2018年9月1日
2.刺激的な会話のキャッチボール
6月に18日間の入院生活を送った。
ほぼ10年前から始まった右ひざの関節痛がどうにもこうにも悪化して、とうとう歩くのがおぼつかなくなったから。右ひざを縦に20cmほど切って、手術の翌日からリハビリが始まった。
いろいろ聞いてはいたけれど、痛い 痛い。しかし、それ以外は気持ちは元気だし「早く退院したい」という意欲は満々で、、今回ばかりは心と体のギャップが 一番つらかった。
こういう入院生活の中で、ちょっと忘れられない出会いがあった。出会いというより、刺激的な会話から、自分自身を振り返ることができた。最近 刺激を受けることが少なかったので、この刺激をくれた彼のことは忘れられない。
わたしの病室は4人部屋で、入口に手を洗える洗面台がついていた。
歯磨きや手洗いなど、もちろん自由に使ってよい。
ただ、車いすで使用できるトイレにも 同じような洗面台があった。わたしはトイレに行ったとき、朝夕はこの個室で歯磨きをしていた。特に大きな理由はないが、病室の洗面台よりそこのほうが落ち着いてできるし、他の人の迷惑にならないだろうと思ったからだ。
ところがー
あるとき、わたしの車椅子を誘導してくれて若い看護師(男性・20代半ば)がこう言ったのだった。
「平井さん、ここでは歯磨きをしないでください。お部屋にある洗面台でお願いします。このトイレは、車椅子で入ることのできるトイレですから、外で待っている人がいるかもしれません。ですから、できるだけ早く外へ出てほしいんです」
とても、わかりやすく明快な説明だったので「あれ、そうだったの」とわたしは納得した。
「でも、これまでも何度もここで歯磨きをしたけど、、言われたことなかったなあ」という気持ちも、実はあったのだった。彼の前ではこの言葉を飲み込んだ。
次の日―
ベテランの看護師(またも男性・30代後半)とおしゃべりする機会があった。
彼は看護師長の次?位のポジションの人で、非常にわたしにとっては興味深い存在だった。それまで数日間の立ち振る舞いから、後輩の看護師が非常に彼を尊敬していることが伺えた。その彼に私はボールを投げてみた。
「Aさん、じつはちょっとお聞きしたいんだけど、」と昨日若い看護師から言われたことを 確認のつもりで話した。
「つまりね、注意されたことはとても明解だったのでわたしは納得したんです。でもね、それまで他の看護師さんが何度もトイレにつれていってくれたんだけど、“ここでは遠慮して”ーと言われたことがなかったの。人によって言うことが違うというのではなくて、できれば、、ルールを統一してくれたらいいのに、、」と。
私の話を注意深く、聞き漏らすまいとAさんは耳を傾けてくれた。
そして 真すぐ私を見て、こう言ったのだった。
「平井さん、状況はよくわかりました。でもね,僕の考えは“ルールはない”というのがルールです。つまり“どちらもあり”ということです。個室のトイレを使っているとき、誰かがノックしたら もちろん早めに譲ってほしいです。でもだからと言ってあそこで歯磨きをしてはいけない、ということではありません。ゆっくりできるなら、患者さんが自分のペースで自分の好きな場所でやってほしいんです。」
この彼の言葉を聞いて、私自身が実は軽いショックをうけたのだった。
そうか、私自身が<どっちか決めてほしい、そのほうが楽だから>という思いに囚われていたのだと。
“ルールはない”というのがルールです。その時々の状況に応じて、患者さんも看護師も対応してほしいです。
というAさんの考えがスーッと胸に入ってきて、改めて私自身の料簡の狭さ(もしかしたら、この表現はすでに古語か?)、枠をきめたいと思っている自分自身に気づいたのだった。
こういう刺激的な言葉で、ボールを返してくれたAさん!!カッコ良かった、素敵だった。
そして、こんな会話ができるなんて、入院生活ですごく「得した」気持ちになったのだった。
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