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浅野琢也の雑記帳18 2011年 1月〜1月31日

あさのたくやのざっきちょう Takuya Asano Web 平成23年


映画『海炭市叙景』の(監督 熊切和嘉)オフィシャルサポーターです。
2010年12月公開   原作・佐藤泰志 数回、芥川賞候補となり
41歳で自殺した作家の18編からなる原作・   絶賛上映中です。
キャスト 主演・加瀬亮さん、小林薫さん、南果歩さん、 谷村美月さん。
  
   第23回東京国際映画祭コンペティション部門正式出品作品
   「海炭市叙景」が12月5日閉幕した第12回シネマニラ国際映画祭(フィリピン)で
   グランプリ(Lino Brocka Grand Prize)と最優秀俳優賞(アンサンブル・キャスト)
   (Vic Silayan Award for Best Actor)の2賞を受賞しました。
   「2010年松本CINEMAセレクト・アワード 最優秀映画賞」を受賞しました。

   第85回キネマ旬報ベスト10・9位

2011年 1月31日

『薔薇のスタビスキー』(1974年)アラン・レネ監督作品を観た。
1933年末にフランスで実際に発生したスタビスキー事件の映画である。
犯罪を描いた映画だがジャンポール・ベルモンドのスタビスキーが
カッコ良すぎるほど絵に成っている。ロールスロイスにコートに
白いマフラー胸には、赤い薔薇。恋人は純白のセーブルのコートに
白のドレス。スタビスキーが送る花は白。
運転手の服は上下黒でブーツに黒い帽子(つば付き)
スタビスキーはウクライナ・キエフ出身のユダヤ人で
セルジュ・アレクサンドル・スタヴィスキー(英語)とウィキペディア
に書かれていた。1931年にバイヨンヌ市立信用金庫を自ら設立。
同信用金庫を使って、5億フランを超えるともいわれる巨額の債券を発行した。
しかし、この時担保として供された宝石類は、盗品あるいは模造品であった
ことが発覚。更に、詐欺行為に多くの要人が関係していたこと、スタヴィスキーに
対し長期間の保釈が許可されていることが報じられるに及んで、事件は重大化した。
1934年1月3日、急進社会党のカミーユ・ショータン(英語)内閣の植民相
アルベール・ダリミエ (Albert Dalimier) が労働相であった当時、償還不能な
この公債を公然と推奨していた事実が暴露され、ダリミエは1月8日に辞任した。
またショータンの親族が事件に関与していたことも露見し、内閣は激しい批判に
晒された。スタヴィスキーは事件が発覚すると、警視総監ジャン・シアップ(英語)
の旅行免状を用意してパリを脱出。警察による捜索の結果、1月8日、スイス国境の
シャモニーにある別荘にて、頭に銃弾を受けて倒れているのを発見され、病院に
搬送されたが2時間後に死亡した。となっている。女性の護身用のライターみたい
小さなオートマチックだった。なんだか走馬灯を眺めているような感じだった。
債券の番号を二つ作って現金を実際に預かっている何倍も集めるトリックだ。
トロッキーがフランスに亡命していた時期と重なりナチスが力を付けはじめた
時代でもある。この事件によって関わりの無いユダヤ人の偏見が増幅したかも
知れないと思えた。不正に増やした金で取り巻きを作っても裏切られる。
そんなことは人間の歴史の中で何回も経験している。スワロウテイルという映画の
ラストで火葬している遺体と現金を燃やす行為と偽善者にバラまく金の意味が
対して変わらなく見えた。

2011年 1月30日

『スワロウテイル』(1996年)岩井俊二監督作品を観た。
「円」の貨幣価値が世界で一番強かった時代があった。ジャパゆきさん
とか言われて日本にやってきた外国人達やコンテナを二重底にしたり
船の船倉を改造して不正入国する外国人が後を立たなかった時代があった。
今ではビョンド・ジャパンと日本を飛び越えて経済力の強いサウジアラビア
にでも出稼ぎに行くのかも知れない。アケハ蝶の事を英語でスワロウテイルと
言うらしい。蝶の刺青はダルトン・トランボのパヒヨンという映画を思い出す。
このスワロウテイルは戦後の闇市みたいなスラムがオープンセットで作られて
いる。そこには売春に偽札に麻薬に人身売買に阿片窟まである。
そこに潜伏していたヤクザを死なせてしまう。腹からテープが出てくるのは
怖いが死体を墓地の他人の棺桶に詰め込む感覚は解らない。
結局、組長から組員まで皆殺しにする命を粗末にする扱いには驚く。
中国人は一人っ子政策で「小皇帝」といわれる子供と「黒子」といわれる
行政の書類上存在しない子供の超格差を作ってしまった。
おそらく、そんな人が集まる街なのだろう。その人達が日本に住み着いて
子供を生んでも役所に出産届けを出さないだろう。アゲハは母親に名前も
付けられず生きていた。祖国が無いからニセ札で大金を手に入れても持ち帰る
国もなく火葬の時に紙幣を燃やしてしまう。そういえば母親の死で娼婦仲間が
ご飯の持った箸を一本立てている所にタバコに火を付けて線香みたいに立てた
場面やチャイニースマフィアの抗争でバズーカーまで出てきたりと人間で
あって人間をやめている人のコミニュティーって解るような気がした。
街を円都(イェン・タウン)と¥を求める外国人は呼び、日本人は違法に
住み着いた違法労働者達を円盗(イェン・タウン)と呼んだ。
強制送還の八万円を外務省が負担しないため摘発されても円都に戻ってくる。
円盗たちの物語である。
マイウェイのカセットテープのノイズに1万円札の磁気データを入れて偽札を
作りグリコが歌を歌う為のYenTownCLUBをオープンしたが
レコードが花火みたいにヒットして解散。そして円都での生活に戻っていく。

『華氏451』(1966年)フランソワ・トリュフォー監督作品を観た。
本を読まないで情報はテレビから得る社会では、本を所有していると
通報があると消防車が来て本を焼却する。その消防士の家族の物語だ。
イギリスが舞台なので幼い頃のマーク・レスターが学校の廊下で親に
会う場面があった。モノレールで通勤する所は、近未来的である。
6年勤めて昇進出来る状態だが仕事に疑問を感じて法律で管理された
都市から「本の森」と呼ばれる所で自由を得る。
近未来を舞台にしているが黒の上下に黒のブーツに皮の帽子とレトロな
第一次世界大戦のドイツのヘルメットに似ているようだ。
消防士だけど火炎放射器で蔵書を燃やすのが仕事だ。人間ごと焼き殺す
こともある。リベリオンにたいノリの社会のようだ。
「図書館戦争」というアニメを観てみると伝えたい事が解ると思った。

2011年 1月27日

『セーラー服と機関銃』(1981年)相米慎二監督作品を観た。
30年も前の作品になる。目高組の組長が跡目を血族に継がせる
と遺言を残して死んでしまう。犬猫病院の医者を連れてきたり
木造の部屋と別に新宿区大久保あたりに事務所がある。
商社マンだった父の交通事故の死で天涯孤独になった女子高生。
1人でセーラー服のままで葬式で喪主までしている。
真っ赤な口紅の色が大人ぶっている当時の少女を感じさせる。
星泉の高校に遠い血縁に当たる弱小暴力団「目高組」の四代目
として黒い服を着たヤクザが校門に並んでいる場面は今でも覚え
ている。冷静に見ると服がバラバラで統一感がない。
資金の無い4人の子分しかいない弱小組織という設定なので良い
のかも知れない。星泉が組長を襲名しないと最後に敵対する組に
殴り込みをかけて全滅して解散するとまで言う。仕方なく組長に
なり巨大な組に襲名の挨拶周りをするが舐められて攫われたり
事故で死んだ父親が麻薬の密輸に関係していると家捜しされるが
麻薬は見つからない。宗教団体を隠れ蓑にしている「ふとっちょ」
の大きな組織が黒幕だ。父の愛人が泉の部屋に押しかけて住んでいた
が、その女性が「ふとっちょ」の娘で泉の為に父を射殺して助けて
くれる。麻薬は粉状でなくローションの瓶に液体にしている事も
知っている。そこまでに2人の組員が殺されている。
刑事までが「ふとっちょ」の手下で最初に子分を拷問して殺していた。
最後に2人の子分と泉で出入りして最後の1人と泉は麻薬の瓶を
マシンガンで粉々にして拳銃で相手を威嚇しながら脱出する。
そして組の屋上で戦前から続いた目高組の歴代組員の墓(木で出来ている)
と看板と火消しの纏を燃やす。残った1人は稚内の建設会社でカタギに
なっていた。泉も高校に復学していた。そして半年後に学校に刑事が
元の組員がヤクザ同士の喧嘩の仲裁に入り刺されて死んだので
遺体の確認を頼まれる。1人になった星泉は神社の境内を歩いていると
子供がパンパンと遊んでいる。星泉が子供に合わせてグレージングの上で
マシンガンを撃つ真似をしている。セーラー服と合わない赤いパンプスを
履いている。葬式の時の赤い口紅との関連性があるようだ。
「七年目の浮気」の地下鉄の風でスカートが舞い上がる演出も取り入れていた。

『探偵物語』(1983年)根岸吉太郎監督作品を観た。テレビシリーズと
違い新井直美(薬師丸ひろ子)が赤川探偵事務所の辻山秀一(松田優作)
を助けるためにミス・マープルみたいに活躍する。
アメリカで両親と暮らす前に大学の部活を辞める。海の家で「なめくじ」と
「捲き貝」のペンダントを合わせると「でんでんむし」(カタツムリ)に
なるアクセサリーをプレゼントされる。犯人は売春をさせられていた大学の
先輩の恋人だった。換気扇を通って隣の部屋の浴室に入り込むトリックだった。
白をベースに赤い柄のワンピースに赤いパンプスだったり白いジャケットに
白いポシェットに白いパンプスと1980年代らしかった。

『Wの悲劇』(1984年)澤井信一郎監督作品を観た。主人公は舞台女優を
志望する新劇の研究生。劇団の看板女優のスキャンダルを自分が引き受ける
ことで役を得る。スキャンダルを逆手にチャンスに変え取り成り上がっていく
ストーリーだ。腹上死した財界の大物を服を着せて病死したことにする。
役を降ろされたライバルが最後にナイフを持って真相をマスコミが集まって
いる所でぶちまける。元、役者の恋人が盾になり軽傷を追う。
劇中劇に使用されているドレスは既製品ではないようだ。

