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12/25

このところ立て続けに仕事を断っている。
まあ、スケジュール的に厳しいというのもあるが、私自身もう
そこまで頑張れないと思ってしまう、というのもある。
これまで新しい編集者から仕事を頼まれれば、それは新しい仕
事の開拓になるということで喜んで引き受けてきたけれど、今
は知り合いの編集者を大切にすることで手一杯。
そして「どんな仕事でも」がんばります! という状況でもな
くなった。驕るつもりはないし、そんな自分は戒めるべきと強
く思う。思うけれども、じゃあ私はどのあたりに着地するべき
なんだろう。私が変わらずずっと大切にしていたいものってな
んだろう。私の核となるものはなんだろう。

と少しばかり考えてはみるが、すっかりビジネスウーマンな私
は、深く考えることが面倒くさいと思ったりする。
とにかく時間がないんだもの。

でもとりあえず息子をちゃんと育てねば。
仕事を減らしたから子がちゃんと育つと言うことではないと思
うが、うちの息子に限っていえば、私が仕事を減らしてでしか
対応できない部分があるのだと思う。
ビアンキのような不安定な自転車を楽しむよりもフクラのソフ
ァのようなどっしり感を好むところは、私と似ているのかもし
れない。

家庭と仕事。
家庭を捨てて突っ走る人も世の中にはいっぱいいるし、家庭最
優先でものすごくきちんと線を引いている人もいっぱいいる。
今のところ私にとって、ライターという仕事は、家庭を捨てて
突っ走りたくなるほどには魅力的ではないし、家庭最優先と宣
言できるほど、のんびりしてもいない。

私の仕事への打ち込み方は、自分の不安定な心に向いあいたく
ないから、という部分がすごくある。
私の不安定でもろくてさびしくて弱い部分というのをいちばん
うまく解決するには何がいいのかしら。
仕事じゃないとすれば恋?
一般的にはそういう人も多かろうが、私はたぶん恋愛で救われ
るタイプではない。悲しいけれどたぶんそう。

 

11/25

朝からまたまた息子が学校に行かないとごねる。
まあ小学校中退と言う学歴もなかなかないものだから、いいか
もね、というと息子は複雑な表情。やめる気はないらしい。
結局10時半頃登校。

11時に某ホテル。女性編集者から「結婚します」との報告。
あららん。仕事はやめちゃうんだそうな。
その後伊勢丹で、ちょっとぶらぶら。
モスキーノで超ラブリーなスカート&ブラウスを発見。
すごく欲しいけど、上下で30万円。シルクとはいってもなあ。
今日着ているラクロワのセーターも6万ほどしたけど、どう見
てもそんな高いものには見えないし。
結局ケイタでワンピースを購入。ケイタがとても安く思えた。あ
あもう。ほんまにそんなことでええんかいな。

夕方某編集部。打ち合わせとかあれこれあれこれして21時半帰
宅。子どもたちはすやすや。シッターさんがとてもよい人で助
かる。すぐに夫帰宅。一緒に晩御飯。ほんとは早く原稿を書か
なくてはならないけどがまん。
がまん、と考えてしまうことが失礼だよなあ。
夫は、たぶん本当に家がつまらないと思う。
申し訳ないと思う。
私、すごくやりたかった仕事、1本ことわったよ。
だから許してね。

どうして私のさびしさには応えてくれないのに、私は彼のさびし
さに気をもまなくちゃならないんだろう、という疑問はこの際置
いておく。
だって明日から洞爺湖だし・・・。

 

11/24

深夜、寝たり起きたりしながらダイエット関係の原稿を書く。
4ページ分。前もって書いていたのでまあスムーズ。しかし、
ダイエット関係の記事を書いていていつも思うのは、ダイエッ
ト理論って、必ずどこかにほころびがあるということ。それを
なんとかわからせないように書くところがまあなんというか、
いちばん大切。
というと、読者をだましているみたいだけども、だますという
のとはちょっと違う。信じやすくしてあげるというか。

