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ざっくばらん ゆき子のおしゃべりコーナー
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2014年4月1日

6.上海の旅 ハイライト  ー 「負けないわたしが負けてしまった!!」


今回の旅は友人のA子さんとの二人旅でした。もっとも、A子さんは中国語堪能であたかも専属ガイドさんと一緒の旅―という感覚で、大変お世話になりました。
そのA子さんが「普段、わたしはセールスとか押し売りには負けないのよ。でもね、今回ばかりは“負けない私”が負けてしまったわ」と言わしめたエピソードが満載。その中でもとっておきの2つを紹介しましょう。


1)上海駅にて

上海という大都会で過ごした3日間を終えて、さあいよいよ田舎へ出発と張り切って上海駅へ。広い広いエアポートの待合室のような空間にベンチが並んでいます。「結構、乗るのに時間がかかる」というアドバイスをもらっていたので、十分に待ち時間がある。ゆったりと出発の時間を2人で待っていた時のことです。
首から<――証>のような名札をぶら下げた40歳くらいの女性が近づいてきて、積極的なアプローチを始めました。上海の旅行代理店のセールスウーマンのようです。これから私たちが向かおうとする<杭州>の1日ツアーをしきりと進めてきました。「1人200元(3400円)ランチは別に30元(510円)」果たしてこれが高いのか?安いのか?
わたしは判断がつきません。A子さんもアレコレ詳しく質問して、、でも、迷ってる様子です。
「うーん、タクシーをチャーターすれば2人ならもっと安く行けるかなとも思うけど、拝観料も含むというから、、ね」と、このツアーに乗っかることにしました。「杭州へ着いたら、駅のホームに旗をもったガイドが立っていますから、ご心配なく」と言われて杭州行きの高速電車に乗り込みました。これが、田舎の旅へのスタートでした。

 結論からいうと、とてもラッキーなツアーでした。要領よく観光地を回ることができたし、何よりも美味しい盛り沢山なランチを食べることができました。ほぼまる1日10名くらいの他の中国人ツアー参加者とご一緒して、言葉は通じなくても人の暖かさに触れることもできました。














2)水郷― 西塔にて

上海から杭州へ、そしてウーチンへ。その後 最近脚光を浴びている西塔へまわり、<民宿>に泊まることにしました。この交渉がまあ、すさまじい!?ものでした。



一人目は今にして思えばごく普通のおじさん。「どうぞ、部屋を見てから決めてください」と積極的に部屋に案内してくれました。「また、他をみてからここへ 戻るかもしれません」と辞して、2人目の若い女性、お姉さんにつかまりました。とにかく、アクティブです。
絶対このお客をものにする!!という意気込み満々。<料金><2つベッドがあること><川べり>といろいろこちらの条件を出しても、次々部屋を見せてくれて引き下がりません。ネックは<2つベッドがあること>でした。ほとんどがラブホテルのような大きなダブルベッドがドーンとあるのみでした。「ベッド2つは譲れない」と彼女を振り切って歩き出したら、3人目 強烈な中年女性・40代のオバサンが声をかけてきました。

 おそらく彼女は前の私たちと若いお姉さんのやり取りを聴いていたに違いありません。
条件を一応満たした部屋をまたまた次から次へと案内するのです。
もうこれで最後という部屋に来たとき、実はすっかり私たち2人もくたびれ果てていましたね、この攻防戦に。
まず川べりであるのは間違いなし。洗面部分を挟んで2部屋のようなスタイルですが、片方のスペースにはベッドがありません。固いベンチがあるのみです。
「ベッドがないじゃない?」−「これから持ってくる、運んできますよ」
「隣が工事中でウルサイけど、、」− 「もうすぐ、夕方には終わるよ」
「寒いけど」−「大丈夫、チャ―ンとエアコンが使えるから」


私たちの質問に、間髪入れず答えます。彼女も真剣勝負です。あとでわかったこと、丁度3月はシーズンオフで、商売も大変な時期だったらしい。つまり、彼女の熱さに“負けた”私たちでした。<民宿探し>をはじめて、おそらく1時間はたっていましたから。

この後、私たち2人は旅の間中このお姉さん・オバサンとの攻防を思い出し、何度も何度もお腹がよじれるほど笑いころげていました。















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ー写真は全て A子さんこと倉石愛子さん撮影ー


   


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