女声はほとんど想定していませんね。パーセルのアンセムは礼拝の中で歌うように作ったものですが、基本的にはプロフェッショナルを相手に作ったもので、会衆の皆さんと一緒に歌うために作ったのではありません。想定しているグループがあって、礼拝でプロの聖歌隊が歌うために書かれています。

——女声のアルトを想定していない曲を歌う場合、女声ならではの持ち味はどうやったらでるのでしょう。女声の良いところは、集団で歌った時にやわらかくて厚みがある質感になるところだと思うのですが・・・。だって、ショル(アンドレアス・ショル:現代の著名なカウンターテナー)が10人いたらうるさいだけですよね。

確かに! ロビン(ロビン・ブレイズ:BCJ他で活躍するカウンターテナー)が10人いてもうるさいですよね(笑)

——青木先生が10人いても同じです!(笑)
カウンターテナーは、カストラートの流れだそうですが、オートコントルはどこから出てきたのですか?

現代は同じパートとして扱われていますが、元はまったく違うパートでした。ですから音域が違います。カウンターテナーはアルトから下に伸びた音域ですが、オートコントルは、テノールの高い声ですからカウンターテナーには低すぎます。畑儀文さんみたいにファルセットが出ていくらでも上に登っていける人には歌いやすいんじゃないかな。ちょっと上が出れば、アルトが普通に一番上のパートを歌っても良いくらいですよね。シャルパンティエの音域は女声だと自由に歌うのは難しいですよね。出すだけで精一杯、みたいになりがち。そういう意味ではパーセルも同じなのかもしれません。男声アルトを想定しているわけだから。

実際はフレンチには、ベルサイユ・ピッチというものが存在していたといわれているので、一般的には392です。だから、更に低くて、モダン・ピッチを基準にすると全音低いことになります。今スコラでやっているピッチは、あれでも当時普通にやっていた響きよりも半音上ということです。

——シャルパンティエで疑問に感じているのは、ミサ曲なのにどうしてこんなに踊りたくなるような曲なんだろうということです。

元の曲が舞曲だからですね。でも、歌に関しては舞曲ではないです。踊れる音楽というだけ。

ところで、ミサ曲には元になったノエルがあって彼はそれをできるだけ崩さずに、忠実に使っている部分が多いのですけど、何カ所かそれを使ってない部分があるのはご存じですか?Gloriaの最初、地に平和、のところとか、Credoの最初の所、それからet incarnatus estの所はノエルじゃないですよね。シャルパンティエは意図的にそういう所にノエルを使わなかったのだと思います。地に平和、とか信仰宣言とか、言葉が大事な所では既存の曲を使わずに新たに作曲し直しています。それが比較的2拍子系が多いです。

 

○その他練習法など技術的なことについて

♪音楽との向き合い方

——歌を歌うに当たってその作曲家を知ることは必要でしょうか?

時代背景とかはゼロではなく、ある程度知っておいた方がいいけれど、でも、その作曲家について完全に説明できなければいけない、とは私は思っていません。変な話、パーセルは短命だったということだけでも良いと思います。

——衣装を変えるだけでも音楽が変わるとおっしゃっていましたね。当時の衣装を着けて歌ったりリズムを取ってみるとか、やってみるとイメージが広がりそう。

いろいろなことを知る上で近道ではあると思いますね。あと、今回のシャルパンティエに関しては元の曲がはっきりしているから、元になったノエルや、挿入曲を聴いてみるのも良いと思いますよ。

——楽しい曲だと思うのですが、楽しい曲をまだ楽しく歌えないところが悩みの種です。

ある程度は楽譜通りに歌えないと、楽しさは出てきませんよね。それを超えてしまえば良いのかもしれないですけど。構造的にこうやって出来上がっているんですよっていうメッセージを出すことも大切だけど、曲の良さというか、純粋に面白い音型があるんだよという、ほんの一部でもそういうメッセージを発信することが大切だと思います。あとは音楽との向き合い方かな。自分たちがこの曲を演奏するにあたってどういう風にしたいかということ。CDなどで音は聴いていると思いますから、こんな音楽にしたいとか、こんな感じの演奏会にしたいとか、そういうイメージをしっかり持つことが大切ですね。