午前9時取材スタート。お料理の上手な人で段取りの悪い人っ
ていない。今日も朝早かったのにもかかわらず、下準備は完璧。
先生ありがとうございました。
そしてなんと手土産(ツッカベッカライ カヌヤマのクッキー)
までもらったわたし。なんて幸せなんでしょ。
お料理が上手な人、おいしいものが好きな人って、基本的にす
ごく気が合う。私は美食家でも通でも、大食漢でもないんだけ
どもなぜか、おいしいものが好きなんだよな。

そういえば、月曜日に取材したお料理の先生もお土産をくれた。
お手製のフィナンシェ。これがまためちゃくちゃおいしくて感
動もの。上手な人が作るべきお菓子の見本のような、ぜったい
に店では売っていない、とてもとてもおいしいフィナンシェだ
った。

その後、レンタル食器屋に返却に行き、帰宅。
こどもの友だちのまいちゃんとロールケーキを焼く。なかなか
うまくできた。そしてちょこちょこ仕事をしながら夜を迎える。

 

10/27

書く時間を決めれば、いいんだと思う。
でも、朝の8時前から出かけることもあれば、夕方出掛けるこ
ともあり、おまけに夜がめちゃくちゃ弱い。朝は強いけれども、
それを見越して、前日片付けなくてはならない仕事をそのまま
にしていることもあり・・・と。そうだ、楽天の三木谷社長が
できないことの言い訳を考える前に取り組め、って言ってた。
それはこういうことを言うんだな。

と書いただけで、更新。
毎日更新の意義を自らに問いかけてみる。
単なる憧れである。

 

10/25

何度も書くけど、毎日日記を書く人を尊敬しているので、私も
ちょっとやってみた。たぶん2日で終わると思う。でもやって
みる。

このところ、社長業に興味津々で、堀江さんと藤田さんのブロ
グは毎日チェック。堀江さんの稼ぐが勝ち、ユニクロの柳さん
の一勝九敗、富士通成果主義の崩壊、などを読んでふむふむな
感じ。先日はある社長とフグを食べた。その前には何人かの社
長をインタビュー。
なにゆえそんなに興味があるかというと、タフだから。
「落ち込んだことがない」とか、けっこうみんなあっさりそう
言う。

人種が違うってまあそれだけのことではあるけれども、でも興
味あるよなあ。なんでそんなにタフなんだろう。
私も忙しいけれど、それは壊れそうにもろい心をもてあました
結果として、忙しくしているのだと思う。
カーステから何気に流れてきた「魚」に涙したりしてしまう自
分の何ともいえない不安定さを正視したくないから。

 

10/24

今年は、自分の収入をほとんど把握しないままぶっとばした。
ぶっとばしたってなんか下品だけども、まあでもそんな感じ。
考えているヒマがなかった。
ライターを始めて以来ずっと収入は右肩上がりで、そして毎
年のように、今年はラッキーすぎた。来年は下がるだろう、
と考えるのだけど、ラッキーなことにまたラッキーが続き、
そのままちょっと増えたりする、この日々。

しかし。今がピークなのでは、と思う。今のやり方では今が
ピークだろうな、という気が。
というのも、私よりももっとベテランの人たちが、私よりも
稼いでいるかというと、そうでもないのかも、と思えるから。
ベテランになると、はした仕事を頼みにくくなるのだろうと
思う。いきおい仕事量は減る。仕事量が減った分、ひとつひ
とつの仕事の単価が上がればいいのだろうけれど、そういう
わけにも行かない気がする。単価って、やっぱりそんなには
あがらないもの。

でも、私は今の自分の年収に(って、今年はまったくわから
ないけど・・・でも1000万には満たない。それはわかってる)
満足していないし、ということは、もっともっと考えなくて
はならないということである。
いやはや。
誰が、私がそんなにごーつくだと予想するだろうか。
隠しているつもりは全然ないけど、みんなあまりそうとは思
ってないんだろうなあ。

と、考えるふりをするが、結局は流されるままなのも事実で、
でもたぶんこうして「稼ごう」と決意して自分の気持ちを確
かめることが重要なんだな。

「稼ぎ」よりもやりがいを求める人も世の中にはいっぱいい
ると思うんだけど、そういう人はわりとよく「稼ぐこと」を
否定的にとらえる。稼ぐことよりも価値のあることをしてい
る、ことに誇りを持っている。
でも、やりがいというのは自分で感じるものだから、稼ぐこ
とに感じるやりがいと、稼げないけどやりがいはあると感じ
るそのやりがいとの間には、そんなに違いはないと思う。