『ワイルド・ワイルド・ウエスト』(1999年)バリー・ソネンフェルド
監督作品を観た。時代設定は1860年代だ。南北戦争直後のアメリカ合衆国だ。
陸軍第9騎兵連隊の騎兵大尉ジェームス・ウェストは、大統領の勅命で
「流血将軍」と悪名高い南軍のマグラスを民間人の大量虐殺の罪で追っていた。
将軍の片耳は蓄音機みたいな機械を取り付けている。
酒場で女性に変装して捜査している連邦保安官アーティマス・ゴードンと
鉢合わせる。アーティマス・ゴードンも大統領の勅命で科学者の連続誘拐
事件の捜査を行っていた。事件で南部一の科学者アーリス・ラブレス博士が
糸を引いている事が分かった。二人はホワイトハウスに行きグラント大統領から
コンビを組んで合同捜査を行ない博士を逮捕するよう命じられる。
装備として専用列車を貸与される。独立戦争前のヨーロッパの植民地みたいに
州を分け与えて博士は戦車や巨大な蜘蛛のようなロボット兵器で鉄道開通式から
グラント大統領を誘拐して条約にサインさせようとする。
強力な磁力を持った回転ノコギリが首に付けた金属めがけて追いかけてきたり
網膜に残った死亡直前の残像を投影して犯人の姿や武器を見たりビリヤードの
ボールが爆弾や催涙ガスになっていたりスチームパンク的な要素もある作品だった。
ゴムのロープも時代設定を考えると画期的なようだ。
下半身を無くした敵は車椅子から四本の足が出て歩行したり人工臓器だけは現在より
優れているのではと思えた。深く観ると違和感があるが軽くみるには良い作品だった。
SF映画、アクション映画、西部劇と沢山の要素が入っている。結果はゴールデン
ラズベリー賞で最悪作品賞、監督賞、スクリーンカップル賞、脚本賞、主題歌賞の
5部門受賞(主題歌賞は本作以外にノミネートなし)


2011年 1月23日

『家族の肖像』(1974年) ルキノ・ヴィスコンティ監督作品を観た。
家族が描かれた美術品を集めている年老いた教授の所に弁護士が部屋を
貸すと利益になると話を持ってくる。上流社会の乱れた性や革命に挫折
した青年などが関わってちょっとした事件がおこる。
家族の肖像画って家族の写真みたいに貴重だ。戦争や単身赴任に離婚や
子供の独立で家族が揃う時間は短くなっている。

『偽りの晩餐』(1987年) エルマンノ・オルミ監督作品を観た。
ホテルの給仕見習いの少年達が実習でみた晩餐会は古代魚にカエルの
目玉のスープと主催者がゲストを、もてなすのでは無く主催者がゲストの
好まない物を出して忠誠度をベールの下から双眼鏡(オペラグラス)で
監視している楽しくない食卓だった。食事の後のカジノがメインなのか
ハッキリしない。ホテルの給仕学校から六人の少年が連れてこられたが
1人がイヤになって自分の村が近いので逃げてしまう。犬に追われるが
転んで追いつかれても何もされない。フルコースを食べている客は、余計に
空腹になりそうだ。

『ミクロの決死圏』(1966年)リチャード・フライシャー監督作品を観た。
東側の科学者が亡命してくるが自動車を襲撃されて脳に損傷を負ってしまう。
現在ならファイバースコープを血管から通して治療できるみたいだ。
この映画は、潜水艦から搭乗員まで赤血球の大きさにミクロ化して治療を
する。劇中の会話で、こんな事が出来るのかと言う問いに敵も同じ事が出来る。
ただし時間制限がある。という流れと容易されている潜水艇や機材で疑問を
持つことを忘れてしまう。モーターボートをベースにしたような形の潜水艇は
窓が大きく途中でトラブルが起きながらも目的を達成する。巨大化しはじめて
白血球に破壊された潜水艇は体内でどうなったのか気になるが涙腺から乗組員
が救出されて元の大きさに戻って終わった。人間の身体の中を覗く(模型だが)
発想は当時、画期的だった。

2011年 1月22日

『小説家をみつけたら』(2000年) ガス・ヴァン・サント監督作品を観た。
ニューョークのブロンクスに住む地元の高校生が何年も部屋から出てこない
ミスター・ウィンドウ(ショーン・コネリー)の噂をしている。
尾ひれが付いて都市伝説になりそうな雰囲気だ。どんな人間が住んでいるのか
少年達は噂して度胸試しにジャマールが窓から部屋に入り込む。
年寄りだから眠っていると思ったら起きていて気配に驚いて逃げ出す。
相手の顔を見る余裕も無いようだ。その時にカバンを忘れてきてしまう。
そのカバンのメモの文章をミスター・ウィンドウが赤いインクで添削してカバン
を返すことから祖父と孫程の年齢の離れた二人が友人になっていく。
ミスター・ウィンドウはウィリアム・フォレスターという小説家だ。その事を
秘密にすることを条件にジャマール・ウォレスに文章の書き方を手ほどきする。
文章作りの基本が出来ていて教えた事や課題をこなす能力とバスケットボールに
特化しているジャマールは特待生として東部で名門の私立高校にスカウトされる。
肌の色より話や考え方のレベルが近い方がコミニュケーションが取れる。
ウィリアム・フォレスターはスコットランド人だ。タータンチェックが家柄になり
紋章がある国の出身だ。最初はスープに牛乳を入れる程、裕福な家庭と貧しくて
牛乳を入れない家庭を、たんぱく質の膜が出来るかどうかの描写から経済状態を
読み取る話からはじまった。スープレベルの質問とプライバシーに関わる質問の
ようだ。ジャマールは公開されている情報を調べてウィリアム・フォレスターに
ついて詳しくなる。興味があるが何故、本を一冊しか出していないのか聞き出せ
るまでの関係でも無い。お互い、利害関係がなく1人暮らしのウィリアム・フォレスター
は弟子を取るというより孫に宿題のアドバイスをする祖父みたい関係のようだ。
私立の学校の教授は、小説家に成り損ねた男だ。ジャマールに宿題を出すと高度な
問題を容易に提出してくる。そして文章力が急激に伸びる。コツを教えているのが
ウィリアム・フォレスターだけに的確だ。それが盗作疑惑に発展してしまう。
出典を出せだのと言うのは難しい。一度活字になっても出版社だって潰れる時代だ。
新聞社だって同様だ。作文コンテストに盗作を出して奨学生の資格が取り消される
時にウィリアム・フォレスターが学校に現れてジャマールの文章を朗読して疑惑を
晴らす。人前に出ないウィリアム・フォレスターが現れて周囲は驚く。
そしてアメリカで家族を失い一人になったウィリアム・フォレスターは故郷に旅に
出かける。どこの大学から特待生のスカウトが来ているかを聞くのが楽しみに手紙が
届く。出かける前にアイルランドとジャマールはジョークを言ってスコットランド人
の反応を見る場面がある。アメリカはイギリスの植民地だったから白人社会でも
イギリス人が中心だったと思える。20世紀は女性の権利に黒人の権利や人種差別
撤廃の運動が実ってウィリアム・フォレスターはジャマール・ウォレスという友人の
抜きん出た文章力があって会話でのコミニュケーションが楽しく友人となっている。
最後に癌で死亡した時に、担当弁護士が遺産を渡すために学校に来るあたりは
20世紀を生きて沢山の映画を観た私も社会の偏見は該当しないと感じた。


『波止場』(1954年)エリア・カザン監督作品を観た。
ジョニー・フレンドリイ(リー・J・コッブ)は労働組合を隠れ蓑に
港湾労働者から会費を集めて私腹を肥やす為には殺人も厭わない
暴力組織になっている。しかも酒場まで経営している。
テリーは友人ジョイのレース用伝書鳩を返しに行って屋上の鳩小屋に待ち伏せ
していた男がとき落として殺害してしまう。その友人ジョイは公聴会に
召喚されていた。犯人はジョニーの子分チャーリイ(ロッド・スティガー)
だった。
裁判の証人を殺害して証言を封じることに手を貸すことに
なってしまったボクサー崩れの港湾労働者 テリー(マーロンブランド)に
気を遣い殺人を教唆した組合の幹部達は待遇が良く楽な仕事を
与えて仲間に取り込もうとジョニーや実の兄チャーリイが懐柔する。
バリイ神父(カール・モルデン)やジョイの妹イディ(エヴァ・エヴァ・マリー・セイント)
が兄を殺した犯人探しをする。するとジョニーは組合組織の人間に教会に石を投げ込ませた。
労働組合の幹部でもある兄のチャーリイがテリーに、組織のボス・ジョニーの
為にボクシングの試合で八百長をさせたことなどがありテリーは懐柔されない。
そしてジョニーはテリーの兄チャーリィをも殺してしまう。
死体の首に荷物をかけるカギで塀に吊るすようにしている。
テリーはジョニーの2つの殺人事件について法廷で尋問されテリーは
犯罪事実を証言した。
翌朝、波止場にあらわれたテリーに、わざと手配師が仕事をよこさない。
テリーはジョニーのアジトに1人でのりこんだ。ジョニーを殴ったり
したがテリーもジョニーの子分たちに暴行をうけて半殺しにされる。
テリーは立ち上がり、荷主に言われるように倉庫に歩いていった。
港湾労働者の先頭に立って仕事場へと歩を進めるテリーを、バリイ神父と
イディは見ていた。
印象に残るのはチエックのジャンバーで最初に殺された友人ジョイーが来ていた
ものをイディーから貰ってテリーが着ている所だ。最後にジョニーを叩きのめして
組合員がテリーに続いて仕事に付くために倉庫に入る。
テリーの着ているチエックのジャンパー背中が大きく映し出されて
THE ENDと入る。積荷がスコッチウィスキーだったりするから
スコットランド移民が働く港のようだ。
特殊効果の足しにマーロン・ブランドの眉毛の端を剃ってボクシングのキズ跡で
マユゲが生えない箇所があるように見せている。

エリア・カザンはハリウッドにレットパージが起こった時に
共産党員だった為に周囲の監督や脚本家を司法取引きで密告して
自分の身を守った人物だけに多くのライバルを潰してた。
その自体に得たアカデミー賞の栄光も受賞理由や時代背景を考慮されて
観られる。歴史的な価値観で観られて評価を落としてしまう。
作品そのものを色眼鏡で、観ないつもりでいても人間の業を感じてしまう。
「ジョニーは戦場に行った」のダルトン・トランボは「内心の自由」まで
侵害するレットパージに対して沈黙で闘った点を比較される。
黒い雄牛はロバート・リッチ ローマの休日はイアン・マクレラン・ハンター
と偽名や他人名義で仕事を続けていた。
「栄光なき天才たち」というマンガ
ではドルトン・トランボとなっている。表向きはスコップで穴を掘る肉体労働を
して生活しているように見せて脚本も書いている描写があった。
監視があったが「良き人のためのソナタ」みたいに24時間の盗聴までは
されなかったようだ。


