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ダービー ティーカップ (1783年頃)
A Derby Tea Cup Ca.1783
ダービー(チェルシー・ダービー期)のティーカップ。シンプルな作品ではあるが、いくつかの論点がある。
図柄については、Stehen Mitchellによって分類された"Vegetable Patterns"の一つである。このVegetableという呼称は、本品で言えば中央部分に緑色で描かれた大小の丸く膨らんだ物体を指すものである。(類似図柄については、ダービー「CD8」を参照。)
裏面マークは、「金色の錨」と、刻み込まれた「N」、そしてその横の高台内側に彫られた穴、である。金色の錨マークは、もともとチェルシーで使用されていたものであるが、1770年にダービーに買収された以降のチェルシーでも(1783年に閉鎖されるまで)使用が継続されたものである。Mitchellによれば、Vegetable図柄の作品には、「金色の錨」あるいは「金色の王冠の下に錨」のマークが用いられており、これは絵付けがチェルシーで行われた(ダービーで行われたものではない)ことを示しているとのことである。当時のチェルシーは、ダービーで焼成された素地に絵付けを行う役割のみを担っていたとされるが、このVegetable図柄はチェルシー独特の絵付けであるということである。
また、刻み込まれたNと穴もチェルシー・ダービー期のマークであり(こちらは素地の製造過程で、すなわちダービーで付けられたものであるが)、Mitchellの説では1778〜1780/81年頃に使用されたものとされている。このマークは、金色の錨マークよりも使用された期間がはるかに短いことから、この説に従えば、本品の製造年代は、Nマークと穴の使用期間と同じく、1778〜1780/81年頃ということになる。
ところで、本カップの形状はHamilton Shapeと呼ばれるものである。丸みを帯びた側面がカップ底部の接地面まで続き、外見からは高台がないように見える形状である。Hamilton Shapeには、縞の地模様を施したヴァリエーションも存在するが、本品はそうした地模様のない、シンプルな基本形としてのHamilton Shapeである。
Hamilton Shapeがいつ導入されたかについては定説はない。私自身は、1785年3月のダービーのロンドン店舗での販売カタログに記載のある"New Shape"が、後に(遅くとも1786年9月までには)"Hamilton Shape"と呼ばれるようになったと考えている(同時進行リサーチ・プロジェクト第5回「ハミルトン・シェイプの謎」を参照)。New Shapeという名称は、1784年5月のChristie'sにおけるダービーのオークションにも登場するが、1783年12月の同じくChristie'sでのオークションには出てこない(もっとも、このオークションのカタログでは、カップ・シェイプへの言及自体が極めて少ないが)。Hamilton Shapeは、チェルシー・ダービー期にはまだ製造されておらず、1784年頃に導入されたものであるというのが、私の推論であった。
しかし、本品は既に述べたように、図柄及びマークから判断すると、チェルシー・ダービー期に(しかもその末期ではなくて、1780年前後に)製造されたものであると考えられる。Hamilton Shapeの導入時期は、私が考えていた1784年頃ではなく、それより4〜5年程度遡らないといけないことになる。しかし、もし1780年前後の時点ですでにHamilton Shapeが製造されていたとなると、もっとチェルシー・ダービー期のHamilton Shape作品が多く残されていていいはずであるが、実際には現存作品はほとんどない。また、1785年頃にパターン・ナンバー制度が導入されたときの初期図柄の多くは、チェルシー・ダービー期から継続して描かれていたものであるが、パターン・ブックでHamilton Shape上に描かれたものの中には、そうしたチェルシー・ダービー期の図柄は含まれていないことも、Hamilton Shapeが1780年前後に導入されていたと考えることの障害となる。
一番無理のない解釈は、Hamilton Shapeはチェルシー・ダービー期に導入されたが、それは1780年前後ではなく、チェルシー・ダービー期の末期である1783年頃のことであった、という考え方であろう。では、1778〜1780/81年頃に使用されたとされるNマークと穴をどう考えたらよいか。私は、このマークは、もっと長期間に渡って、おそらくチェルシー・ダービー末期まで(すなわち1783/84年頃まで)使用されたのではないかと思う。MitchellがNマークと穴が使われたのは1780/81年頃までだとしている根拠は、「暗褐色(puce)の王冠とD」マークが導入されたのが1780/81年頃であり、このマークと「Nマークと穴」の両方が付された作品が極めて少ないことによる。しかし、存在しないわけではない。もともと、この「暗褐色(puce)の王冠とD」マークは多く見られるものではない。「Nマークと穴」がもう少し長期に渡って使用されたと考えることにそれほど無理があるようには感じない。少なくとも、Hamilton Shapeがもっと早く製造開始されたと考えるよりは自然である。
本品の形状に関するもう一つの論点は、Devonshire Shapeとの関係である。Devonshire Shapeは、カップ下部のモールディングとハンドルの形状に特徴があり、チェルシー・ダービー期に導入された形状である。本品にはモールディングはないが、カップ下部に描かれたフェンスのような模様は、本来はDevonshire Shapeのカップのモールディングに沿う形で描かれるものである。また、本品のハンドルはDevonshire Shapeのハンドルと同一の形状のものである。
本品はDevonshire Shapeのティーセットの補充品として製造されたものなのかもしれない。しかし、Devonshire Shape自体がチェルシー・ダービー期から交差バトン・マークの時期にかけて長期間に渡って製造されているので、補充品にもDevonshire Shapeを使えばよく、わざわざHamilton Shapeを使用する理由がない。それよりも、Hamilton Shapeはその導入当初において、Devonshire Shapeのコーヒーカップと組み合わせたセットとして用いられたと考えた方が自然であろう。そのために、ハンドルもDevonshire Shapeのものを用いた。実際、そのようなコーヒーカップとの組み合わせのセットがヴィクトリア&アルバート美術館に収蔵されている(V&Aのウェッブサイト参照。ただし、ティーカップにはハンドルはない)。おそらくは、チェルシー・ダービー末期に試みられたこの組合せはあまり評価されずに、Hamilton Shapeのハンドルはループハンドルに変更されて、他の形状のコーヒーカップと組み合わされることとなったのであろう。Hamilton Shapeにはティーカップしかなく、コーヒーカップは存在しない。もともと、既存の形状のティーセットに組み込むことを想定して作りだされた形状だったのであろうが、Devonshire Shapeとの組み合わせは長続きしなかったのだと思われる。
高さ(H):6.0cm
直径(D):8.1cm
マーク:金色の錨、刻み込んだNと穴
Marks: A gold anchor and an incised 'N' & a hole
参照文献/References:
- Stephen Mitchell"The Marks on Chelsea-Derby And Early Crossed-Batons Useful Wares 1770-c.1790" pp.35-37, pp.84-94 and Plate14
- John Twitchett "Derby Porcelain 1748-1848 An Illustrated Guide" Appendix II Cup Shapes Item 8 (この作品の解説では、カップ下部にモールディングがあるとされているが、これには疑問がある。)
(2014年11月掲載)