 

10/10

ku:nel、という雑誌があるけれども、途中からどうもうさん
くさいと思うようになった。
「スロウライフ」というけれども、「売れる」という経営判
断のもと月刊化した、それって要するに商売だし、もちろん
広告も入っているし、毎月何冊売れているかを気にしている
だろうし、無理な取材もあるし、だと思う。
なのに、のんきそうにふるまう感じがなんとなくいや。
きっとすごくきちんと計算して「売れる」路線を編み出して
いると思うの。でもあえてそういうところは見せない。

たとえばLEEだって、すごくきちんとマーケティングして
いると思う。「売ろう」という姿勢が明確にあるし、でもそ
れを隠そうともしていないからいいいんだけども、ku:nel
はなんかこう自然を装う不自然、みたいなところがあるよう
に思えてなんとなくいやなんだな。

「ほぼ日」もまた、なんとはなしに好きになれないのもまあ
そういう理由。誠意ある運営に見えるけれども、なんとなく
うさんくさい。私の好きじゃないにおいがする。
あれは原稿料って発生しているのかなあ。
なんとなく、してない気がするんだけども、そういう雰囲気
が好きじゃないんだよな。
「仲良しが、互いの信頼関係に基づいて運営しています」と
いう雰囲気が・・・って、勝手に決め付けてるけど。

私は、きちんと商売するのが好きだな。
「買ってください」というストレートなメッセージが好きだ。

 

9/4

買い物の帰りにカフェに寄った。
手づくりな雰囲気が心地よい、いい感じのカフェだった。
コーヒーは、中川ワニくんのだった。手づくりの本が置いて
あった。クウネルもあった。天然酵母のパンもあった。
温かい雰囲気。

私が今の仕事を始めたのは、32歳の時で、なんのツテもコネ
もないまま、出版界に飛び込んだ。出版界と言っても最初は
小さな無料配布のタウン誌。でもまったくお金にならないこ
とに気付いていやになった。もっと稼ぎたい、と思ったけど、
やり方がわからなかった。わからなかったけど、ぜったいに
稼ぎたいと思ってた。

仕事が暇で、ファックスマガジンってのを出していた時期も
ある。「COOL UP!」と名付けたそれを、友だちの何人かにフ
ァックスしてた。「おもしろい」と言ってもらったけど、知
り合いにタダで送りつけて、「おもしろい」と言われても仕
方ないなと思った。
私の、書くことのスタートはそこなんだ。

どんな人生を歩みたいのか。どんな生活がしたいのか。
私は結果として出てくるものを受け止めたい。
幸せとは何かと考えるのも、好きじゃない。
忙しくて、じっくり考えるヒマもなく、ひょいっと高価な買
い物をして、指先をきれいにして、8センチヒールの靴で闊
歩する、それがまさしく私のやりたかった生活なのかと問わ
れれば、さてどうだったかしら、とは思うけれど、今のこの
ややお金にまみれた生活って、要するに、幸せとか不幸とか
そういうものとはまったく関係がない。

お金なんて稼げなくても、やりたいことをやりたいと思う人
もいるだろう。いつか本が出したい。人の心に残るものが書
きたい。書くことが大好き。いろんな人がいるだろう。
でも私は、稼ぐために書くんだ。

これからも、勝負するよ。稼ぐよ。見てろよ。
だって、私はやっぱりそれが一番楽しいもん。

 

8/14

仕事を始めて5年くらいになるのかな。
大体いつも6月7月あたりはだめ。落ち込むことばかり起きる。
で、8月になると徐々にぶり返すんだけど、今年は落ち込んだ
まま。いじいじぐずぐずだらだら。

ヘアサロンで星占いを読んでいたら、この1年は、12年に1度
の幸運期だったのだそうだ。たしかに幸運だった。
今年なかなか浮上できないのは、それが終わるから?
って、星占いを真に受けているけど、確かにこの5年はずっと
「ビギナーズラック」状態で、黙っていてもどんどん仕事が来
た。それを無我夢中でこなしていれば着実にキャリアアップで
きた。