2011年 1月16日

『赤い河』(1948年)ハワード・ホークス監督作品を観た。
ダンスン(ジョン・ウェイン)とグルート(ウォルター・ブレナン)が
柔らかい牧草を求めて移民の幌馬車隊から分かれて別行動を取る。
その幌馬車隊はインディアンに全滅させられる。そしてダンスン達
も襲われる。相手を倒すことが出来たがダンスンが母の形見の腕輪を
託した女性も殺されたようだ。倒したインデアンが腕輪をしていた。
ダンスンとグルートは2人でテキサスの緑野に大農場つくる為に
レッドリバーに向かう。途中でインデアンに幌馬車隊を襲われて
生き延びたマシュウ少年と出会う。そして牧場経営に加わる。
その間に南北戦争があったが映画には出て来ない。
ダンスンは広大な土地と莫大な家畜を持っているが南部では牛は
三ドルでしか売れない。大人になったマシュウ(モンゴメリイ・クリフト)も
南北戦争から帰って来た。ダンスンは鉄道の通っているミズーリへ牛を
1万頭を移動させると15ドルで売れるとバスター(N・ビアリ・ジュニア)、
チェリイ(ジョン・アイアランド)、ダンらの牧童たちが雇われ、大移動が
始まる。旅程は1600kmにもなり非常に困難で雨に降られたりする。
マシューは調味料の砂糖を舐めるクセがある。
調理用の鍋の金属音で牛が暴走してりする。ダンスンは酒を飲みあたり
散らすようになった。
レッド・リヴァを渡る頃、3人の牧童が逃亡する。戻って来た牧童を
縛り首にすると言い出す。ダンスン(ジョン・ウェイン)はアビリーン
に鉄道が来ていないと思っている。マシュウは、他の牧童の意見を聞いて
アビリーンに進路を変える。途中で幌馬車隊を助ける。テス・ミレーという
女性は自分の肩にインディアンの弓が刺さっても冷静だ。馬車隊を助けて
しばらく進むと汽笛が聞こえてくる。線路があり機関士は汽車を止めて牛の
到着を喜んでいる。マシュウ等は遂に鉄道のあるアビリーンの町で1頭20ドル
で牛の取り引きに成功した。マシュウの助けた馬車隊もアビリーンに到着した。
行き先変更の件でダンスンはマシュウ達の勝手な行動に怒り人を集めて追って
きたが撃ち合いにならず馬車隊にいた美しいテス・ミレー
(ジョーン・ドリュウ)が殴り合いで和解するように二人争いをライフルを
向けて治めた。殴り合ってマシュウの成長を感じたダンスンは彼を養子に
してテス・ミレーと結婚させて家族を作ることにする。ダンスン農場を協同経営する
ことになりテスとマシュウも結ばれることになる。牛に付けるブランドの赤い河に
D川M(川は赤い河の印でSSみたいカーブだ)
この映画は、モー牛牛牛がこんなにいるのかと驚く。少ないカゥボーイーで良く
移動させれたと感心させられる。旅の途中で殺し合いになるほど辛く危険な
状態だ。死んだ仲間や撃ち合いになった相手を埋めて聖書を読むダンスンを
観て命とは何だろうと少し考えさせられた。この時代は土地は銃で守る時代で
城砦法の流れでアメリカでは州によって銃規制が違う。
基本的にライフルは動物を撃つものだが拳銃は人間を撃つものだ。
白黒の西部劇を観て勉強になった。

2011年 1月15日

『告白』(2010年)中島哲也監督作品を観た。学級崩壊と言うべきか
担任が話しをしていても聞いていない。牛乳を飲んでいる場面だから
昼休みかと思ったが朝食を食べない子供がいるようなので3学期終業式
のホームルームの時間に配布したようだ。無邪気な顔をしているが携帯
電話でメールをしたり落ち着きが無い。競争社会を生き残る為に道徳感とか
倫理観なんて押し殺して来た世代の子供達の姿が集まっている姿は怖い。
松たか子演じる、森口悠子(もりぐち ゆうこ)は、2月の事件で子供を
殺された。そして殺した犯人は、事故死として全く反省していない。
死の恐怖を与えようと犯人AとBの牛乳にHIVに感染した血液を混入
したと言って不安感を与える。そして教壇を去っていった。
反省や罪悪感の無いAとBの親は、こんな事件の後も子供を転校させる
こともしなかった。そして2人はクラスのイジメの的にされる。
新任教師の「ウェルテル」こと寺田良輝( 岡田将生)がクラスの事情を
知らないまま自己紹介で世界中を放浪して本を出して有名になった。
「世直しやんちゃ先生」にあこがれて教師になったと自己紹介する。
生徒達は、森口 愛美(もりぐち まなみ)の父親で森口悠子の夫になる
ハズの男で桜宮正義(さくらのみや まさよし)が 。「世直しやんちゃ先生」
でHIVキャリアで死亡したと知っている。教室の空気が変わっても気にならない
洞察力の無い熱血教師に合わせて不安神経症から躁状態になったように陽気に
ふるまいながらAとBをいじめることで制裁ポイント集めをはじめる。
人殺しだから自殺するまで容赦なく続ける状態だ。
Bは登校拒否になるが新任教師が一週間に1度訪問するようになり精神的に
追い詰められる。最後にBは母親に包丁で刺されて反撃に母親を殺ろす。
Bの母親は、日記に自分の子供と心中を決めて「天国に行く」と書いている
あたりで救いようの無さが表現されている。
Aは、母親が自分を捨てて電子工学の研究者に戻った心の傷がある。
大学の準教授だが児童虐待する。逆に回転する時計を作ったりするが
時間が後退するのか鏡で見たように進むのか構造には触れていない。
子供のオモチャを母親が分解して組み立てらせる変な母親だ。
子供が好奇心で分解したオモチャを元に組み立てるなら正常だが元に戻して
いないからAという異常な子供になる。
フルメタルジャケットみたいに海兵隊で銃でも分解して組み立てて
元に戻す訓練の方が納得いく。ポシエットを開けようとするとスタンガンの
ように電圧がかかりバチっと感電する電子工作をするが電子ライターの点火部品
程度だろう。ただキャラクターのポシエットに仕掛けて子供の愛美(まなみ)を
気絶させてBがプールに放り込んで溺死させた。
森口 悠子(もりぐち ゆうこ)のパートナーは、自分のように道を外した子供達を
更生させようと活動して愛美が亡くなる前にエイズを発症し愛美が殺された4月末に
死亡した。私は【罪を許す資格のあるのは被害者だけである。】と思っているが
桜宮正義は「犯人は二人とも必ず更生することが出来る」と言い残して死んでいった。
桜宮自身も後からの善行が贖罪になり罪が許される訳が無いのは本人が気付いて
いるだろうが自分に嘘を付いてでも免罪符だと信じる生き方しか出来なかった。
だから自分の娘を殺したAとBを自分が許さないと自分の罪も許されないという事だろう。
ただ森口悠子は違っていた。AとBを精神的に追い詰めていく。そしてAが学校の
体育館ごと爆破しようとしている事をクラス委員長の北原 美月(きたはら みづき)
から聞いていた。Aは爆破スイッチを入れたが起爆しない。そこに森口悠子から携帯に
電話が入る。北原 美月をナタでバラバラに切って殺した事を警察に通報したこと。
爆弾は、あなたの母親の研究室に置いてきたことを告げる。そして研究室が爆破した
映像が流れAはショックを受ける。会話の内容で鼻血まで流している。森口悠子は
携帯電話で話しながら体育館に現れて最後に「ドッカーンなーんてね」と
冷たく言う。映画の構成は、一人一人の告白からはじまる。それが、白々しい。
少子化が問題だと国は言うが、生存出来る社会環境を破壊して希望の持てる未来を
示さない状態で生まれた子供達が気の毒だ。子供のまま精神的な成長も無しに
快楽の欲望を容易に愛などと思い込んで結婚して親になってしまい子供に八つ当たり
するのなら作らなければ良い。児童の権利条約を親に教えることも大切だ。
親の都合で離婚だのすると、子供の権利を侵害している。
フィクションだけど原作の元ネタは、新聞で報道されたニュースや事件を分析して小説に
している事は、今・この時代を問題意識を持って生きている人なら解るものばかりだ。
ドキュメンタリー調でなく娯楽作品のように構成できたのは中島哲也監督の作風が
あれば出来たと言える。映画を観た後、救いが無いのは救いようの無い時代に
救いようの無いテーマを扱ったのだから当然だ。
これに救いや希望を入れられたら映画の神様が力を貸してくれる以上の現象だろう。
以前にも私の意見を書いたが【命を大切にされている人は相手の命も大切にする】
逆も真理である。命の重みの尺度は人それぞれだ。
13歳の子供達が出ているR15の映画って矛盾している。全員が被害者であり
加害者になる状態の本質は何か?映画を観るだけでなく折口がつく言葉で考えて
みると良い。
昨年に放送されたハンマーセッションというドラマの原作が中学生だった。
この映画の中学生と違うのは、生きようとしていた。私が思うに【生きて
いれば本人が望まなくても、生きる意味なんて解らないでも時が来れば使命は、
出世払いの借金を返済するがごとく生きている間に果たすことになる。】
それが善でも悪でも歴史の流れが判断してくれるハズである。
重要なのは【自分の権利を守り他人の権利を奪わない。】生き方が良い。
この現代社会が、どう変わるか20年後50後に生きていれば思い出したり
見直してみると面白い。


『プルート・ナッシュ』(2002年)ロン・アンダーウッド監督作品を観た。
月に都市が作られている2080年が舞台だ。プルートが刑務所を出て一週間後に寄った
ナイトクラブ「フラン・カウスキー」からはじまる。スコット・ランドのキルトを着てスラポンまで
付けてアコーディオンを演奏している歌手のアンソニー(フラン・カウスキー後でトニー・
フランシスに芸名を変える)が経営している店は、汚れ放題で厨房やトイレは触るのも
イヤな状態だ。
プールトがトイレから戻ると借金の取り立て人が椅子に縛り付けられて口からジョウゴで
バッテリー液を飲まされる所だ。
プルートが裏世界の知名度で250ドルの肩代わりして経営を引き継ぐことで助ける。
そして数年後に都市「リトル・アメリカ」一番の人気を誇るクラブ「クラブ・プルート」
のオーナーになっている。そこにディーナが雇ってほしいと訪ねて来る。
プルートはギャンブルをしないがルナ・ホテルのオーナーレックス・クレィターが
「クラブ・プルート」を買い取ってカジノにしようと手下を送り込んで来る。
プルートが断ると店を爆破してプルートの命を狙い始める。
ギャンブルが許されているのがムーンビーチだがエリアを拡大する目論見のようだ。
プルート・ナッシュは、かつて密輸業で使用していたアジトまで用心棒ロボットのブルーノと、
ウェイトレスのディーナと共に逃げ込む。
そこも敵の攻撃で破壊される。謎の人物レックス・クレイターを探してW.Z.Wを手がかりに
M.Z.Mまでたどり着きレックス・クレィターのいるルナ・ホテルに乗り込む。
客として乗り込むと歌手のフラン・カウスキーがトニー・フランシスに名前を
変えて人気歌手として活躍している。トニーにホテルの支配者に会いたいというが
会ったことは無い。場所なら解ると最上階にいる事を聞き出す。
プルートは、部屋に目指す前に用心棒に取れ囲まれて最上階へ同行する。
そこには、プルート・ナッシュが盲腸の手術を受けた時の細胞で作られた
自分のクローン人間がいた。予告編にクローンの場面が入っているのでネタは
バレている。
プルートが自分のクローンを倒して自分のクラブを新装開店させて終わる。
特に衣装やセットは細部まで凝っているので見落とすのはもったいない。
1億ドルの製作費がかけられ興行収入は1割にも満たない約710万ドルで2009年の
ハリウッド・レポーター誌が「この10年で最大の失敗作」と報じている。
お金をかけた映画だけに月面を走る車や街中を走る3輪自転車など見ていて
近未来感は出ている。銃撃戦も光線中で相手にショックを与える物のようだ。
エディー・マーフィーがクローンと戦うシーンはタキシードが全く同じで見分けが
付かない。又、ロボットの動きも上手く演じれていたと思うが深いメッセージが
込められているようでは無いので娯楽作品を観たという感じを受けた。


