コラム17.新刊事情(2016年)
アンティーク陶磁器に関しては、毎年新しくかつ意欲的な研究文献が発行されていますが、商業的にはそうした新刊書をめぐる状況はなかなか厳しいようです。今年(2016年)発行された2冊の状況をご紹介します。
1.Brian Adams著 "True Porcelain Pioneers The Cookworthy Chimera 1670-1782"
英国で最初に硬質磁器を製造したWilliam Cookworthy(「原典を読む6」を参照)と彼の作品を中心に論じた、ハードバック500ページ超の大著です。著者はBovey Tracey Pottery Museumのキュレーターで、注目されることの少なかったBovey Tracey窯についての研究を続けてきた人です。Cookworthyは、Plymouthで硬質磁器窯を立ち上げる前に、Bovey Tracey窯に関与していたとされており、本書ではそうした経緯も詳しく論じられています。
最近の陶磁器に関する出版の多くがそうであるように、本書も自家出版です。販売はHouse of Marblesというビー玉やゲームなどを扱うサイトが「独占販売」しています。価格は72ポンドで、送料と合わせて100ポンド近くかかりました。事前予約制となっていたのですが、届いた本の記載から、発行部数は300部で、事前予約は39部しかなかったことが分かりました。ちなみに、購入者に対しては、H. Owen著 "Two Centuries of Ceramic Art in Bristol"(「コラム15」を参照)の全文複写版(従来からネット上で無料公開されているものより鮮明です。)のダウンロード権がプレゼントされます。
本書は、明らかに今年の重要な出版の一つですが、これまでのところ陶磁器学会誌にも書評が載っておらず、なぜか関係者の関心を全く引いていません。私はたまたまSNS上のディカッション・グループの中で控えめに情報が掲載されたのを見て、事前予約したのですが、もう少し注目を集めてもよいと思います。
2.Charlotte Jacob-Hanson著 "In the Footsteps of Fidelle Duvivier"
今年の年末近くになって発行された本です。謎の多い「渡り鳥」絵付師Fidelle Duvivier(「原典を読む7」を参照)の欧州大陸、特に、フランスのSceaux窯での活動に関する新たな発見に焦点を当てて論じたもので、彼の英国での作品との比較も行われています。ソフトカバーで100ページ程度と若干小振りな本ですが、Duvivierに関してこれまで全く知られていなかった側面を開拓した注目の書です。著者は米国人の個人研究者ですが、ドイツに長く住み、大陸におけるDuvivierの足取りを深く研究している人です。
本書も自家出版で、販売に関しては、こちらは著者自身のウェブサイト(自身の名前を冠したサイトです)のみで扱われています。価格は45米ドルで、送料を合わせて50ドルちょっとでした。発行部数は不明です。本書によれば、Duvivierの作品に注目しているのは主として英国の研究者/収集家で、大陸ではあまり知られていないとのことです。そもそも執筆言語は英語ですし、価格は米ドル建てですし、ドイツ在住の著者の孤軍奮闘ぶりが窺われます。(ただし、読者にとっては、購入の際に著者本人とメールでやり取りできるのはメリットでしょう。)
本書を知ったのは、NCS(Northern Ceramic Society)のNewsletterに著者自身の短い関連記事が掲載され、その中で本書についての言及があったためです。書評はまだ見当たりませんが、出版直後ですから無理もないでしょう。
<訂正>
上記1.で、購入者にH. Owenの著書ダウンロード権がプレゼントされると書きましたが、これは誤りですので訂正します。ダウンロード権が付いてくるのはNicholas Panes著"English Potter - American Patriot? Extracts from the extraordinary life of Richard Champion"の購入者に対してでした。この本も今年の新刊で(今年は、プリマス/ブリストルに関する研究書が連続発行されたため、私も混同していました。)、やはり自家出版ですが、陶磁器の研究を支援するスイスの財団(Ceramica-Stiftung Basel)からの援助を受けているとのことです。
(2016年12月掲載・更新)