この夏は、仕事を始めて以来、初の海外での休暇。そのために
幾つかの仕事を断った。私はこれまでほとんど仕事を断らずに
きて、完全休養日などなかった。旅先でも校正をしたり、アポ
入れをしたり。でも今年は休むことにした。夫婦関係がぎりぎ
りのところだった、ってのも理由ではある。でもなんとなく私
の中で、ぶっちぎりで仕事をする意欲が沸いてこなかったこと
も大きい。「もういいかな」と。

今、ある雑誌で連載をやっているので、月にある金額は保障さ
れている。編集者もいい人だし、と計算してみる。あと書評を
やって、あとポロポロとこぼれ仕事を片付けていれば、ある程
度は稼げる。

このところ、子どもにもかなり手をかけた。宿題をみてやった
りもした。ご飯だってまともなものを作っている。
そこそこの収入と家庭の平和。
私がやりたい生活。犠牲にしてきたもの。

私はどういう人生を歩みたいのかな。
不幸になってもいいからやりたいことをやりたい。
そう思ってこの5年間がんばってきたけれど、さてどうするか
ね。

 

7/4

今日は結婚記念日。確か11回目。
「スイートテン」なんて、すごく遠いところの話だと思っていた
のに、すでにそれを過ぎているなんて。
だけど年を重ねれば関係が深くなるというものでもない。
というよりも、だんだん互いに無関心になるのはなぜ。
知ることよりも、無関心でいることの方がラクだと思うのはな
ぜ。
家族になるといろんな思いが堆積する。無関心はその結果だ。
お互いすごくずるいんだと思う。

 

5/3

これまで私は、迷ったり悩んだりする自分にイライラしながらも
せっせと付き合っていた。いろんな悩みがあった。思春期のよう
な悩みが中心だった。
最近ふと、悩まなくなったことに気付いた。
辛いことも悲しいことも、反省も後悔も不安もあるけど、でも結
局は悩まない。
前進あるのみ、だ。

私には、たぶんいいところはいっぱいある。
誰でもそうだと思うけど。
私のいいところは、今すべて仕事につぎ込まれている。
だから、仕事以外の私は、悪いところだらけだ。
自分勝手で、自己中心的で、ぐうたらで、怒りっぽくて、忘れっ
ぽい。
仕事以外で私に関わるいろいろな人に、申し訳ないなと思う。
夫も子どもも友だちも親も。
わかってくれとも見守ってくれとも思わない。ましてや応援して
くれなどとは、思わない。
私は、ひとりでがんばるよ。
でも、時々ごめんね、って言いたくなる。

 

2/21

新しく知り合った編集者から仕事を頼まれた。「入稿は3月10日
を予定していますが、早めにいただけるとありがたいです」との
ことだったが、私、9日入稿はありえない。だってその日はスピッ
ツのライブ。丁重に、それはかなり無理だという話をしたところ、
なんと彼女もファンだった。灯台下暗し。

今もあれこれ仕事を抱え込んではいるが、なんとなく気分として
は落ち着いた。いったいあの騒ぎはなんだったんだろう。本当に
寝る暇もないくらいに忙しかった。
若い頃、忙しいとすぐに気持ちがささくれだって、人に当たった
り、自分に当たったりした。それでやるせなくなって、仕事をや
めた方がいいのではとか、こんな生活はダメだとか、こんな人生
が送りたいわけじゃないとか、思った。

しかしながら、最近はそういうこと、本当になくなった。
年賀状は10日過ぎに出したし、世話になった友人にお礼ひとつ言
えないし、せっかく買ってきたバレンタイン用のチョコはいまだ
にクローゼットの中だし、ほんとどーなってんの?って思うけど、
そういう自分の行いを深く反省したり、悩んだり悔やんだりする
けど、でも不思議と心は乱れない。