2011年 1月10日              トップページ

『暗黒街の顔役』(1932年) ハワード・ホークス監督作品を観た。製作は
ハワード・ヒューズ。映画の最初にノンフィクションであり政府の対応を
求めるメッセージが入っている。ギャングの用心棒で顔に十字の傷を持つ
トニーが自分のボスを裏切って縄張りを拡大していく話だ。
トニーが顔のキズは戦争で付いたと言うから第一次世界大戦から帰還したと
思われる。
マシンガンを手に入れて勢力を拡大する。縄張りを広げて強引にビール
を買わせて資金を増やしていく。殺し損ねたボスの入院している病院に花束
の中に銃を入れて留めを刺す。弟分のリナルドは、コインを投げては受ける
クセがある。死んだボスの情婦だったポピーと旅に出て帰って来ると妹の
チェスカーとリナルドが同棲しているのに腹を立ててリナルドを殺す。
妹のチェスカーとリナルドは新婚だった。夫を殺した兄トニーは妹のチェスカ
に警察に通報される形で縁を切られてポピーとリナルドは窓に装甲版の付いた
アジトで警察と銃撃戦となる。ポピーは負傷し警察に催涙ガスを打ち込まれて
燻り出される。そして飛び出した所を蜂の巣にされてENDになってから
包囲されてポピーとリナルドは窓に装甲版の付いた
アジトで警察と銃撃戦となる。ポピーは負傷し警察に催涙ガスを打ち込まれて
燻り出されて逮捕されて裁判で有罪となり絞首刑されてENDになって終わる。
二通りのエンディングで2度死ぬ場面が見られた。
アジトの窓の前にネオンが見えて、「世界は、貴方の物」という文字が映し
出されてトニーの野心を煽っている雰囲気が出ている。
当時はテレビが無い時代だから現在ならNHKのクローズアップ現代で
ドキュメンタリーが流れたり朝テレビを付けると夜の事件が朝のニュースで
流れる時代でなかったので映画で事件の再現に近いものを作る意味が大きかった
と感じた。
この時代のギャング映画は、ダブルの縦縞のスーツにピークドラペルでスボン
の裾はダブルがお約束みたいだ。
いつ死ぬか解らないギャングの世界では、スーツと車に、お金をかけている
みたいだ。


『華氏451』(1966年)フランソワ・トリュフォー監督作品を観た。
本を読まないで情報はテレビから得る社会では、本を所有していると
通報があると消防車が来て本を焼却する。その消防士の家族の物語だ。
イギリスが舞台なので幼い頃のマーク・レスターが学校の廊下で親に
会う場面があった。モノレールで通勤する所は、近未来的である。
6年勤めて昇進出来る状態だが仕事に疑問を感じて法律で管理された
都市から「本の森」と呼ばれる所で自由を得る。
「図書館戦争」というアニメを観てみると伝えたい事が解ると思った。

2011年 1月 9日

『容疑者Xの献身』(2008年) 西谷弘監督作品を観た。
「県庁の星」「アマルフィー女神の報酬」の脚本も担当しているが
監督名しかクレジットが無く、「脚本家軽視の疑いがあり、これは
前代未聞の異常事態」として日本シナリオ作家協会から抗議があったらしい。
となりの部屋に住んでいる母と中学生ぐらいの娘が離婚した元、夫を殺して
しまう。その事を知った隣の数学教師が事件の隠蔽工作に手を貸す話だ。
市民ケーンに出てきた雪が降るガラス玉みたい物が鈍器に使われる。中は
マンハッタンのようだ。ラストで隅田川から発見されてアップになる。
警察は、物理学者に相談する。物理学者と数学教師は大学の同期でお互いを
認め合う程の天才らしい。四色問題がきっかけで知り合い17年ぶりに
事件をキッカケに再会する。数学教師はアリバイを作ったり証拠を消したり
作ったりして母と娘に疑いがかからない様にする。
ネタバレになってしまうが死体を更に1つ作る以外の方法がなかったの
だろうか?などと考える余地を残すのが推理小説に興味を持たせる手法
なのか解らないがロケ地は隅田川に沿った歩道をテント小屋の前を通り
新大橋から浜町まで歩く通勤コースだったり身近だった。
西谷弘監督はフジテレビの人気テレビドラマの監督だ。ドラマは面白いが
映画を観終わった後で何か一味足りない感じがした。
「県庁の星」の弁当的な違いなのだろうか?

2011年 1月 8日

『アンダルシアの犬』(1928年) ルイス・ブニュエル監督作品を観た。
いぬが出てくる映画だとおもっていたら全く違っていた。
16分の短編メディアアートだった。
床屋がカミソリで女の目玉を切った。中からゼリーみたい液が出てきた。
(実際には死んだ牛の目を使ったらしい)
スーツに上に女性用の帽子を被ってスカートを穿いて自転車で走る青年が
窓から見ている女の部屋の建物の前で転んで部屋に寝かされる。
手のひらから蟻が出てくる。
リアルな手首を棒で、つっついている少女がいる。人ごみが出来ている。
共通点は、胸から箱をぶら下げている。
男が女の部屋で欲情すると腰のロープに墓石に神父が2人に色々なものが重り
になって近づけない。良心の呵責を映像化するとこうなるようだ。
小さな長方形の木の箱に斜めの柄の入った物を首にぶら下げて自転車に乗ったり
している。ラムかブランデーか知らないが小さな木樽を首に下げたアルプスの
山岳救助犬のセント・バーナードっぽいイメージだから「犬」なのか解らないから
想像するしか無い。アンダルシアの茄子という自転車競技のアニメもあった。
脚本がルイス・ブニュエルにサルバドール・ダリで当時、映像技術を使った
実験映像を作ったのだろう。結局アンダルシアの犬とは、映像作品を作った
サルバトール・ダリがアンダルシア出身で犬のように臭いを嗅いだり新しい
実験映像を作ることを犬のマーキングに例えてつけた可能性がある。
いぬのえいがではなかった。

2011年 1月 7日

『第十七捕虜収容所』(1953年) ビリー・ワイルダー監督作品を観た。
映画のはじめに捕虜収容所を描いた最初の作品だと入っていた。「大脱走」
やTVドラマの「大脱走 コルディッツ収容所」より古い作品だ。「戦場にかける橋」
より古い。ユダヤ人の収容所より観ている方は、退屈しない。敵の目を盗んで脱走
する権利があるらしい。犯罪者と捕虜は違う。
さて、この映画は軍曹達の収容舎が舞台だ。ジュネーブ条約で階級別に待遇が異なる。
ベットは二段ベットでない。脱走はストーブの下の床からだ。木の板でストーブを
挟んで動かすのは見事だ。2人で脱走するが待ち伏せされたように機関銃で射殺された。
地面は、冬で所々に泥濘が出来ている。板の上を所長のシェルバッハ大佐は歩いている。
収容所長のシェルバッハ大佐(オットー・プレミンジャー)は
「この二人は、あまり遠くには行けなかった。私の経歴に傷もつかなかった」と
死体を前に全員を並べて皮肉まじりの演説をした。ドイツ軍人には珍しくシェルバッハ
大佐やシュルツは笑みを浮かべて話をする。
セフトン軍曹(ウイリアム・ホールデン)は「脱走に成功しても次は太平洋戦線に送られて
日本軍の捕虜になる。イヤだ」と言いながら賭け事の胴元でタバコを貨幣代わり
に稼いでいる。ネズミを競争させる競馬やポーカー。そして日用品と交換していた。
双眼鏡でソビエトの女性捕虜の収容舎のシャワー室を覘かせる事もやっている。
見張りのドイツ兵とも取り引きしている。
脱走に失敗したりバケツのフタの上に水を入れて二重構造にして隠していたラジオが
簡単に見つけられて没収されたりする。
内部に密告者がいるに違いないと脱走に消極的なセフトンが疑われる。
将校用の部屋が無くてダンパー中尉(ドン・テイラー)が一時的に同室になる。
中尉はドイツ軍の軍用列車を爆破したことを皆に話してしまう。
所長はダンパーを連行して尋問した。軍用列車爆破の容疑だ。
そんな時に新しい毛布が配布された。ジュネーブ協定が守られているか監視員の収容所
視察があった。「毛布がナフタリンくさい」「ジュネーブ協定により、捕虜の人権は
保護されているか?不満はないか?」と聞いてきた。誰かが「ダンパー中尉が連行された
ままです・・・」と言った。監視員が所長室に行くと、所長がダンパー中尉を眠らせずに
立たせたまま尋問をしている。監視員は「証拠なく彼を罰すれば戦争犯罪にする」と
抗議したが所長は爆弾のタバコとマッチを使った時間差を作る発火方法の情報まで
手にしていて自信ありそうだ。丁度クリスマスだ。
宿舎では、酒を飲んだりダンスをしたり捕虜達は工夫して楽しんでいる。
捕虜達はドイツ兵とも取り引きして日用品で商売しているセフトンを疑って
袋叩きにする。(フルメタル・ジャケットのソックスに石鹸のシーンの原点だ)
その後にベットにグッタリしているセフトンは照明の加減でチェスの上の電球のコードが
結ばれていたり垂れ下がっている事に気付く。(この演出が上手い)
それはドイツ軍のシュルツが宿舎から全員外に出した時に変わっている。
本当のスパイは捕虜に混じっているプライス(ピーター・グレイブス)だと
空軍基地の話で見抜く。そして細工してある黒いクイーンのチエスの駒に手紙を入れて
シュルツが駒をシェルバッハ大佐に渡す役だと気付く。
ダンパー中尉を脱走させないと処刑されてしまう。調査団が持ってきたピンポン玉で
煙幕を作る。ミルみたい機械で粉にしている。護送される時にダンパー中尉が収容所
から消えた。ドイツ兵が中を探しても見つけられない。そして貯水槽からタンバー中尉を
脱出させる直前に脱走をイヤがっていたセフトン軍曹(ウイリアム・ホールデン)が
残る仲間に今まで集めた日用品ごと店を譲るといって「今回は、身代わりがいるから」と
プライスがスパイである事を暴いて引き受ける。タンバー中尉を貯水槽から連れ出して
逃げるために5分後にプライスは外に放り出される。「俺だ!ドイツ人だ」と叫びながら
味方のドイツ兵に射殺される。ジャバーは着ていなかった。潜入捜査の危険さが良く出ている。
セフトン軍曹とダンパー中尉は、その時間で鉄条網をニッパーで切って2人で収容所を
後にする。タンバー中尉とプライスが着ていた空軍の皮ジャンが印象的だった。
派手なアクションは無いが予算を使わないでも解りやすい演出や見せ方で楽しませて
くれる。男だけの捕虜収容所から女子の捕虜収容所を部屋の窓から双眼鏡で覘けるように
するなど俗っぽくする加減も良い。六万人を収容していると最初に説明しているが
6万人という規模の割りに収容所長のシェルバッハ大佐の出番が多い。