——純粋にプログラムという点では今回の曲は萌えますよね(笑)。

前回に比べて音楽が入って来やすいと思います。特に前回は萎縮したというか縮こまった形で音楽になってしまった気がします。それは勝手に私がそういう風に作ってしまったのかもしれないけど、こうならないように、こうしないように、という音楽だった気がしています。出っ張ってはいけない音楽、しちゃいけない音楽、こうやって歌ってはいけない音楽・・・結果的にそうなってしまったのは事実です。だから今回はそういう意味で、曲的にも自分たちのやりたいこととか体の中にあるものを表に出して、正しい、間違っているではなく、前に出せるようになると良いですね。やりたいことを表に出すのはとても難しいことですけどね。やりたいことを見つけるのが大変な作業ですから。五感を使って、味覚まで使って、和音を味わいながら頑張りましょう。

——先生の楽譜にも結構書き込みがあるんですね。

決めたことを忘れないためには書いておかないと。結構前に決めたことなのに、注意すると改めて書く人がいるのは驚きます。遅れてきたり、休んだときは自己責任でどんなことをやったかを確認することは最低限と思います。

♪「語る」と「歌う」のバランス・発音と発声や音程の両立

——良い演奏のためには言葉をしっかり語ることと、良く響く発声と正確な音程で歌うことの全部が必要ですが、どうバランスを取ればよいのでしょうか。

「語る」と「歌う」のバランスを取るっていうのもいろいろ練習の中である程度の道しるべが出来ればいいなと思います。ですからリズム通りに喋っていって、そこの音を当てはめていくという練習を私がいない時に練習してもらえば一番ありがたいですよね。喋る練習は、早口のところとか、見開きの1ページでもいいからそこだけ頑張ってやってもらってそれ以外は音の確認などを徹底してやるとか、そういう練習でいいと思います。 

ラテン語のフランス語風発音と良く響く発声に関しては相反するところがありますね。フランス語を歌う時の発声ってすごく浅いんですよ。発声が浅くないと音を回せない。だから発音も浅くなります。ドイツ語で歌うように深い母音を作って構えてしまうと歌えませんね。もっとも、発声それ自体はちゃんと身体を使った基本的な発声があったうえで、発音を浅くということです。難しいですけど・・・どちらかというと、日本語の曲を歌うのとフランス語の歌を歌うのは近いですよ。歌うときの言葉との距離のとり方というのはすごく難しくて、絶対にこうじゃなきゃいけないというのはありません。合唱団によって違うと思うし、スコラは歴史があるグループだと思うので、それがプラスに働くといいなあということが大いにあります。

——今までラテン語とかドイツ語の曲ばかり歌ってきて、英語の曲は歌う機会が少ないので結構大変です。

ドイツ語は発音するところと歌って響かせる場所が近いからそういう意味では歌いやすいです。英語は母音の中に、響かせる場所と発音する場所に距離があるものがあるから難しいですよ。ドイツ語は発音が一義的に決まりやすいです。英語は幅が広くてイギリス英語とアメリカ英語の違いもありますし、いくつも中間音ができてしまいますよね。だから合唱団としてまとめるのが難しい。最初に一つに決めてしまうのが一番響きとして安定します。

——地声をやめて響きのある発声を身につけるためには何が必要でしょうか。

せっかく通常練習とは別にボイトレをやっているのだから、積極的に参加することが大切だと思います。すぐには効果を実感できないかもしれませんが、自分では感じないほどの変化でも他人にはちゃんと分かることもあります。

♪正しいリズムのとらえ方について

——縦の線が合わない時など、どんな練習が必要でしょうか。リズムのとらえ方ひとつとっても一拍子でとる人、初見で正しい流れを把握できる人、いったん一拍子でとってから正しい流れに合流する人など様々です。でも音楽作りに時間をかけるためには、そこはなるべく早く通過しなければいけないわけで・・・