忙しかった期間中、うまくこなせた仕事もあるけれども、あまり
にも中途半端だった仕事もある。編集者は怒っているかもしれな
いし、もうその人からは仕事が来ないかもしれない。
悪かったな、とは思う。思うんだけども、いじいじしたりはない。
出会いがあれば別れもある。それは当然のことだと思う。
もしかすると、私の印象が、その人にとって「最悪」かもしれな
いけれど、それをいちいち悔やんでも仕方ない。
この時期、あまりに仕事をたくさん引き受けすぎたという点での
反省はするけれども、時間を戻したい、とか、きちんと説明をし
て今後はきちんとします、と誓いにいったりは、しない。
縁とか運とか、そういうのの大きな流れの中に私はいるんだなと
思う。去る人も当然いるだろう。

私は、仕事をバリバリやるぞ、と意識したわけじゃなかった。
もちろん目標は年収1000万円だ。でもまあそれは夢のようなもの。
実現可能性を具体的に考えたことはない。
でもなぜか、どんどんたくさん仕事が来て、そして仕事や編集者
に育てられて、なんというか、自分で言うのもなんだけれど、よ
うやく一人前のライターになったような気がする。

私が昔よく通って、半年で10万円くらい投じたのでは?という小
田原のレストランが、青山に進出した。マスコミにもいっぱい取
り上げられ、超一流レストランとなってしまった。広さも設備も
スタッフも料理も、全部グレードアップした。
でも当然「前の方が良かった」という客もいるだろう。
でも、もう戻れないんだ。彼はいまやスターシェフだ。
それは彼の目指すところだったんだ。

前に進んでいく時、捨てなきゃならないものもいっぱいある。別
れを惜しんでる暇なんてない。いや、前を進んでいる時って、気
づかない間に、いっぱい何かを捨てている。失っている。
そんな時に、湿っぽい人はすぐに「大切なものを失った」みたい
なことをいう。
大切なものは、お金に置き換えられないとか、大きいよりも小さ
い方が温かみがあるとか、地に足がついた生活がいいとか。
そう?
それは人それぞれでしょ?

私はね、そんなふうに思った時期もあったけど、今はまったく思
わない。だからって心の温かさを無視するわけじゃないよ。ない
けど、自分の手の届く範囲の幸せをかみしめる、ってそういうの
とは違う人生を、歩むようになったなという気がしてる。
たとえば、親の葬式にも行けないような、なんかそういうがむし
ゃらな人生になってきた気がしてる。
後ろ指さすひともいると思う。でもいいの。

自分で選んでそうなった、とは正直、思わない。言い訳のようだ
けど気がついたらそういうレールに乗っかってた。
でももう戻れない。
もちろん昨年末から今年にかけての、あそこまで忙しい思いをす
るような仕事の請け方はしないだろう。でもそれはクオリティが
保てないから、だ。人間的な生活がしたいからとか、そんな理由
とは違う。
夫や子供に淋しい思いをさせるのはどうか、とか、年賀状もロク
に出せない生活でいいのか、とか、色々思いはあるけれども、私
はこれからもこのレールの上を走っていくだろう。
たくさんの事を失うと思うけど、でも楽しいよ。

一生、地元の人を大切にする小さな食堂のマスターでいることを
選ぶ人生もある。私は、そんな店のコロッケを食べてしみじみ涙
しながらも、前に進んでいこうと思う。

 

1/6

年末に、ある作家と歌人をインタビューした。面白かったのが二
人ともネットの限界を語っていたこと。
「僕の読者って、ネットやってない人多いと思う」そんな話だっ
た。ランディさんなどは、ネットから生まれた人だけど、紙媒体
へとどんどん移行していった。
紙媒体は不滅です、とは思わない。それはわからない。
私の子どもたちの時代には、あるいはそうなっているのかもしれ
ない。でも紙の有用性ってのはあると思う。「物」として形があ
るということ。

これは別の人から聞いたんだけど、お便りを募集しても、ネット
よりもはがきで届くものの方がおかしかったりするらしい。
飲食店の広告(チケット)なども、ネットよりもホットペッパー
のほうがはるかに効果が高い。
紙媒体の流通性が、いまだネットよりも高いってことなんだろう
な。なんかそれはすごく面白いと思った。
ホットペッパーは、街角にひょいと置いてあるでしょ。ネットは
家の中のパソコンを開かないと出てこないでしょ。人によっては
ネットの方が便利な場合ってあると思う。というかそういう人の
方が多いんだと思ってた。でも違うんだな。
投稿だって、ネットでできる方が便利じゃない? いちいちはが
きを用意して、書いて、ポストに入れて、なんて面倒。
でも、そっちの方が面白い投稿が多いんだよ、って教えられて、
すごく楽しくなった。まだまだ街には魅力が溢れてるってことだ。