2011年 1月 6日

『純金のキャデラック』(1956年) リチャード・クワイン監督作品を観た。
アメコミ風のイラストでアニメーションみたいにはじまる。エンドロールが無く
キャストやスタップのクレジットは前に流している。軽い気分で観られる
コメディー映画で軽いラブストーリーの要素も入っている。
ニューヨークの国際企業株式会社で株主総会がはじまる。役員が会場に入る
映画は、1人づつ画面を止めて役員の説明をする。なんだかビデオを一時停止
して見ている気分になる。
会長兼社長に新しく就任のジョン・ブレシングトン(ジョン・ウィリアムス)
副社長のギリイとメトカルフ、経理担当のスネル(フレッド・クラーク)は、
腹黒い連中だ。前社長のマッキーヴァー(ポール・ダグラス)だけは誠実な人物
なので一時停止されない。技術者から会社を興したマッキーヴァーは大統領の
要請で国防総省に入るため持株を売り会社との癒着が疑われないよう身辺を整理
していた。そしてジョン・プレシングトンに会長兼社長の座を譲った。
10株の株主ローラ・パートリッジ(ジュディ・ホリディ)が総会で質問して役員達は
回答にまごつく。マッキーヴァーは総会でサンドイッチを食べているのを指摘された。
会社に自由に出入りできる金の鍵を記念に貰って外でローラと出会い家まで送る。
ローラは女優志願だという世間話に興味を持ちワンシトンへ行く。
ローラは、会社に興味を持って株主総会には毎回参加する。何年も通っている様子だ。
毎回質問に手を焼く重役連は、ローラを雇って口を封じようとする。小株主連絡課長
で秘書も付いた。ローラは大張切りだが仕事がない。総務部長ジェンキンス(アーサー・
オコンネル)と秘書のアメリア(ネヴァ・パタースン)がお互いに意識し合いながら
言い出せないので仲を取り持つ。その時に株主名簿を入手して簡単な挨拶や会社の
近況報告を発送しはじめる。中には返事を返してくれる株主もいてパトリシア宛て
に手紙が来るようになる。それが面白くない役員は、ローラから秘書のアメリアを
取り上げようとする。プレシングトンの義弟ハリイが役員になって子会社と知らない
で時計会社を潰してしまう。ローラ宛に解雇された株主から手紙が来てジョン・ブレシングトン
は時計会社の件でアメリアの解雇を取り消す。そしてローラの秘書も増えた。
ローラの影響力が脅威になり工場視察で旅行に出そうか役員達は考えた。
世間の誤解を招かぬため、国防省の仕事を寄こさないマッキーヴァーに重役は不満だ。
前社長からペンタゴンの仕事を回してもらおうとローラ・パートリッジに旅行用のコート
や帽子に靴にバックと旅費と宿泊費を出してワンシトンに出張させる。
しかしマッキーヴァーとのアポイントメントすら取れない。上院議員にコネを作って
ペンタゴンでマッキーヴァーに再会する。ローラから腐敗した役員の状態を聞いて
ペンタゴンの仕事を辞任して会社に復帰しようとするが重役連は株を持っていないと
彼を認めない。マッキーヴァーはローラのオフィースで技術者になる前は、演劇が
好きで学生の時に演じたローマ時代のグラディエーターのセリフを暗唱する。
マッキーヴァーは現重役によるローラのペンタゴン派遣をマン法違反として告訴。
しかし連邦裁判所の判決は結局敗訴に終る。ローラは、「母親にだって平気で嘘を付く人達よ」
と怒る。そして株主総会の日になる。役員達は160万株だ。
マッキーヴァーは、総会でローラが例の質問で引延ばしている。
アメリアからジェンキンスがローラに手紙を転送してクビなったと電話があった。
マッキーヴァーは、黄金の鍵でスネルから委任状の入った手紙を取り返す。
定期総会にはローラの手紙で興味を持った小口株主が多く来ていてローラに賛成してくれる。
出席株主の持ち株合計は14165株だが数えている時間にローラ名義の委任状を365万株
集めて持込み現重役を総退陣させる動議を出して会社を取り戻す。
そしてマッキーヴァーが社長に返り咲く。ローラと結婚する。そして2人で経営する。
次の年の株主総会は、夫マッキーヴァーが社長で妻のローラが会計報告をしている。
ローラーは副社長兼総務部長になっている。配当も良く株主も喜んでいる。
2人には小株主達から純金のキャデラックが新婚祝いに贈られた。ラストだけ白黒から
カラーに変わり金色のキャデラックに乗る。古き良きアメリカ的なハッピーエンドだ。
正常な資本主義や共産主義とは民主主義が機能していることが大切なようだ。
民主主義が機能しない状態なら両方とも全体主義になる。
ローラ・パトリシアがワンシントンで着ていた衣装はケープの下に袖が付いているコート
は印象的だ。帽子の羽など当時の服は凝っていて夢があると感じた。
白黒映画なので服のカッテイングやシルエットが印象に残る。


2011年 1月 5日

『ライフ・イズ・ビューティフル』(1997年) ロベルト・ベニーニ監督作品を観た。
第二次世界大戦前の1939年、ユダヤ系イタリア人のグイド・オレフィスと友人フェルッチオは
フェルッチオの父親の自動車で叔父エリセオのいる北イタリアのトスカーナ地方に来る。
途中で車のブレーキが壊れてイタリア国王のパレードの車列に入ってしまい離脱して
修理していると蜂の巣を取ろうとして蜂に刺されたドーラを受け止める。
それからタマゴを貰って叔父の家に行くとナチスのシンパらしい青年がイヤ
がらせに家具を壊して帰った後だった。陽気なグイドは気にしていない。
取りあえず叔父のグランド・ホテルで給仕の仕事をする。
ホテルでグイドとフェルッチオを雇ってくれた親方と帽子の取り合いをする。
政治的な話をしようとかる場面に、彼の子供ベニトとアドルフが居合わせて
親方はファシストの支持者であることを示唆している。
親方の帽子が気に入って自分の帽子と取り替えるが同じ職場なので取り返される。
叔父に「給仕は奉仕者であって従者とは違う」など仕事を習う。グイドは要領が
良くジョークで気転を効かす。ホテルでの給仕ぶりは申し分ない。
書店の営業許可を取る為に役所に行く。申請したがサインを貰えず担当の局長の
帽子の中にポケットに入れたままのタマゴを入れる。知らないで被った役人は
激怒する。自転車で逃げてドーラと再会してペトラルカ小学校の教師だと知る。
帽子にタマゴの役人の娘らしい。ホテルにクイズマニアのレッシング医師が泊まっている。
「広がる程、見えなくなるのは?」の答え「暗闇」とグイドは答える。
そして「七人の小人と白雪姫は何時会うか」というクイズを出す。
学校の視察に来たローマの監察官が泊まる。クイドはドーラの職場に監察官の
フリをして悪ふざけをする。その夜にベネチュアを舞台にした椿姫らしい観劇が
終わると自分の車にドーラが雨で間違えて乗り込むように友人フェルッチの協力で仕向ける。
局長ロドルフォの車とフェルッチオの車は同型だ。雨の中グイドとドーラはデートする。
フェルッチオの仕事に使う椅子の張り替えやカーテンに使う生地を後ろに積んだままだ。
階段に赤い絨毯のように布を敷く場面は見事だ。ドーラにチョコレート・アイスは
何時食べられると聞かれるとレッシング医師が七分後だとクイズの答えを言う。
そして七分後にドーラはチョコレート・アイスを食べていた。
レッシング医師がチエックアウトする時に「その名を言ったとき、消えている名は?」
というなぞなぞを残して帰る。グイドは「沈黙」と答えがスグに解った。
叔父エリセオの白馬ロビン・フットが緑色に塗られユダヤの馬と落書きされる。
ドーラの婚約パーティーでグイドはエチオピアケーキに細工をして帽子にタマゴの役人
にダチョウのタマゴが当たって割れる。ドーラを叔父の馬でパーティー会場から
連れ去って結婚する。そして数年が過ぎる。ドーラが入った温室から子供が戦車の
オモチャを引っ張って出てくる。子供は小学生に入る前ぐらいの年だ。
風呂が嫌いなのが後でガス室の生死を分ける。
駆落ち同然で結婚してジョズエを授かる。戦時中で「犬とユダヤ人はお断り」と書いて
ある。ジョズエに質問されて「カンガルーとスペイン人はお断り」の店もある。
ジョズエが嫌いなのは蜘蛛と聞いて父さんは西ゴート人が嫌いだから書店に「蜘蛛と
西ゴート人はお断り」にしようと言う。ユダヤ人の迫害が厳しくなり、北イタリアに
駐留してきたナチス・ドイツによって、叔父エリセオと息子ジョズエとグイドは汽車で
強制収容所に送られてしまう。ドーラはユダヤ人で無いので汽車に自分から乗り込んで
しまう。母ドーラと引き離されて不安がる息子ジョズエに対し、グイドは嘘をつく。
「これはゲームなんだ。泣いたり・おやつをほしがったり・ママに会いたがったり
したら減点。いい子にして隠れていれば点数がもらえる。1000点たまったら勝ち。
隠れていて見つかったら失格。本物の戦車に乗っておうちに帰れるんだ」1等は戦車
だという。そして収容所で労働力にならない老人と子供からガス室送りになる。
息子に金床(かなとこ)を運んで溶鉱炉で溶かす作業を見られて戦車のキャタピラーを
作っている所だと言う。同室のバルトロメオ達も話を合わせてくれるが石鹸やボタンに
されると言う噂に脅えるジョズエに明日の朝にバルトロメオの石鹸で顔を洗うのかと
ボタンは誰々を付けるのか?人間は蒔きでないから煙がでるから燃やされないなど
安心させようと必死だ。周囲も黙認している。
ジョズエは子供がいないと不安がる。ある雨の日に帰りたいと言い出す。
グイドは、じゃあ帰ろうか帰るのは自由だ。今1番点を取っている。戦車も完成した
けど諦めようと芝居をする。そして息子のジョズエの意思で留まるようにさせる。
病気や怪我で弱っているユダヤ人と働けるユダヤ人を振り分ける健康診断が行われる。
グランド・ホテルで給仕をしていた時に知り合ったレッシング医師が軍医になっていた。
クイドは「沈黙」「その名を言ったとき、消えている名は?」と言って思い出させる。
レッシング医師の立場で出来るのは健康状態の判断ぐらいだ。将校のパーティーで
給仕をさせるのがやっとだった。ある日、収容所の将校達の子供達や家族を招いた
パーティーが開かれる。ドイツ人の子供が、かくれんぼをしていた。グイドは子供が
見当たらないことを気にしていたジョズエに子供を見せて安心させる。
その時にジョズエもドイツ人の子供だと思われてパーティーに連れて行かれる。
グイドは、中に入ったら一言も口を話すなというが、おやつを貰いイタリア語で
グラッシャスと言ってしまう。変に思ったドイツ兵に報告されるがクイドが子供達に
グラッシャスと言葉を教えて危機を乗り切る。グイドは子供達に話かけるなと小言を
言われ切りぬける。レッシング医師に話があると言われるが「デブで、醜くて、どこも
かしこも黄色。でグワァグワァ何を言ってるかわからないわめき方をし、しかも歩き
ながら、ウンチする。」答えは「ユダヤ人」のことだと解っていても知らない方が良い
答えもあると言う事らしい。答えは「カモノハシ」や「子ガモ」であってほしいが
黄色は裏切りの色でダビデの星に使われていた。今までのクイズの答えは暗闇・沈黙
とヤダヤ人を取り巻く社会情勢を暗示していたようだから「虐殺」かも知れない。
衛生状態の悪い収容所なら下痢などでもガス室に送らないといけない。
治療するより殺す人間を選ぶ仕事だと苦悩している様子がテーブルを叩くことで
現しているようだ。
パーティーの時に蓄音機のラッパを外に向けてドーラとの思い出のオッフェンバックの
「ホフマンの舟歌」をさりげなく流すなどして希望を与えるというより不安を忘れさせ
ようとしている。
収容されて一週間程で戦況が悪化して収容所のユダヤ人を口封じに殺そうとする。
トラックに乗せられてユダヤ人達は何処かへ運ばれだす。息子ジョズエを隠して
妻のドーラを探しに行って捕らえられてグイドは銃殺される。
翌朝、ドイツ人が撤退したて静まりかえった所でジョズエは隠れていた箱から出る。
そこへタイミング良く連合軍の戦車が現れてジョズエを乗せてくれる。
しばらく走ると歩いて帰るユダヤ人の中から母ドーラを見つけて戦車から降ろして
もらい母に抱かれる。「人生は美しい」どんな環境にいても美しいと感じる意志の
力があればという意味なのだろう。劇中でショーペン・ハウアーの意志の話が出て
くるのは、そういった意味のようだ。童話のように語りつがれる物語に出来る
生き方をすればライフ・イズ・ビューティフルなのかも知れない。
終戦のタイミングから通り道の2階に住んでいるマリアが男に鍵を投げるタイミング
に「七分後」とデートの時に回答するレッシング医師など・・・
ロベルト・ベニーニが主役をやっているが身体が硬い。小学校で段上に飛び上がる
時に床に弾力のある物を置いて段上に軽快に着地したように見せると良いと感じた。
ロベルト・ベニーニのギャグは他人を巻き込んでしまうので私は、あまり笑えない。
チヤップリンみたいに自己犠牲の割合を増やすとバランスが良いと思える。
グイドが死ぬことで物語として完成していた。

