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ダービー(?) 染付けクリーム差し (1765-70年頃)
A Derby (?) Blue & White Cream Jug Ca.1765-70





 

 本品は、1760年代あるいは70年代製造のダービーのクリーム差しだとされている作品である。縁は波打つ形で、取っ手はウィッシュボーン型の一種で下部は胴体接着部から外側に少し跳ね返っている。側面に菱形の枠が型押しされており、それぞれの菱形の中に様式化された花がひとつずつ手描きされている。内縁と取っ手の背にも染付けの文様が配されている。菱形の模様は、18世紀当時のカットガラスの意匠から取られたものかもしれない。底面にも(写真では見えにくいが)切り子細工のカップなどによく見られる、中心から星形に切込みが伸びる模様が施されている。

 本品は、ダービー作品の中ではかなり特異な形状で、希少な部類に入る作品ではあるが、類似作品は下記参照文献にあるブルー&ホワイトに関する主要研究者の著作で軒並み取り上げられており、ダービー作品であるとの判定は定説となっている。

 以上を踏まえた上で、しかし、ここから先はあえて本品が本当にダービー作品なのか、批判的な目で見てみることにしたい。というのも、本品を最初に手に取ったときの感触が一般的なダービー作品とはかなり異なっており、そしてそれを契機に細かく見てみると、以下のようないくつかの疑問点がわいてくるからである。


疑問点1.素地の違い

 本品の素地は、とても軽く、そして薄い。ただし均一な薄さではなく、表面もなめらかでない。色合いは石灰質がかったような明るい白であるが、透明感はない。1760年代までのダービーの素地は、フリット磁器呼ばれるガラス質の軟質磁器であった。ダービーは、もともとフィギュアなどの装飾品を製造の主体としており、素地の白さや薄さよりも作品の造型に強くこだわった窯である。1750年代、60年代の他のダービー作品の素地は、もっとくすんだ色合いで、持つとそれなりの重さを感じる。

 一方、1764年にウースターの経営者の一人であったリチャード・ホールドシップ(Richard Holdship)がダービーやってきて(60年代末まで滞在)、ウースター式のソープロック磁器の導入が試されている。しかし、この素地の試験はあまり上手くいかなかったようで、本格的導入には至らなかったとされている。本品の素地の色合いは、ウースターの素地に近い面もあるように感じるので、あるいはこの時期の実験的な作品だったのかもしれない。

 さらに、1770年にチェルシーを買収したことにより、それ以降のダービーの素地は骨灰磁器に転換したと見られている。このチェルシー・ダービー期の素地は、それ以前より白いことが多いものの、やはり本品のような石灰質の白さとは異なる。チェルシー・ダービー期の小型作品(例えば、カップなど)には素地がかなり薄いものもあるが、その場合には全体が均一に薄く焼かれていることが多い。

疑問点2.釉薬の掛け方

 本品の釉薬の掛け方にはかなりムラがある。2番目の写真の中央部、口縁近くに釉薬を掛けもらした部分が写っている。これ以外にも似たような掛けもらしが何か所もある。菱形の枠で凹凸がある部分には掛けにくかったのかもしれないが、それにしても雑な仕事ぶりと言わざるをえない。ダービー作品では一般的に釉薬はかなり丁寧に掛けられている。本品の裏面は無釉であり、それ自体は高台のない作品では珍しくない(例えば、ダービー「D1-2」及びダービー「D1-3」を参照。)が、高台なしの作品では側面と底面とがきちんと角で仕切られて、側面にはその角まできちんと釉薬が掛けられているというのが一般的である。しかし、本品では側面と底面との境は丸くなっており、底面も平らでない(上述のとおり底面には模様があるが)。釉薬は大体のところ側面の一番下まで掛けられているが、あまり厳密ではない。

疑問点3.スティルトマーク

 ダービー作品の裏面に特徴的な焼痕は、いわゆる「パッチマーク (patch marks)」である。これは焼成時に小さな球状の支えの上に置くためにできる丸い焼痕である。しかし、本品にはパッチマークはなく、代わりに短く細い線状の焼痕がある(裏面に少しだけ釉薬が回り込んだところについた痕が2か所確認できる。釉薬がかかっていないところの3か所目があったであろう場所には、点のような焦げ跡がある)。この線状の焼痕はロントンホール(Longton Hall)作品によく見られるもので、一般に「スティルトマーク (stilt marks)」と呼ばれている。(ロントンホール作品のスティルトマークの実例を最後の写真に示す。)

 ダービー作品にも、一部このスティルトマークがあることは専門家も指摘している。ダービーの経営者であるウィリアム・デュズベリーは、ダービーに来る前にロントンホールに在住しており、実際にロントンホール窯に関係していたと考えられており、両窯に共通点があることは不思議ではない。また、1760年のロントンホール閉窯の際、一部の職人がダービーに移ってきた可能性があることを考慮すれば、その後のダービー作品にスティルトマークがあったとしても、一応説明はつくのかもしれない。しかし、それでもかなり例外的であることは間違いない。


 以上、疑問点をあげてきたが、残念ながら結論は出ない。本品がダービー作品だとするならば、1760年代後半にホールドシップがもたらしたソープロック磁器の製造法に基づく素地にスティルトマークという実験的な素地と焼成方法、ガラス器を模した意欲的な形状、一方で低価格ライン向けかと思われる染付けの簡素な図柄と粗雑な施釉、という何とも不思議な図式が考えられないわけではない。他の類例も直接手に取って比べることができれば参考になるかもしれない。しかし、そもそも本品はダービー作品ではないという可能性も捨てきれないのではないか。いずれにしても、これからも長く楽しめそうな作品である。
マーク:スティルトマーク
Mark:stilt marks
高さ(Ht):8.0cm
類似例/Similar examples:
-Geoffrey A. Godden "Godden's Guide to English Blue and White Porcelain" Plate 253 (p.208)
-H.G. Bradley "Ceramics of Derbyshire 1750-1975" No.141 (p.102)
  *This example is in the V&A Museum: http://collections.vam.ac.uk/item/O165360/cream-jug/
-Bernard Watney "English Blue and White Porcelain of the 18th Century" Plate 65C

(2012年4月掲載)