作家もホームページを持つ人が多いけど、それだけに頼っている
と、大きなところを見失うと思う。ネットの世界でいくら人気が
あっても本が売れるとは限らない。

私は逆にネットの閉鎖性に依存してホームページを持っている。
ま、偶然知り合いがたどりつく可能性はあると思うし、それにつ
いての覚悟はしてるけど。
ホームページの持ち方にはいろいろあって、日記の公開にもいろ
んな思いがあると思う。でも、ひとつ思うのは、もしね、世の中
に出たい、と思うならば、今はまだ紙の方が有効だよ。
ネットで居場所を作ったり、やりがいを見出すのはもちろんいい
と思う。でも、ネットで日記を付け続けたら、誰かが見つけてく
れるってことは、たぶんまだほとんどない。
菜摘さんとか、ランディさんとかは例外。自分も例外になるって
んなら話は別。
でも紙で勝負が、まだまだ正攻法だろうな。

 

1/5

昨年書いた日記を数えたら、ちょうど12日分だった。
何度も何度も書くけれども、毎日きちんと更新する人ってのを、
私は本当に無条件で尊敬する。すばらしいと思う。それは一種の
才能だと思う。
なぜそうなのかは全くもって不明だけれども、「毎日続ける」と
いうことに異様に憧れる。
でもな、私だって、ランナーとして日本一を目指していた頃は、
腹筋を毎日続けていた。あれは習慣などではなく、意志の力だっ
た。だったら、意志の力さえあれば、日記は毎日書けるんだろう
か。新年に誓ってみるか?

でも、私にとって走ることは本当に特別だったんだと今さらなが
ら思う。とりあえず日本一にもなったわけだし、その道を極めた
といっても間違いではないと思うのだけれども、たとえば何かを
極めたいと思ったとき、あの時の経験に基づいて言うならば、ま
ずは才能だと思う。私は小学生の頃からすでにかけっこでは敵な
しだった。今も近所の同世代でかけっこしたらたぶん一番になれ
ると思う。

絵だって音楽だって、優れた業績を残した人は、子どもの頃から
ずば抜けていたのではないだろうか。だったら女優は?映画監督
は?政治家は?実業家は? よく考えてみれば、もとから光り輝
いていた才能を生かして出世する人ばかりではないと思うんだけ
ど、なんだろうな、幼い頃からでなくとも、「自分はできる」と
いう確信が、たぶんどこかの段階で芽生えると思うんだ。そして
自分の才能に励まされる瞬間があるから続けられると思うんだ。

とぐだぐだ書くのは、日記をかけない自分というのを責めている
からで、それはつまりワタクシが「ライターである」ということ
とも関係がある。私は、文章を書くことが好きなのではないのか
しら? そして気になるのが才能だ。あるのか、ないのか?
確かにちょっとはなきゃ困る。というかちょっとはあるから続け
てこれたんだと思う。だけどね、かけっこの時の他の人を力で圧
倒したような、そこまでの才能はない。そこが自分で本当にはが
ゆい。

新年が明けたとき、今年は文章がうまくなりたいなとふと思った。
昨年も新年に、ある目標を思いつき、その後がんばってみた。自
分の努力だけではどうしようもない目標だったけど、一応叶った。
今年の思いつきは、かなうかな。
私はこの仕事をいつまで続けるのかな、どこまで行けるのかな。

かけっことの違いにイライラする私は、あの頃毎日腹筋を続けた
のに、今毎日日記を書けないことに心を痛める。
意志の力。私の意志の力は、一体いつ、どんなふうに発揮するん
だろう。

自画自賛な表現になってしまうかもしれないけど、私まだぜんぜ
ん本気出してない気がするんだ。私が本気になったら、こんなじ
ゃないと思うんだ。
希望的観測なのかもしれないけれど、私は私の人生でもう一度く
らい本気で勝負に出ると思う。それはいつなんだろうね。

 

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