2011年 1月 4日

『パルプ・フィクション』(1994年)クエンティン・タランティーノ
監督作品を観た。カップル強盗に遭遇するまでの間にマフィアので
起こった事を物語にしている。ボスの妻をエスコートするが麻薬の
過剰摂取で死にそうになりジョン・トラボルタが演じる子分が助ける
話とボクシングの八百長試合を引き受けたが失敗して相手の選手を
殺してしまって逃亡するボクシング選手にブッチ(ブルース・ウィリス)が
出演していた。祖母から伝わる金の腕時計が宝である。捕虜の時の
隠し場所がスゴイ。ブッチとボスが鉢合わせになる。2人は変質者に監禁される。
日本刀で危機を切り抜ける。ボスは八百長試合の事を許す。
密告者を負い詰めるが隠れていたギャングの反撃に遭う。何故か全弾外れる。
ジュールス(サミュエル・L・ジャクソン)は奇跡を主張し足を洗うことを決意。
しかしビンセント(ジョン・トラボルタ)の銃が車内で暴発。血だらけになり
掃除屋ザ・ウルフが来る。作業の指示をしてウルフは何故か朝からブラックタイで
高級スボーツカーに乗っている。イギリス人らしい。
そしてカップル強盗に遭遇という流れだ。(この後、金時計を取りに来たブッチと
ビンセントが鉢合わせてビンセントは撃ち殺されるが前に観ている。)
最初にフランス映画のTAXIの曲が流れる。時系列を理解するのに注意が必要
だが流血やバイオレンスの場面が軽い。犯罪も軽い感じで起こしているように
見えてタイトル通りパルフフィクションなのが真剣に考えなくて軽い気持ちで
観て良い映画だ。ジュールスが劇中で聖書のエゼキエル書を唱えるがキリスト教の
信者の中には、犯罪で被害者に謝らず神に許しを乞う人間と被害者の事を考えず
勝手に許す神父が出てきたりする映画も見受けられるが教会のシーンが無かった
ので軽快に観られた。脚本の段階で暴力と犯罪のバランスが取れていたのも
観やすかったようだ。

『アンドリューNDR114』(2000年)クリス・コロンバス監督作品を観た。
アンドロイドのアンドリューがマーティン家に配達される所からはじまった。
配達用のワゴンは、近未来的な外観だ。
リチャード・レイチェル(リチャードの妻)・長女グレース(ミス)・次女アマンダ
(リトル・ミス)そして4人家族と暮らす。
電源を充電するだけで眠らないアンドリューは、リトル・ミスのガラスの馬を
割ってしまい海岸の流木を加工して作る。父親のリチャードはアンドリューに
学習の機会を作り本などの資料を与えて創作活動をさせる。アンドリューの
作品が売れるようになりアンドリューの資産で貯金出来るように弁護士を
手配して銀行口座を開設させる。(のちに人工臓器メーカー設立の資金となる)
そしてアンドリューのメーカーに人間に近づきたいアンドリューに顔の表情の
オプションを付ける。リチャードはアンドリューの記憶関係には手を付けない
という念書を用意していた。費用はアンドリューが1ヶ月で稼ぎ出す金額だが
メーカーの人間の年収だと驚かれる。アンドリューは「自由になりたい」と
リチャードに相談して別に家を建てて独立して生活する。
アンドリューだがリチャードが他界するとき呼ばれる。
そしてリトル・ミス(アマンダ)が老人になっているのに驚く。そして自分と同じタイプの
アンドロイドの消息を尋ねて旅に出る。噂でロサンゼルスでアンドロイドを
発見して家に行くとアンドリューの表情のシステムを開発した研究者の家で
研究者は、メーカーを解雇され息子ルパート・バーンズが研究を引き継いでいた。
しかし資金も無く開発を発注する企業も無い状態だ。アンドリューは自分を人間に
近づける為のメーカーを設立する。資金はアンドリューが長年溜めたお金だ。
研究の副産物として沢山の種類の人工臓器の開発も行い事業も軌道にのる。
そして外見も人間に近づきロビン・ウィリアムスに変わりリトル・ミスの孫と
生活をする。食事を楽しむことが出来るようにもなる。
人間として認めてほしいと議会に申し立てるが却下される。議長にアンドリュー
が私の開発した臓器を使用していると言うが永遠の命では不満が出るとダメだった。
そしてアンドリューは、事業の相棒に血液を使用して寿命のある体にしてもらう。
寿命をリトル・ミスの孫に合わせて再度、議会で人間として認めてもらうように
希望して認められる。そしてマーティン家の200年をリトル・ミスの孫ガラテアと共に
終える。劇中の衣装は200年も先を描いているがカジュアルは現代とあまり
変化が無い。議会の議員の衣装は近未来を想定した独特のデザインになっていた。

2011年 1月 3日

『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』(2009年)西崎義展監督作品を観た。
いきなり地球がブラックホールに飲み込まれるから生存可能な星に
移住するという話だ。しかも移住先の惑星が決まっている。
惑星の名前はアマールの月だという。そして正体不明の艦隊に
攻撃される。なんていい加減な移民計画なんだ!事前調査や
アセスメントは、やったのか?と思った。そして知的生命体のいない
惑星なら惑星の領有権で領海侵犯のごとく攻撃されても交渉の可能性
があるのでは無いかと思っていると、SUS 大ウルップ星間国家連合の
同盟国にアマールも含まれている事を知る。
宇宙空間に張り巡らせたサーチネットに触れた地球移民船団をSUS同盟国で
攻撃する。領海にブイを敷設している状態は移民団を出す前に知っている
べき状態だ。そして脚本として破綻していることに気付きガッカリさせられた。
三億人の受け入れをアマール単独で決めたといっても通用しない。
エトスの提督がSUSを裏切って助けてくれたりアマールがSUSから独立すると
アマールのパスカル将軍が見方に付いてくれるなんて安易な展開だ。
エトス星を代表して艦隊を率いているエトス星艦隊司令長官のゴイル提督が
エトス星に意思を確認せずに同盟国への攻撃など出来る事でない。
物語の内容を伝えるプロセスを省略したためリアリティーも感じず整合性の
ない脚本で「ヤマト」というメカだけで興味を引いているのがバレバレだ。
内容は解りにくい。興業的にも失敗である。テレビのアニメション番組より
CGのクォリティーまで低い。銀河英雄伝説やタイタニアのレベルに及んで
いない。SUSの星間国家連合の説明と同盟国の歴史的背景をしっかり設定して
観客に伝えることも出来ていない。敵が何だか解らないと見ていて感情移入
できない。どーでもいいや、早く終わらないかな?眠くなってきたからDVD
止めよう。風呂入って寝てから見よう。という状態で最後まで見た。
最後は、次元の狭間から要塞基地が、いきなり空間に現れて攻撃してくる。
SUSのテクノロジーではワープの必要がないようだ。この戦闘に勝利する
が地球から最後の移民を送り出す。地球に残る人を日本沈没のように写して
地球に残される動物はジャングル大帝みたいにアフリカの動物が集まって
同じポースをしている絵が写し出される。
移住の元凶となったブラックホールもSUSが人工的に作った物質を異次元に
転送する装置だった。SUS星人?外観は耳が尖り肌が青白いがエネルギー
生命体のような行動をする。ブラックホールを解析して制御装置を六連発の
波動砲で連射するとブラックホールも消滅して地球も助かる。
第一部 完となっているので続編で解説して登場する惑星の歴史背景を入れて
感情移入する予定でもあったのだろう。必要な設定を出し惜しみしたとすれば
興味を無くさせファン離れする作品になった。この作品が無ければ実写版の
スペースバトルシップ・ヤマトの興行は、もっと成功しただろう。
衣装の設定も新旧の設定が色分けだけの統一しかしていない。アシンメトリー
である場合は、服の構造を考慮してリアル感を出す必要があるが出来ていない。
輸送船と戦闘艦で所属の違いを表現したりするべきだ。CGの色数がスーファミ
レベルでニンテンドー64レベルでないから色圧縮でもしているのかと思える。
アクエリアスからのヤマト発進で氷が剥がれ落ちる場面は、氷の質感が出ていない
ので劇場版アニメなのに深夜のテレビアニメ以下までクオリティーを落としたと
見えた。地上波どころか衛星波ですら放送してもらえるか疑問な出来だった。



