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ざっくばらん ゆき子のおしゃべりコーナー
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2011年5月1日

1.そのとき、わたしは!?  
      ―3月11日 東日本地震のとき

午前中、翌日が大学の卒業式ということもあって、美容室へ行って髪の毛を切って
 きました。14:46は、24時間前にソウルから成田に向かっている時間でした。
 実は、あの地震の1日前にソウルから帰ってきていました。
 帰国が1日遅かったら、おそらく 成田には着陸できなかったことでしょう。

 いくつかの偶然が重なって「そのとき、私は自宅に」いたのです。ソウルで動きすぎた疲れもあって、ちょっとベッドの上でお昼寝を、と横になっていたのです。
ものすごい揺れではありましたが、幸いなことに食器が2・3枚割れた、棚の本が数冊落ちた、そして最大の被害は高さ150cm程の冷蔵庫の上に置いた電子レンジが落っこちて壊れたこと。


読売新聞3/11号外より


その夜、23:00過ぎにアメリカ在住の兄から電話がありました。わたしには実家・新潟にも兄がいるのですが、この夜は電話が全く通じません。ようやく翌日無事を確認できました。
今回、ありがたかったのがPCのメールでした。電話や携帯に比べると、比較的つながりやすく多くの友人と安否確認ができました。

 前々から予定していた地域の友人との食事会も3/19に予定通りやりました。「今こういう時期だから自粛」という考えもありますが、敢えてわたしは「今この時期だからこそ、集まりましょう。地元の情報をお互い持ち寄って共有化しましょう」と呼びかけました。
<その日の出来事><その後の状況>など、お互いほとばしるように話して夜が更けていきました。
こういう厳しいときだからこそ、身近な地域の友人は心強いですね。

災害には発災―復旧―復興の3つの段階がある。と知人からメールをもらいました。福島原発については まだまだ発災の段階といっていいでしょう。

何かできることはないかとあせりつつ、正直にいって何をする気にもならない1か月が過ぎました。今は、この災害に対する恐れの気持ちを風化させずにー心に留めておこうと思っています。




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