そのためだけの練習は必要ないですね。曲数をやるだけです。厳しい言い方をすれば、できない人は何をやってもできません。もって生まれた部分がものすごく強くて、あとの努力で埋められるところはごく僅かなので、とても難しいです。縦のラインを合わせる・・・音楽づくりの前にそれをやらなければいけないということは、私はあまり考えたことはないんですけど。作って行く上で合うようになっていくこと、音楽の方向性が決まらないと縦のラインは絶対に合わないので、その中でやっていかなければならないと思います。もちろん、合わせるようになるには練習をしなければいけないんですけど、合わせるための練習をしていったら、絶対に合うようにはなりません。音楽として成り立たせるためには、「合わせる」のではなく、「合う」んです。つまり、とっても難しいということです。

私の責任もありますが、縦を合わせるためにはその前の音をどうやって処理するかが問題になります。私の処理のさせ方が下手であれば、どんなに合わせようとしても合いませんよね。タイミングだけの問題ではないので、音として合っても、音楽としては縦が合っているようには聴こえません。音楽的に縦のラインが合うということは、とても難しいです。そのために良い練習法というのは、ズレたことを夫々が感じることができるようになるかです。「合わない」と言われた時に、「合わなかった」ことがわかるかどうか。そして合った時に、「あ!!」と喜びを感じることができるか。体感しないと難しい部分ですよ。それは一人では練習できないし、実は二人でも難しいですよ。でもスコラはまだ変われる可能性を持っていると思います。言われたことをその通りにするのではなくてそれ以上のことを何かしようとしているのは分かるから、そういう気持ちがあれば今回の演奏会で結果が出なくても先のことを考えるととても良いことだと思います。

 

 

○今後のスコラについて

——今度の演奏会でスコラが成長できるとしたらどんなところでしょうか?今回、似ているけれど違うスタイルの二人のプログラムの練習を通して、どんなところが進歩できるでしょうか。

例えば、舞曲とかにしてもそうですけど、シャルパンティエの舞曲のような3拍子の曲と、踊れるような曲だけれど、あからさまな舞曲ではなくて、どちらかというとそれを内に秘めるパーセルみたいに、どちらも違いを表現するに当たって、全身から音を出すことができるか、頭ではなくて体が先に反応するようになるというか、ということがあると思います。イメージを表に出すことができるようになって、そこにテキストの表現というか、言葉によって音の出し方を変えたり、ぺたっと一定の形で伸ばすことで重厚な質感にしたり、体が動ける中でそれを止めた状態で表現をできるようになるか、逆にシャルパンティエは体が動いて表現する、この舞曲はこういう踊りだからこう体を動かすべき、ではなくて自分が音楽的にこうしたいからそのためにはどういう体の使い方をするかですね。言い方を変えると、「静のパーセルと動のシャルパンティエ」なのかもしれないですね。

10月の演奏会に向けて、頑張りましょう。

2011年6月20日、7月18日

編集後記

ドーバーを隔てた英国とフランスの作曲家なのに、歌ってみると違いよりも共通点の方を強く感じる不思議さ。そしてなんと言っても「イネガル」。どこから、どうやって、どんなふうに、その後は・・・と、質問攻めでした。今回は、リコーダー奏者の高橋明日香さんにも、器楽の立場からの貴重なコメントをいただきました。青木先生、明日香さん、お疲れのところありがとうございました。
楽しい楽しいインタビュー、次回は、是非ご一緒にいかがですか?(Ma)

 

♪バックナンバー

第1回 ♪特別企画!青木先生直撃インタビュー!!
わたしたちにしかできないマタイ受難曲とは・・・

第2回 青木先生直撃インタビュー!!
ビクトリアとドイツロマン派にスコラが挑む!


 

 

 

 

 

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練習後の疲れた体にむち打ってのインタビュー。
先生どうもありがとうございました!

 

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左:H.パーセル、右:M.A.シャルパンティエ


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パーセルの自筆譜。
装飾的な書き込みが少ない。

 

interview3-Westminster

イギリス、ウェストミンスター寺院

 

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まだまだ聞きますよ〜〜

 

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難しい質問ですね・・・汗

 

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シャルパンティエの自筆譜。
カモメのスラー(イネガル)が書いてある。

 

interview3-baroquedance

バロックダンス

 

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明日香先生も登場。器楽奏者としての、フランス音楽へのお話をしてくださいました!


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「先生の楽譜にもたくさん書き込みがあるんですね〜〜!!」

 

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発声にも気遣いながら歌うには・・・?

 

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本番に向けて頑張ります!

 

 

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