『シスタースマイル ドミニクの歌』(2010年)ステイン・コニンクス
監督作品
を観た。ベルギーの少女ジャニーヌがガールスカウトで
ボーイスカウトとサッカーをして家にスクーターで送ってもらう
所からはじまる。好奇心旺盛なのに親は、ドーナツやケーキの店の
跡取りになってほしいと進路を決めてしまう。アフリカや歌に美術
と興味は多い。ただ1950年代は、テレビが普及し始めた時代だ。
ウーマンリブがはじまる前でもある。ジャニーヌは親に反抗して
修道院に入ってしまう。ジャニーヌの親友アニーがレズビアンなのも
影響している。若い娘は信じやすい。安易に何でも自分の都合良く
解釈してしまい人生を誤ってしまったのかも知れない。
フロックでヒット曲が出来た所にタイミング良く修道院の
ドキュメンタリー映画を撮っている神父が来ていたり司教が
許可するあたりは、資金を必要とするカトリックのシステムにある
のかも知れない。組織が大きくなると規則を厳しくすることで統制を
とらないとならない。個人を尊重するのは組織維持の後になる。
自己犠牲を喜ぶ状態の組織は縮小していく。シスター・スマイルの
芸名が使えず著作権も無い状態で歌手活動も出来ない。修道女を
辞める覚悟はあっても歌手として生きる為に改宗する覚悟が無い。
これが何曲も作って自力で積み上げたヒットなら対応が違うだろう。
後はベルギーの税制も印税をレコード会社から教会側が全額受け取って
いるのにジャニーヌに課税するのは無理がある。資産も無い状態で所得にも
なっていないのだから不服申し立てや納税義務が無いという裁判を起こす
など方法はあったハズだ。信仰宗教に嵌められて洗脳された被害者と生活の
全てを教会に依存してしまう元、修道女は状態的に近いと思える。
自己破産してしまうのも1つの方法だろう。信仰の自由と宗教団体の
課税のありかたを考える時代なのかも知れない。慈善や慈悲は社会保障制度と
して教会から国家やNGO・NPOが役割を担う時代変わっている。
義務を果たせない国には一応、国連から支援もある時代である。
とは言っても小林政弘監督の2005年の『バッシング』を観た後に感じた
重苦しい内容の作品だと感じた。
信仰の自由と布教の自由は分けて考えても良いのではないだろうか?
「歌え!ドミニク」ではアフリカに行って布教活動をすることになるが・・・
この映画のラストで追い詰められて自殺したように見える。実話と
フィクションでは、全く違う。歌え!ドミニクは廃盤でDVD化されて
いないので昔、観た内容を思い出さないとならない。
キリスト教はプロテスタントが牧師でカトリックが神父という違いが
解る人も少ない。カトリックは司教が司祭の人事権を持っているのも
最近観た映画で知った。


『座頭市 THE LAST』(2010年)阪本順治監督作品を観た。
はじめに女房と手を、つないで村を出るときに刀で女房のタネごと
串刺しにされる場面がある。その後、1人旅を続けていた様子だ。
そして自分の故郷の海がある故郷の村に戻ってくる。
旅を続けて精魂尽き果てた状態だ。しかも村の手前で行き倒れして
いる所を柳司に助けられる。村の百姓は、ヤクザになった座頭市だと
知っているが畑仕事をするという事でかくまわれる。
仕込み杖を預けて田植えをしたり柳司の息子、五郎に紐で案内されて
肥溜めを天秤棒で担いだりして手伝う。目が見えないので上手く行か
ずに肥えをこぼしてしまう。市の故郷の漁港を大きな港にして
プロシヤの船と貿易しようとする天道一家と落ち目の博徒の島地組が
ある。島地組は村の者を担保にした証文を天道に譲ってしまう。
市は天道から証文を取れ戻せるように島地組で丁半賭博で3両2分だけ
勝って金を匿っている柳司に渡す。天道は港を大きくするために漁業が
出来なくなっても構わないと考えている。その為に証文で人足として
農民を働かそうとしている。農業の合間に漁をして食べている村だから
畑も小さい。地元のヤクザ島地の組長も村人の行く末を案じている。
天道は、海は何処にでも行ける。たまに、あの世に行く事もあるがと
上手い事を言っている。座頭市は怪しまれないように、あんまさんと
呼ばれて「はい」と返事して天道を指圧している。本物のあんまだと
印象付けている。又、あんまの場面は、本職なので必要だと言える。
劇中のセリフで女は強い男の物だと言うセリフや柳司の母親が市に
耐えているのは弱いからじゃない。命を大切にしているからだ。
というあたりは、重みがある。天道は島地の賭場を打ち壊して島地の
女房の酒屋でも好き勝手する。元気で若い座頭市だったら用心棒みたいに
戦いに協力するのが、見慣れたパターンだが今回は違う。
旅で傷つき疲れて足を洗おうとしている状態だ。島地の人間も市と解って
いても昔の恩で黙っている様子だ。結局、島地は、女房を寝取られて殺されて
しまう。柳司たち村の百姓は嘆願書を書いて血判を押して役人に届けようと
する。山を越えるには石の印がある三叉路を左に行かないと行き止まりに
なる。柳司は市に嘘をついて右に行ってくれと言い持たせた手紙は贋物だった。
市は感づいていたが言われた通り右に行き天道の追っ手と斬り合いになる。
崖で足を怪我してしまうが三叉路まで戻り役人に手紙を渡す。
中は白紙だった。次に柳司が嘆願書を渡す。天道と結託している役人が
上役に説明せよと言われ自分でマゲを切って渡して許しを乞う。
上役が腹を切れと言うと上役に斬りかかり殺してしまう。柳司もこのとき
後ろから刀で刺される。息子の五郎が手に父親の似顔絵を持っていかけつける。
柳司は五郎に、こんな顔してたなと言って息絶える。
大勢の村の百姓が死んだ。天道の若い衆も死んだ。市は、灰色の着物に赤い首巻
姿で天道と決着を付けに行く。天道の息子が襖に大きく父親の似顔絵を描いている。
天道の屋敷での斬り合いの時に天道の息子に後ろから短筒で撃たれてしまう。
天道の息子は、恐怖で失禁している。そこに市に斬られて死にそうな天道が息子の
尿を拭きながら父がいるから大丈夫だと言い息絶える。市が屋敷を出ると天道の息子が
追って来て斬り合いになり市に斬られ死んでしまう。市も海を目の前にしながら
息絶える。意識の中で妻のタネに手を引かれて海の中に入っていく。劇中の会話から
察すると32歳の若さで死んでしまう。座頭市のような生き方では、長生きできない
と暗に諭しているのだろう。ラストと言うだけあって最後は死んでしまう。
阪本順治監督が日本アカデミー賞を受賞した『顔』のラストがウミガメみたいに海を
泳いで逃げる場面だったので思い出してしまった。
目が見えないから怖くてバカをやってしまう。というセリフや「すいやせん」
「やめては、くれないんですかい」「うそでもいいんです」という姿勢で
戦いを避けようとする今までに無い座頭市だった。仕込み杖を抜くと怪物の様に
強い市の表情が苦悩に満ちた感じに見えた。七人の侍のセリフに怖いから相手を
斬るという侍がいたがその雰囲気を持った視点の違う座頭市だった。
劇場スタッフ用「すいやせん」Tシャツのデザインをしたら後で黒も追加に
なった関わりもあり気になっていた作品である。


『ぼくのバラ色の人生』(1997年)アラン・ベルリネール監督作品を観た。
リュドヴィク少年は、着せ変え人形で遊ぶのが趣味だ。年齢は7歳ぐらい。
家の庭でパーティーがあり姉のドレスを着て周囲を驚かせてしまう。
同じクラスのジェロームがイヤリングを拾い学校で返そうとする。
ジェロームの父親は、リュドヴィクの父親の上司らしい。
学校の学芸会で白雪姫にジェロームが入れ代わって周囲からヒンシュクをかい
父は仕事を変えてジェロームも学校を帰る。ジェロームには兄が2人に姉が
1人いる。男性と女性の染色体の違いの話をする。
次に引っ越した家の隣の少女と出会う。この少女は、男になりたい
と思っていてジェロームの気持ちを理解できそうだ。両親も性別以前に子供
なんだと理解を示していくような感じで映画が終わる。
子供だから自分の望む性別で生きられると思っている。着せ変え人形が妖精の
粉を撒きながら空を飛ぶシーンなどで現実離れした夢がかないそうに見せる。
パコと魔法の絵本みたいにビィヴィットな原色をピンクをベースに使った
着せ変え人形の幻想世界を視覚化していた。時代が変わると解釈が変わる
のがこの手の映画だ。『大阪ハムレット』にも似た状態の少年が出てきた。


『二等兵物語・女と兵隊・蚤と兵隊』(1955年)福田晴一 監督作品を観た。
街の発明家(伴淳三郎)と靴屋(花菱アチャコ)の所に終戦間近に召集令状
が届く。靴屋には息子がいる。発明家は軍隊の中で重宝されている。
上官の雑用係に取り立てられて公用でお供をしている。妾さん宅と本宅に
上官を連れて行くのが任務だ。靴屋(花菱アチャコ)は自分の子供を預ける
ことが出来ず浮浪児になってしまう。いつも犬を連れていたがグラマンの
機銃掃射で犬が死んでしまう。そこで兵舎に匿って住まわせようとする。
靴屋は、子供が浮浪児になってしまい心配で脱走して営倉に入れられて
しまう。広島に原爆が落とされて敗戦となるや上官達が軍の物資を持ち帰ろう
とする。発明家はマシンガンで横領だと止める。女が出てくるが恋人とは
結婚して戦死しても遺族が恩給を貰えるように口を出してくる。
酒ばかり飲んで仕事をしないで暴れる男を戦場に送り出して自由な人生を
謳歌した女性がいても可笑しくない。夫が戦死したら立派な夫だったと
言えば、みんな同情してくれる。犯罪の影に女有りというが戦争もどうだか
解らない。平和を本当に願っているのか男を戦場に行くしか無いようにして
いるのは女性達ではないのかと疑いたくなった。赤紙は差し押さえ物件に貼る
ものだけと召集令状は、人間の差し押さえだというセリフは良かった。
松竹京都で作られた白黒映画だった。


『M(M−Eine Stadt sucht einen Morder)』(1931年)フリッツ・ラング
監督作品を観た。小学校低学年位の少女の連続殺人事件が起こり15000
マルクの賞金も賭けられるが犯人の検討も付かない。警察も困り連日、犯罪
の取り締まりを徹底する。その為、街の娼婦・スリ・こそドロ・イカサマ師
などは、商売にならない。警察は、宿無しに番号を出して担当地域を決めて
少女達に近づく男を見張らせる事にする。街のギャング達も商売のジャマに
なると連続殺人犯を探す。まず盲目の風船売りが口笛のメロディーを覚えて
いる。風船を買い与えた男が犯人だが顔が解らない。そして同じ口笛を聞いて
近くの仲間に知らせる。追いかけている少年は、自分の手にM(マーダ)と
書いて少女の前でオレンジの皮を剥いている男に路上に皮を捨てるなと言い
ながら背中を叩いて黒いコートにMの文字を残す。しばらくして男はガラス
越しに自分の背中の印に気付く。何も知らない少女は、汚れていると文字を
消すのを手伝おうとする。そして男は、街のギャング達に取り囲まれる様に
追い詰められる。1階が銀行のオフィスピルの中に逃げ込むが夜にギャング
が警察に変装して守衛を騙してビルに入り込む。ヤツはどこだ!とビルの地下
から倉庫まで探して倉庫で男を毛布に巻いて倒産した会社の廃屋に連れて行く。
そこには数百人もの犯罪者達が集まっている。生活の為の犯罪行為をしている
人間が裁判を開く。この映画に、少女の惨殺シーンは無い。被害者の少女の
写真をギャングと物乞い組合の裏法廷で犯人に見せる場面がスゴい。
男は写真を見せられると後悔で苦しむ。殺人を認めるが自分の意思でやって
いるのでない。亡霊に取り付かれたように気付くとやっていると言う。
そして男の弁護を担当する男も責任能力がない場合、国家でも誰も裁くことが
出来ないという。公の裁判に託すべく警察に引き渡すべきだという意見が
出る。タイミング良くで警察が来て映画が終わる。カール・ローマン警視正が
ギャングの仲間からアジトの場所を聞き出していた。警備員が死んだとギャング
の1人を騙す。カメラは、殺されたハズの警備員が食事をしている場面を映す。
新聞社に男が送った犯行声明が書かれた部屋も押さえていた。
刑事ドラマでダバコを吸うのがカッコ良い時代があったが、この映画の捜査会議
は、タバコやらパイプの煙がやたら多く感じた。
ドイツの街並みのオモチャ屋や本屋のショーウィンドウが見事で稼動式
オブジェが凝っている。お菓子屋の映像の中にミッキーマウスが写っていた。
ディズニーのキャラクターが戦前のナチスが力を付ける前のドイツに飾られて
いた。キックスケーターで遊ぶ子供も写っていた。
風船売りが聞いたメロディーは劇音楽『ペール・ギュント』第一組曲の一節
「山の魔王の宮殿にて」で殺人犯ハンス・ゲッペルトが吹く口笛として使われて
いる。トーキー初期の作品である。


