バグパイプの正装
バグパイプの正装、キルト(kilt)です。
かの国の男性が腰に巻いて身につける (決して「スカート」といわないで下さい。)、服のことです。キルトの元祖は、高地地方の男性が着ていた 「グレート・ハイランド・キルト(the Great Highland Kilt)」です 。
タータンを織り上げた1枚の大きなウール地のことを プレイド(plaid)というのですが、 このグレート・ハイランド・キルトは、そのプレイドの両端の お腹にあたる幅の分だけを平らなままにしておいて (「エプロン」といいます)、 両腰からお尻にかけてはプリーツにたたみ、 ウェストをベルトで縛ってプリーツとすその長さを固定し、 ベルトの上側に出た部分は肩に回して 落ちないようにピンやブローチで留めたスタイルです。「ベルティッド・プレイド(Belted Plaid)」とも呼ばれます。
タータン
キルトを語るキーワードは、「タータン(Tartan)」。 決して「タータン・チェック」と言ってはいけません。タータンは布地の柄というよりも、 氏族ごとに定められた家紋に相当する模様の総称なのです。 基本的に上下左右が対象になった連続模様で、 その連続する模様のパターンを「セット(sett)」といいます。 また、家紋に相当するといっても、 ひとつの氏族にタータンはひとつだけではありません。 その家系の人ならだれでも着用できるクラン・タータンに、 主にダンサーが使うドレス・タータン、 スポーツのときなどに着られるハンティング・タータン、 さまざまなバリエーションがあります。 さらに、団体や会社でタータンを定めているところもあり、 軍隊の場合には連隊ごとに固有のタータンを持っています。
キルト
現在のキルトは、グレート・ハイランド・キルトの ウェスト位置のベルトから下の部分を、 プリーツが取れないように腰骨の辺りまで縫いつけたものです。 フルラウンドのプリーツではなく、お腹にあたる部分は やはり平らなエプロンになっています。 巻きつけるので、両端のエプロンが前身ごろで重なりあいます。 プリーツの折り方には2つの種類がありますが、 一般的にはタータンのパターンが崩れないようにたたみます。 つまり、プリーツの状態でも、タータンの模様がわかるのです。 そのため、たたみこむ部分が多く、プリーツが縫いつけられた 腰のあたりはぶ厚くなるので、真冬でもとても暖か。 布地も長さが必要で、普通の日本人男性なら約8メートル、 恰幅のいい人になると13メートル近く使わなければなりません。 もうひとつの折り方は「ミリタリー・プリーツ」と 呼ばれているもので、その名のごとく、 はじめは兵士用のキルトに使われました。 タータンのセットの縦模様に沿って折っていくたたみ方で、 特定の部分だけが外側に出るので、 プリーツの状態ではタータンの模様はわかりません。 また、折る位置を変えることで 同じタータンでも違った表情にすることができます。
キルトを着るときには、 ひざまずいたときに裾が地面に触れないよう、 膝頭の上あたりまでの丈に調整し エプロンの正面を『キルト・ピン』で留めます。 これは飾りの美しい大きな留め針で、 エプロンの端近く、膝から少し上のあたりにつけます。 ただし、上下に重なっている2枚をいっしょに留めつけては、ダメです。 そうするのは、女性がキルトを着る場合です。 男性は、下のエプロンが両脚をすっかり隠すので、 上のエプロンにだけ留めておけば、めくれないよう、 ちゃんと重石の役目を果たしてくれます。
スポーラン・ベルト
『スポーラン(sporran)』は、ゲール語で「財布」「小袋」の意味で、ポケットの代わりに 貴重品を入れておくために身につけます。 でも、もうひとつ大切な役割があり、それは座ったときに、エプロンの正面で キルトがめくれあがらないように押さえつけておく、というもの。 (後ろ身頃はたっぷりとプリーツを取った布地の重みがあるため、 わざとでなければめくれる心配はありません) 後ろ身頃のループにチェーンを通して着つけるのですが、 すっきりと見せるためには、ちょっとしたコツがあります。 スリムな人は、チェーンをウエストに沿わせて スポランがおへその真下あたりに来るように、 恰幅のいい人は、いちばんお腹が出ているあたりに チェーンを沿わせましょう。 スポーランのTPOはとても大切で、昼間なら革製のものだけ。 毛皮を使用したものは夜の集まりや結婚式などの正装用。 動物の形をしたものも、正装用です。 また、馬の尻尾の毛を使ったホースヘア・スポランは、 基本的にはバグパイパーか軍隊用とされています。 スポーランが程よい位置に収まったら、 同じ後ろ身頃にあるループにベルトを通して締めます。 ベルトは幅広の黒い革製で、バックルはメタルです。
スキヤンドゥ・靴
実は、正装には剣『スキヤンドゥ(Sgian Dubh)』がかかせません。スペルでおわかりのように これもゲール語で、「黒い短剣」という意味。 かつてハイランダーたちが日常で短剣を使っていたことの名残で、 キルトを着たときには欠かせません。 もちろん、現在ではほとんどが本当の刃物ではありませんが、ハギスのセレモニーで ハギスを刺し貫くナイフには、このスキヤンドゥが使われます。 右脚の靴下の中、ちょうど先ほどの骨の真下くらいに挿しておきます。
靴『ギリー・ブログーズ(Ghillie Brogues)』についても説明が必要になります。
黒革の編み上げ靴で、靴紐を穴に通して締めてゆき、 いちばん上まで来たら足首の前で交差させてから後ろへ回し、 そこでも交差させて、くるぶしの上あたりで蝶結びにします。
この靴の名称も、もちろんゲール語から。 「ギリー」は靴紐の間から足の甲が見える靴のこと、 そして「ブローグズ」は、一般的には「ウィングチップ」と呼ばれている、 つま先から両サイドに向けて点々と穴を開けたスタイルの正式名称です。
ブローグズは、いまとなってはただの装飾ですが、 昔のスコットランドではどうしても必要なものでした。というのも、 川を渡った後、歩きながらこの穴から自然に水が抜けていったからです。 スコットランド人たちが新大陸に上陸したころ、 ネイティブ・アメリカンたちがこのアイディアをいたく気に入り、 自分たちもこんな靴が欲しいと思ってその名をたずねたところ、 「私の靴」とゲール語で答えられ、 それがモカシンになったという説もあります。