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ダービー 107番図柄皿 (1790-95年頃)
Derby Plate with Pattern No.107 Ca.1790-95
*この作品は、第10回の「西洋アンティーク陶磁器勉強会」に提出したものです。
黄色地の中央にバラをメインにした花絵が描かれた皿である。縁部分はピンクと水色の小花と緑葉、それに金彩でにぎやかに装飾されている。パターン・ナンバーはデザート図柄の107番である。中央の花絵は、おそらくウィリアム・ビリングズレイ(Willia, Billingsley)によるものと思われる。グレー地の上に花絵を描くスタイルは、これより少し後に導入された図柄で、ダービーのパターン・ブックにビリングズレイの名前が初めて登場する135番図柄と共通するものである。また、金彩師はマスター・ギルダーであるトマス・ソア(Thomas Soare)であり、彼の番号である「1」が、裏面高台内側に記されている(ビリングズレイ及びソアに関しては、「コラム11」を参照)。107番図柄は1790年頃に導入された図柄であり、本品も1790年代前半の作品であろう。なお、裏面高台近くに、アルファベットの「R」が陰刻されている。このようなアルファベットや数字の印は1787/88年頃に導入されたと考えられているが、その使用目的等は解明されていない。また、裏面周辺部には焼成時につけられたと見られる目跡が3か所にある。
本品は、黄色地の豪華な図柄を主要職人たちが手がけたものであり、特別な作品であった可能性はある。実際、裏面に貼られたシールには"Mrs. Fitzherbert Service"と書かれている。フィツハーバート夫人は、当時の皇太子ジョージ(後の国王ジョージ四世)の愛人である。フィツハーバート夫人が107番図柄のデザートセットを購入したのは、記録が残っており事実であるが、購入は1794年のことである。上述のとおり、107番図柄は1790年頃には既に導入されており、それほど多く生産された図柄ではないとしても、本品がフィツハーバート夫人が購入したセットの中の一枚であると断定することはできない。
ただ、フィツハーバート夫人のセットをめぐるダービー側の記録はなかなか面白いので、以下にご紹介したいと思う。1794年4月から6月にかけての記録で、ロンドン店舗支配人ジョセフ・リゴ(Jpseph Lygo)からダービー窯経営者ウィリアム・デュズベリー二世(William Duesbury II)あての手紙が中心となっている。デュズベリーからの返信が残されておらず、また、実際に注文を得たであろう時期の手紙が欠落しているが、それがかえって想像をかきたてる読み物となっている。(なお、以下の記録は、A.P. Ledger著"European Competition, Trade and Influence 1786-1796" を底本としている。)
1794年
4月4日(手紙:リゴ⇒デュズベリー)
一番早い郵便か運送便で、148番図柄のデザート・セット(その一部はここにありますが)を急いで完成させるのにどれだけかかるかご連絡ください。フィツハーバート夫人がちょうどそれを見られて、購入のご意向がおありのようでした。ご返答をいただく際、どうか1ダース当たりの価格をいくらにすべきかについての言及をお忘れなく。それから、夫人はとてもエレガントなものをお求めであり、(上述のセットでお決めにならない場合のために)最も美しい図柄の皿を3〜4点、見本としてお送りいただけないでしょうか。それと氷入れもご要望です。
4月7日(手紙:リゴ⇒デュズベリー)
本日はフィツハーバート夫人に関してご返答いただけると期待しておりました。
4月9日(手紙:リゴ⇒デュズベリー)
この2日ほど先週金曜日に出した手紙へのご返答を期待しておりました。148番図柄のデザートセットと氷入れ(一部は以前からここにありますが)を完成させるのにどれだけかかるか、そして1ダースの皿がいくらになるかについて、至急お知らせいただきたいというものです。このご返答をいただく際に、美しい図柄の皿をもう3〜4点、その価格とともにお送りいただければと思います。これはフィツハーバート夫人に対して必要な情報です。
4月10日(手紙:リゴ⇒キング*) *リチャード・キング:ダービー窯の管理責任者
デザート148番に関して私が書き送った情報について、全ての返答をいただいていないことにとても失望しています。特に、価格についての言及を要望しました。また3〜4点の新しい図柄を運送便で送っていただけるよう要請したはずです。
4月15日(手紙:リゴ⇒デュズベリー)
皿を持ってフィツハーバート夫人を訪問してきました。今晩、再度訪問する予定です。納期さえ問題にならなければ、ご注文をいただけるのではと期待しています。
4月24日(手紙:リゴ⇒デュズベリー)
フィツハーバート夫人からは、いまだご注文をいただけていません。お送りいただいた図柄もご覧いただいていません。夫人は先週土曜日にロンドンを離れられ、2〜3日は戻られない予定です。夫人の召使いから聞いたのですが、夫人はお好みの図柄が見つかればフランス磁器をより好まれるのではとのことで、危惧しています。
6月1日(手紙:リゴ⇒デュズベリー)
本日、フィツハーバート夫人のセットの一部が届きましたが、残念なことに、地色がまったくもって不完全なものが多々あります。貴方様ご自身ではご覧にならなかったものと思います。
6月5日(帳簿上の記載)
フィツハーバート夫人に販売
24枚のデザート皿、中央にバラのエナメル絵付け、美しい黄色地、カラーと金彩の縁取り、107番図柄。 13点のコンポート、2点のクリームボウル、2点の氷入れ(大)、4点の氷入れ(小)。 合計78ポンド15シリング**
**英国の物価は1750から2003年までに約140倍になったとの公的な推計がある。これをそのまま使うと(フィツハーバート夫人のセットが販売されたのは1794年で、現在は2009年であるのを承知した上で)、当時の78ポンド15シリングというのは、現在では11,025ポンドに相当し、為替レートを最近の1ポンド≒155円で換算すると約170万円ということになる。
直径(D):23cm
マーク:裏面に暗褐色で「王冠、交差するバトンと点及びD」並びに「107」。そのマーク上方の高台内側に暗褐色で数字の「1」。高台内にアルファベットの「R」の刻印(陰刻)。裏面周辺部に3つの目跡。
Mark: <Crown, CrossedBatons&Dots and D> and numeral <107> painted in puce on the bottom. Numeral <1> painted in puce on the foot rim above the mark. Impressed <R> inside the foot rim. Three stilt marks near the edge on the back.
参照文献/References:
- A.P. Ledger "European Competition, Trade and Influence 1786-1796" Derby Porcelain Archive Research Volume I, PP.85-87
- Jim O'Donoghue, Louise Goulding and Grahame Allen "Consumer Price Inflation since 1750" (National Statistics Online)
(2009年8月掲載)