『我が道を往く』(1944年)レオ・マッケリー監督作品を観た。
ニューヨークの下町にある聖ドミニク教会は借金の抵当になっている。
ヘインズ親子が債権者として催促に来ているがフィッツギボン神父
(バリー・フィッツジェラルド)は、暖炉を付けたいと更に借りようとし
ている。そこへチャールズ・オマリー神父(ビング・クロスビー)が
赴任して来る。
カーモディー・クインブ夫人に教会への道を尋ねて街の人にウケている。
1日に2回も教会に通う人だ。老神父の世話をしている。
教会の場所を街の人に聞いて路上で野球している子供とガラスを割って
子供達は逃げるがオマリー神父に置きっ放しの鞄を手渡していた。
道路を水兵が歩いている。戦争中に作られた映画なのがわかる。
謝りボールを拾おうとして地面に伏せた所に散水車が水をかけられる。
カーモディー・クインブ夫人は、先に教会に行って知らせておくと行って
しまう。
(レオ・マッケリー監督はコメディーでハロルド・ロイドやマルクス兄弟
の映画監督だけに得意分野だ。)
そしてフィッツギボン神父に初対面の挨拶の時は上下スエット姿だ。
このスエットの背中のプリントが良い。見ざる・聞かざる・言わざる
の3匹の猿のプリントだ。前には、St,LOUIS BROWSHの
文字がある。老神父は、オマリー神父に何故、神父になったか聞くが
その都度、電話が鳴ったりしてジャマが入る。教会で老神父に挨拶が
終わった頃に同期のオダウド神父から電話が入る。高校からの同期で
神学校でも同期のようだ。ゴルフにテニスに釣り道具も届く。
近くの聖フランシスコ教会のオダウド神父までゴルフバックを持って訪ねてくる。
東セントロイス高校の校歌を歌っている。5年ぶりに近くの教会に赴任して
来たので待ちきれない様子だ。
教区の家庭を訪問をするのも仕事だ。街の子供達はイタズラに盗みをしたりする。
トラックから七面鳥を盗んで教会を通るとフィッツギボン神父にあげてしまう
あたり根っからの悪でも無い様子だ。
警察官も注意したりするが七面鳥が教会の食卓に調理されて出されているあたり
憎めない。逮捕したりするより神父に相談に来る程度の様子だ。
18歳で歌手志望の家出娘キャロルを教会に連れて来て預けたりする。
おそらく未成年でないため親元に強制的に引き渡さない様子だ。
いつの間にか家主の息子テッドと結婚している。新聞で周知した正式なもの
なので教会の債権者の父親もビックリする。しかも息子に飛行機を
与えたため空軍に就職して若い妻を残して戦地に行く軍服姿を見て絶句する。
ある日、オマリー神父は街の子供達を集めてヤンキースの試合を見せに連れて行く。
オマリー神父は、人脈が広く球場に無料で入れるコネを持っていた。
神父になる前は楽団まで作ったらしい。「我が道を往く」ために神父になった
らしい。そして聖歌隊を作る。メトロポリタン劇場で上演中のオペラ、
カルメンの主演女優リンデン(リーゼ・スティーヴンス)も東セントルイス
高校でオマリー神父やオダウド神父と同期で古くからの友人らしい。
教会再建の為に作曲してオダウド神父が音楽会社に売り込みしているが
後、一押しの手ごたえだ。
そしてメトロポリタン劇場の設備にリンデンと30人の聖歌隊が歌うが
最初の曲は高尚すぎると言われ1度は、ガッカリするが「星にスウィング」
という歌を歌うと契約成立する。教会の財政問題も改善するかに見えた。
クリスマスのミサにフィッツギボン神父は数十年ぶりにアイルランドに
住む母親と再会を果たす。オマリー神父達がフィッツギボン神父の90歳の
母親を呼んでフィッツギボン神父が1から作った教会を見せる。
教会には聖歌隊によるアヴェ・マリアが流れているが老神父と母との再会の
場面でアイルランドの子守唄が流れる。だが夜に教会は火事になる。
アフリカでテッド・ヘインズが友人に車で怪我をさせられて帰国する。
債権者のヘインズ氏も生きて帰ってきた息子テッドと妻キャロルの家庭を
認めた様子だ。そして教会の債務を免除してくれた。しかし火事からの
再建もしないといけない。オマリー神父は司教より次の再建が必要な
新しい赴任先へ赴く事が決まっている。
オマリー神父の後任にオダウド神父が決まっている。火事になっても
再建はオダウド神父が引き継いで成功しそうだ。
希望をハッキリ示して映画は終わる。



『河童』(1994年)石井竜也監督作品を観た。世界中の紛争地域で
悲惨な死体の写真を取ってきたカメラマンの鈴森雄太の写真展から話が
はじまる。写真展に来た息子の勇に掴みかかられる。以前に戦場での
ケガや高齢で弱っていて病院に運ばれる。肉親の勇に病床から
河童の尻子玉を見せる。すると昭和28年の少年時代の回想場面になる。
終戦後に東京から駐在(陣内孝則)さんとして戻って来た鈴森勇吉は、
父の鈴森喜助と息子の鈴森雄太の3人暮らしだ。駐在所が実家のハナレ
みたい距離にある。
母親の遺影が飾られている。勇太は母親の遺影を見ながら質問する。
祖父の鈴森喜助は孫の雄太に河童は死んだらどうなるの?と
聞かれて、雄の河童は、尻子玉になり雌の河童は天(てん)の川(かわ)に
なると言う。丁度、村に妖怪大集合という映画の上映会がある。
子供達は、余計に河童に興味を持ってしまう。
女手が無いのでベージュの制服(終戦直後の警察官は軍服の生地
を転用していたので紺で無かった)の上に割烹着を着て炊事をしている。
村人は、村を捨てて出て行って戻って来たので出戻りみたいに思っている
様子だ。とは言っても警察官は1人しかいないので何か起これば24時間
やってくる。その村には、天神沼があり「かわらし堂」に河童を祀っている。
洞窟に鳥居もあり水で困った事の無い村だ。村祭りでは、河童の踊りもする。
しかし、好奇心の強い子供達が河童に興味を持って洞窟に出入り
する。
ある日、子供の1人が自転車で帰る途中で河童を見て気絶する。大人達は、
見たのは熊だろうと決めつけて猟銃を持って夜に猟に出てしまう。
夜間の発砲は危険だと駐在の鈴森勇吉は、村人を止めるが張り切っている
ので村人の統制が取れない。村長(坂上次郎)が草むらで村の若者の
逢い引きを見つけてランプを落として火事が起こる。
鈴森雄太は草むらでイノシシ用のワナに足を挟まれている河童の子供を助ける。
結局、雌のイノシシを仕留めて獅子鍋をはじめる。
その直後に村の二ノ宮金次郎の像がスパっと斬られ火の見櫓もスパっと斬られて
消える事件が起こる。切り口が当時の技術では無理な感じがする。
子供達はドラム缶のイカダを作って沼で遊べるようにしている。
子供なので小さな穴をすり抜けられる。中は鍾乳洞のになっている。
勇太だけ洞窟に残されて他の子供達はイカダで帰ってしまう。
そこで落としたハーモニカを見つける。
そして3匹のカッパと言うよりエイリアンを可愛く造形
した生物が住んでいる。雄と雌と子供だ。表面が粘液でヌルヌルしていて
リアルな感じがする。頭が発光する。子供のカッパにハーモニカを吹いて
聞かせる。子供の河童は天という名前らしい。
そして住みかは、ガラクタで不思議な機械仕掛けになっている。水を循環させて
いるようにも見える。雌のカッパはカプセルの中で弱っている。
勇太は、宇宙空間を見せられる。
その話を聞きながら祖父の喜助は78歳で亡くなってしまう。
寺の鐘が消える事件が起こる。父と2人になった勇太は河童の所に遊びに通う。
ハーモニカを吹くと村人達は音楽に合わせて不思議な動きをする。
祭りの日に村長が自転車で沼に落ちて河童に助けられる。
村の駐在は、連続して起こった、おかしな事件の調書を書くのに困っている。
祭りの日に河童の天(てん)の母親がカプセルの中で死んでしまった。
オーロラみたいになって空に消えた。その時に入り口まで3人の大人が来ていた。
そして怪我をしてしまう。駐在さんまで木にくくりつけて行ってしまう。
村長や村人は、祭りを中止して河童を捕まえて見世物にして儲けよう観光の客寄せ
にしようと総出で松明を持って洞窟を爆破して捕まえようとする。
子供のいる家庭の懐中電灯が見当たらないと駐在は気付く。村人は松明を灯りにしている。
祭りの日は、村の子供達が家から懐中電灯を持ち出して河童の洞窟の探検に
入っていたが迷っている。沼の洞窟を爆破してから中に子供がいたことを知らされる。
駐在の鈴森勇吉は洞窟から子供を救出するために爆破を止めようとする。
しかし間に合わず入り口が爆破されてしまう。
勇太は天にハーモニカを渡して、又 会いに来ると約束して洞窟に河童の親子を
残して脱出する。天の父親の河童もガケ崩れで潰されて死んでしまう。
駐在さんは洞窟に子供達を助けに飛び込む。そして子供達を洞窟の外に誘導する。
自分は、倒れてきた木で頭を打ち首もケガしている状態で仁王立ちのまま子供達が
脱出するので立っている。村人が大勢見ている。
そして息子、鈴森雄太の目の前で力尽きて木の下敷きになり殉職する。
村人が、お父さんは神様になったと言う。
世界的戦場カメラマンの鈴森雄太は、取りあえず手術が成功し息子の勇と
共に北川村の後に30年ぶりに戻ってくる。解体される廃屋に老婆が残って
歌を歌っている。その写真を写している。沼の跡地に行くと父の殉職の碑
が残っている。北川工業団地の看板が出ていて造成地になっている。
勇太は息子に紛争地域の子供達の目が帰る国も家族も無い
子供が戦場カメラマンを見抜いていると話す。そして沼は残っていた。
何十年も手放さなかった透明な尻子玉が意思を持っているように動いて
沼の穴に入ると尻子玉が液体に変わる。
宇宙船に入った河童がハッチを開ける。そして年老いた河童と40年ぶりに
再会する。天(てん)は、ハーモニカを渡す。
勇太は息子の勇(イサム)に看取られて息を引き取る。天も見ている。
勇は洞窟から父の亡骸を抱えて出てくる。天も宇宙船で沼から飛び立ち空に
消えていく。空にオーロラが出ている。

日本の昔話を宇宙人に置き換えるという設定は竹取物語みたい展開だった。
宇宙船はドラゴンボールに出てきそうなデザインだった。


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